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平凡な俺が吸血鬼に? 高嶺の花な彼女に連れられて、夜の街の掃除屋はじめます  作者: パラレル・ゲーマー


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第10話 真夜中の掃除屋と吸血鬼ユニオン

 ブンッという風切り音と共に、俺の刀が空を切る――いや、的確に「それ」を捉えていた。


「ギャ……」


 悲鳴をあげる間もなく、俺の眼の前にいた怪異は黒い霧となって消滅した。


 今回のターゲットは『人面蝙蝠バット』の群れだった。

 大きさは精々カラス程度。数匹でまとまって襲いかかってくるが、Tier6……良くてTier5の下級怪異だ。


 デビュー戦のあの猫型怪異(Tier4)に比べれば、スピードもパワーも児戯に等しい。


「……ふぅ」


 俺は刀を軽く振って血振りの動作(実際には霧になったから血はついていないが、剣持先輩の真似でかっこつけた)をして、鞘に納めた。


「終わりかな?」


 校舎の屋上から見下ろす夜景は、いつもと変わらない。


 最近この「夜の学校警備」のバイト――いや、業務に慣れすぎてきた。

 最初は緊張で手が震えていたが、ここ数日は余裕すら感じられる。


 Tier6の怪異は弱すぎて、拍子抜けしたのが正直な感想だ。

 浮遊するだけで実体のない霊体だったり、石を投げてくるだけの小鬼だったり。


 魔眼で遅くするまでもない。身体能力強化のギアを上げる必要すらなく、素の反射神経で叩き潰せる。


 最初がTier4下位の猛獣戦だったからこそ、この「Tier6とTier5」の群れが、余計に雑魚同然に感じられるのだろう。いわゆる初心者補正が消えた後の、レベリング作業のような感覚だ。


「――ふぅ、お疲れ様。全滅確認したわ」


 屋上の給水塔の上に座っていた皇かれんが、スマホの霊波探知アプリ(自作らしい)を確認して降りてきた。


「今日はこれでノルマ達成。おしまいね」


「了解っす。いやー、最近平和ですね。大物が出なくて」


「いいことじゃない。平和なのが一番よ。怪異が出ない夜こそ、私たちの目指す理想郷なんだから」


 かれんはそう言いながら、自販機で買った温かいココアの缶を俺に放り投げてきた。


「ほら、お疲れさまの差し入れ」


「あざーっす!」


 受け取った缶の温かさが、冷え切った夜風の中で心地よい。


 プルタブを開け、甘い液体を流し込みながら一息つく。


 さて帰って風呂入って、ゲームして寝よう(気絶しよう)と考えていると、かれんが思い出したように口を開いた。


「そうそう、忘れるところだったわ」


「はい?」


「今日、あるところから連絡があってね。……【日本吸血鬼協会】から」


「……はい?」


 俺はココアを吹きそうになった。

 なんだその、駅前の雀荘の組合みたいな名前は。


「『日本吸血鬼協会』から、新規吸血鬼の貴方に挨拶がしたいらしいわ。だから、貴方のスマホのメルアドを教えておいたから、そのうち挨拶のメールがあるはずだわ」


「勝手に!? 個人情報漏洩ですよそれ!」


「大丈夫、スパムメールよりは有益だから」


 彼女はこともなげに言うが、単語のインパクトが強すぎる。


「に、日本吸血鬼協会って……。またおかしな組織ですね。ヤタガラスにマジェスティックに、今度は吸血鬼協会?」


「そう? そのまんまの意味よ」


 かれんは手すりにもたれかかり、夜空を見上げながら説明を始めた。


「日本に在住している吸血鬼が集まった、互助会というか業界団体ね。結構古い歴史がある組織で、基本的に日本国内の登録済み吸血鬼は、ほぼ全員が所属しているわ」


「強制加入なんですか? 学会とかPTAみたいな?」


「まあ加入しておかないと、何かと不便だからね。ちなみに、私たちのような『退魔師』が所属している『日本退魔師協会』も存在しているし、魔法使い連盟とか占い師ユニオンとか……裏社会には色々な職能組織があるのよ。その一つね」


