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8/22

第8話 待ち合わせ

 明瀬さんと長電話──今日の予定についての話し合いは五分で終わった──をした翌朝。

 待ち合わせ場所として指定された駅前の広場に、俺は所在なさげに佇んでいた。

 土曜日の朝九時頃と言うことで人通りはそれなりで、自分の体格が他の人の邪魔になってしまわないか気になって、つい隅の方へ向かっていきたくなる。


 スマホの画面を見れば、時刻は八時五十分。ここに突っ立って待つこと既に三十分以上。

 元々、若干割高ながらも駅に程近い物件を選んでもらっていることもあって、俺が一人暮らしをしているマンションと駅までの距離は徒歩で数分程度だ。

 まさか遅刻するわけにもいくまいと早めに家を出たのだが、流石に早く出過ぎた。


 教科書類を詰め込んだバッグが肩に食い込んで、流石に辛くなってきた。逆の方に抱え直し、手に持った傘も逆側に移動させる。

 傘の先がコンクリートの床に当たって硬質な音を立てる。ふと見上げるも、雨雲の姿は今は確認できない。

 今朝のニュースでは降水確率は五十%ってところだったが……もう六月も中旬に差し掛かろうとしている。いつ降り出してもおかしくない頃だ。

 紙類を大量に抱えているので、できれば降らないでほしいが。


 などと思考を巡らせていると、ふと気づく。


「……? なんだ?」


 俄かに周囲の人々がざわつき始めている。

 彼らの視線の先は駅の改札口。そこから一人の少女が、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくるのが見えて……。


