表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Princesse des épines ーいばらの乙女人形と岩の兵士ー  作者: 菫重工
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

quatorze

 翌朝。コノエは言葉通り迎えに来た。有言実行は素晴らしいけれど、まだ夜明け前だ。窓からの光はなく、何より(わたし)は充電が完了していない。わざとのろのろ起きて扉を開けてやりに行く。

「おはようございます。ネグリジェ可愛いですね」

「迎えが早過ぎるわ。昨日とは事情が違うのよ」

「では、二度寝をすればいいのでは」

「あなたね、もう起動してしまったものは仕方な……」

 コノエは話を聞いていないのか、(わたし)を抱き上げる。

「ちょっと! 何するつもりなの?」

「俺が寝かせようかと」

 コノエは(わたし)を寝台まで運び、割れ物を扱うように寝台に横たえた。

「子守歌を歌いましょうか」

「要らないわ。(わたし)は人間の幼子ではないのよ」

「では、お話を聞かせましょうか」

(わたし)は子供ではないと言っているでしょう」

 呆れてしまう。コノエはどうしても(わたし)を寝かせたいらしい。そんな戯れをしなくとも、(わたし)をスリープモードにすればいいだけなのに。

 とはいえ、微睡みに向かう最中にコノエの声が心地良く響く。

「……そして、いばらのお姫さまは、王子さまと永遠に幸せに暮らしました」

 王子様なんて必要ないわ。(わたし)は国家を守護する兵器だもの。


 目覚めると硝子張りの小部屋にいた。燦々と降り注ぐ日差し。色とりどりの薔薇が(わたし)を囲む。美しいけれど、静か過ぎてまるで硝子の棺の中にいるようだ。淋しい。そう心に浮かんだ。けれど、(わたし)に人間のような心などありはしない。感情は予め仕組まれたメカニズムだ。わかっている。

「起きてください」

 呼ばれている。でも、音が滲んで不明瞭だ。誰が呼んでいるかもわからない。だいいち、(わたし)は起きている。起きているのに何故そのような呼びかけをされているのか。

「もう、時間です。行かなくては」

 鐘の音が響く。どこへ行くのか。出口を探すけれど、硝子張りの部屋に扉はない。ここが密室だと今更気づく。どうすれば良いのか。硝子の壁を叩く。精一杯叩いてもひび一つ入らない。手では駄目だ。力を込めて蹴る。叩くより効果がありそうだ。何度も蹴る。僅かにひびが入る。けれど、蹴破るまでにいつまでかかるのか。

「レヴェイユ、目覚めの時間だ」

 コノエの声だ。硝子越しにコノエが遠く見える。けれど、コノエは迎えには来ない。(わたし)が硝子の中に閉じ込められているとは気づいていない。会いたい。会わなくては。そう思った途端に硝子は砕けた。降り注ぐ破片を厭わず、硝子の外へ駆け出す。コノエのもとへ走り寄る。

 そこで再び目覚めた。

 瞼を開くと、コノエが(わたし)の肩を揺らしていた。

「目覚めはいかがですか、レヴェイユ」

「最低だわ。良い夢だったのに……」

 先程までの光景は夢で、今が現実だ。それだけは分かる。

「無粋な起こし方するのね」

「緊急要請ですのでご容赦を」

「ますます最低の目覚めだわ」

 ネグリジェを脱ぎ捨ててコノエに投げてやり、薔薇の織り柄が施されたドレスに着替える。コノエは(わたし)の裸体を見ても動じない。淡々とネグリジェをランドリーバスケットにしまう。そして、ヘアブラシで(わたし)の髪を梳かす。

「結いますか」

「手短になさい」

 そう言ったのに、コノエは(わたし)の髪をシニョンに仕立てた。仕上げにサテンのリボンまで結んだ。悠長だ。

「では、行きましょう」

 

 駐機場は騒がしく、忙しない。

「一番暴れられる地点はどこかしら」

「そうですね……前線から見て中央奥なんていかがでしょう」

「賛成するわ。乗りなさい」

 搭乗機体に変形して、コノエを乗せる。

「修理後の初出動になるわね。気を引き締めなさい」

「了解。では、行こう」

 カタパルトから射出されて一直線に飛んでいく。前方眼下に戦場が見える。

「降下するわ」

「ついでにボムを撒くか」

「今は味方を巻き込みかねないわ」

 地表に降り立つ。敵機と味方機の距離が近過ぎる。回り込んで斜め後ろから斬り倒し、踏み進む。

「次は?」

「まだまだ居る」

 無人機が邪魔だ。有人の隊長機を狙いたい。

「どれよ。近過ぎてセンサーが誤反応するわ」

「奥の赤い機体を狙え」

 示されたその機体は、(わたし)より大型だ。敵のレンジに入りたくはない。バヨネットを三連で撃つ。ちょっとした足止めだ。飛び上がって背に回り込む。操縦席を狙って蹴りつける。足元が揺らぐ。けれど、簡単には吹っ飛ばない。

「重いわね」

「ボムを仕掛けるか」

「駄目よ。こいつ、前回の機体と同型よ。硬いわ」

「では、どうする」

(わたし)のリミッターを解除しなさい」

 コノエは躊躇わなかった。(わたし)の意図が読めたのだろう。

「暴れてやれ、レヴェイユ」

 リミッター解除。(わたし)の暴走を任意に発動する。これが叶うのは、操縦者がコノエという強靭な人間だからだ。

 疾り、飛ぶ。蹴って駄目なら爪を差し込んでこじ開けるまでだ。どんなに堅牢な機体でも、関節や開閉部分はある。それらは他の部位に比べて弱い。

 敵機の背中が裂けて、破れて、真っ二つに割れる。命乞いのような悲鳴を聞いた。ああ、でも、ごめんなさいね。(わたし)はお前を殺さなくてはならない。

 真っ赤に濡れた爪を引き抜く。有人機らしき敵機が撤退していく。(わたし)はたった今、半分に割れた敵機をそいつらに投げてやる。逃げ遅れた機体が潰れた。残り半分も投げてやる。今度は上手く潰せなかった。構わない。どうせ全員逃がしてやらないのだから。

