第52話 溜まり場
「てかお前ら、ちゃんと宿題やってんの?」
ゴールポストからボールを蹴り返しながら投げかけられた赤坂の問いに、橋本と濵崎の動きがぴたりと硬直する。
誰にも受け止められなかったボールが動きを止めた頃、ようやく再起動した二人が赤坂に食って掛かった。
「おいおい赤坂ぁ! せっかく楽しく遊んでる時に水差してくんじゃねーよ!」
「そうっすよ! 無粋な発言は慎んでほしいっすねぇ!」
「つまりやってないんだね」
「夏季休暇はあと十日ほどしかないが、終わる目途は立ってるのか?」
「「ぐぅ……」」
ぐうの音を漏らす二人に森山と岡が苦言を呈し、そんな彼らのやり取りを見て俺は小さく苦笑した。
お盆の帰省から数日後、岡が言及した通り夏休みも終盤に差し掛かったある日。
普段からよく話す俺たち男子六人は、駅近くの総合運動公園に集まってサッカーをしていた。
「せっかくの夏休みなのに俺ら全然集まってなくね?」という橋本の思い付きで集められ、「とりあえずサッカーでもするか」という橋本の思い付きで公園に連れてこられたのだ。
ちなみにボールは橋本ではなく森山の私物だ。家が近いからと取りに帰らされた時の、物言いたげな顔が忘れられない。
赤坂たちに白い目を向けられた橋本は、わざとらしく腕を組んで、
「けどそうか、もう夏休みも終わりなんだよな……。何だかあっという間だったな……」
「いい話風にまとめようとしないでよ。ちゃんと宿題提出しないと休み明けの練習参加できないんだよ?」
「んなこたわかってらぁ! けどいざ机に向かうと、不思議なことに一気にやる気が湧かなくなってさぁ」
「それな!」
ぶちぶちと不平を零す橋本に同調するように頷く濱崎。気持ちはわかるが、仕方ないで済ませられるものでもない。
「期末の時のお前はどこ行ったんだよ。あのやる気があれば、宿題なんてすぐ終わるだろ」
「あれはプールデートってご褒美があったから頑張れただけ!」
「今回はないから無理だって?」
「そう!」
「そうじゃねぇよ……」
「羨ましい野郎め……! 彼女いない俺らへの当てつけっすか!?」
何故か自慢げに胸を張る橋本に、濱崎が牙を剥いた。さっきまで肩を組んでいたのに感情の動きが忙しないやつだ。
ガルル、といつぞやの岡のようになってしまった濱崎を宥めつつ、赤坂が尋ねてくる。
「そう言うお前ら……森山たちと柳田とかは終わってんの? 俺はもうちょいで終わりそうだけど」
「僕は七月中に済ませてるよ。貴重な休みを宿題に煩わされたくなかったし」
「流石だな森山。俺は苦手科目が少し残っているが、まぁ今週中には終わると思う。柳田はどうだ?」
「俺も宿題は全部終わって、今は休み明けの実力テストに向けてコツコツ勉強してるとこだな」
「おぉ……真面目だね。それも明瀬さんの影響かな?」
森山の茶化すような言葉に、俺も苦笑で返す。
「まぁ、否定はしない。陽華の彼氏として、みっともない成績を残したくはないしな」
「かっこいいね。橋本も見習った方がいいんじゃない?」
「あーうるせぇうるせぇ。それぞれのカップルにはそれぞれのやり方があんだよ!」
森山にチクリと刺されて思い切り顔を顰めた橋本は、誤魔化すように濱崎に視線を向けて、
「カップルと言や濱崎ぃ、この夏休みの間に向井さんと何かしら進展あったのか? 一回ぐらいデートに誘ったりとかさ」
「うぇっ!? あっ、いやぁ、そのー……」
「おいおい、色々相談に乗ってやっただろ? 宿題もやってなきゃ恋愛もろくに進展してねぇ、お前はこの一か月何してたんだ?」