「へー……なるほど。怪物たちも組織化して生きているんですね」


「彼ら曰く、目的は『吸血鬼の権利擁護と地位向上』らしいわ」


 権利擁護。地位向上。

 人間を襲う闇の住人が口にする言葉とは思えないほど、意識が高い。


「定期的に集会を開いて『我々に対する偏見をなくそう』とか『日光に弱い体質のバリアフリー化』とか話し合ったり。あと最近だと、ヤタガラスや政府に対して、外国人吸血鬼の『永住権獲得』に向けたロビー活動なんかも積極的に行っているみたいよ」


「めっちゃ現実的!」


 俺は思わず笑ってしまった。


「ロビー活動って。国会議員に陳情しに行ってる吸血鬼とか想像すると、シュールすぎる」


「まあ現代社会で生きていくには、腕力より政治力が必要ってことね」


「ちなみに」かれんは続ける。「この日本支部は、まだ規模が小さい方よ。全米吸血鬼協会(VAA)とも連携してるし、ヨーロッパ方面はもっと巨大よ」


「ぜ、全米まであるんすか!?」


「ええ。彼らの総本山……本拠地はイギリスのロンドンにある、【全吸血鬼協会本部グランド・ヴァンパイア・ロッジ】よ。そこが世界中の支部に指令を出したり、ガイドラインを決めたりしているの」


 イギリス本部。

 なんか急にハリー・ポッターっぽい世界観になってきたが、やっていることは労働組合に近い。


「はー……。なんか吸血鬼のイメージ崩れますね」


 俺はため息をついた。


「こうもっと、孤高で古城に住んでて、孤独を愛するみたいな……そういう『夜の貴族』感を期待してたんですけど」


「現実は厳しいわよ。古城なんて、維持費と固定資産税で破産するわ」


 夢がない。


「まあ、私の吸血鬼の知り合い(協会の幹部)曰く、『輸血パックの普及や現代医療の発展も、我々吸血鬼の影の尽力のおかげである』とか酔っ払って熱く語ってたわね。輸血システムの裏スポンサーは我々だ、とか」


「あー、それはありそうですね。自分たちの食い扶持確保のために、医療を発展させたと」


「吸血鬼って、フィクションだと疫病神や死の象徴として描かれがちでイメージ悪いけど……現実の彼らはこんな物よ。自分たちの生存圏を守るために、必死に人間社会に溶け込んで貢献しようとしているマイノリティ。……ある意味、人間より人間らしいかもね」


 かれんの言葉には、少しだけ同情の色が含まれている気がした。


 Tier4として覚醒してしまった俺も、そちら側の住人だ。

 人間ではないが、社会の一員として生きなければならない。そのためのセーフティネットが「協会」なのだとしたら、確かにありがたい話かもしれない。


「まあ、入会金とか取られるかもしれないけど、せいぜい仲良くやってみなさい。同じ悩みを共有できる友達ができるかもよ?」


「ですね。……あ、もしかして『日光浴オフ会』とかあるんですかね?」


「死人が出るからやめなさい」


 彼女はくすっと笑うと、空になった缶をゴミ箱に投げ入れ、バッグを肩にかけ直した。


「じゃあ伝えたから。協会からのメール、迷惑メールフォルダに入ってないか確認しておくことね」


「了解です。ありがとうございます」


「明日はテスト勉強があるから、活動は休みよ。学校で会いましょう」


 手を振って去っていく彼女の背中は、やはりどこか孤高で、けれど頼もしかった。


 一人残された俺は、ポケットからスマホを取り出した。

 新着メールはまだ来ていない。


 だが画面に映る自分の顔――赤い瞳を持つ化け物の顔は、以前より少しだけ穏やかに見えた。


 日本吸血鬼協会か。

 どんな奴らがいるのか、少しだけ楽しみになってきた。


 まあ、まずは家に帰って、またしてもやってくる金髪幼女(能力の化身)に小言を言われながら、眠るとしよう。

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