第4話 俺と彼女の昼休み
特大サイズの爆弾が爆発し、クラスに激震が走った朝から数時間が経過して、現在は昼休み。
校舎裏の陰となる場所に設置されたベンチにて、俺は極大の疲労感に項垂れていた。
中間テストが目前に迫っていることもあって、基本的に優等生が多いクラスメイト達も授業中は大人しく勉強に集中していたが……休み時間になればもう大変。
十分しかない休み時間を逃してたまるかと言わんばかりに、俺と明瀬さんは凄まじい勢いの質問責めに遭っていた。
明瀬さんの方は本人の気質もあって和やかな雰囲気だったが、こっちは悲惨だ。
嫉妬や憤怒、絶望といったありとあらゆる負の感情を湛えたむくつけき男たちが、スクラムを組んで囲んでくるのだ。
気分は宛らゾンビ映画の逃げ遅れた一般人。
嫉妬に狂ったゾンビたちにも理性は残されていたのか、直接的な暴力に走る者はいなかったが……そもそも俺は、大勢の人間の注目を集めるという事態に慣れていないのだ。上手い対処方法など知るはずもない。
無論俺は否定した、交際の事実はないと。
しかし当然彼らが納得するはずもない。「じゃああの写真は何だ」「明瀬さんの反応はどういうことだ」……彼らの疑問は尤もなもので、対する俺はその疑問への回答を持っていないのだ。
素直に事情を説明するわけにもいかず、黙秘権を行使してひたすら凌ぎ続け、昼休みになった瞬間に教室から脱出、この場所へと逃げ込んだのだった。
一日の折り返しを迎えた現在、俺は普段の数倍以上の気疲れを感じていた。
「はぁ……一体何を考えてるんだ、明瀬さんは」
朝にコンビニで買っていたサンドイッチの封を開けつつ、厄介な現状を招いた元凶たる人物について思いを馳せる。
例の写真を発端にして生まれた「柳田辰巳と明瀬陽華の交際疑惑」。
その出所は判然としないが、一度出回ってしまった以上発生源を特定することに意味はないだろう。
故に考えるべきはその対処法。どうにかして噂がデマであることを周知する必要がある。
情けないことに、俺はぼっちなので発言力もなければ発言権すらない。
そもそも今回は写真という物的証拠が存在する……はっきり言って絶望的だ。
この状況で取れる手段としては、きっちりと否定した上で噂が立ち消えるまで待つことぐらいしかないのだ……。
「何で明瀬さんは否定しなかったんだ……?」
クラス中からいい意味でも悪い意味でも注目を浴びてしまっている現状よりも、ある意味で俺を深く悩ませている疑問。
俺の知る明瀬さんであれば、例え写真という証拠があったとしてもきっぱりと否定してくれるはずだった。
しかし現実は、悪戯っぽく笑って「秘密♪」とはぐらかして、ひたすらに明言を避ける立ち回り。
「うーん……」
明瀬さんが目指す完璧優等生像からすれば、俺のようなカースト下位と付き合っているという扱いを受けるのは、マイナスでしかないだろう。
あるいは、俺のようなぼっちを見捨てないという博愛アピール……いや、やめよう。今のはよくない、本当によくない。ひねくれすぎだし明瀬さんにも失礼すぎる。
気を取り直して、逆に噂を否定しないメリットは何だろう。
明瀬さんの立場を考えると……男避け、か。
教室の惨状を見ればわかるとおり、顔が可愛くてスタイル抜群、さらに誰にでも分け隔てなく優しいとあって、男子人気が非常に高いのが彼女だ。
当然彼女に言い寄る男子も多く、入学二か月で既に二桁以上の告白を受けているんだとか。
そんな状況に嫌気が差して、ちょうどいいところにいた俺を盾役として使った……というのは、ありそうな話だと感じた。
朝に「盾ぐらいにはなる」と言ったこともある。事前に相談の一つぐらいは欲しかったが……彼女に頼られていると思うと意外と悪くないと感じる自分もいて──
「わっ」
「うぉあぁぁっ!?」
