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平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます  作者: パラレル・ゲーマー


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第13話 学生服たちの「覚醒あるある」座談会

 煌びやかなシャンデリアの下、着慣れないドレスやタキシードに身を包んだ大人たちが、ワイングラスを傾けて談笑している。そんな華やかな社交場の一角に、不自然なほど地味で、かつ親近感の湧く集団があった。


 会場の隅にある柱の近く。そこには黒や紺色の制服を着た、十代とおぼしき男女が五人ほど固まっていた。


 明らかに「大人たちの空気に馴染めなくて避難してきました」というオーラが出ている。


 俺(久我陽介)にとって、それは砂漠の中のオアシスに見えた。


「……失礼します」


 俺は努めて愛想よく、その輪の中に加わった。


 手に持ったブラッドオレンジジュース(やはり普通のジュースより濃厚で、鉄っぽい味がした)のグラスを少し掲げて挨拶をする。


「どうも、新人さんですよね?」


 すると一番近くにいた男子生徒が、パッと顔を明るくして振り返った。


 学ランを着崩した、少しやんちゃそうな茶髪の少年だ。


「あー君も? 良かった、また学生来たわ。ここ大人ばっかで居心地悪くてさー」


「分かります。ドレスコードがスマートカジュアルとか書いてあったから焦りましたよ。制服で正解だったみたいですね」


「なー、俺も悩んだわ。歳は? 高校生?」


「高二です」


「おっ、じゃタメじゃん! 俺も二年。名前は?」


「久我。久我陽介」


「俺は佐伯さえき。よろしくー」


「よろしくお願いします」


 軽い自己紹介を済ませると、他のメンバーも「私も高二」「僕は高一です」「中三です……」と、次々に挨拶をしてくれた。中学生もいるのか。吸血鬼化に年齢制限はないらしい。


「みんなここ最近……20XX年度の覚醒組ってことですよね?」


 俺が全体に向けて話を振ると、セーラー服を着た眼鏡の女子生徒が、コクコクと頷いた。


「ああ、そうだね。みんな吸血鬼になったばかり。覚醒してまだ一ヶ月とか二ヶ月だよ」


「やっぱりそうなんですね。いやー、マジでびっくりしますよね。急に体調おかしくなるし、夜眠れなくなるし」


「ほんとそれ! 昼間の授業中とか地獄だし!」


 共通の悩みを持つ者同士、話題には事欠かない。


 吸血鬼になってからの理不尽な体験談――日焼け止めクリームの消費量がヤバい、ニンニク料理が食べられなくなった、家族に夜遊びを疑われている、等々――でひとしきり盛り上がった後、俺はふと気になったことを尋ねてみた。


「へー、みんな苦労してるんすね。……ちなみにどんな経緯でバレたんです? 覚醒した後、誰かに指摘されたとか?」


 その瞬間、場の空気が一瞬だけピリついた。


 最初に話しかけてきた佐伯くんが、苦虫を噛み潰したような顔をしたのだ。


「あー……。俺はな、病院で分かって大騒ぎされた口だよ」


「……あ」


 俺は息を呑んだ。


 それは、かれんが「最悪のパターン」だと言っていたケースだ。


「最初、貧血だと思って内科行ったんだよ。そしたら血液検査の結果がおかしいってなって。医者が真っ青になって『未知のウイルスかも』とか言い出してさ。保健所呼ばれるわ、隔離テント張られるわ、防護服の奴らが来るわで……もうパニックよ」


 佐伯くんは遠い目をしながら、ジュースを煽った。


「マジで『映画の世界かよ』って思ったわ。最終的にヤタガラスのエージェントが突入してきて、医者とか看護師の記憶処理して、俺を回収していったんだけどさ……。ありゃあトラウマだぜ」


「……あっ。すみません、いきなりこんなこと聞いて」


 地雷だった。聞いてはいけないヘビーな話だった。


(しまっっった……NG話題だった……!)