 疾る。一番先頭を走る機体の首根っこを捕まえて、逆さに落とす。一回で機能は停止させられるけれど、それでは駄目だから、胴体を握り潰す。また赤が飛び散る。

「レヴェイユ、停まれ」

 コノエの声が聞こえた途端、すぅっと力が抜けていく。けれど今までと違って意識は遠ざからない。

「帰還するぞ。レヴェイユ」

「いやよ。物足りないわ」

 とはいえ、帰還命令が出たのだから帰らなくてはならない。不満げにしている(わたし)を気遣ってかコノエは囁く。

「帰ったら図書室に行きましょう」

「あら、それはデートのお誘いかしら」

 コノエは逡巡して、それから答えた。

「だとしたら、お付き合い頂けますか」

「仕方ないから付き合ってあげるわ」

 基地に帰還してコノエを降ろし、ヒトガタに戻る。せっかくコノエが結ってくれたシニヨンは崩れていた。仕方なく髪を解く。二人で図書室に向かったけれど、図書館が開いていない。コノエは扉の貼り紙を読む。

「年に一度の整理期間……だそうです」

「タイミングが悪かったわね」

 仕方なく、(わたし)とコノエは基地内を散歩する。カフェテリアは操縦者が自分のパートナーの自律型戦闘人形(ドール)を連れて戯れている。浮ついているし、騒がしい。環境が合わない。

「コノエ、あなたの部屋に連れて行きなさい」

「僕はレヴェイユを部屋に連れ込むなと釘を刺されています」

 幹部連中に先手を打たれていたのか。用意周到なことだ。

「連れ込んではならない理由は何?」

「いつレヴェイユの暴走が起きるかわからないから、です」

「それが理由なら、コノエは(わたし)を御した実績があるから、問題ないでしょう」

 引き留めようとするコノエを引き摺ってコノエの部屋に向かう。

「止めましょう。上にお叱りを受けます」

「そんなの知ったことではないわ」

 (わたし)は並の人間二人くらいなら引き摺るパワーがある。つまり、コノエ一人分くらいは余裕で引き摺れる。

 コノエの部屋の扉を開ける。殺風景だ。設置されている家具以外の、私物が見当たらない。ベッドに仰向けになる。

「つまらない部屋ね。本当にこの部屋で暮らしているの」

「寝起きしかしていませんから当然かと」

 つまらない。挑発してやろう。

「こんなに無防備なのだから、キスくらいしてご覧なさい」

 (わたし)がそう言うと、ぴしゃりと戸を閉める声でコノエは答えた。

「お断りします」

「コノエは(わたし)のこと好きではないの」

「敬愛していますよ」

 敬愛の敬が邪魔だ。それは触れ合うたぐいの愛ではない。

「そんな答えは求めていないわ」

「では、どのようにお答えすれば」

「知っていて躱すのは止して」

 待っていても無駄だ。立ち上がって、背伸びをして、抱きつく。瞼を閉じる。

「お膳立てしてあげたわ。あとは、コノエの問題よ」

 そう言うと、コノエは参ったなと声を漏らした。

「どうなっても知らないからな」

 身体が浮き上がり、唇に温かいものが一瞬触れる。瞼を開いたときにはベッドに座らされていて、幻だったのかと思うほどの一瞬。

「やればできるじゃない」

「簡単に言わないでくれ」

 コノエは髪をぐしゃぐしゃと掻く。

「自制心を振り払うのに苦戦したんだ」

 よく見れば頬が赤い。

「ここに座りなさい」

 ベッドの、(わたし)の隣のスペースを指し示す。コノエは口ごもりながらも座る。

「頑張ったわね、コノエ」

 腕を伸ばしてコノエの頭を撫でてやる。ずっと、こうしてやりたかった。コノエは赤面したまま頷く。岩のような見た目に不釣り合いなほど反応が幼い。まるで、初恋をしたばかりの少年だ。その不釣り合いさが可愛いとさえ思える。だから、抱き締めてやる。すると、コノエは声を絞り出すように言う。

「レヴェイユ、駄目だ。それは」

「あら、何がいけないの?」

 わざと小首を傾げてみせる。コノエは必死に抑えた声で囁く。

「自制が利かなくなる」

 利かなくなればいい。(わたし)たちは操縦者の恋人として振る舞える。

「構わないと言ったらどうするの?」

「挑発するのは止せ」

「挑発ではないわ。本当に構わないのよ」

 すると、コノエは巨大な溜め息を吐いた。

自律型戦闘人形(ドール)が我々、操縦士と恋愛をする存在として造られているのは承知している。だが、そのような免罪符があったところで、甘んじる訳にはいかない」

 呆れた。そこまで清廉潔白である必要なんてないのに。

「堅ったい頭しているわね。(わたし)だって予め仕組まれた偽りの恋心の正誤を散々考えたわ。考え抜いた上で、コノエなら構わないと思っているのよ」

「だとしても、今は駄目だ」

 コノエは(わたし)の腕を振り解いてしまう。

「つまらない男ね……」

 熱が冷めてしまって部屋を出る。出たところで、行き場なんてないのだけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