突如、背後から掛け声と共に肩を叩かれ、盛大に飛び上がってしまった。
慌てて振り返れば、そこにはきょとんとした顔で俺の両肩に手を置く明瀬さんの姿があった。
「軽く触れただけなんだけど……思った以上に驚かせちゃったみたい。ごめんね?」
「い、いや……俺も気を抜いてたから……」
ドキドキと高鳴る心臓を抑えながら、明瀬さんに問いかける。
「明瀬さんは何でこんなところに……?」
「私もご飯食べたいなーと思って柳田くんを探してたんだ。クラスのみんなに聞いても見つからなかったから、人気のない場所を探してたら見つけたの。一か所目で見つかってよかったよ~。あ、隣いい?」
「お、おう。どうぞ」
ありがと、と言って俺の隣に座る明瀬さん。確かにその手には可愛らしいデザインのランチバッグがあった。
何故昼食を摂ろうとして俺を探していたのかは、正直よくわからなかったが……。
今は、そんなことより気になることがあった。
「あの、明瀬さん?」
「なぁに?」
そのこてんと首を傾げる仕草めちゃくちゃ可愛いな。……いやそうじゃなくて、
「……近くない?」
「そう? 美樹たちとご飯を食べる時はこのぐらいの距離だけど……」
人一人分どころか、俺のパンとペットボトル飲料が入ったビニール袋で隔てたすぐ隣。少し動いただけで腕が触れ合ってしまいそうなほどの至近距離。
流石に近すぎやしないだろうか。
「……それは同性だからなんじゃ」
「私は気にしないよ?」
「……誰かに見られたりしたら」
「柳田くんが嫌なら離れるけど……」
人目につかない場所とは言え、流石にこの光景を見られるとあらぬ誤解を招いてしまうのでは……と思って言ってみたのだが、明瀬さんはそれを考慮するつもりはないらしい。
上目遣いで懇願するように見られて、俺はそれ以上言う気力を失ってしまった。
……まぁ明瀬さんがいいならいいのだが。俺がめちゃくちゃ緊張するというだけで。
あまりに近すぎて、何だかふんわりといい匂いが漂ってくる気がする。これが女子の匂いか……今のちょっと気持ち悪すぎたな。
「ここ涼しいねー。柳田くんはいつもここで食べてるの?」
「あぁ、まぁ。ここなら雨も防げるし、教室で一人で食べるのは居た堪れないし……」
「そっかぁ。居心地いいし、柳田くんも居るなら私も時々ここで食べよっかな」
「…………」
どうやら俺のベストプレイスは俺だけのものではなくなってしまったらしい。元より公共の場であるのだから、俺に文句を言う資格はないが。
明瀬さんが膝の上で広げた弁当をチラ見して、感心する。量は控えめながら、彩り豊かな盛り付けで栄養バランスもよさそうだ。
「……美味しそうな弁当だな」
「そう? 今日はあんまり時間がなかったから、ちょっと手抜きしちゃったんだ」
「明瀬さんが自分で作ったのか?」
「うん。料理は結構自信があるんだよ?」
自慢げに笑った明瀬さんは、悪戯っぽい目をこちらに向けてきた。
「ちなみに柳田くんは、家庭的な女の子ってどう思う?」
「……どうとは」
「柳田くんの女の子の好みとして、どう? 好き?」
「まぁ……女の子の手料理を食べられるのは、嬉しいと思うけど」
男女平等が叫ばれる昨今、下手な受け答えをすれば社会的な死が近づいてしまう……!
苦心して無難な答えを返せば、明瀬さんは「ふぅ~ん?」と……勘違いでなければ、少し嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
よかった、何とかセーフ判定をもらえたらしい。胸を撫で下ろしていると、
「じゃあ、はい。あーん」
「えっ」
一瞬脳の処理が追い付かなかった。
目の前には、手で皿を作って、箸で抓んだ唐揚げをこちらに差し出している笑顔の明瀬さん。
……もしかして、俺に食べろと? 「あ~ん」で?