「いいや、いいって。今はこうしてネタにできてるし、ヤタガラスのお陰でなんとかなったからさ」


 彼は笑ってくれたが、その笑顔には深い疲労が滲んでいた。


「……えーと、そういう久我くんは?」


 空気を変えようと、眼鏡の女子生徒――名前は相原あいはらさんというらしい――が、俺にパスを投げてくれた。


「あ、俺は……ラッキーなことに同級生に見つけてもらえたんです。その子が裏社会に通じてて」


 俺は皇かれんとの一件(喫茶店での宣告、ヤタガラスへの手引き)を、かいつまんで話した。


「えー、こわ! 同級生に裏社会の子がいたってこと?」


 ブレザー姿の派手目な女子、ミキちゃんが目を丸くする。


「マンガじゃんそれ。黒幕?」


「いや、黒幕っていうか、代々そういう家系の子みたいで。おかげで病院行きは回避できたんですけど」


「運がいいねー。同級生にそんな人いないんですか、普通?」


「いないいない。久我くんの学校が特殊なんじゃね?」


 みんな口々に「羨ましい」と言う。確かに俺は運が良かったのだろう。


「私の場合は、同級生じゃなくて『同じ学校の異性の先輩』パターンでした」


 と、少しおっとりした雰囲気のロングヘアの女子が手を挙げた。


「おっ、先輩? ロマンスの予感?」


「いやーそれが……。超絶イケメンの先輩に『ちょっと放課後残って』って呼び出されたんですよ。私、全然接点なかったから『もしかして告白かな?』とか超ドキドキしちゃって」


「あるある! 少女漫画展開!」


「で、人気の無い屋上に連れて行かれて。顔真っ赤にして待ってたら、先輩がいきなり真顔で『お前、吸血鬼になってるよ。自覚ある?』って」


「ぶはっ!」


 佐伯くんがジュースを吹き出しそうになる。


「あードキドキするよねそれ。心臓止まるわ」


「でしょ!? 『えっ、好きですとかじゃなくて?』ってパニックになって。そしたら先輩溜息ついて『説明するから来い』って、そのまま私の手首掴んでヤタガラス神奈川支部へ直行ですよ。甘い雰囲気ゼロ! 事務手続きだけ!」


「うわぁ……現実は非情なり」


「でもさ」と佐伯くんがポツリと漏らす。「やっぱりそういう『導き手』がいる方がいいよな。病院パターンじゃなくて、本当に良かったかもよ、みんな」


 彼の声が再び重くなる。


「俺なんだけど、マジで大騒ぎされたからな。その後家に帰されてからの親への説明も地獄だったよ。俺のパターン、親が発狂してたし。宗教ハマってるオバサンとか呼びそうになったし」


「うわぁ……きっつ」


「なんとかヤタガラスの職員さんに同席してもらって、『科学的な現象(病気の一種)です』って説得したけど、最初はドン引きされてましたよ。『お前はもう私の知ってる息子じゃない』みたいな目で見られて……今はだいぶ普通に戻ったけど、やっぱり壁があるっていうか」


 場がしんみりとする。


「あー、親バレ怖いですね……」


「私、まだ言ってないや」


「俺は言ったけど、中二病こじらせたと思われて信じてもらえてない」


 吸血鬼であることの孤独。


 特殊な力を持っても、悩みの大半は「人間関係」や「家族との確執」なのだ。


「……ま、ここで会ったのも何かの縁だしさ!」


 佐伯くんが明るく振る舞い、グラスを掲げた。


「俺たち『20XX年組』、仲良くやろうぜ。情報交換とかしよう」


「ですね! LINE交換しましょうよ」


「あ、吸血鬼協会用のグループ作りましょう!」


 そうやって学生組で盛り上がっていると――。


 不意に会場の照明が、スゥ……と暗くなった。


 ざわめきが、潮が引くように止む。


 スポットライトが、ホール前方の一段高いステージを照らし出した。


「お、始まるみたいだぞ」


「あそこに出てくるのが、支部長?」


 俺たちは会話を止め、ステージの方へ向き直った。


 光の中に現れたのは、意外にも若い――見た目は二十代後半くらいの長髪の男だった。


 ただならぬオーラ。


 そこに立っているだけで、俺たちの肌がピリピリと粟立つような威圧感。Tier4の俺たちとは格(Tier)が違うことが、本能で分かる。


「あれが……『徳川ヴァン』?」


 名前はネタっぽいが、中身は本物の化け物だ。


 会場の緊張が、一気に高まった。

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