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第41話 ショッピング①

「おぉ、ここが……」


 我が家を出発して十数分後。俺は目の前に広がる光景に、感嘆とも畏怖ともつかない溜め息を吐いた。


 そこはショッピングモールの二階、女性向けのアパレル関連の店舗が立ち並ぶ一角。

 八月も目前に迫り海水浴シーズンの真っ只中というだけあって、どの店も流行や売れ行きの水着を店先に並べて宣伝に勤しんでいる。

 これまで全く以て縁のなかった女性向けのアパレル店、それも大量の女性用水着が並ぶ鮮烈な光景を前に、思わず立ち竦んでしまった。


「えーと……あ、あったあった。あのお店だよ」


 当然ながら陽華は一切足を止めることなく、俺の腕を引っ張ってその中の一つへと歩き出した。


「お、おぉ……今更だけど、ここって俺が入ってもいいとこなのか? 何となく気後れすると言うか」

「男の子が一人で入るのは厳しいかもしれないけど、彼女持ちなら普通だよ。ほら、他にもカップルのお客さんがいるでしょ?」


 言われてみれば確かに、恋人同士と思しき男女の姿がいくらか見受けられた。他の女性客もそれを気にする様子もない。

 ……変に意識している方が不審に映るか。後ろめたいことはないのだし、堂々としていよう。


 陽華に連れてこられた店は、生憎俺の知らないブランドだった。

 敷居の高さを感じるような高級感はなく、服飾店に使える言葉かはわからないが、言わば大衆向けの店舗のようだ。

 乱舞するパステルカラーに気圧されながら、店頭の水着を着せられたマネキンの値札に目を向ける。高校生にも手を出しやすいお手頃価格だ、心なしか店内にも同年代の客が多い気がする。


 パッと俺の手を離した陽華は、色とりどりの水着を背にして実に楽しそうな笑みを浮かべて、


「じゃあここからは辰巳くんの出番だよ! 私に似合う水着、私に着せたい水着を選んでね?」

「……着るのは陽華なんだから、自分で選んだ方がいいんじゃないか」

「辰巳くんが選んでくれた中から私が選ぶよ。君に見せるために買うんだもん、君の好みじゃないと意味ないでしょ?」


 さも当然のようにとんでもないことを言い放つ陽華に、思わず絶句する。

 屋内で冷房が効いているはずなのに、体がかっと熱くなった。

 ……家を出た時から色々考えてギリギリだったのに、そういうことを平然と言って燃料を追加してくるのは勘弁してほしい。


 深呼吸を一つ。落ち着け俺……。


「あ、でもあんまり露出が多いのは、ちょっと困っちゃうな。そういうのはサイズだけ確かめて、辰巳くんにはお家で見せてあげるね?」


 落ち着け……! 頼むから落ち着け俺……! ステイクール!

 どうして露出の多いものを俺に見せることにそんなに積極的なんだ、自分で言って顔を赤くするぐらいなら言うな……!

 咳払いをして努めて平静を保ちながら、頬の赤みを誤魔化すように陳列された水着に視線を向けた。


 ……思っていたより色んな種類があるもんだな。

 ワンピースとかビキニとか、そのぐらいの分類しか知らなかった身としては、中々に興味深い光景だ。

 まじまじと水着を物色しているのも居心地が悪いし、とりあえずいい感じの……できるだけ露出が少ないものから何か選んでみるか。


「……これとかいいんじゃないか」

「ワンピースかー。可愛い編み込みだね! 辰巳くん、こういうのが好きなんだ?」

「いやっ……まぁ、うん。印象だけど、陽華の雰囲気に合ってると思う」


 俺が選んだのは、胸元からウエストにかけてクリーム色の生地に繊細な編み込み――後から知ったがクロシェ編みと言うらしい――で飾られた、ワンピースタイプの水着だった。

 下半身はブルーのスカート風デザインになっていて、中には同じ色合いのショートパンツ型のインナーが仕込まれており、露出は抑え目ながらも動きやすさと安心感を感じさせる。


「ふふ、そっか。じゃあこれが一着目ってことで、他には?」

「他に……? あー……これとか?」


 当然ながら一着で終わるわけもない。

 次に俺が目に留めたのは、スポーティな印象のセパレート水着だ。上はタンクトップ型で下はショートパンツ型というかなり実用寄りのデザインながらも、所々の装飾が控え目な可愛らしさを演出している。


