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1.始まり

虐待を受けていた僕視点のお話です。

細かい虐待の描写はありませんが、苦手な方は戻ることを推奨します。

どうしてこんなに胸が苦しくなるのか…

僕が狂った始まりは、何だったか。

生まれたときからか、それとも育っていくなかでか。

僕の家は、父と母、姉、そして僕の4人家族だ。父は、大手企業の関連会社として働いていることだけが唯一の誇りとでも言うようなタイプでほとんど家に寄り付かない人だった。

たまに家にいるときは、泥酔して自分の子供に手を出すような人だった。つまり、虐待をしていた人だった。

母は、専業主婦で父の稼ぎに依存して、多少の父の虐待には目を瞑っていた。

そんな中で姉は、父が不機嫌になるたびに僕が全部悪いことをしたと虚言を吐いていた。

姉の気持ちも分からないでもないが。

ゆえに家族のヘイトは全部僕に向かっていた。

殴る、蹴るは当たり前、風呂に入れてもらえないことや食事を抜かれることも多々あった。

小中学生の頃の僕の命綱は、給食だった。

長期休暇とくに夏休みは、なかなか食事にありつけず、お腹が空いて困ったものだった。いや、何とか餓死せずに済んだだけでも良かったのかもしれない。

まぁ、当たり前とも宿命とでも言うべきか、不潔や痩せなどでいじめの対象ともなった。

周囲の教師は誰一人として何もしなかった。

明らかな暴力でさえも見て見ぬふりをし、僕は一人であった。

そんな環境下で育ったためか、僕の思考は何ごとにも興味を示せなかったし期待を抱いたこともなかった。

そんな僕の転機は、中3の頃だった。転機と言えるかは分からないものだったが。

姉が高校卒業して就職し、家を出るにあたり、母は父との離婚を決めた。むしろ、これまでよく耐えたというべきか。

父の暴力性は僕たちが成長するにつれて、冪乗していくかのように酷くなっていった。

母は、娘である姉を猫可愛がりし、娘の顔や目立つところに傷が付かないように母が父の暴力の盾となっていた。僕がその機能を果たすことの方がよくあったが。

母は、そんな日々が限界だったんだろう。

娘のためにと耐えてきた日々とおさらばして、今までの父からの暴力の鬱憤を僕に向かわせた。

2人暮らしで中学と家の往復だけの暮らしであったため、全くの逃げ場はなかったが、女である母の叩く力は、父ほどではなかったのが、唯一の救いだった。

そんな僕も、中3の終わり、頼み込んで通信制の高校に進学させてもらえることになった。

高校に入学するための条件は、スクーリング以外バイトをして、全額家に入れること。

僕は、それに忠実だった。


何の希望もないなかで、生きてきた僕の15年の人生に正真正銘の転機が訪れることになることをこのときは知らなかった。その転機は今までのことが全く予想だにできないくらいの遥かに良いものであった。





最後まで読んでいただきありがとうございます。

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