第18話 鋼の説教と夜の剣術講義
キィンッ!!
甲高い金属音が夜の体育館に木霊し、火花が散った。
俺の手首に凄まじい衝撃が走り、握っていた黒鞘の刀(打刀)が弾かれそうになるのを、強化された握力で強引にねじ伏せる。
「――くっ……!」
呼吸を整える間もなく、次の刃が迫る。
剣持先輩の長大な刀身が、まるで生き物のように俺の防御の隙間を食い破ろうと突き込まれてくるのだ。
速い。そして重い。
俺はバックステップで距離を取りつつ、金髪幼女から教わった【時間鎖の魔眼】を一瞬だけ発動させて、軌道を見切った。
左袈裟斬りだ。
刀で受け止めようとせず、切っ先のギリギリ外側へ身を逸らす。髪の毛数本が風圧で切れる感覚。
回避成功。今だカウンターのチャンス!
俺は踏み込み、先輩の懐へと黒刀を振り下ろそうとした――が。
「甘い」
低い声と共に、先輩の身体がブレた。
気づいた時には、俺の鳩尾に強烈な蹴りが入っていた。
「ぐふっ!?」
呼吸器系が悲鳴を上げ、俺の身体はマットの上を数メートルほど転がった。
「……っはぁはぁ……」
仰向けに倒れながら、俺は天井の水銀灯を睨んだ。
強い。身体能力強化でフィジカルは並んでいるはずだし、魔眼だって使っている。なのに、勝てる気がしない。
「ふー、そこまで」
剣持先輩は息一つ切らさず、刀を肩に担いだ。
汗だくでゼーゼー言っている俺を見下ろし、少し思案顔をする。
「お前、悪くはねえんだが……ちょっとな。なんつーか、戦い方が『人間』なんだよ」
「人間……?」
俺は起き上がり、痛む腹をさすった。
「それって、いいことなんじゃ……」
「日常生活ならな。だが、殺し合いじゃ邪魔だ。刀を持たせても、ただの『長い棒を持った高校生』の動きから抜け出せてねえ」
先輩は、自身の愛刀『無銘』を鞘に納めながら言った。
「お前には、ちゃんとした『剣術』の指導が必要かも知れねえな」
「剣術……ですか? 先輩のやってるヤツみたいな?」
「いや、俺のは剣道ベースだからな。部活の延長で、実戦で使えるように改造した我流だ」
彼は腰から刀を外し、俺の目の前に突き出した。
「ほら、見比べてみろ。俺の刀も長いし」
言われて、俺は自分の刀(剣持先輩のお古)と、先輩が今使っている刀を並べてみた。
「うわ、本当だ……。先輩の刀、俺のより長い!」
「おう。お前にやったのは刃渡り約七十数センチ、拵え含めて約八十センチちょいの標準的なサイズだ」
彼は自分の刀身を撫でる。
「対して、俺が使ってるこいつは刃渡り三尺(約九十センチ)、全長で約百二十センチある。デカいだろ?」
「全然違いますね……。別の武器みたいだ」
並べると一目瞭然だ。俺のが普通の刀なら、先輩のは「大剣」に近い迫力がある。
「俺のは分類で言えば『太刀』、あるいは野太刀に近いサイズだな。現代剣道の竹刀(三尺九寸)と同じ大きさか、それより少しデカいぐらいだ」
「先輩、そんな長いものを片手でブン回してたんですね……怪力すぎません?」
「ま、身体硬化能力で手首も強化してるからな」
彼は俺の黒刀を顎で指した。
「対してお前のは『打刀』。江戸時代とかで一般的だった、帯に差して歩くタイプの刀だ。取り回しがいいから、初心者やスピード重視の奴には向いてる」
「へー、刀にもそんな種類があるんですね。全部『日本刀』だと思ってました」
「ああ。道具が違えば、使い方も変わる。俺の剣道ベースの動きは、この長さを活かした『後の先』や『一撃必殺』が主体だ。スポーツとしての剣道の技術を、魔力でブーストしてるわけだな」
先輩はペットボトルの水を一口飲むと、真剣な表情で続けた。