「そ、それは部活とか、ゲームとか……アドバイスしてもらったのはありがたいっすけど、俺にも準備とかタイミングってもんがあるんすよ!」
「……この様子だと踏み出せる日は遠そうだな」
「入学式で一目惚れだったのに、ロクに話しかけられねぇまま掻っ攫われた奴の言葉は重みがちげぇなぁ……いやごめんて岡、じょーだんだって」
能面のような無表情になってしまった岡に平謝りする赤坂。
掻っ攫った張本人として、俺も若干気まずいので勘弁してほしい……謝罪する気は一切ないが。
「……おっ、そうだ!」
話を聞きながらリフティングをしていた橋本が、ふと何事かを思いついたような声を上げた。
鮮やかにトラップを決めた彼は、びしっと俺たちを指差して、
「勉強会を開こうぜ! 俺たちだけじゃなくて、明瀬さんや向井さんたちと、あとシオも呼んでさ!」
「その心は」
「俺らは宿題が早く終わってハッピー、ついでに濱崎は向井さんと話す機会ができてハッピーで一石二鳥だろ?」
「女性陣のメリットがないんじゃない?」
「勝手な想像で悪いけど、いつも明瀬さんに泣きついてる辺り向井さんもまだ終わってないんじゃね? まぁ単なる思いつきだし、要は友達同士で集まって楽しく勉強しようぜってことだからさ」
「橋本……いや、橋本様……!」
「へへっ、よせやい」
跪いて拝み始めた濱崎に照れ笑いを浮かべていた橋本は、ふと俺の方に視線を向けて、
「つーわけで、女性陣に話を通すのは柳田に任せた!」
「はぁ? 言い出しっぺじゃないのかよ」
「この中であの面子と一番仲いいのお前だろ? ……あとぶっちゃけ、明瀬さんさえ引き込めれば他の二人もついてくると思うし」
「頼んます師匠……! どうか、どうか……っ!」
「……とりあえず話してはみるから、土下座はやめろ」
「—―っ!! あざっす……!! 一生ついてくっす師匠!!」
だから師匠じゃないって……あと土下座はマジでやめろ。
感涙に咽びながら頭を下げ続ける濱崎を強引に立ち上がらせて、そっと溜め息を吐く。
とりあえず話すだけとは言ったが、陽華ならまず間違いなく快諾してくれるし、陽華が行くならと向井さんと高宮さんも来るだろう。
そこから発展させられるかは、当人の努力次第だ。
「んで、やるとしてどこでやるんだ? 女性陣が明瀬さんたちに篠原さんで四人。俺らが柳田と橋本、濱崎は確定として……岡と森山はどうする?」
「俺は………………んぐっ、いや……じ、辞退……させてくれ」
「お、おぉ……大丈夫か?」
「すまん、行きたい気持ちはあるが……まだ割り切れそうにない」
「難儀なやつだなお前。……まぁバカップル×2のいちゃつき見ながら勉強とか胃もたれしそうだし、俺もやめとこうかな。南とかも呼んで男子だけの勉強会でも開こうや」
「だったら僕もそっちに――」
「森山は絶対こっちな」
肩を組んで頷き合う赤坂たちに混ざろうとした森山を、橋本が首根っこを掴んで引き留めた。
抗議の視線を向ける森山に、何故か力強い目を向けて、
「バカ野郎! 俺らだけじゃ男女のバランスが崩れるし、お前が居なきゃ誰が俺と濵崎の面倒を見るんだ!」
「それなら南くんを呼べば……」
「あいつが半数がカップルの集まりに来るわけないだろ」
「……柳田くんと明瀬さんに、かり……高宮さんも居れば十分でしょ」
「悪いが俺に先生役を期待されても困る。俺も今度の実力テストに向けて集中したいし」
「なんだ、また明瀬さんと勝負でもしてんのか?」
「まぁそんなとこだ」
どうしても隠したいわけじゃないが、あまり人に言い触らしたい内容ではないので、ニヤニヤと笑う橋本に濁して答える。