固まってしまう俺に、明瀬さんは不満そうな顔で、
「柳田くーん。腕が疲れるから早く食べてほしいんだけどな~」
「いや、けど……流石にこれは」
「女の子の手料理を食べられるのは嬉しい、って言ったのは君だよ? 私の手料理は嬉しくないの?」
「とても嬉しいです……」
「ん♪ はい、あーん」
もはや逃れられない……逃れる必要もないが。
意を決して口を開き、箸に触れないように細心の注意を払って唐揚げを口に入れる。
箸が離れて行ったのを確認してから、口を閉じて咀嚼する。……これは!
「めちゃくちゃ美味い……」
「ほんとっ?」
「凄くジューシーでふわっと柔らかくて、凄いな……ごめん、語彙力がなくて。でも本当に美味いよ」
「んふふ、褒めすぎだよ……」
俺の拙い褒め言葉で照れ笑いする明瀬さん。
今まで食べたことがないほど……とは言い過ぎかもしれないが、一二を争うレベルで美味しい唐揚げだった。
口に残る旨味をコンビニのサンドイッチで押し流してしまうのを躊躇うぐらいには、俺は夢中になってしまっていた。
「……仕方ないか」
しかし、昼休みの時間は有限だ。
食べ過ぎるのはよくないが、食べないと乗り切れない。暫し口を閉じて食事を続ける。
当然ながら俺の方が食べ終わるのは早い、無糖のストレートティーを飲みながら、ぼーっと明瀬さんを待つ。
流石にこの状況で彼女を置いて先に帰る発想は出なかった。
弁当の残りが半分ほどになったところで、沈黙を縫うように明瀬さんが問いかけてきた。
「……柳田くん、お昼ご飯サンドイッチだけなの? 大丈夫?」
「あんまり食べ過ぎると眠気にやられると思って、今日はこれだけ買ってきた。いつもはパンをもう一個追加で買ってるよ」
一人暮らしだが料理ができるわけでもないので、食事は基本的にコンビニ弁当か近所のスーパーで総菜を買って済ませている。
中学時代の名残で筋トレが習慣化しているおかげで、まだ体に異常を来している様子はないが……いい加減にどうにかした方がいいかもしれない。義母さんにも心配されてしまっているし。
「確かに、五時間目は宮脇先生の数学だもんね。私も今日は危ないかも……」
「……意外だな、明瀬さんはそういうのとは無縁だと思ってた」
「君は本当の私を知ってるでしょ? いつも頑張ってるだけだよ」
その途方もない努力を”だけ”と呼称するのは語弊がある気がする。
……不可抗力とはいえ秘密を知ってしまった俺に対して、明瀬さんは素の自分で接してくれているように思える。
先ほどのように俺にちょっかいをかけたり、揶揄ったりする様は、誰にでも分け隔てなく優しく接する──逆に言えば、誰に対してもどこか一線を引いているように見える彼女には、そぐわないものだった。
皆のよく知る完璧優等生の学級委員長は、むしろああいったノリに対して諫める側のはずで……朝の振る舞いも、普段の彼女からはかけ離れていたように感じた。
「……あのさ、明瀬さん」
「んー?」
彼女はただ、秘密を知る俺に対して取り繕う必要性を感じていないだけで、決して俺が彼女にとって特別というわけではない。
もし同じ立場にいたのが俺以外の誰かなら、きっとその誰かに対しても、同じように接するだろう。
……そう考えるだけで、若干胸の奥にもやもやした感情が生まれてしまうが、勘違いするのはよくない。
「今日の朝、"秘密"って返したの……あれってさ、もしかして、俺を“男避け”に使おうとしてるんじゃないかって、思ったんだけど」
「……へぇ、男避け」
明瀬さんとは到底釣り合いの取れない俺でも、偶然そこにいただけの俺でも、彼女に頼ってもらえるのであれば、全力を尽くしたい。
……と、思っていたのだが。
