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第6話 彼女のお弁当

「どうぞ、召し上がれ♪」

「お、おぉ……!」


 昼休み。昨日と同じ校舎裏のベンチにて、膝の上で開けた弁当に感嘆の声を上げていた。

 腕によりをかけて作った力作と豪語する彼女の言葉通り、素晴らしい出来栄えの弁当だった。


「これは……すごいな……」


 ステンレス製の、やや年季の入った無骨な弁当箱は恐らく彼女の父親のものか。

 慎重に蓋を開けて、まず目に飛び込んできたのは、色とりどりのおかずたち。

 黄金色にカリッと揚げられた唐揚げ、ケチャップがちょんと載った一口サイズのハンバーグ、隅にはポテトサラダにブロッコリー、プチトマトも添えられていて、鮮やかな彩りで見ているだけでも楽しくなる。

 仕切りのひとつには、ふっくらと焼かれた卵焼きが整然と並んでいて、その切り口からほんのり甘い出汁の香りが漂ってくる気さえした。


 だが、何より俺の目を引き付けたのは───弁当箱の四分の一を堂々と占める、俺がリクエストした金平ごぼうだった。

 しっかりと炒められたごぼうと人参の千切りに、豚肉が惜しみなく混ぜられている。白ごまが軽く振られて、茶色を基調とした色合いに柔らかなアクセントを加えていた。

 だが何よりも俺を引き付けたのは、その香りだ。甘辛い醤油とみりんの匂いに、出汁のふくよかさが加わって、腹が空いて堪らない。

 ”美味しそう”どころではなく、”絶対に美味しい”のがわかる。


「……いただきます」


 箸を握って、両手を合わせる。

 これまでに行ってきた食前の挨拶の中で、一番真剣に感謝の念を込めた実感があった。


 震える箸を最初に向けたのは、当然金平ごぼうだ。

 箸先でそっと一口摘まみ上げ、胸中の緊張ごと呑み込むように口に運ぶ。


「……うっま」


 我知らず声が漏れていた。

 口の中にじゅわっと広がる懐かしい甘辛さと、ごぼうの香ばしい風味。噛むごとにじゅわっと味が染み出し、たっぷり入った豚肉がそれを引き立てて、旨味の相乗効果が口いっぱいに広がる。

 しゃくしゃくとした食感を存分に楽しんで、呑み込んだ。


 深い満足感が充溢し、一方で口の中に漠然とした寂寥感が広がる。

 急き立てられるようにもう一口、今度はすぐに白米を口に運ぶ。

 金平ごぼうの甘辛い旨味が白米の優しい甘さと合わさって、一層ふくよかな味に変化していく。

 なるほどこれが「口内調味」か、という納得と共に、次々と口に運んで、咀嚼する。


 気付けば金平ごぼうは三分の二ほどしか残っておらず、白米も半分以上なくなってしまっていた。

 いつの間に、と愕然とする俺を見て、明瀬さんはくすくすと笑った。


「そんなに夢中になって食べてくれるなんて、作った甲斐があるなぁ。気に入ってくれた?」

「最高。美味い、ほんとに美味すぎて、箸が止まらない……!」

「んふふ、嬉しいな。喉に詰まらせないようにね?」


 あまりの美味に語彙力まで吹き飛んでしまったようだ。

 無心になって弁当を掻き込む俺に明瀬さんは笑いながら、自分も弁当を食べ始めた。


「この唐揚げも美味いな……冷めてるのに、柔らかくてジューシーで」

「今朝作ったばかりの出来立てだからね!」

「朝から揚げ物を……? 大変じゃなかったか?」

「ふっふっふ、実は唐揚げって揚げなくてもオーブントースターで作れちゃうんだよ」

「そうなのか……凄いな……」


 胸を張ってドヤ顔をする明瀬さん。素直に称賛の気持ちしか湧いてこない。

 唐揚げを堪能したら、次は卵焼きだ。綺麗な黄色の断面に、小口切りの青ネギが細やかに散りばめられていて、見た目にも美しい彩りだ。

 ふんわりとした厚みを感じながら口に運ぶと、まず感じるのは卵の優しい甘み。次に、ネギのさっぱりとした風味。

 卵焼き自体は甘めの味付けだが、ネギの刺激がちょうどいいアクセントになって飽きさせない。


「卵焼きは甘い味付けにしてみたんだけど、大丈夫だった?」

「めちゃくちゃ美味い。甘いのもしょっぱいのもどっちでもいいと思ってたんだが……これを味わったら、甘い方じゃなきゃダメになりそうだ。ネギのおかげで甘すぎなくて、美味い……」

