第49話 お墓参り
作者の手違いで、第49話 お墓参りを飛ばして50話 義妹と後輩を投稿してしまっていました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
実家からバスに乗っておよそ十分。丘を少し降りた辺りに建てられたお寺に、母さんの眠る墓地はあった。
近くの花屋でお供え用の花を購入し、家から持ち込んだ掃除用具を手に、陽華と二人でお寺へ向かう。
まず本堂に向かおうとしたところで、境内で掃き掃除をしている住職さんと目が合った。
「お久しぶりです、住職さん。今年も墓参りに来ました」
「おぉ、久しぶりだね、辰巳くん。また大きくなったかな?」
昨日から同じことばかり言われている気がするが、一年ぶりの再会なのでこれは言葉通りの意味だろう。
この住職さんは祖父母世代から付き合いがある方で、早くに母を亡くした俺たち親子を何か時にかけてくれていた。
「育ち盛りなので……図体ばかり大きくなって、中身の方が伴ってない気がしてますけど」
「そう謙遜せずともいい、いい意味で立ち振る舞いが変わったのがわかるよ。ご両親も鼻が高いだろう。……ところで、そちらのお嬢さんは」
住職さんに視線を向けられて、後ろに控えていた陽華が丁寧に頭を下げた。
「初めまして、ご住職様。辰巳くんとお付き合いをしてます、明瀬陽華です。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に、住職の永井です。ふふ、そうか。辰巳くんももうそんな年頃か」
住職さんの微笑ましげな目に、若干の居た堪れなさを感じる。
家族以外の、子供時代からお世話になった人に恋愛面でツッコまれるの、妙な気恥ずかしさがあるな……。
「ここに連れてきたと言うことは、お母様へ紹介に?」
「えぇ。それ以外にも色々と……報告したいことがありまして」
「そうか、そうか。きっと喜ばれるだろう。手桶とひしゃくはいつも通りの場所にあるからね」
「ありがとうございます」
しっかり礼を言って別れ、管理事務所で受け取った手桶に水を汲む。その手桶とひしゃく、ついでに箒を手に二人で墓地の小径を歩いていく。
柳田家の墓は区画の奥にあって、少し背の高い石塔がぽつんと立っている。遠目ではわからなかったが、近付いてみると落ち葉や苔、カビなどの汚れが目についた。
「まずは、掃除からするか。俺が墓石を洗っていくから、周りの落ち葉とかの掃除を頼む」
「うん、わかった」
俺の指示に頷きを返して、陽華は箒で墓の周りの落ち葉や小枝を掃き始めた。その様子を横目に俺も軍手をはめて古い布を手に取る。
墓石についた砂を軽く手で払い、布で軽く拭ってから、手桶の水を柄杓で掬って石にかける。水が流れると、表面の埃や小さな土の塊が洗い流されて、目に見えて石の色が戻ってきた。
次に布を使って墓石を上から下へと丁寧に擦り洗いしていく。表面の苔が擦れて匂い立つ土の香りを感じながら、文字が刻まれた正面は特に念入りに。
一通り拭き終えたらもう一度水をかけて、ちょうどそのタイミングで陽華の掃き掃除も一段落したらしい。集めた落ち葉を持参したビニール袋の中に集め、それを脇に置いて二人掛かりで細かい部分の掃除に入る。
「私は花立てと線香皿の汚れを落として、水を入れ直しておくね。お花ももう差しちゃう?」
「そうだな、頼む。俺は文字の部分とか水鉢の凸凹したところを磨いていくから、そっちが早く終わったら手伝ってくれ」
「はーい、わかりました」
やはり墓石の部分については、血縁者である俺が担うべきだ。
毛先が柔らかいブラシで溝を少し強めになぞっていく。水をこまめにかけ直しながら磨くほどに、黒ずんだ汚れが取れていき……少し楽しくなってきた。
作業に熱中していると、真夏の蒸し暑さと日差しに汗が一気に滲んでくる。
俺たちを涼ませてくれていた爽やかな風が、同時に日差しを遮っていた雲を連れ去ってしまったようだ。差し引き、どちらかと言えばマイナスか。
額を伝う汗が目に入りそうになって片目を瞑る。袖で拭おうとしたところで、横合いからそっと目元にタオルが当てられた。
「ありがとう、陽華。助かった」
「どういたしまして。やっぱり暑いね、飲み物は大丈夫?」
「この文字が終わったら飲むよ」
にっこりと笑顔を向けてくれる陽華に礼を返して、再び墓石に向かい合った。
「之」の文字まで綺麗にしたところで、一旦休憩に入ることにした。水筒のスポーツドリンクを飲みながら、花立てを洗う陽華を見る。
ブラシで中を洗って軽くすすいでから、花屋で購入した花束の茎の下を切り落とし、簡単に水切りをして花立てに差し込む。