「今度はスポーティな感じだね。泳ぎやすそうだし、海よりプールとかに行くときにいいかも! じゃあ次!」

「おう。……うーん、それ以外となると……」


 もはや諦観の境地に至り、真剣な眼差しで水着を見繕う。

 俺が着る分にはぶっちゃけ何でもいいが、これは陽華が着る水着なのだ。やっつけで選ぶわけにはいかない。

 気合を入れろ、俺。


 急に熱心に吟味し始めた俺に陽華は驚いていたが、すぐに水着選びに参加してきた。

 いくら……その、俺に見せるためとはいえ、陽華にだって好みはあるだろう。陽華の水着姿を見られるのは嬉しいが、無理をしてほしいわけではない。

 陽華が好きな青色を基調としたものを中心に、モノキニやビキニ、ホルターネックやハイネックなど、テイストの違う水着を二人でピックアップしていった。


「結構選んだねー。そろそろ一旦終わりにしとく?」

「そうだな。次はこの中から厳選していくか……ちなみに、何着ぐらい買うつもりなんだ?」

「二、三着かな。あんまり買いすぎても着ないまま終わりそうだし」

「それもそうだな」


 サイズチェックのための鏡を探して視線を彷徨わせ……ふと、見慣れない文字列に目が留まった。

 ”ブラジリアンビキニ”。そもそも水着どころかファッション全般に疎い俺では、聞いたこともない種類の水着だ。

 他のビキニと少し離れた場所に置かれていることを不思議に思いながら、傍らのマネキンに目をやって……思わず目を見開いた。


 今まで見てきた水着と比べて、明らかに布面積が小さい。

 所謂マイクロビキニほどではないが、どう見ても泳ぎには向かないサイズだ。上半身も凄いがヒップなど半分も隠せていない。上下の布面積はもちろん、それを繋ぐ紐も細く心許なく感じる。

 流石にセクシー過ぎるな、と視線を戻そうとして……陽華が同じマネキンを、じっと見つめていることに気付いてしまった。


「……辰巳くん。こういうのも、着てほしかったり、するの……?」


 耳まで真っ赤になった顔で、そんなことを問いかけられて。

 この水着を纏った陽華の姿を、脳裏に思い浮かべて――俺はぶんぶんと首を大きく横に振った。


「いや、待ってくれ、これはたまたま目に入ってしまっただけであって、そういうつもりじゃ……!」

「……本当に?」

「っ」


 恥ずかしそうに揺れながらも、真摯な瞳で見つめられて……思わず言葉に詰まってしまう。

 必死で思考を巡らせて、絞り出すように言葉を返した。


「……見てみたいっていう気持ちが、全くないとは言わない。男として、どうしても気になる部分はある。でも、その……陽華に無理をさせてまで、着てほしいわけじゃないんだ」

「つまり、見たいってことだよね?」

「えっ、いや、その……」

「…………」

「……見たい、です」


 何なんだこれは。本当に何がどうなっているんだ。

 まるで心の奥底に直接問いかけてくるような、亜麻色の輝きに耐え切れず頷いてしまう俺に……目の前の彼女は、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふぅ~~ん……そっかそっか、そうなんだね~」

「……そっちから聞き出してきたくせに、何だその反応は」

「別に? 何でもないよ~? ……もぉ、そんなに拗ねた顔しないでよ。揶揄ってごめんね、辰巳くんも男の子だもんね」

「…………」


 ……正直男としては、そういう風に訳知り顔で頷かれることの方が精神に響く。

 これ以上何を言っても藪蛇にしかならないので、口元をもにょもにょさせるしかないのだが。

 当の陽華は実に平然とした態度で、近くに居た店員のお姉さんに話しかけて、


「すいません、水着の試着ってできますか? アンダーショーツは用意してあるんですけど」

「はい、できますよー。あちらの奥に試着室がありますので、どうぞご利用くださいませ♪」

「ありがとうございます! ほら、行こ辰巳くん」

「え、あぁ……」


 お姉さんの微笑まし気な視線を背に、試着室に引っ張られていく俺。

 試着か……普通の服ならまだしも肌に直接触れるものなのだから、サイズ違いがあれば大変なことになる。その必要性は理解できるし、出発前の服装に関するやり取りからも想定はしていた。

 心の準備はしていたつもりだったが、やはり謎の緊張感に体が硬くなってしまう。


 やがて奥まった場所にある試着室に辿り着き、水着を手にした陽華の姿がカーテンの向こうへ消えていった。


 それを見送って……聞こえてきた衣擦れの音に、そっと聞こえない距離まで離れる。

 手持無沙汰でスマホを取り出そうとしたが、試着室の前でスマホを弄るのは微妙によくない気がして辞めた。

 ……落ち着かない。陽華の着替えを待っているという状況はもちろん、水着に囲まれる中で男一人ぽつねんと待ち惚ける自分を客観視して、妙に周囲の視線を気にしてしまう。

 その態度こそが不審に見えるのだと理解はしているつもりだが……。


 無心になって天井を見つめること数分。カーテンが開かれる音に我に返ってそちらに視線を戻、し――……


「お待たせ……えへへ、どうかな?」


 頬を赤く染めて、はにかみながら尋ねてくる陽華に……俺は何も言えず、ただ見つめることしかできなかった。


 心の準備は万全だと思っていた。覚悟していたつもりだった。

 けれど結局のところ――率直に言って、俺は舐めていたのだ。”所詮水着だ”と。

 明瀬陽華という規格外の美少女が、水着を纏うということの破壊力を、俺は侮っていた。

 

