onze
夜が明ける。相変わらず手足のパーツは届かず、機は猫のまま。もう猫にも飽きてきた。
「まだ来ないのかしら。やきもきするわ」
「まだ来ねぇよ。そんなに退屈ならまた操縦士の様子でも見に行ってやれ」
「そうね。あなたを詰めてていても変わらないし、行くわ」
また朗らか過ぎるメロディーに乗って医療エリアに向かう。コノエの部屋のドアが開く。けれど、ベッドの上にコノエがいない。
「コノエ……どこなの?」
もう退院したのかも知れない。ほとんど無傷のところを検査入院させられていただけだ。いなくなっても無理はない。けれど、退院したにしてはコノエの気配がまだ感じられる。医療エリアのどこかに居るのかも知れない。
部屋から退出して、コノエを探す。リハビリルームを覗く。コノエはいない。そうなるとどこに居るのか。談話室に向かう。またしてもコノエはいない。
「また来たのか」
聞き覚えがある声がして振り返る。コノエだ。
「探したにゃん」
「ごめんな。検査室に行ってたんだ」
「そうだったにゃんか」
ほっと安堵する。
「猫、お前どうして俺にばっかり構われたがるんだ」
それは、コノエだからに決まってるのだけれど、今は言えない。
「お兄さんが一番優しく触ってくれるにゃん」
「それ以外にも理由があるだろ」
「他には、無いにゃん」
バレてしまうわけにはいかない。そろそろラボに戻らなくては。なのに、コノエは猫の機体を掴んでしまった。懇願するように声を振り絞る。
「もう少しなのにゃん。だから待っていて欲しいにゃん」
すると、コノエは機体から手を離した。機は、猫はコノエのもとから立ち去った。
「猫の正体にコノエが気づいてしまうわ。いつになったら修理が終わるのよ!」
技術者を蹴り飛ばしたくても車輪では轢き潰すのが限度だ。
「痛い! 重い! ていうかネコチャンでウィリーしないで!」
「嫌よ! 早く機を直しなさい!」
「さ……さっき部品届いたから大人しく待っててくれ!」
ウィリーをやめる。部品が届いたのなら脅す意味はない。
「本当なの?」
「姫様がまだかまだかとうるさいから納期を無理矢理早めて貰ったんだ」
「あら、それは感謝しなくてはね」
技術者は大きく息を吐いた。
「これでやっとベッドで寝られる……」
「まさか……」
「ここんとこ横になって寝てる暇なかったからねぇ」
「あなた、もしかしなくても相当な馬鹿なのね」
呆れてしまう。要領が悪いというか、愚直なのか。
「それで、あと何日待てば元の機体に戻れるのかしら」
「今日中には間に合うと思う」
嬉しい。これでようやく機としてコノエに会いに行ける。
「何か手伝えることはあるかしら」
「ウィリーせずに大人しく待っていて」
「わかったわ」
どうやらウィリーは相当おっかない行為だったようだ。
しかし、修理が終わったらどんな顔をしてコノエの元に行けばいいのか。わからない。どのような顔をすればいいかわからないときは笑うといいと映画で見た覚えがある。
確か、その映画には機たちのような搭乗型の兵器が出ていた気がする。どのような内容だったかは忘れてしまったけれど、どのような顔をすればいいかわからないときは笑えばいいとだけは覚えている。