「だがな、剣道はあくまで武道スポーツだ。ルールがある。審判がいる。『一本』取ったら、そこで試合終了だ」
「はい」
「だからと言って、剣術より劣るわけじゃねーが……『剣術』は根本が違う。あれは純粋な戦闘術だ」
「戦闘術……」
言葉の響きに、寒気を感じる。
「剣術にも色々な流派があるぜ? それはなんとなく知ってるだろ」
「ええ。漫画とかでよく見る『〇〇流剣術!!!』って必殺技叫ぶヤツですよね」
「そうそう、それであってる」
先輩は笑った。
「北辰一刀流、新陰流、示現流……まあ、現代で古流剣術を極めてる能力者は少ないが、型を知っているだけで選択肢が増える」
「お前の武器は『速度』と『魔眼』だろ? だったら真正面から打ち合う剣道スタイルより、搦め手や体術を混ぜた古流剣術……戦闘術として刀を使えるようにレベルアップしたほうが良いな」
「具体的には、どういうことですか?」
俺が身を乗り出すと、先輩は実演してみせた。
俺の目の前、わずか三十センチの距離までスッと近づく。刀を振るうには近すぎる、密着状態の間合いだ。
「例えば、刀って超至近距離だと使いづらいだろ? 長すぎて抜けないし、振れない」
彼は俺の顔の横で、柄頭をコツンと当てる動きをした。
「だったら刀を捨てて、懐から短刀に切り替える動きが必要だ。……あるいは」
先輩の空いた左手が鋭い鉤爪のような形になり、喉元に突きつけられる。
「刀が使えないなら、魔力で爪を強化して喉を抉ってもいい。中国拳法の象形拳(動物の動きを模した拳法)や、空手の貫手みたいなもんだ」
「……なんでもありですね」
「おう。相手を無力化できれば、噛みつきだろうが目潰しだろうが何でもありだ。それが『戦闘術』ってもんだ」
へー……。色々流派があるとは思ってたけど、要するに「生き残るための技術」の総称なのか。
刀を持っているからと言って、チャンバラごっこをする必要はない。勝つために最適解を選べばいい。
「まあ、ぶっちゃけ戦えれば何でもいいんだよ。お前の身体能力に合った、オリジナルの戦闘術で良いわけだ」
先輩は再び距離を取り、長い刀を正眼に構えた。
「異能持ちの世界だと、さらに自由度が上がるからな。刀身に炎や雷の『属性』を乗せて斬るとか、よくある話だ。お前の魔眼も立派な武器だしな」
「属性かぁ……。俺、そういうの無いんですよねぇ。影操作ならありますけど」
「影か。刀の長さを影で誤認させて間合いを狂わせるとか、影で足止めして斬るとか、面白そうじゃねえか」
「なるほど!」
影トレの応用だ。武器として実体化させるのは弱くても、フェイントやサポートとして使うなら、Tier4レベルでも充分に効果があるかもしれない。
「……イメージ湧いてきました」
俺は立ち上がり、黒刀を構え直した。
ただの棒きれじゃない。これは俺の手足の延長だ。そして手足が使えるなら、爪も牙も影も目も、全部使って戦えばいい。
それが、吸血鬼の戦い方。
「よし! 目が良い形になってきたな!」
剣持先輩がニヤリと獰猛に笑い、殺気を放った。
「立て! もう一勝負だ!」
「オス!!」
俺は雄叫びと共に、再び正面からぶつかっていく。
さっきまでとは違う。相手の刀を見るのではなく、相手の「殺意」全体を見る。
魔眼を発動。時間を遅延させる。
さらに足元の影を操作し、自分の踏み込み位置をわずかにずらして見せる。
夜明けまで続く戦闘訓練。
鋼と鋼が打ち合う音が、俺の身体に「戦士」としての回路を刻み込んでいく。
この技術が、いつか来る本当の死闘で俺を救うことになると信じて。