「ちょっと褒めすぎだよ? でもよかったー。ネギを入れるのはママのアイデアだったんだ、男の子は甘いだけの味は苦手かも、って」

「…………へぇ」


 ほっと胸を撫で下ろす明瀬さんの言葉に、忙しなく動いていた箸が止まる。

 ママ。お母さん。男子向けの味付けを、母親に聞いたということは……俺のために弁当を用意してくれたことを、彼女の母親に知られているということだ。

 ……別に悪いことではないはずだ。ただ、何だか落ち着かない気分になるだけで……。


 何とも言えない居心地の悪さを誤魔化すように無心になって箸を動かしていると、いつの間にか完食してしまっていた。

 空っぽになった弁当箱を見ていると無性に寂しくなる。もっと味わって食べるべきだったか……。

 名残惜しい気持ちを胸にしまい、しっかりと手を合わせる。


「……ごちそうさまでした。めちゃくちゃ美味かったです」

「お粗末様でした♪ パパが前に使ってた、ウチで一番大きい弁当箱借りてきたのに、あっという間に食べ終わっちゃったね。男の子ってすごいなぁ」

「まぁ帰宅部とは言え、食べ盛りの男子高校生としてはこれぐらいは。弁当箱は洗って返すよ」

「え? でも……うーん、わかった」


 何か言いたげな様子を見せる明瀬さんだったが、流石にそこは譲れない。

 土日が挟まるから返せるのは週明けになってしまうが……そう言えば明日の土曜日に勉強会をするんだったな。そこで返せばいいか。


 明瀬さんはにこにこと嬉しそうに笑いながら、


「料理には自信があったけど、改めて人に喜んでもらえるとやっぱり嬉しいし、もっと自信がつくよ。おかずは唐揚げとハンバーグにしたけど、他に好きなおかずとかある?」

「そうだな……基本的に肉なら何でも好きだな。照り焼きとか、チキンカツとか……」

「ふんふん……じゃあ《《次》》は照り焼きチキンにしてみようかな。その次はチキンカツで……色々とバリエーションを考えておかないとなぁ」


 と、真剣な様子で考え込む明瀬さんを見守って──俺は自分の耳を疑った。

 次? 次とは一体?


「あの、明瀬さん? 次っていうのは、どういう……?」


 震える声で放った問いに、明瀬さんはきょとんとした顔で、


「え? 次のお弁当だけど……今リクエストももらったし、作ってきていいんだよね?」

「いやいやいやいや!」


 さも当然のように宣う明瀬さんに全力で首を横に振る。

 あくまで“お礼”として今日一度きりだったはずなのに、彼女の頭の中ではいつの間にか連続シリーズが確定していたらしい。

 しかも彼女の口ぶりからして、その次以降も予定されているようだ。


「今のは普通に好きなおかずを聞かれたと思って答えただけであって、リクエストってわけじゃないから……!」

「そうなの? じゃあ改めてリクエストをどうぞ!」

「どうぞとかではなく! そもそも明瀬さんにお弁当を作ってもらったのは”お礼”だからで、今回限りのことだと思ってたんだけど……!?」

「え~?」


 必死に言い募る俺に何故か不満そうにする明瀬さんは、


「さっきはすごく美味しいって言ってくれたのに……ダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど……理由がないだろ。俺と明瀬さんはただの……ただの……」


 ただの……何だ?


