第15話 3つの覚醒パターンと能力者類型学
――日本吸血鬼協会の新人歓迎会。
その奇妙な一夜が明けた、翌日の夜。
いつものように、俺たちは夜の高校の体育館に集まっていた。
本日のシフトメンバーは、俺、剣持先輩、修理屋の美島さん、そして指揮官の皇かれんの四人だ。まだTier4レベルの怪異反応はないらしく、今のところ平和な「部室での駄弁りタイム」となっている。
「……って感じでしたね、日本吸血鬼協会のパーティーは」
俺は、昨夜のスカーレット・ホールでの出来事を詳細に報告した。
豪華すぎる会場、徳川ヴァン支部長のカリスマ的なスピーチ、そして学生組や大人組とのほろ苦い交流まで。
「へー、楽しそうやなぁ。高級料理食い放題とか、最高やん」
美島さんが、羨ましそうに工具箱の上に顎を乗せる。
「うちも一応、協会から招待状来てたけど、その日はシフト入ってたからパスしたんよねー。次回は行ってみよかな」
「お前も参加すればよかったのによ」
剣持先輩が、刀の手入れをしながら笑う。
「ま、でも大人たちの話は参考になっただろ? ヤタガラスの給料事情とか」
「ええ、めちゃくちゃ参考になりましたよ。というか、世知辛すぎて涙が出そうでした。特に……覚醒パターンの話は」
俺は昨日の失敗を思い出し、深いため息をついた。
「……あの話で、完全に場の空気が凍りましてね。『覚醒パターン』っていう話題が、一部の吸血鬼にとっては完全な地雷なんだって、骨の髄まで理解しましたよ」
「うん、地雷なのね、覚醒パターン」
美島さんが、うんうんと頷いて同情してくれる。
「せっかく美味しい料理があったのに、そこからお通夜モードとか、地獄やな」
「えー、でも吸血鬼って損やなぁ」
剣持先輩は手を止めて、不思議そうに首を傾げた。
「他の能力者業界だとさ、『覚醒パターン』なんて一番の鉄板ネタだぜ? むしろ飲み会での自己紹介代わりに語り合う、王道パターンだろ」
「王道パターン?」
「そうそう。『俺はピンチになって覚醒した!』とか、『怪異に襲われて死にかけて目覚めた!』とかさ。『修行の末に開眼した!』みたいな武勇伝として、話が盛り上がるんだよ、普通は」
「そうなんですか?」
俺が驚くと、剣持先輩は胸を張った。
「ちなみに俺は『修行の末』系な。剣道部の合宿中にゾーンに入りすぎて、そのままTier3の領域に到達しちまった。気づいたら刀からオーラ出てたわ」
「すげぇ……スポ根マンガみたいだ」
剣持先輩のように自ら切り拓いたタイプなら誇れるだろうが、突然変異で怪物になった人たちにとっては、それは事故や病気に近い。
そこで、黙って話を聞いていた皇かれんが、おもむろにホワイトボードマーカーを手に取った。
「ちょうどいいわ。せっかくだから、この世界の『能力者の成り立ち』について整理しておきましょうか」
彼女は、ホワイトボードに大きく3つのカテゴリを書き始めた。
「私たちのような能力者が、その力を得るに至った経緯……それは、主に以下の三つのパターンに大別されるの」
キュッキュッと、ペンの音が体育館に響く。
【①継承型】
【②突然覚醒型】
【③修練型】
彼女は、一つずつペンで指しながら解説を始めた。
「まず一つ目【継承型】。これは一番エリートっぽい響きね」
かれんは、自分を指差すようなジェスチャーをした。
「古くからの能力者の血脈に生まれ、その家系に代々伝わる術式や異能を、遺伝的あるいは秘伝として引き継いだ者のことよ。分かりやすく言えば、『陰陽師の家系』とか『忍者の末裔』とかね」
「かっこいい。主人公だ」
「特徴としては、一つの能力に特化して、技術体系が洗練されていることが多いわ。代々受け継がれてきたマニュアルがあるからね。安定性が高い反面、型にハマりすぎて応用力に乏しい……なんて弱点もあるけど」
「なるほど、ガチガチの伝統芸能みたいな」
「次に二つ目【突然覚醒型】。これが昨日のパーティー会場にいた、大半の人たちね」
かれんがマーカーで、グルリと丸く囲んだ。
