第50話 後輩と義妹
作者の手違いで、第49話 お墓参りを飛ばして50話 義妹と後輩を投稿してしまっていました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません
母さんの墓参りを終えた俺たちは、そのままどこかに寄ることもなく真っ直ぐ帰路についていた。
どこかで一息ついてもいいかと思ったが、お供え物として持ってきた金平ごぼうが痛まない内に帰った方がいいだろう。
ついでに地元の風景について紹介しながら帰ろう、と思ったのだが……。
「何でそんな離れて歩いてるんだ?」
常に俺から半歩離れた距離を保ってついてくる陽華に聞いてみれば、じとっとした目で見られた。
「……今、汗かいてるからあんまり隣に立ちたくないの」
「俺は気にしないけど」
「私が気にするの!」
制汗シートも使ってたし問題ないと思うんだが。
それに陽華の汗なら……やめとこう、それは流石に変態すぎる。冗談でも口にしたら一人で帰らされそうだ。
「まぁ、気持ちはわかるけど……隣で歩いてるのに、手も繋げないのは寂しいな」
「んぐっ……ずるいよ、辰巳くん」
意地悪な陽華が悪い。が……そう言いつつも、おずおずと手を伸ばしてくれる陽華は優しい娘だ。
そっと重ねられた手の平に感謝を伝えようと顔を上げれば、頬をぐいと押されて強引に顔を逸らされた。
「なんだよ」
「手は繋いであげるから、あっち向いてて。絶対匂いは嗅がないで」
「……仕方ない。それで手を打とう」
何で偉そうなの、と少し拗ねた表情でぺちりと頬を叩かれる。
ろくに力が込められていない、撫でるようなビンタだ。当然痛くもなんともないし、むしろ心地いぐらいだ。
毒にも薬にもならないくだらないじゃれ合いを楽しんでいると、ふと背後から声をかけられた。
「……あれ、柳田先輩ですか?」
「ん?」
振り返ると、スポーツ刈りにがっしりとした体形の青年の姿があった。
その声を聞いた時点で脳裏に名前が思い浮かび、姿を見て確信した俺は、懐かしさを胸に彼の名前を呼んだ。
「久しぶりだな、井波」
「お久しぶりです、先輩! こっちに帰ってきてたんですね、会えて嬉しいです」
そう言って快活に笑う青年の名は、井波尊。中学時代の部活の後輩で、数少ない俺と親交があった人間の一人だ。
入部直後の彼を少し面倒を見た縁で、当時から随分慕ってくれていた。
俺にとっては可愛い後輩で……同時に、大きな恩がある相手だ。
「元気そうで何よりだ。部活の方はどうだ?」
「先輩に色々面倒を見てもらったおかげで、六月の大会ではシングルスで県四位まで行けました。本当にありがとうございます!」
「おぉ、おめでとう。それはお前の努力の結果だよ、よく頑張ったな」
「ありがとうございます! でも俺がここまで来れたのは、未経験だったおれにラケットの持ち方から丁寧に教えてくれて、練習に付き合ってくれた先輩のおかげなのも事実ですから」
「……わかった、その気持ちは受け取っておくよ」
頑として譲らない様子に苦笑して頷けば、井波は嬉しそうに笑った。
挨拶と軽い世間話が一段落したところで……先程から気になって仕方がなさそうな後輩の疑問を解消してやるとしよう。
繋いだままの手を掲げて、傍らの陽華について紹介する。
「紹介するよ、同じ高校に通う同級生で――俺の彼女の、明瀬陽華だ。陽華、こっちは俺の中学時代の後輩で、優唯の同級生の井波尊だ」
「初めまして、明瀬陽華です。よろしくね」
「や、やっぱり彼女さんだったんですね……! あっ、は、初めまして、ご紹介に与りました井波です! 先輩には大変お世話になって……!」
