fin
それから数日が経って、コノエは短い休暇を取った。
「親族から『たまには顔を出せ』とのお達しが来たんで帰らなくてはならなくなった」
コノエは面倒臭いという口調で言うけれど、機には不思議と嬉しそうに見える。
「コノエ、手土産はどうするの?」
「手土産? 実家に帰るだけだから要らないだろう」
「駄目よ。親しき仲にも礼儀ありと言うじゃない。ご家族にこそ礼を尽くしなさい」
コノエは参ったなと呟く。
「手土産はトラヤのようかんが良いと思うわ。人間たちの常識ではよく使われる贈答品だそうね」
「贈答品としては間違っていないが、トラヤのようかんは実家への手土産には堅苦しくないか」
「トラヤは堅すぎるのね。だったら、ちょうど良いものがあるじゃない」
「ちょうど良いものとは?」
コノエは見当がつかない様子で怪訝そうな目をする。
「空の部隊用のようかんよ!」
機がそう答えると、コノエは一気に青ざめていく。
「レヴェイユ、あれは駄目だ。あれは支給品であって、外部への土産物じゃない」
「あら、でも購買に売っていたわよ」
「まさか……」
「嘘じゃないわ。確かめてご覧なさい」
半信半疑のコノエを連れて購買へ向かう。人のまばらな購買のレジの前に、ようかんは確かにある。それも箱入りで、既に包装紙に包まれていた。
「言った通りでしょう」
「言った通りだが、まさかしっかり包装されているとは」
機たちが話していると、店員が言う。
「のし紙も用意できますよ」
コノエは頭を抱える。
「用意周到だ」
「だから、ご実家にようかんを持って行きなさい」
コノエは渋々ながら財布を開き、箱入りのようかんを購入した。
「これで、準備は万全ね」
「不本意だが、万全だな」
「では、行ってらっしゃい。ご家族によろしくお伝え願うわ」
振ろうとした手を掴まれる。
「何を言っているんだ。レヴェイユ。一緒に行こう」
「わ、機を連れて行くつもりなの?」
「当然だろう。ほら、行こう」
それなら、ご家族にお会いするのに相応しい衣装をと思ったが、コノエは機の手首を掴み、地上へのゲートへと連れ去ってしまった。
「ふしだらな格好に見えないかしら」
「大丈夫だ。可愛いし」
一つめの関門が開く。
「悪目立ちしないかしら」
「まぁ、目を惹くのは否めないな」
二つめの関門が開く。高層エレベーターに搭乗する。
「コノエに相応しいかしら」
「それはもうばっちりだろう」
三つめの関門が開き、地上に降り立つ。
「これが、地上の世界なのね」
シェルターの内側に描写された空はくすんでいる。人々が空を目指す理由は、このくすんだ空のせいだと聞く。
コノエはさっさとタクシーを停め、機を後部座席に乗せる。運転手はコノエに行き先を尋ね、コノエは手短に答えた。
「地上は賑やかだな」
「それに平和そうだわ」
シェルターの上で機たちが戦わなくては地球が侵略されるという危機感は感じられない。それは喜ばしいことだとコノエは言う。
「我々みたいな存在は居ない扱いであればいいんです。それでこそ日常ですから」
「そうね。機たちは非日常だものね」
景色は段々建物が低くなっていく。住宅が増えていく。市街地から郊外に向かっているのだとコノエが教えてくれた。
「コノエのご実家は街の郊外にあるのね」
「レヴェイユが予想しているよりもだいぶ田舎です」
いつの間にか、景色は田園ばかりになってきた。のどかな風景とはこういう風景を指すのだろう。まばらにある邸宅の一つの前でタクシーが停まった。
「レヴェイユ、ここです」
高い塀に囲われた広い邸宅だ。静謐で穏やかな造りをしている。
「では、行きましょう」
インターフォンを鳴らすと、凛とした雰囲気の中年女性が現れた。コノエの母親だろうか。
「お帰りなさい。……こちらの可憐なお嬢さんはパートナーのお人形さんね」
とっさに頭を下げる。
「お世話になっております」
「こちらこそ、息子がお世話になっています。さぁ、入ってちょうだい」
門の中は色鮮やかな美しい庭園だ。こまめに手入れされているように見える。薔薇がほのかに香る。コノエの母親は機に訊ねる。
「庭、気になりますか?」
「ええ、手入れの行き届いた素晴らしい庭園ですね」
母親は声を弾ませて答える。
「嬉しいわ。夫と二人で手入れしてきた甲斐があるわ」
夫ということはコノエの父親か。両親の関係も良好そうに窺える。
「父さんはいる?」
「今日は仕事。わざわざ息子を呼びつけておいて、肝心なときに居ないなんて困った人ね」
母親はわざとらしくため息を吐く。
「だったら、今日はこれで帰るよ」
コノエはようかんの紙袋を母親に手渡して引き返そうとする。母親は引き留めようとする。
「せっかく来たのだからお茶くらい飲んでいったら」
「ごめん。また来るよ」
「またっていつ? あんた、そう言って三年帰らなかったじゃない」
コノエは三年もここに帰らなかったのか。わかる気がする。母親も、この庭も、明るくて優しい。だから過日のコノエには眩し過ぎたのだろう。でも、今のコノエなら大丈夫だ。きっと、またここに訪れるはず。
「今年のうちにはまた来るよ。父さんにはイレギュラーが発生しない日に呼ぶように行っておいてくれ」
コノエがそう言うと母親は仕方ないわねと笑った。そして、ちょっと待ってと家に入っていった。数分で母親は庭に戻ってきた。その手には青いベルベット貼りの小箱があった。
「お嬢さん、よかったら貰ってくれないかしら」
小箱の蓋が開かれる。中には薔薇が象られた銀細工のブローチが納められていた。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、機にはもったいない、です」
すると、母親はブローチを取って機の手のひらに置く。
「遠慮しないで。あなたのような可愛らしい女の子にこそ似合うと思うから」
機が戸惑っていると、コノエは機の手のひらを握らせた。
「ありがとう。貰っておくよ。じゃあ、また今度」
コノエは機の肩を抱いて門扉へ歩き始めた。
「こんな素敵なもの、機には……」
「これは誰よりレヴェイユに似合う」
門扉を潜ると、母親は大きな声で言った。
「今度来るときは、そのブローチをつけてきてくれたら嬉しいわ」
こう言われては敵わない。機はブローチを受け取ることを決めた。
待っていたタクシーに再び乗り、空へ戻る道のりを行く。銀細工の薔薇は相変わらずきらきら輝いている。
「箱にしまうか?」
「せっかくだから、空に戻るまではこのまま眺めていたいわ」
関門を逆に潜る。段々と空に近づいていく。心は引き締まっていく。空は戦場で、機は兵器なのだから。
最後の関門を潜り抜ける。鮮やかすぎる青が広がる。これこそが機たちの空だ。
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