「あっ、柳田くん!」


 亜麻色の瞳が俺の姿を捉えた瞬間、その顔にパッと笑顔の華が咲いた。

 案の定と言うべきか、その少女は俺の待ち人たる明瀬陽華さんだった。

 元々華やかな容姿をしている彼女が、満面の笑みで手を振りながらこちらに駆け寄ってくる様は……何と言うか、破壊力が凄い。


「電車が思ったよりも混んでて遅くなっちゃった、ごめんね?」

「いや……時間通りだから大丈夫」


 そんな彼女と親し気に会話する俺の方にも相応の好奇と嫉妬の視線が突き刺さる。

 いつもならその圧力に委縮してしまうところだが……今の俺はそれどころではなかった。

 何故ならば……目の前の明瀬さんがあまりに可愛すぎたからだ。


 涼しげな雰囲気を纏った、控えめながらも女の子らしい装い。

 上は薄手の白い半袖ブラウス。透け感のある素材とふんわりと広がった袖口は、爽やかな清楚感とさりげない可愛らしさを違和感なく引き立てている。

 下はシックな色合いのジャンパースカート。膝丈で品のある丈感ながら、歩く度にふわりと揺れるのが見る者の目を強く惹きつける。

 ウエストがやや絞られた上品なシルエットで、学生らしい真面目さと程よいおしゃれ感のバランスが絶妙だった。

 背中には教科書等でやや膨らんだ黒のキャンバス地のリュック。足元は白のショートソックスにローファー。

「勉強会」という今日の主題から外れないよう控えめに、けれどほんの少しだけ気合を主張している。

 ともすれば野暮ったく見えてしまう衣装を、彼女の元来持つ華やかさが「大人っぽい着こなし」へと昇華させていた。


「あー、えっと……」

「? どうしたの?」

「私服、凄く似合ってると、思う。……可愛い」

「ふぇっ!?」


 まるで熱に浮かされたような。

 普段の自分からは想像もつかないような浮ついた言葉が、勝手に漏れ出てしまった。


 ……きっと、こんな凡庸な誉め言葉なんて、いくらでも言われてきただろうに。

 それでも彼女は、薄くメイクされた頬を朱に染めて、はにかむような笑みを浮かべるのだ。


「あ、ありがと。君からそんな風に言ってくれるなんて思わなくて、びっくりしちゃった。すごく嬉しい……!」

「……まぁ、似合わないことを言った自覚はある。けど、何か言いたくなって、気付いたら口が動いてた」

「……君はずるいね」

「ずるいか?」

「うん、ずるい。今日は真面目に勉強に集中しようって思ってたのに……可愛いなんて言ってもらったら、浮かれちゃうよ」


 えへへ、と頬に手を当てる明瀬さんの、その反則級に愛らしい仕草に、ずるいのはどっちだよと思ってしまう。

 いつまでもこの空気に酔いしれていたくなるが、凝視してくる周囲の視線が許してはくれない。

 敵意を込めた目で見回せば、野次馬たちはそそくさと視線を逸らして散り始めた。こういう時は自分の体格と目つきの悪さに感謝したくなる。


 解放感に安堵の息を吐いていると、くいと袖を引かれて、


「その、柳田くんも、カッコいいと思うよ?」


 羞恥に頬を染めて、上目遣いにこちらを見上げながら一撃。あまりの破壊力に膝が震えた。


「そっ……うかな。普通のジャケットにジーパンだと思うけど」

「柳田くんは背が高くて筋肉質だから、シンプルな服装でもすごく映えるし……うん、凄く似合ってると思うよ!」


 全身をしげしげと眺めながら、うんうんと頷く明瀬さん。

 清潔感を重視して派手過ぎない服装を心がけたのだが、明瀬さんには高評価を頂けたらしい。

 真っ直ぐな褒め言葉にむず痒くなってしまうが、まぁ……。


「明瀬さんの隣を歩いて見劣りしない程度のものになってるなら、よかったよ」

「ふふっ、むしろ私が緊張しちゃうかも」


 そう言って二人で笑い合う。

 少し気恥ずかしくも、和やかな時間だが……漠然とした焦燥感が胸の内に沸いてくる。

 何か忘れている気が……あっ。


「まずい、バスの時間が……!」

「あっ、そ、そうだったね! 急がなきゃ!」


 駅前で合流した後は、市民会館までバスで向かうことになっていた。

 バスの到着予定時間まであと数分。慌てて最寄りのバス停まで走り出したところで、明瀬さんが再び何かに気付いたような声を上げた。


「あっ!」

「ど、どうした?」


 彼女の視線の先には、俺の手に掴まれた黒い傘。


「傘持ってくるの忘れてた……!」

「あぁ……まぁ降水確率は五十%って話だし、大丈夫じゃないかな」

「もし降ってきたら、柳田くんの傘に入れてね?」

「えっ」


 当然のように告げられた言葉に思わずずっこけかけた。

 返事を待たずに駆け出してしまった彼女の後を追ってバス停に到着したところで、ちょうど目当てのバスが滑り込んでくる。


「何とか間に合ったね!」

「あぁ、うん」


 屈託ない笑顔を浮かべる明瀬さんの頬は、突発的な運動のせいか、少し赤らんで見えた。

 ……あまり深く考えないようにしよう。要は降らなければいいのだ。


 停車したバスに連れ立って乗り込む。

 普段バス通学の明瀬さんは定期をリーダーに読み込ませ、逆にほとんどバスを利用しない俺は整理券を受け取る。

 明瀬さんがバス後部の二人席に腰掛けたのを見て、その前の席に座ろうとして……がしっ、と腕を掴まれた。


「…………」

「♪」


 ぽんぽん、と笑顔で自分の隣の席を叩く明瀬さん。隣に座れ、と言うことか。

 ……思考は一瞬。観念して彼女の隣に腰を下ろした。


「ありがとう♪」


 何がそんなに嬉しいのか、ニコニコと楽し気な笑みを浮かべる明瀬さんに苦笑してしまう。

 背負っていたリュックを体の前に持ってきて、それを抱え込むようにして腕を組んだ。荷物の固定と、隣の彼女に触れてしまわないように。


「狭くないか?」

「全然大丈夫だよ。むしろ……君に守られてるみたいで安心するかも?」

「……さいで」


 バスの車内なので、相手だけに聞こえるように声のトーンを極力抑えて話す。

 必然こしょこしょと囁き合う形になって、昨夜の通話を思い出してしまった。


「守られてると言えば……さっきのやつもカッコよかったね。周りの人たちにギロ~って一睨みして追い払っちゃったの」

「あれは別に……俺もじろじろ見られて嫌な気分だっただけだし、目つきの悪さは自慢することじゃないよ」

「そうかなぁ。私は君のキリッとした目もカッコいいと思うけど」


 ……今日は”カッコいい攻撃”で攻めてくるつもりか?