「血筋に関係なく、ある日突然能力に目覚めてしまったタイプ。きっかけは様々よ。極度のストレス、トラウマ、死の淵を彷徨うような大怪我……そういった強い精神的・肉体的負荷をトリガーにして、スイッチが入ってしまうの」
「事故ったトラック運転手のおじさんも、それだな」
「ええ。特徴としては、近年もっとも増加しているタイプよ。発現する能力も多種多様で、既存の体系に当てはまらない『未知のユニークスキル』が出ることも多いわ。制御が不安定で暴走しやすいのが欠点だけど……ハマれば、爆発的な成長を遂げる可能性も秘めているわ」
「不安定な爆発力か。ギャンブル要素が強いんですね」
「そして最後、三つ目が【修練型】。さっきの剣持みたいなタイプ」
「おう、努力の結晶だぜ」
と、先輩がVサイン。
「特定の組織や流派に所属し、体系化された修行法……呼吸法や瞑想、過酷な肉体鍛錬によって、後天的に眠っていた回路を開通させた者たちね。僧侶の法力や、武道の達人が至る『気』の領域なんかも、これに含まれるわ」
「努力で能力者になれるんですか?」
「誰でもなれるわけじゃないわ。Tier5(原石)の素養が必要だけど、それを正しく磨けば発現するってこと。所属する流派によって、覚醒する能力の傾向が違うのが面白いわね」
かれんは三つの解説を終え、ペンを置いた。
「だから『覚醒パターン』の話は、能力者にとって自分のルーツを語るネタになるの。『ピンチになって覚醒!』『死の淵で覚醒!』『修行の末に覚醒!』……これらは全部、自分の能力の証明書みたいなものだからね」
「なるほど。だから普通の能力者飲み会では、盛り上がる話題なんですね。……でも吸血鬼だけは事情が違うと」
「ええ。吸血鬼は【突然覚醒型】の中でも、特に『事故』に近い発現をするケースが多いから。病気みたいな扱いになるのも、無理はないわ」
「ふむふむ……。面白い分類学ですね」
俺は、自分の顎に手を当てて考え込んだ。
「となると……俺は一体どのタイプなんでしょう?」
夜中に謎の金髪幼女が出てきたあたり、ちょっと特殊な気がする。
「俺は【突然覚醒型】ですか? ある日突然ダサい理由(日光浴びてダルい)で目覚めたし」
かれんは少し考える素振りを見せ、首を振った。
「うーん、貴方の場合はちょっと複雑ね。……どっちかというと【継承型】に近いんじゃないかしら?」
「えっ、継承型?」
「だって貴方の中に『古の吸血鬼の意思』が出てきたんでしょう? それって完全に『血筋に吸血鬼がいた』パターンよ。しかも、かなり古い血が何世代も眠っていた後に、たまたま貴方の代で隔世遺伝として発現した」
「あああ、そうか……そっちか!」
金髪幼女は「17分割された意思」と言っていた。
つまり俺のご先祖様は、その分割されたパーツを取り込んだか、血縁があったということになる。
俺は知らぬ間に、「伝説の血脈」の末端にいたらしい。親父もお袋も普通なのに。
「でも【突然覚醒型】の側面もあるわね」
かれんは付け加えた。
「トリガーは現代的なストレスかもしれないし、吸血鬼という形質自体が『普遍的なアーキタイプ能力』の一つだから」
「アーキタイプ能力?」
「『人類の集合的無意識』に刻まれた『怪物』の雛形よ。吸血鬼、狼男、魔女……そういったポピュラーな概念は、能力としても発現しやすいの。だから『病院で診断される』ほど数が多いとも言えるわね」
なるほど、俺はハイブリッド種ということか。
継承型の血を持ちつつ、突然覚醒型のように発現した。
それがTier4のくせに、特殊な魔眼や「化身」を持っている理由かもしれない。
「まあどっちにしろ、貴方は今ここにいる。過去のパターンより大事なのは、これからどう強くなるかよ」
かれんはホワイトボードを綺麗に消した。
「知識の整理はここまで。……霊脈の針が振れてるわ。そろそろ来るかもね」
その言葉に呼応するように、夜の校舎の空気が重く変化する。
俺は刀を手に取り、立ち上がった。
どのタイプでも関係ない。今は目の前の仕事をこなすだけだ。
継承された古の力と、新しく覚えた現代の戦術で。