箸を持つ手が止まり、彼女の視線がこちらに向く。顔は笑顔でも、その目は笑っていなかった。
「いや、別に責めてるわけじゃなくて。むしろそういう事情なら、俺もぜひ協力させてほしいと思ってる。俺なんかが役に立てるなら、全然──」
「柳田くん」
「はい!」
冷たく乾いた声で名前を呼ばれて、思わず背筋を正した。
そんな俺を見て、明瀬さんは小さく溜め息を吐いた。
「何でそうなるの、私がそういうことする人に見える? ……って言おうと思ったけど。何も言わずに押し通そうとしたのは私だしね」
そう言って、明瀬さんはこちらに真っ直ぐ向き直り、頭を下げてくる。
「ごめんなさい、柳田くん。私の勝手で、皆の注目を集めさせて、嫌な思いをさせてしまって……」
「い、いや、謝らないでくれ。俺は別に気にしてないから……」
色々と質問攻めにされたりした気疲れはあるが、嫌だったわけではない。
彼女には絶対に言わないが……明瀬さんとそういう関係だと噂されることに、ほんの少し優越感を感じる自分もいたりしたのだ。
「あー、その……じゃあ、何であんな言い方をしたのか、聞いてもいいか?」
「うーん……それなんだけどね」
明瀬さんはばつが悪そうに視線を逸らして、
「……ぶっちゃけその場のノリでした」
「えっ」
「私の秘密がバレちゃってるかもと思って身構えてたのに、いきなりあの噂について聞いて……あまりの落差に、つい面白くなっちゃって……」
「……な、なるほど」
まぁわからなくもない。
俺も最初に聞いたときは、めちゃくちゃ身構えていた分拍子抜けしてしまったところがあったし。
とは言え、噂を否定せずにはぐらかすような言動を取った理由は、よくわからないのだが……。
首を傾げていると、明瀬さんはどこか、はにかむような笑みを浮かべて、
「……それに、悪い気はしなかったから」
「えっ」
「柳田くんは、どうだった? 私と、その……付き合ってるって言われて、嫌だった?」
「……そんなことない、けど」
「そっか。……よかった」
安心したように笑う明瀬さんに、俺は何を返せばいいのかわからず、ただ呆然と固まっていた。
俺と付き合っていると噂されて、悪い気がしなかった。
それは、つまり……いや、まさかそんな……あの明瀬陽華が俺みたいなぼっちに……そもそもまともに話したのも昨日が初めてで……。
ぐるぐると思考が回るも、答えは出ない。いや、その答えを出すことを感情が拒否している。
どこか妙な緊張感を孕んだ雰囲気を追い出すように、明瀬さんが殊更明るい声を上げた。
「そういえばさ! 柳田くん、お礼の内容は考えてくれた?」
「…………お礼? あ、あぁ、お礼ね」
言われて思い出す。
今朝の出来事のインパクトが強すぎて、完全に頭から吹っ飛んでいた。
「一応、期末テストに向けて、勉強を教えてもらおうと思って……明瀬さんも自分の勉強があるだろうし、いい感じの勉強法とかあればご教示願いたいな、と……」
「んー……却下します」
「えっ」
却下とかあるの?
まぁ明瀬さんにも都合はあるだろうし、仕方ないか……。となると他には……。
そんな俺の思考を遮るように、明瀬さんが続ける。
「勉強ぐらいいつでも教えるし、そんなのにお礼を使うのはもったいないよ。ていうか私も柳田くんと一緒に勉強したいし! 今日は美樹たちと予定があるから、明日の放課後……は委員会の集会があったし、土日の予定って空いてる?」
「え? あ、あぁ……帰宅部だし、特に予定もないけど」
「よかった! じゃあ土曜日に二人で集まって勉強会ね!」
「りょ、了解」
あっという間に勉強会の予定が決まってしまった。
口を挟む暇もないスピード感……えっ、土曜日?
