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起動する。けれど身体を起こせない。首も動かない。意識があるのであれば、頭部と胴体はまだ繋がっている可能性が高い。人間と違って自律型戦闘人形は頭部に演算機能が詰め込まれているわけではないから。
機が目覚めたと気づいた何者かが近づく。くたびれた白衣に見覚えがある。ラボの技術者だ。
「目覚めはどうだ? 姫様」
「最悪だわ。起きて真っ先に見るのがあなたなんて」
「言うと思ってた」
「分かっているのなら、直ちに機の状態を教えなさい」
すると、技術者はうーんと唸りだした。これだから役に立たない。
「質問を変えるわ。機の手足はどうなったの?」
「爆発で吹っ飛んじまった」
やはりそうなのか。
「では、胴体は?」
「へそから下が動かない」
状態は芳しくない。そうなると、最も懸念すべきはコノエの生死だ。そう簡単に死ぬ男ではないはずだ。けれど、無事だとは思えない。機の損傷から考えても、無傷は有り得ない。恐れを孕みながら訊ねる。
「……コノエは」
「死んでない」
「それじゃ分からないわ!」
「操縦士について、生きてる以上の情報は聞かされてない」
「だったら、直接医療エリアに行くわ。代用の自律型戦闘人形機体を貸しなさい」
そう言うと、技術者はカフェテリアで見かける配膳用ロボットを引っ張り出してきた。モニターには猫の顔まで付いている。しかも移動に伴ってのんきな音楽が流れる。
「何よ、これは」
「地上で普及しているロボットだ。可愛いだろ」
モニターの猫がウインクする。
「自律型戦闘人形を貸しなさいと言ったのに、何故猫が出てくるの」
「余してる自律型戦闘人形なんかあるかよ」
「だからといって、こんな配膳用のロボットが何の役に立つのよ」
「こいつは姫様の意識を移せるように改造済みだ。これで行けって」
嫌とは言えなかった。手段は選んでいられない。機は意識を猫ロボットに移すと決めた。技術者は慣れた様子で取り出し機の意識を猫ロボットに移した。
「……なに笑っているのよ」
「不謹慎だけど、姫様がネコチャンになったのが面白くてな」
蹴り飛ばしてやりたいが、猫ロボットには手足がない。あるのは車輪だけだ。
仕方なく医療エリアへ走り出す。気の抜ける音楽が流れる。不愉快だ。すれ違う人間や自律型戦闘人形は猫ロボットを見て頬を緩ませる。
「ファミレスの猫だ!」
「可愛い。何を運んでるんだろ」
うるさい。近寄らないでちょうだい。撫でるのは止めなさい。通行の邪魔よ。そう言おうとしても、発されるのは「くすぐったいにゃ〜」などという自動回答ばかり。困った。言葉を発することが叶わない。
散々通行を邪魔されながらも医療エリアに到着した。幸い、通行を止められたりはしなかった。猫ロボットは元から医療エリアへの出入りをしていたのか。
しらみつぶしに病室を覗いては「間違えましたにゃん」と引き返す。病室の人間たちは「またねー」と手を振る。不思議だ。猫ロボットはただ動き回っているだけなのに、人間たちは猫ロボットを見ると笑顔になる。
そうしているうちにコノエの病室を見つけた。自動ドアが開き中に入る。コノエはベッドごと上体を起こして座っている。よかった。コノエが生きている。けれど、今の機は喋ることができない。
「ああ、食事の時間か。ありがとう」
食事を運んでいるわけではないからトレイの上には何もない。中身が機だと伝えたくても、声が発せない。これでは陸に上がった人魚姫のよう。伝えたい何もかもが伝えられない。
「間違って来たのか?」
そう言ってコノエは上部のボタンを押す。帰還命令が発される。でも、どこへ帰ればいいのか。
「あれ? 帰って行かないな」
コノエは何度か帰還ボタンを押した。一向に動かない猫ロボットに首を傾げる。
「もしかして、構われたいのか?」
コノエはモニター画面を撫でる。それは、猫を構う機能らしく、機の意思とは無関係に「もっと撫でてにゃん」などと音声が発される。不本意だ。
「ロボットでも、猫は気まぐれだな」
コノエは猫ロボットに気の抜けた笑顔を向ける。そんな表情、機は向けられたことがない。猫ロボットに嫉妬してしまう。嫌になってそっぽを向いた。コノエは猫ロボットが急に回転しても、また「やっぱり猫だな」と笑う。機は猫ではないのに。機械が機械に嫉妬するなんておかしいのに。いたたまれなくなって退出する。機の気持ちとは裏腹の生温いメロディーに乗って。コノエは何も知らずにのんきに手を振る。
「また来いよ、猫」