そんな俺たちのやり取りを見ながら言葉を探すように沈黙していた森山は、やがて浅い溜め息を吐き出して、
「……わかった、引き受けるよ。それで、やるとしてもどこで集まるの? 教え合ったりするのが目的なら、図書館もあんまりよくないでしょ」
「八人でファミレスとかカフェに居座るわけのもよくないしなぁ。やっぱ、誰かの家じゃね?」
「一応言っとくけど、僕の家は無理だよ? 女性陣の家は最初から選択肢にないね」
「なら俺ん家……と言いたいところだが、流石に八人で教科書とワーク広げられるスペースはねぇや。濱崎はどうだ?」
「お、俺っすか!? 八人でも入ることは入るっすけど……いや、むむむ無理っす!! 自宅に向井さん連れ込むなんてそんな……っ!!」
「濱崎くん……君の恋路を応援してやるべきか、僕にはわからなくなってきたよ」
「お前そういう気持ち悪いとこ、早くどうにかしろよほんと。……そういや柳田って一人暮らししてるんだよな? お前ん家はどうだ?」
……まぁ、流れ的に俺に振られるのはわかっていた。
確かに俺の部屋ならば、ダイニングのテーブルを女性陣に使ってもらい、男どもにリビングのローテーブルを使わせれば収容は可能だろう。
男の一人暮らしの部屋に女子四人を招くのはどうなんだ? という懸念はあるが、女子の家に男四人で行くよりはマシだし、大人数なのでそこまで問題にはならないだろう。
……これが今じゃなければ、「あまり汚すなよ」と釘を刺すぐらいで頷いてやったんだがな。
「すまん、今はちょっと……難しいかもしれない」
「うん? お客さんが来る予定があるとか?」
「まぁそんなとこだ」
「どうせ明瀬さんだろー? それならむしろ都合がいいだろ。お前らのことだから夏休み中ずっと二人でいちゃいちゃしてたんだろうし、一日ぐらい――」
「…………」
「……まさか、宿泊中か?」
「…………」
「やってんなぁお前!」
「やってねぇよまだ!」
言葉と一緒に蹴りつけられたボールをそのまま蹴り返すが、難なく受け止められてしまった。
人の苦労も知らずにこの野郎……いやまぁ、最近はかなり順応してしまっているけれども。
「ははは……確かに、二人の愛の巣に踏み込むのはちょっと気が引けるよね」
「愛の巣とか言うな、普通に泊まってるだけだ」
「ちなみに宿泊期間について聞いても?」
「…………」
「数日? 一週間? 一か月? ……まさか、夏休み中ずっと?」
「……黙秘権を行使する」
「愛の巣で間違ってねぇじゃねぇか! やっぱやってんだろお前!」
「やってねぇって言ってんだろ!」
まだAまでしか行ってねぇよ! 必死に我慢してんだよこっちは!!
§
そんな話があった数日後の昼前。自宅で寛いでいた俺は、部屋に響く電子音を聞いて徐に立ち上がった。
インターホンを覗けば、見慣れた面子が楽しそうだったり申し訳なさそうだったり、様々な表情を浮かべて佇んでいる。
「今行く」とだけ伝えて、一時の同居人と一緒に玄関へ向かい、大きくドアを開け放った。
「いらっしゃい、みんな! 外暑いし、上がって上がって~」
「ようこそ我が家へ。まぁ、寛いでいってくれ」
……その時の彼らの表情は、しばらく忘れられないかもしれない。
驚きと困惑、羞恥や呆れなど、実に様々な感情がブレンドされた複雑な表情で顔を見合わせる六人。
微妙に生ぬるい雰囲気の中で、覚悟を決めたように進み出た橋本が、手に提げたビニール袋を掲げて、
「……お菓子とかジュースだけど、これで新居祝いってことでいいか?」
「うるせぇ早く入れ」




