第37話 これからも
ミンミンミン──と、例年より少し遅く鳴き始めた蝉の声が頭上から降り注ぐ、賑やかな初夏の朝。
額の汗をハンカチで軽く拭いながら、私──明瀬陽華は、眼前に聳え立つ邸宅を見上げてぽつりとつぶやいた。
「やっぱり大きいなぁ……」
自宅から車で十分程度離れた場所にある、豪邸と呼びたくなるほどに大きな……けれど決して華美ではない、瀟洒な装いの邸宅。
初見だと思わず身構えてしまいそうなぐらい立派な佇まいだけど、何度か招かれたことのある私は、特に緊張することもなく……”高宮”と書かれた表札の傍らにあるインターホンを押し込んだ。
『……はい。どちら様ですか?』
「約束していた陽華です。佳凛さんは居られますかー?」
『声でわかるでしょうに……少し待ってて、今降りるから』
「ふふ、はーい」
笑いを含んだ声がインターホンから遠ざかり、数秒の後に邸宅の大きなドアがゆっくりと開かれる。
ドアの向こうで、清楚な印象の私服を着た佳凛が小さく笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、陽華。暑いでしょう、どうぞ上がって」
「お邪魔します!」
降り注ぐ日差しから逃げるように、足早に玄関の中へ駆け込む。直後に全身を包む冷気に思わず息が漏れた。
ドアの施錠を終えた佳凛に促されて、二階にある彼女の自室へと向かう。
道中の格調高い感じの装飾や置物を見回しながら、前を行く佳凛に声を掛けた。
「……今日はありがとう、佳凛。急な話だったのに、お家に呼んでくれて」
そう言ってぺこりと頭を下げると、振り返った佳凛は首を横に振って、
「気にしなくていいわ。……大事な話なんでしょう?」
「うん……私にとっては、すごく大事なこと」
「それなら私に……私たちにとっても大事なことだわ。親友ですもの」
控え目な笑みを浮かべた佳凛が、ポンと元気づけるように私の肩を叩いた。
彼女には珍しいボディタッチだ……本人もそう思ったのか、頬を赤く染めて顔を背けてしまった。
その気遣いといじらしい様子に笑みを漏らしかけて、拗ねてしまいそうですんでのところで堪える。
「こほん……。美樹は先に着いて、今は宿題をさせてるわ。陽華も手伝ってあげて」
「それはもちろん! ……ちなみに、どれぐらい進んでるの?」
無言で首を振る佳凛。進捗は芳しくないらしい。
まぁそれも仕方ないのかもしれない。宿題の量自体はそれほど多くないものの、進学校だけあって難易度は相応に高めだ。
元々勉強が苦手な美樹では苦戦は必至だろう……私に呼ばれてきたのに宿題をさせられているのは、少し悪い気がしちゃうなぁ。
そんな私の気持ちを察したかのように、佳凛は小さく溜め息を吐いて、
「陽華が悪く思う必要はないわよ。どうせあの子、無理矢理にでもやらせないと最終日近くまで溜め込んで泣きついてくるでしょうし」
「あはは……」
容易に想像できる光景に苦笑が漏れた。今も泣きながら机に向かっていそうだ。
そんな話をしている内に、佳凛の部屋の前に到着した。
「入るわよ」
それだけ言って無造作にドアを開け放つ佳凛。彼女の後に続いて私も部屋に入る。
何度か来たことはあるけれど、やっぱり佳凛の部屋は広い。
部屋中綺麗に整理整頓され、机や棚のような家具も白色系統の色彩で統一されており、几帳面な性格が隅々に出ていた。
女子高生の部屋にしては装飾の少ない、飾り気のない空間の中で……その二割ほどを占拠する、キーボードやギターと言った楽器類に目が惹きつけられる。
そんな部屋の真ん中に設置されたローテーブルに、突っ伏して微動だにしない人影が一つ。
私たちの入室を察知して、テーブルの上に広がっていたツインテールがビクリと蠢き……私の方に勢いよく飛び込んできた。
「陽華ぁ……助けて……!」
「おーよしよし、頑張ったねぇ~」
「あんまり甘やかさないで。ウチに来てからずっとやらせてるのに、全然進んでないじゃない」
「だって難しすぎるんだよ!」
涙目で私に助けを求めたかと思えば、佳凛の指摘に大声で反論するもう一人の親友、美樹。
彼女の回を優しく撫でながら、手元のプリントを覗き込んでみる。ほとんど真っ白……と思いきや、全ての問題に少しだけ手を付けた形跡が残されていた。