実家がカトリック系なのでこういった墓参りはやったことがないという話だったが……熟練の家事技能のおかげか、それなりの回数を熟してきた俺よりずっと手際が良く見える。
「ふぅ……よし」
もう一度汗を拭って立ち上がり、ブラシを手に取る。
二人で手分けして、墓石の表面と水鉢や香炉の溝をゴシゴシと磨くこと十分ほど。最後にもう一度水をかけ、陽華が洗ってくれた花立てと線香皿を元の位置に戻したら、掃除は完了だ。
「……よし、これで完璧だ。手伝ってくれて本当にありがとう、陽華。すごく助かった」
「お役に立てたのならよかったよ。お墓の掃除なんて初めてだったけど、簡単な作業ばかりで助かったー」
達成感の滲む笑顔を向け合って、汗を拭い水分補給を済ませる。
このままお参りを……する前に、一度手を洗った方がいいかもな。管理事務所横に手洗い用の水道があったはずだ。
簡単に身嗜みを整えて、改めてお墓に向き直りお供え物を墓前に置く。
今回のお供え物は、母さんの好物だった近所の和菓子屋の羊羹と、もう一つ。タッパーに詰められた、陽華お手製の金平ごぼうだ。
陽華は恐縮していたが、母さんはきっと喜ぶと思う。料理が大好きで、味の研究を楽しむ人だったから。息子の彼女が作った金平ごぼうならきっと大喜びだろう。
持ち込んだライターで線香に火を点けると、ぱちりと小さな炎が揺れて、やがて上品で清らかな香りが立ち上った。
「陽華がよければ、一緒にお参りしてくれないか?」
「えっ? でも、お参りって家族の人から先にするものなんじゃ……」
「ならいいだろ、別に。……遅いか速いかでしかないし」
「え……」
驚いたような表情で見返されて……つい、耐え切れずに顔を背けてしまう。
クソ、何でもない風に言おうと思ったのに。やっぱり思い付きでクサいセリフを吐くもんじゃないな。
顔を赤くして沈黙する俺をまじまじと見つめて、陽華は嬉しそうにはにかみながら、
「えへへ……ね、辰巳くん。それって、そういうこと?」
「……一旦セリフだけ忘れてくれ。まぁ、そういう心構えでいるってことで」
「ふふ、はぁい。お言葉に甘えて、私もご挨拶させてもらうね」
「あぁ。きっと母さんも、”紹介するならちゃんと一緒に顔を見せなさい”って言うと思う」
俺の言い方に、陽華はくすりと小さく笑みを零した。
「お母さんって、結構厳しい人だったんだ?」
「いや、むしろかなり穏やかな人だったな。怒鳴られたことなんて一度もなかったし。ただ……そうだな、とにかく礼儀と責任を重んじる人だった」
小さい頃から、”自分の言葉と行動に責任を持ちなさい”、と何度も言いつけられてきた。
そして、”常に他の人に敬意を持って接しなさい”と。
相手が誰でも、どんな小さなことでも。決してそれを違えてはいけない。
「……まぁ、正直その言葉の通りに生きられてるかは、あんまり自信ないけどな」
「そんなことないと思うよ。きっとお母さんも、辰巳くんのこと誇りに思ってくれてると思うよ」
「そうかな」
「うん。不安なら、聞いてみればいいんじゃない?」
「……そうだな」
陽華と二人で墓前に膝をつき、手を合わせて瞑目する。
……何から話せばいいんだろうな。
前に来たのが母さんの命日……大体四か月前か。その四か月で、本当に色々あったんだ。
報告したいことも、聞いてほしいことも、山ほどあるんだ。
様々な思い出が頭の中に浮かんでは消えて……ふと、脳裏に鮮明に浮かび上がる光景があった。
いつのものかはわからない。きっとそれは、その光景がとても日常的なものだったからだろう。
子供の姿の俺が、家事をする母さんの周りをついて回って、ひたすら話したいことを話す時間。
脈絡もなく言葉を放るだけの俺の話を、決して鬱陶しがることなく、言いたいことがなくなるまで聞いてくれた。
時々父さんも一緒に聞いてくれて……かつての俺は、その時間が大好きだった。
……母さん。あの頃みたいに、俺の話を聞いてほしい。
もしかしたら途中で話が飛んだりして、上手く説明できないかもしれないけど。
その全部が、俺にとって大切なことなんだ。
まずは……そうだな、やっぱり一番は――俺、彼女ができたんだ。
すごく綺麗で、可愛くて、頭がよくて……そして、凄く強い人で。きっと母さんともすごく気が合うと思う。
そんな彼女と一緒に居るために、俺も結構頑張ってるんだよ……あぁ、いや。その話は後で、先に彼女のことを紹介した方がいいかな。
彼女の名前は、明瀬陽華。俺の最愛の恋人で……一生を共にしたいと思う、大切な人だよ。




