quinze
「で、ここに来たのか」
技術者は心底嫌そうに機を睨む。
「来客に紅茶くらい淹れなさいよ」
「麦茶しかない」
生温いペットボトルの麦茶は妙に量が多い。仕方なく麦茶を飲む。麦の煎った匂いは香ばしい。技術者はペットボトルの麦茶の量が多いのはツルベの功績だと言う。ツルベとは一体何なのか。
技術者は知ったような口を利く。
「姫様は堪え性がないな。恋は短期決戦じゃない。じわじわと時間をかけて陥落させるもんだろ」
「偉そうに言うけれど、あなた恋愛経験あるの?」
「そんな戯れは不要なんでな」
「馬鹿おっしゃい。相手が居ないだけでしょう」
返事はない。図星だったか。
「じわじわと陥落なんて言うけれど、コノエが悠長なやり方で陥落すると思えないわ」
「あれは意外と押しっぱなしより、引いた方が向こうから来るタイプだ。ほら見ろ」
技術者は扉を指差す。
「何もないじゃない」
文句を言ってやろうと考え始めたとき、扉が開いて機の身体は宙に浮かんだ。いつの間にかコノエが機を抱えている。
「ご面倒おかけしました」
コノエは短く頭を下げて踵を返す。技術者が気怠げに「もうこないでねー」などと言う。
コノエは黙ったまま廊下を進む。機を降ろそうとしない。
「今更、何の用かしら」
わざとそっぽを向いてやる。
「改めて一度、お話しをすべきかと思いまして」
「一体、何の話なの」
「僕の、レヴェイユに対する気持ちです」
機は振られるのか。この朴念仁というか唐変木、あるいは独活の大木に。
ようやく降ろされたのは機の部屋に着いてから。
「お気持ち表明は手短にしてちょうだい」
機がそう言うと、コノエは困り顔を浮かべる。
「手短にと言われましても……」
コノエはもごもごと口ごもる。
「早く言いなさい」
傷つきたくはない。けれど、さっさと済ませて欲しいとも思う。矛盾している。
「まず、謝りたい。済まなかった」
「謝ってどうするのよ」
意味が分からない。何故今から振るくせに謝るのか。
「許さなくていい。自己満足に過ぎないと承知している」
「前置きはいいから。気持ちをさっさと言いなさい」
すると、コノエは赤面する。意味が分からない。
「共に生きていきたい」
「……え?」
「操縦士としてだけでなく、パートナーとして共に在りたい。愛している。レヴェイユ」
コノエは跪いた。初めて会ったときと同じように、目の前に跪いた。そして機の手を取り口づけた。
「……馬っ鹿じゃないの?」
機はコノエの横っ面を全力で蹴り飛ばした。コノエは壁まで吹っ飛んで、床に落ちた。壁にひびが入ってしまった。
「機からの誘いは拒絶したくせに、今更になって共に生きていきたいですって? 拒絶を挽回したらハッピーエンドになるとでも思ったのかしら?」
コノエはぽかんと口を開けて、こちらを見上げる。
「だから謝ったのね。機が怒る前提だから。許して欲しいのだろうけれど、許さないわよ」
コノエはうなだれていく。でも、機の知ったことではない。
「許さないから、その生命が尽きるまでの忠誠を誓いなさい」
コノエは顔を上げた。瞬く間に顔が引き締まっていく。
「……当然だ」
これでこそ、機が恋した男だ。
「立ち上がりなさい。コノエ」
コノエは立つ。そして、機に向き合って頭を下げる。
「死が二人を分離つまで、愛と忠誠を誓う」
「それでいいわ」
機は短い腕でコノエを抱き締めてやる。コノエもそれに応じて機を抱き締めてくれた。でも、それだけ。たったそれだけ。機たちは、それ以上深いやりとりを交わさなかった。お互いに存在を確かめ合って、自然と離れた。
「では、また明日迎えに来よう」
「程々の時間になさいね」
そうして、機たちはおやすみなさいを交わし、それぞれの部屋で眠りに就いた。
機はそれで充分だと思う。これ以上の幸せを求めたら抱えきれずに零れてしまいそうになる。
でも、もし願っても許されるのであれば地上へ行ってみたい。