「…………友達、ってことでよろしいでしょうか」

「何でそんなに自信なさげなの? 少なくとも私はとっくに友達だと思ってたんだけどなー」

「そ、そっか……」


 よかった、これで友達なんかじゃないと否定されでもしたら、人間不信になってしまうところだった。

 胸を撫で下ろす俺に、明瀬さんは悪戯っぽく笑って付け加えた。


「まぁ、ただの友達にお弁当作ってあげたりはしないけどね♪」

「…………」


 それはどういう気持ちで言ってるんですか? と、聞き返す勇気が俺にあるはずもなく。

 何だかどつぼに嵌まってしまいそうな気がして、咳払いで話を仕切り直した。


「と、とにかく。ただの友達に、そんなに何度も弁当を用意してもらうなんて、どう考えてもおかしいと思う。そんなのまるで──……」


 勢いで出てきそうになったものを、ギリギリのところで呑み込む。

 そんな俺をじっと見つめる明瀬さんの瞳は透明で、何もかも見透かされている気さえした。

 俺の言葉を継ぐようにして紡がれた一言に、俺の体は完全に硬直した。


「まるで……恋人みたい?」

「……っ!?」


 その決定的な二文字を口にする彼女の頬は、薄く朱に染まっていて。

 ドクンッ、と心臓がひときわ大きく跳ねた。

 揶揄っていると思うには、向けられる視線はあまりに真摯で、揺るがない。


「……な、なんて、ね?」


 ふいに、その視線が逸らされる。

 それが本当に冗談なのか、それとも照れ隠しなのか……俺にはもう、判断がつかなかった。


「と、とにかく! これは私がす……好きで、やりたいって思ってるだけだから。誰かのために料理するのも楽しいし、むしろ作らせてほしいな」

「…………ならせめて、材料費と人件費を出させてほしい。あと、やっぱり負担にはなるだろうから、週一ぐらいの頻度で」


 ここまで言われては、断るのは逆に失礼かもと思わされてしまう。

 感覚が麻痺している自覚はあるが、提案そのものは非常に魅力的なものであるのは事実だ。

 故に折衷案。これほどの出来栄えの弁当を無料で恵んでもらって平気でいられるほど、俺の神経は図太くはない。


「お金なんて要らないんだけど……わかったよ、ちゃんと受け取るから、そんな顔しないで?」


 どうやら俺は余程深刻そうな顔をしていたらしい。

 これは最低条件且つ絶対に譲れないラインでもあったので、呑んでもらえて本当によかった。

 しかし頻度に関しては納得していただけていないようで。


「私は毎日でもいいんだけど……週三!」

「俺が罪悪感で死んじゃうから勘弁してくれ……週二なら」

「仕方ないなぁ。それで手を打ちましょう」


 不承不承といった様子で了承する明瀬さん。おかしい、普通逆では……?

 首を傾げながらも、降って湧いたこの幸運に心を躍らせている自分もいた。

 先程頂いたお弁当は本当に素晴らしいものだった。あれを毎週味わえるというのなら五桁の値段を出しても惜しくはないと思える。

 いつまで続くかはわからないが、これからの学園生活における大きな楽しみが一つ増えたのだ。


「流石に来週は中間テストがあるから、再来週からでお願いします」

「そうだね、メリハリはきちんとつけなきゃ」


 真面目な顔で頷く明瀬さん。ここ数日で随分印象が変わったとはいえ、彼女は本来模範的な優等生なのである。


 双方の合意を見たところで明瀬さんも弁当を食べ終え、そのタイミングで予鈴が鳴った。

 連れ立って教室に向かって歩きながら、考えるのは先程の会話のことだ。


『まるで……恋人みたい?』


「……っ」

「? どうしたの?」

「いや……欠伸が出そうになって」


 どんな感情に由来するものか自分でもわからないまま、飛び出そうになった声を必死に呑み込む。

 そんな俺を見上げながら、明瀬さんは屈託ない笑みを浮かべた。


「午後の授業、寝ないようにがんばろーね!」

「……そうだな」


 胸の奥に灯った仄かな熱は、なかなか消えてくれなかった。

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― 新着の感想 ―
女子がお弁当作ってくれるっていいよね 僕も一回女子が何の前触れもなく作ってきてくれたことがあって嬉しかった どうして作ってくれたの?って聞いたら、「作ってみたかったから」と言われた でも、その一回で終…
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