quatorze
翌朝。コノエは言葉通り迎えに来た。有言実行は素晴らしいけれど、まだ夜明け前だ。窓からの光はなく、何より機は充電が完了していない。わざとのろのろ起きて扉を開けてやりに行く。
「おはようございます。ネグリジェ可愛いですね」
「迎えが早過ぎるわ。昨日とは事情が違うのよ」
「では、二度寝をすればいいのでは」
「あなたね、もう起動してしまったものは仕方な……」
コノエは話を聞いていないのか、機を抱き上げる。
「ちょっと! 何するつもりなの?」
「俺が寝かせようかと」
コノエは機を寝台まで運び、割れ物を扱うように寝台に横たえた。
「子守歌を歌いましょうか」
「要らないわ。機は人間の幼子ではないのよ」
「では、お話を聞かせましょうか」
「機は子供ではないと言っているでしょう」
呆れてしまう。コノエはどうしても機を寝かせたいらしい。そんな戯れをしなくとも、機をスリープモードにすればいいだけなのに。
とはいえ、微睡みに向かう最中にコノエの声が心地良く響く。
「……そして、いばらのお姫さまは、王子さまと永遠に幸せに暮らしました」
王子様なんて必要ないわ。機は国家を守護する兵器だもの。
目覚めると硝子張りの小部屋にいた。燦々と降り注ぐ日差し。色とりどりの薔薇が機を囲む。美しいけれど、静か過ぎてまるで硝子の棺の中にいるようだ。淋しい。そう心に浮かんだ。けれど、機に人間のような心などありはしない。感情は予め仕組まれたメカニズムだ。わかっている。
「起きてください」
呼ばれている。でも、音が滲んで不明瞭だ。誰が呼んでいるかもわからない。だいいち、機は起きている。起きているのに何故そのような呼びかけをされているのか。
「もう、時間です。行かなくては」
鐘の音が響く。どこへ行くのか。出口を探すけれど、硝子張りの部屋に扉はない。ここが密室だと今更気づく。どうすれば良いのか。硝子の壁を叩く。精一杯叩いてもひび一つ入らない。手では駄目だ。力を込めて蹴る。叩くより効果がありそうだ。何度も蹴る。僅かにひびが入る。けれど、蹴破るまでにいつまでかかるのか。
「レヴェイユ、目覚めの時間だ」
コノエの声だ。硝子越しにコノエが遠く見える。けれど、コノエは迎えには来ない。機が硝子の中に閉じ込められているとは気づいていない。会いたい。会わなくては。そう思った途端に硝子は砕けた。降り注ぐ破片を厭わず、硝子の外へ駆け出す。コノエのもとへ走り寄る。
そこで再び目覚めた。
瞼を開くと、コノエが機の肩を揺らしていた。
「目覚めはいかがですか、レヴェイユ」
「最低だわ。良い夢だったのに……」
先程までの光景は夢で、今が現実だ。それだけは分かる。
「無粋な起こし方するのね」
「緊急要請ですのでご容赦を」
「ますます最低の目覚めだわ」
ネグリジェを脱ぎ捨ててコノエに投げてやり、薔薇の織り柄が施されたドレスに着替える。コノエは機の裸体を見ても動じない。淡々とネグリジェをランドリーバスケットにしまう。そして、ヘアブラシで機の髪を梳かす。
「結いますか」
「手短になさい」
そう言ったのに、コノエは機の髪をシニョンに仕立てた。仕上げにサテンのリボンまで結んだ。悠長だ。
「では、行きましょう」
駐機場は騒がしく、忙しない。
「一番暴れられる地点はどこかしら」
「そうですね……前線から見て中央奥なんていかがでしょう」
「賛成するわ。乗りなさい」
搭乗機体に変形して、コノエを乗せる。
「修理後の初出動になるわね。気を引き締めなさい」
「了解。では、行こう」
カタパルトから射出されて一直線に飛んでいく。前方眼下に戦場が見える。
「降下するわ」
「ついでにボムを撒くか」
「今は味方を巻き込みかねないわ」
地表に降り立つ。敵機と味方機の距離が近過ぎる。回り込んで斜め後ろから斬り倒し、踏み進む。
「次は?」
「まだまだ居る」
無人機が邪魔だ。有人の隊長機を狙いたい。
「どれよ。近過ぎてセンサーが誤反応するわ」
「奥の赤い機体を狙え」
示されたその機体は、機より大型だ。敵のレンジに入りたくはない。バヨネットを三連で撃つ。ちょっとした足止めだ。飛び上がって背に回り込む。操縦席を狙って蹴りつける。足元が揺らぐ。けれど、簡単には吹っ飛ばない。
「重いわね」
「ボムを仕掛けるか」
「駄目よ。こいつ、前回の機体と同型よ。硬いわ」
「では、どうする」
「機のリミッターを解除しなさい」
コノエは躊躇わなかった。機の意図が読めたのだろう。
「暴れてやれ、レヴェイユ」
リミッター解除。機の暴走を任意に発動する。これが叶うのは、操縦者がコノエという強靭な人間だからだ。
疾り、飛ぶ。蹴って駄目なら爪を差し込んでこじ開けるまでだ。どんなに堅牢な機体でも、関節や開閉部分はある。それらは他の部位に比べて弱い。
敵機の背中が裂けて、破れて、真っ二つに割れる。命乞いのような悲鳴を聞いた。ああ、でも、ごめんなさいね。機はお前を殺さなくてはならない。