「な、何か言ってよ……」


 恥ずかしそうに身を捩る、その一挙動にすら目と心が惹きつけられる。


 陽華が身に纏っているのは、水色を基調としたシンプルなホルターネックの水着だ。

 派手さや過度な色っぽさはなく……それ故に、彼女本来のスタイルの良さがより映えて見える。


 肩から首筋にかけてすらりと伸びるラインが強調され、胸元の豊かな膨らみへと繋がっていく。

 そこから視線を下げれば、引き締まったお腹と、青い水着と白い肌のコントラストに目を奪われる。スカートもショートパンツもない分、健康的な腰のくびれと脚線美から目が離せなくなる。


 普段は服の下に隠されていた、透き通った白い肌と女性らしい曲線が俺の視覚をダイレクトに刺激して、ぱちぱちと火花が散るような錯覚さえした。


「……似合ってるよ、すごく」

「ほんとっ?」

「あぁ……」


 ただ呆然と、言葉少なに答える俺に対して、陽華は満足げに笑った。

 完全に見惚れて碌に頭が回っていない様子は、傍から見てもわかりやすいことだろう。

 ……似合っているとは言ったが、これは”水着”への感想ではなく”水着を着た陽華への感想”になってしまうのではないか。

 ようやく復帰しかけてきた思考でそんなことを考える俺を居て、陽華はくるりと身を翻して、


「じゃあ次の水着に着替えるから、ちょっと待ってて!」

「あ、あぁ……次? 次か……」


 今になって、調子に乗って何種類も選んだことを後悔し始めた。……全種類制覇するまで終わらない着せ替えショーが始まるということだ。

 果たして全部が終わった時、俺は生きていられるのだろうか。

 かつてない死の予感に戦慄している間にも、二度目の着替えを終えた陽華がカーテンを開き、新たな試練の幕が上がる。


「次はこれ! フリフリが可愛くていいと思うんだけど、どうかな?」

「おぉ……!」


 楽しそうにひらひらと肩のフリルを揺らす陽華に、俺は感嘆の声を上げた。


 次の水着は、青いチェックのフリルで飾られたオフショルダーデザインのハイウエストビキニだ。

 先程より可愛らしい印象が強い一方で、腰のラインがより強調されて、彼女のスタイルのよさを際立たせている。

 そこから伸びる白く細い太ももに視線が吸い寄せられ……俺って、意外と足フェチとかだったりするのだろうか。


 冷静に考察する一方で崩れ落ちそうになる膝を堪えながら、何とか言葉を返す。


「すごく似合ってる、いいと思う」

「ありがとっ……でも違うよ! どれを買うか選ばなきゃいけないんだから……さっきのと比べてどう?」


 そうだった、そういう趣旨だった。

 脳裏に焼き付いた一つ目の水着姿を思い返し、目の前のオフショルダーの水着と比較する。

 うーむ……どっちもとても似合っていて、障子甲乙つけがたい……。


「……両方違う方向性でいい感じだし、一旦保留ってことで。次に同じテイストの水着が来たら改めて考えよう」

「確かに、あっちは大人っぽい感じだったもんね。奈良早速次に行くね!」

「あぁ」


 その後も賑やかな雰囲気で……俺の理性と膝に甚大なダメージを与えつつ。

 二人だけの水着限定ファッションショー、あるいは今年の水着コンペティションは続いたのだった。




§



「じゃあこの二着にするね。私レジでお支払いしてくるから、辰巳くんは……」

「わかった。他のは俺が棚に戻しとくよ」


 ありがとう! と明るく言って、足早にレジへ向かう陽華を見送り、俺も他の水着を手に歩き出す。

 ……こうしてみると、陽華に似合うと思って選んだ水着が、また別の誰かの元へ渡るのかと思うと少し惜しい気もしてしまうな。

 とはいえ最終的に選んだのは陽華なのだ。俺はあくまで手伝いで、その判断に必要以上に口を出すべきではないな。


 腕にかけていた水着を全てハンガーに戻したところで、ふと、耳に聞き覚えのある声が届いた。


「なぁなぁシオ、これとかいんじゃね?」

「絶対無理。派手過ぎるし、布が小さ過ぎる。アンタが見たいだけでしょ」

「えー!? これもダメなのかよ……」


 派手めな水着を手に大袈裟に嘆く短髪の青年と、そんな彼に冷たい目を向けるショートボブの少女。

 そこに居たのは、どう見ても……。


「橋本……と、篠原さん?」


 サッカー部に所属する我が親友の橋本大翔と、その彼女の篠原詩緒さんだ。

 どうやらあの二人も、俺たちと同じく買い物デートの最中らしい。

 俺が零した声に反応して、二人もこちらに振り向いた。


「おっ、柳田じゃねぇか! こんなとこで何やってんだ?」

「場所的に明瀬さんとのデートしかないでしょ。久しぶり、柳田さん」


 大声を上げて手を振る橋本と、折り目正しく会釈する篠原さんに挨拶を返す。

 二人のデートに水を差してしまうことを少し申し訳なく感じるが、ここで「はいさようなら」と言うのも薄情だろう。


「あぁ、久しぶり……。二人もデートか?」


 そう揶揄うように声を掛けながら、俺も彼らの元へ歩み寄って行った。

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