 先程から何度もカッコいいと褒められて、それがお世辞の類でないことも察せられてしまって、流石に照れが出てくる。

 照れ隠しのように視線をフロントガラス上の運賃表に向ける。隣の明瀬さんがくすりと笑う気配がした。


「でもそうなると、柳田くんと一緒だと”あの”シチュエーションは期待できそうにないね」

「”あの”って?」

「小説とか漫画でよくあるじゃない? ”彼氏のいない間にナンパ”とか”そんな彼氏より俺と~”とか、そういうやつ。柳田くん背が高いからどこに居ても私のこと見逃さないだろうし、睨まれると皆逃げちゃうもんね」


 どこか夢見るように言う明瀬さんの言葉に、実際に目の前でそんな事態が起こったらどうか、考えてみる。

 ……心底肝が冷えたし、憤りさえ感じた。

 確かに女子からすれば憧れのシチュエーションなのかもしれないが、男子側からすれば堪ったもんじゃない。


「そういう事態にならないように努力するよ」

「うん♪ ……ちゃんと、守ってね?」

「……了解」


 ……”カッコいい攻撃”と”上目遣い攻撃”の波状攻撃か。凄まじい威力だ……! 別に抵抗する必要なんてないじゃないか、と戦闘の意思すらへし折られるのが恐ろしい。


 少し前まで自分の体格と人相の悪さは、他人を遠ざけ、友達作りのハードルを無暗に引き上げるコンプレックスだったのだが。

 明瀬さんと知り合ってからは、持って生まれた身体に感謝したくなる機会が多い気がする。

 我ながら現金すぎて笑いが込み上げて……いや待て。


 何をナチュラルに受け入れているんだ俺は。

 俺は明瀬さんの彼氏などではなく、ただの友達でしかないというのに。

 いっちょまえに”独占欲”じみた感情を抱く自分に少し自己嫌悪する一方で……明瀬さんが喜んでるなら、それでもいいか。嬉しそうに笑う明瀬さんを見て、そんな風に思ったりもして。


『──次は、市民会館前~……』

「……そろそろだな」


 ひそひそおしゃべりを楽しんでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 名残惜しさを感じつつも、窓側に座る明瀬さんに、降車ボタンを押してもらうように頼むが、


「届かな~い。柳田くんが押して~」

「…………」


 両手だけをぷらぷらさせて背もたれから体を起こそうとしない明瀬さん。

 ジト目を送るも完璧な笑顔の盾に弾き返される。

 ……何を考えているのかわからんが、とりあえず早くボタンを押さなければ。

 仕方なく体を起こし、明瀬さんの前に上体を横切らせるようにして手を伸ばして──……


「ふぅ~……」

「っぉ!?」


 突如として耳元を襲ったくすぐったさに小さく飛び上がる俺。

 驚愕の視線を下手人に向ければ、両手で口元を抑えてプルプルと震えていた。

 とりあえず当初の目的通りにボタンを押し、体を席に戻す。


「……明瀬さん」

「ご、ごめんねっ。ついやってみたくなっちゃって……っ!」


 未だ笑い続ける明瀬さんに呆れを多分に含んだ視線を送る。


「流石にあれは反則だと思います」

「はい、ごめんなさい……」


 一昨日も思ったが、素の明瀬さんは意外と悪戯好きなのかもしれない。

 流石にしゅんとした様子を見せる明瀬さんは、膝の上に抱えたカバンから何かの包みを取り出して、掲げてみせた。

 その包みの正体に思い当たり、俺は目を瞠る。これは、まさか……!


「お弁当作ってきたから、これで許して? ねっ?」

「許す」


 即答だった。

 我ながら驚くほど即答だった。

 赦しを乞うた明瀬さんですら驚いている。


「……柳田くんって、なんて言うか、やっぱりすごく……」


 明瀬さんはそこで言葉を切ったが、その視線から何を考えているのかははっきりと伝わってきた。

 言っておくが俺は特別チョロいわけじゃない。むしろ人一倍頑固な性格だと自負しているがそれはそれとして明瀬さんのお弁当と言うか明瀬さんの前だと何故か──と、弁解しようとしたものの、


「あ、着いたみたい。降りよっか」

「……はい」

 明瀬さんのファッションについての描写に一番時間を使いました。

 作者はファッションエアプです。


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