真っ赤に濡れた爪を引き抜く。有人機らしき敵機が撤退していく。機はたった今、半分に割れた敵機をそいつらに投げてやる。逃げ遅れた機体が潰れた。残り半分も投げてやる。今度は上手く潰せなかった。構わない。どうせ全員逃がしてやらないのだから。
疾る。一番先頭を走る機体の首根っこを捕まえて、逆さに落とす。一回で機能は停止させられるけれど、それでは駄目だから、胴体を握り潰す。また赤が飛び散る。
「レヴェイユ、停まれ」
コノエの声が聞こえた途端、すぅっと力が抜けていく。けれど今までと違って意識は遠ざからない。
「帰還するぞ。レヴェイユ」
「いやよ。物足りないわ」
とはいえ、帰還命令が出たのだから帰らなくてはならない。不満げにしている機を気遣ってかコノエは囁く。
「帰ったら図書室に行きましょう」
「あら、それはデートのお誘いかしら」
コノエは逡巡して、それから答えた。
「だとしたら、お付き合い頂けますか」
「仕方ないから付き合ってあげるわ」
基地に帰還してコノエを降ろし、ヒトガタに戻る。せっかくコノエが結ってくれたシニヨンは崩れていた。仕方なく髪を解く。二人で図書室に向かったけれど、図書館が開いていない。コノエは扉の貼り紙を読む。
「年に一度の整理期間……だそうです」
「タイミングが悪かったわね」
仕方なく、機とコノエは基地内を散歩する。カフェテリアは操縦者が自分のパートナーの自律型戦闘人形を連れて戯れている。浮ついているし、騒がしい。環境が合わない。
「コノエ、あなたの部屋に連れて行きなさい」
「僕はレヴェイユを部屋に連れ込むなと釘を刺されています」
幹部連中に先手を打たれていたのか。用意周到なことだ。
「連れ込んではならない理由は何?」
「いつレヴェイユの暴走が起きるかわからないから、です」
「それが理由なら、コノエは機を御した実績があるから、問題ないでしょう」
引き留めようとするコノエを引き摺ってコノエの部屋に向かう。
「止めましょう。上にお叱りを受けます」
「そんなの知ったことではないわ」
機は並の人間二人くらいなら引き摺るパワーがある。つまり、コノエ一人分くらいは余裕で引き摺れる。
コノエの部屋の扉を開ける。殺風景だ。設置されている家具以外の、私物が見当たらない。ベッドに仰向けになる。
「つまらない部屋ね。本当にこの部屋で暮らしているの」
「寝起きしかしていませんから当然かと」
つまらない。挑発してやろう。
「こんなに無防備なのだから、キスくらいしてご覧なさい」
機がそう言うと、ぴしゃりと戸を閉める声でコノエは答えた。
「お断りします」
「コノエは機のこと好きではないの」
「敬愛していますよ」
敬愛の敬が邪魔だ。それは触れ合うたぐいの愛ではない。
「そんな答えは求めていないわ」
「では、どのようにお答えすれば」
「知っていて躱すのは止して」
待っていても無駄だ。立ち上がって、背伸びをして、抱きつく。瞼を閉じる。
「お膳立てしてあげたわ。あとは、コノエの問題よ」
そう言うと、コノエは参ったなと声を漏らした。
「どうなっても知らないからな」
身体が浮き上がり、唇に温かいものが一瞬触れる。瞼を開いたときにはベッドに座らされていて、幻だったのかと思うほどの一瞬。
「やればできるじゃない」
「簡単に言わないでくれ」
コノエは髪をぐしゃぐしゃと掻く。
「自制心を振り払うのに苦戦したんだ」
よく見れば頬が赤い。
「ここに座りなさい」
ベッドの、機の隣のスペースを指し示す。コノエは口ごもりながらも座る。
「頑張ったわね、コノエ」
腕を伸ばしてコノエの頭を撫でてやる。ずっと、こうしてやりたかった。コノエは赤面したまま頷く。岩のような見た目に不釣り合いなほど反応が幼い。まるで、初恋をしたばかりの少年だ。その不釣り合いさが可愛いとさえ思える。だから、抱き締めてやる。すると、コノエは声を絞り出すように言う。
「レヴェイユ、駄目だ。それは」
「あら、何がいけないの?」
わざと小首を傾げてみせる。コノエは必死に抑えた声で囁く。
「自制が利かなくなる」
利かなくなればいい。機たちは操縦者の恋人として振る舞える。
「構わないと言ったらどうするの?」
「挑発するのは止せ」
「挑発ではないわ。本当に構わないのよ」
すると、コノエは巨大な溜め息を吐いた。
「自律型戦闘人形が我々、操縦士と恋愛をする存在として造られているのは承知している。だが、そのような免罪符があったところで、甘んじる訳にはいかない」
呆れた。そこまで清廉潔白である必要なんてないのに。
「堅ったい頭しているわね。機だって予め仕組まれた偽りの恋心の正誤を散々考えたわ。考え抜いた上で、コノエなら構わないと思っているのよ」
「だとしても、今は駄目だ」
コノエは機の腕を振り解いてしまう。
「つまらない男ね……」
熱が冷めてしまって部屋を出る。出たところで、行き場なんてないのだけれど。