「……明瀬さん、土曜日だと学校開いてないと思うんだが」
「? そうだね。だから図書館とか行こうと思ってたんだけど……あ、でも図書館だとあんまり喋っちゃダメだよね。カフェとかファミレスに長居するのもよくないし……」
「……妹が市民会館の学習室使って友達と勉強してるって言ってたな」
「へぇ……市民会館は行ったことなかったなー。じゃあ土曜日はそこで決まりね!」
「……わかった」
あまりに話が早すぎて、つい自分から提案までしてしまった。
本当にいいのだろうか……いや、明瀬さんは善意で勉強を教えようとしてくれているのだ。変に意識しすぎるのは失礼というものだろう。うん。
「勉強についてはそういうことで……で、他には何かないの?」
そう言って、身を乗り出してくる明瀬さん。
他にと言われても、一晩悩んでろくな案が出てこなかったというのに、この場で思いつくはずもなく。
頭を悩ませながら、視線を巡らせて……。
ふと、明瀬さんの膝の上で広げられた弁当箱に目が行く。
……流石にそれは……いや、お礼だし一回ぐらいなら……。
「……えっと、まぁ、その。言ってもいい?」
「私に出来ることなら何でも言って!」
明瀬さんも「何でも」と言ってくれていることだし……ええいままよ!
「あー、その…………お弁当を、作ってほしいな、と……」
「……!」
詰め寄っていた明瀬さんの目が見開かれた。
……しまった、調子に乗りすぎた? いきなり手作り弁当なんて──
「ご、ごめん! 流石に頼りすぎたよな、やっぱり別のに……」
「──もちろんいいよ! 腕によりをかけて作るから、明日を楽しみにしててね!」
「明日? 中間テストも近いし、テストが終わってからでも」
「テスト勉強もちゃんとするから大丈夫! 今の私はやる気に満ち溢れてるの……!!」
「……ありがとう、よろしく」
握り拳を掲げて気炎を吐く明瀬さんに気圧されながら、しっかりと礼を言う。
腕によりをかけて、か。手抜きをしたと言う今日の弁当でさえ、あの出来栄えなのだ。今からとても楽しみだ。
明瀬さんに朝から負担をかけてしまうのが心苦しくもあるが、せっかくの機会だ。じっくり堪能させてもらうことにしよう。
「リクエストとかあるなら聞くよ? あんまり手の込んだものだと無理かもしれないけど……あ、アレルギーとか大丈夫? 嫌いなものとかある?」
「アレルギーは特にないから大丈夫、好き嫌いも基本的にないよ。リクエストか……」
腕を組んで、考える。
あの明瀬さんにお弁当を作ってもらえる機会なんて、もう二度とないだろう。慎重に吟味して、厳選した上で要望を考えなければ……!
誰かにお弁当を作ってもらうなんて何年ぶりだろう? ……母さんが亡くなる前だから、五年以上前か。母さんが作ってくれた弁当は、どんなものが入ってたっけ。
甘い卵焼きに、カリッと揚げた唐揚げ、パリパリの照り焼き、一口サイズのハンバーグ、タコさんウインナー……あぁ、そうだ。いろんなものを作れた母さんが、どんな時でも必ず用意してくれていたものがあった。
あれは、確か──……
「……金平ごぼう」
「金平ごぼう? それでいいの?」
「うん。……昔、母さんが作ってくれた弁当には、いつもそれが入ってたんだ。肉がたっぷり入ったそれが、大好きで……」
また食べたくなった、とは言わなかった。
明瀬さんは母さんではないのだから、俺の記憶の中にあるそれがそのまま出てくるはずはない。
しかし明瀬さんは、にっこりと笑って、
「リクエスト承りました。ちゃんとお肉がたっぷり入った、一番おいしい金平ごぼうを用意しておくから、期待してて」
「……うん、よろしくお願いします」
その優しい声音に、少しだけ泣きそうになってしまう。
何だか色々と見透かされてしまっている気がするが、悪い気はしなかった。
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