にっこりと微笑む陽華に、頬を赤らめて慌てる井波。
思春期真っ只中の中学生男子が、年の近い年上美少女に笑いかけられればそうもなるか……多少面白くないが。
自分の器の小ささに呆れの混じった溜め息を吐いていると、何かに思い当たった様子の井波がハッと顔を上げて、
「先輩がこの町に居るってことは、今はお盆の帰省中ってことですよね。それに彼女さんを連れてきたってことは、もしかして……」
「……まぁ、俺の親との顔合わせも目的の一つではあるな」
「進学してたった数か月で、恋人とご両親に挨拶に……!? 先輩すげぇ……!」
……妙なことを言うなとツッコもうと思ったが、客観的に見てそうとしか思えない現状に閉口する。
隣の陽華も嬉しそうにはにかむだけで、特に訂正しようという気持ちはないらしい。
というか最近は色々と麻痺していたが、俺と陽華が出会ってまだ二か月と経っていない。思いの強さが過ごした時間に比例するものとは思わないが、流石に色々と展開が早すぎやしないだろうか。
……まぁ、いいか。別に他人によく思われたいわけでもないし、俺たちが今幸せなのは間違いないのだから。
「そういうお前はどうなんだ。もう卒業まで半年とちょっとしかないぞ」
「え、っと……勉強の話ですか?」
「恋愛の話だよ。……いい加減、優唯に告白の一つでもしたのか?」
「……なっ、ななぁっ!?」
すまんな、お前の先輩は器が小さいんだ。
突拍子もない俺の質問に、先程の比ではないレベルで顔を真っ赤に染めて慌てだす井波。
そのあまりにもわかりやすい反応を見て、陽華の目がきらんと光った。
「へぇ~、井波くんって優唯ちゃんのことが好きなんだ!?」
「えっ、あ、いやっ! 違っ、そういうのじゃなくてっ! おれは別に、柳田さんはただの同級生で、そんなっ……!」
「その慌てようで取り繕うのは無理だろ。まぁ告白するにせよしないにせよ、さっきも言った通り卒業まであと半年とちょっとだ。後悔しないようにした方がいいと思うぞ」
「……っ!!」
まだ付き合って二か月とは言え、恋愛面に関しては先輩だからな。少しぐらい先輩風を吹かしても許されるだろう。
揶揄い半分、もう半分に真摯な感情の籠った俺の言葉に、井波は虚を衝かれたように黙り込んでしまった。
そんな彼に暖かい笑みを向けて、陽華がそっと語り掛ける。
「ふふ。優唯ちゃん、とってもいい子だもんね。頑張ってね」
「……が、がんばるとかは、ともかく。少し、真剣に考えてみます」
「そうしてくれ。……外野が好き勝手言って悪かったな。結局はお前の気持ち次第だけど……俺は、お前を応援してるよ」
「……ありがとうございます!」
深々と頭を下げる井波を制し、何か困ったことや相談したいことがあれば連絡してくるように言って、俺たちは別れた。
律儀に頭を下げて俺たちを見送る井波の姿が見えなくなったところで、少し揶揄うような笑みを浮かべた陽華が覗き込んできた。
「あの子のこと、すごく信頼してるんだね? 優唯ちゃんのことを任せられると思うくらいに」
「まぁ……あいつは、俺と優唯にとっての恩人だからな」
「恩人?」
不思議そうに首を傾げる陽華に、俺は微かに笑って、
「覚えてるか? 去年の、優唯が質の悪い連中に集られてた時――あの時に、”教室での優唯の様子がおかしい”って俺に教えてくれたのが、井波だったんだ」
「……! そっか、だから」
「あぁ。だから俺は、あいつの勇気と優しさを信頼してるんだ」
井波尊は、誠実で優しく、真面目な青年だ。
真面目すぎるあまり俺が出席停止処分を下されて大会を辞退したことを気に病んで、わざわざ俺と優唯に直接謝りに来たくらいである。
