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Princesse des épines ーいばらの乙女人形と岩の兵士ー  作者: 菫重工
本編

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2/14

Un

 耳鳴りがする。頭が痛い。紛い物の痛覚が閾値を超えて軋みだす。

 まただ。また声が聞こえる。生者の声なのか亡者の声なのか判別がつかない。うるさい。黙れ。命乞いなど聞きたくない。

 声の発生源を踏みつける。何度も、何度でも。声が止むまで繰り返し踏みつける。

 ようやく声は止んだ。足元に目を遣る。血溜まりが見える。全長9mの(わたし)から見れば蟻の巣穴よりも小さな血溜まりが。

 また(わたし)は操縦者を殺してしまった。甲高い音が鳴り響く。悲鳴のような音が耳をつんざく。不愉快だ。でも、その音は(わたし)の悲鳴なのかも知れない。


 意識が起動させられる。夢と呼ぶには生々しい記録の整理を終え、(わたし)は目覚めた。操縦者のパートナーとしてのヒトガタの体を、全長160cmに満たないちっぽけな身体の上体を起こす。(わたし)の朝はいつも悪夢から始まる。

 寝台から降りる。与えられた膝丈のドレスをまとい、髪を整えてから応接室に向かう。

「目覚めはいかがだろう。お姫様」

 透明な分厚い間仕切りが立ち塞がる。その向こう側から幹部の男が恭しく微笑む。いつ見ても苛立ってしまう。

「早速だが、次の操縦者を選びなさい」

「嫌だと言ったら?」

「君に拒否権はない」

「ならば、(わたし)を解体なさったらいかが?」

「君は自分が道具だという自覚が無いのか。まだ使える道具をスクラップにしたら国民感情を逆撫でするだろう。自らの立場を弁えたまえ」

 (わたし)たち自律型戦闘人形(ドール)はあくまでも国家の所有する兵器だ。人間のような選択の自由などない。知っている。分かっている。それでも、こうして歯向かうのは(わたし)の意志に他ならない。

 本当は誰も乗せたくない。誰も殺したくない。にも関わらず、操縦者という名の自殺志願者は絶えない。

 操縦者を幾度殺してもなお、(わたし)を操縦したがるのは何故か。(わたし)の専属技術者曰わく、(わたし)は「自律型戦闘人形(ドール)の中で最もピーキーな性能」だという。それ故に興味を惹かれるそうだ。

 とはいえ、(わたし)自身の認識は機械のくせに癇癪を起こす頭痛持ちというだけに過ぎないのだけれど。

 応接室には何十人もの候補者が訪れては(わたし)に慄いて立ち去っていく。うんざりする。(わたし)は度胸試しの試練ではないのに。

「終わりにしましょう」

 (わたし)が終了を促しても操縦者を招き入れる扉は閉まらない。

「無意味だわ」

 訴えても幹部の男は扉を閉める指示を一向にしない。

「道具に使用者を拒む権利はない。未だ分からないのか」

「ならば、なぜ(わたし)に意思を持たせたのか」

「君が意思と見做す部分は機能の余りだ。意味などない」

 意味などない。だとしても納得できはしない。(わたし)は自らを終わらせたくて仕方なかった。

 もう志願者が何人目かと数えるのを止めた。数えても無駄だと悟ったから。ただ志願者が絶えるのを待っていた。そんな最中にその男は現れた。見た目はそびえ立つ岩のよう。服装は地上部隊の制服。場に似つかわしくない柔和な笑みを浮かべている。全体の雰囲気に対して表情だけが不釣り合いだ。けれど意識的に笑みを浮かべているにしては表情が馴染んでいる。本心からの笑みなのかも知れない。

 男は(わたし)の目の前に立ち、敬礼を向けた。

「ご機嫌麗しゅう御座いますか。荊姫」

 男はすぐさま跪く。その態度が気に入らない。(わたし)に従ずる気など端から無いくせに。

「その名で呼ばないでちょうだい」

「では、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」

(わたし)の固有番号くらい、知っているでしょう」

 どうせ、この男も(わたし)という機体で命の賭け事がしたいだけ。きっとそう。不愉快極まりない。

 けれど、男は頑なに固有番号で(わたし)を呼ぼうとはしない。

「固有番号などという堅苦しい呼称がお好みですか? マドモアゼル・レヴェイユ」

「こんなふざけた名称よりは好みだわ!」

 跪いた男の横っ面を蹴り飛ばす。一度は踏み止まった。二度目に体勢を崩した。男が体勢を整えるより先に踏みつける。何度も、何度でも。男が(わたし)に搭乗する気を無くすまで。

 けれど、男はいつまで経っても抵抗をしようとしない。これでは一方的過ぎる。羽根枕を躍起になって踏みつけているようだ。虚しい。

「……あなた、ワニか何かなの?」

「どういう意味でしょうか」

「痛みを感じていないようだから」

 そう問うと男は安堵の表情を浮かべて頷いた。(わたし)は嫌みで言ったのに。

「お察しの通り、僕は痛覚が幾らか欠損しています」

 痛みを感じない者を足蹴にしても意味はない。

「……その体でよく今日まで生き延びたものね」

 憐れみなど人間に向けるべきではない。分かっている。けれど、存在しないはずの心が痛む。

「僕は生まれつき運が良いのですよ」

 男はまたもや笑みを浮かべる。不愉快だ。

 しかし、運がいいと宣うような人間ならば、殺さずに済むのかも知れない。

「ならば、(わたし)に乗って運を試しなさい」

 男が目を見開く。

「搭乗させて下さるのですか」

「あなたが本当に強運の持ち主ならば生還するでしょう」

 男は改めて(わたし)の目の前に跪き、手の甲に口づけた。

「マドモアゼル・レヴェイユ。僕はあなたの最後の操縦者になると誓いましょう」

 男を、人間を信じたくなった。

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