たぶん何とかやってみようとしたけど解けなかったから一旦放置して次の問題へ、と言う流れを繰り返した結果、一問も解き切れずに撃沈してしまったのだろう。
「解けなくても挑戦したのは凄く偉いよ! ほら、この問題とかこのまま頑張ればすぐ解けそうだし、もうちょっと頑張ろ? 私も手伝うからさ!」
「ありがとう陽華ぁ~! ……佳凛、わかった? こういうのを求めてるんだよあたしは!!」
「どうして教えてもらう立場でこんなに偉そうなのかしら……」
佳凛が額を押さえて嘆息したその時、コンコンと控え目なノックの音が聞こえた。
「どうぞ」と部屋の主の許可を受けて入室してきたのは、エプロンを身に着けた壮年の女性……高宮家で雇われている家政婦の雪代さんだ。
「お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとうございます、雪代さん。お菓子はテーブルの方に、お茶は陽華にお願いします」
「かしこまりました。どうぞ、陽華さん」
「やったー、お菓子! ねね佳凛、そろそろ休憩にしよーよ!」
「まだ一時間も経ってないじゃない……まぁ、あまり根を詰めすぎてもよくないし、仕方ないわね」
「やったー!」
呆れ気味に了承する佳凛に、美樹は歓喜の声を上げて机の上に置かれたお菓子に手を伸ばした。
そんな美樹に微笑ましそうにしながら、大きな氷でキンキンに冷えたグラスを差し出してくる雪代さん。それを受け取り、私はぺこりと頭を下げて、
「ありがとうございます! お久しぶりです、雪代さん。前に作り方を教えていただいた紅茶のクッキー、とっても美味しかったです!」
「あらあら、お口に合ったなら何よりですわ。今日のお菓子も私が焼いたものなんです、よければ感想を聞かせてくださいね」
「わぁ、楽しみです……! 後でレシピを教えてもらえませんか?」
「えぇ、是非。紙にまとめておきますので、お帰りの際にお渡ししますね」
嬉しそうに笑って退出していく雪代さんを見送って、佳凛が感心したように頷いた。
「驚いたわ。まだ会って数回なのに、随分仲良くなってるのね。前にウチに来たのは……期末テスト前の勉強回の時だったかしら?」
「うんっ。あの時差し入れでもらったクッキー、すごく美味しかったからさ。辰巳くんと一緒に作ってみようと思ってレシピを聞いてみたの」
「えー楽しそー! あたしも食べたい!」
「そこは作りたいじゃないの? 私が教えるからさ、一緒に作ってみようよ。佳凛も一緒にどう?」
「……そうね。私も少し興味があるかも。……それにしても」
私のお誘いに頷いてくれた佳凛は、何やら微妙な表情を浮かべて、
「柳田くんがお菓子作りね……こう言ってはあれだけど、似合わないわね」
「色々大雑把そうだもんねー。うっかりぐちゃって潰しちゃいそう!」
「ちょっと、彼女の前で彼氏の陰口ー? 言っておくけど、今の辰巳くんの料理の腕前は相当なものだよ。ほら、これ見て!」
そう言って、スマホに保存してあった一枚の写真を二人に見せつけた。
そこに映し出されているのは、綺麗に盛り付けされたデミグラスソースのハンバーグの画像だ。
「この前辰巳くんがお家で、一人で作ったハンバーグ! デミグラスソースまで一から手作り! どうどう? 凄いでしょ!?」
ふふん、と自慢げに胸を張る。料理を教えたのは私なんだから、彼の代わりにドヤ顔をする権利ぐらいあるはずだ。
どこぞのお殿様の印籠のように突き出されたスマホを覗き込んで、佳凛は感心したような、美樹は酷く衝撃を受けたような表情を見せた。
「凄いわね。私も人並み程度にはできる自負はあったのだけれど、少し自信を無くしてしまうかも」
「そ、そんな……っ! あたし、柳田くんに女子力で負けてたの……っ!?」
「あなた料理なんて調理実習ぐらいでしかしたことないでしょ」
「うぐぅ……っ! と、ところで、その柳田くんは今日はどうしてるのっ!?」
呆れを多分に含んだ佳凛の視線から逃れたい一心で、少し唐突に話題を変えようとする美樹。
その露骨な反応に苦笑しながら、私もそれに乗るように言葉を返した。
「今日は濱崎くんたちと一緒に、サッカー部の試合を応援しに行くって言ってたよ」
「あー、そう言えばサッカーは今日からだっけ」
「バスケは明後日からよね?」
「そうそう! 明日には会場近くのホテルに移動して、向こうで一泊してから試合だねー」
「……ごめんね美樹、大事な時期に呼びつけちゃって」