「優唯ちゃんは彼のことをどう思ってるのかな」
「少なくとも嫌ってはいないと思う。あの件があってから結構話すようになったらしいし、俺が卒業した後も優唯からもたまに井波の話が出てきたし」
優唯に聞いた話だと通っている塾が同じで、たまに放課後や塾の帰りに二人で帰ることもあるらしい。
勉強が得意な優唯が井波に教えてあげたりと……何だかどこかで聞いたことのある話だな。
そんな話を聞かせていると、どんどん陽華の目に宿る輝きが強くなっていった。可愛がっている妹分のコイバナに夢中のようだ。
「ねね、それってもしかして……優唯ちゃんの方も、結構脈アリなんじゃない!?」
「俺からは何とも……本人にそれとなく聞いてみたらいいんじゃないか? 陽華になら教えてくれるかもしれないぞ」
「そうだね! そうする!」
……まぁ、家族とはいえ外野の身ではあるが……可愛い後輩と妹の行く末が、いい方向に向かうことを願うばかりだ。
§
その日の夜。
柳田家と陽華の全員で囲んだ夕飯の席で、和やかに談笑する中で……話題の間隙を縫うように陽華が切り出した。
「そう言えば、今日のお墓参りの帰りに辰巳くんの後輩の男の子と会ったんですよ」
「兄さんの? ……もしかして、井波くんですか?」
優唯が反応した瞬間、陽華の目が一瞬ギラリと輝き……顔の横に”食いついた!”というテロップが流れたように見えた。
少しだけ優唯の方に身を乗り出して、声だけは優しげな調子でさらに切り込んでいく。
「そう、その子。優唯ちゃんの同級生なんだよね? 仲はいいの?」
「まぁ、男子の中だと一番喋る相手ではありますね。塾も一緒だし」
「塾が一緒なんだ! じゃあもしかして、一緒に帰ったりとか……?」
「たまにですけど……帰りが遅くなっちゃった時に、危ないからって家の近くまで送ってくれたり」
「へぇ~、優しいんだね!」
なんて白々しい演技だ……しかしやるな井波。流石の気の遣い方だ、後で俺から礼を言っておくか。
そのやり取りから陽華の意図を察したのか、満面の笑みを浮かべた義母さんまで参戦してきた。
「井波くんってあの時の男の子よね? 優唯がそんなにお世話になってるなら、親としてお礼をしなくちゃいけないわね」
「大丈夫だよ、私からちゃんとお礼してるし。井波くんのお願いで勉強教えてあげたり、二人で映画に行ったりとか……」
「「あら~!」」
「二人揃って何その反応……」
……やるなあいつ! 恋愛感情を指摘されるだけであれだけ照れてたくせに、しっかりアプローチを頑張ってるじゃないか。
この感じだと俺から発破をかける必要なんてなかったな。井波もしっかり行動してるし、優唯の方も満更でもなさそうだし。
何とも思っていない男子と、二人きりで映画になんて行かないだろう。
あとはもう、勇気を出すだけで……あいつにはその勇気があると、俺は知っている。
陽華も俺と同じことを思い至ったのか、探りを入れるのをやめて微笑ましげに冷やかしを入れる方向に切り替えたらしい。
義母さんも全力でそれに乗っかって、若干頬を赤く染めた優唯が鬱陶しそうに振り払う。
実に姦しい光景だ……今この場において発言権を持たない俺と父さんは、ただ気配を消して身を潜めることに徹するのみだ。
「なぁ、辰巳」
「なんだよ父さん」
味噌汁を啜った父さんが、やたらと真剣な口調で尋ねてくる。
「こういう時、父親として激昂するべきか、もっと問い詰めるべきか……お前はどう思う?」
「……とりあえず黙っとけばいいんじゃないか」
「俺もそう思う」
「何で聞いたんだよ……」
あー、味噌汁が美味いな。