美樹がバスケに賭ける情熱を知っているからこそ、私の個人的な事情にかかずらわせてしまうことに罪悪感を覚えてしまう。
けれど美樹は、表情を曇らせる私に明るく笑って、
「だいじょーぶ! そもそもあたしが今もバスケを続けられてるのは、陽華のおかげなんだし……親友が、とっても大事な話があるって言うならすぐに駆けつけなきゃ!」
当たり前のことのようにそう断言する美樹。それに同意するように、佳凛も深く頷いて、
「私も概ね同意見よ。……あなたが、私たちに隠したいことがあることはなんとなくわかってた。こちらから詮索するようなことは控えるつもりだったけど、あなたが勇気を出して話してくれる気になったのなら……親友として、その思いを無碍にしないよう動くべきだと思うわ」
「……ありがとう。美樹、佳凛」
昨日の夜、LAINで唐突に「話したいことがある」と持ち掛けた私に対して、二人は何も聞かずにすぐに承諾の意思を返してくれた。
佳凛は自宅を集合場所として提供してくれて、美樹は試合直前なのに多忙を押して集まってくれた。
本当に、二人が居てくれてよかった。
緊張と不安で一杯だった高校生活の始まりに、この二人と出会えたのは……辰巳くんとの出会いに並ぶ、これ以上ない幸運だったと思う。
真っ直ぐにこちらを見つめる二人に改めて向き直って、小さく深呼吸。
……どれだけ決意を固めてきても、いざその時が来ると、胸の奥から恐怖が沸き上がってくる。
けど、大丈夫。私はもう、あの時の私じゃないから。
辰巳くん。少しだけ、私に勇気を貸して。
後悔に塗れた過去を包み隠さず話してくれた、あの日のあなたみたいに……不安を抱えながら毅然と前を向ける心の強さを。
脳裏に浮かぶ最愛の人に思いを馳せて、
二人に打ち明けると決めてから、何度も練習してきた言葉を、ゆっくりと口にする。
「私ね。中学の、三年生の頃……いじめられてたんだ」
いじめ。その単語が音になって響いた瞬間、周囲の気温が一気に下がったような感覚に陥った。
目を見開き、眉を顰めて私を見つめる二人の反応一旦スルーして、私は滔々と語り続ける。
最初はいじめられていた子を助けるために行動していたこと。
その中でいじめのターゲットが私に変わって行ったこと。
直接暴力を加えてきたり、物を盗ったり隠したり、大人の目を盗んで様々な危害を加えてきたこと。
標的が自分に向くことを危惧して、誰も助けてくれなかったこと。
……助けたかった人に、見捨てられて。それでついに、心が折れてしまったこと。
「っ、陽華ぁ……!」
「っと」
そこまで語ったところで、もはや我慢できなくなったとばかりに、美樹が私に向かって飛び込んできた。
一旦話を中断して、抱き留めた美樹の課を覗き込んで……私は小さく笑った。
「……もう、どうして美樹が泣いてるの?」
「だって、だってぇ……! 聞いてるだけで、すごくつらくてっ! けどっ! その時の、ひくっ……陽華はもっと、ひっ、もっとつらかったと思うと……っ! あた、あたしぃ……っ! うえぇぇ……っ」
「美樹……」
ぼろぼろと大粒の涙を零して、声を上げて泣き始める美樹の背中を、優しく擦る。
他人の痛みに心から共感して、自分のことのように悲しんでしまう……本当に優しい女の子だ。
天真爛漫な美樹をこんなに泣かせてしまったことに罪悪感を感じる一方で、私の気持ちを思って涙を流してくれることに胸の内に温かい感情が湧き上がってくることも、否定できなかった。
そんな私たちを眺めて、じっと口元を引き結んで厳しい表情を浮かべていた佳凛が、重い溜め息を吐き出した。
「はぁぁ……今ほど、あなたと違う中学に通っていたことを後悔したことはないわ。私がそこに居れば、そんなくだらないことをした連中は、一人残らずぶん殴ってやったのに」
「ふふ……佳凛、言葉遣い」
「あら失敬。それぐらい怒っているってことだと思って頂戴」
怒りに震える声音でそう呟いて、自分の中で荒れ狂う感情を押さえつけるように瞑目する。
佳凛は見た目や立ち振る舞いから受ける怜悧な印象とは裏腹に、その本質は凄く熱い心根を持った、とても情が深い女の子だ。
怒りと悲しみという別種の感情ながら、一様に私のことを思ってくれている二人の反応に、思わず表情が緩む。
「じゃあ、続きを話すね」
学校に行くのが怖くて、引きこもりになってしまったこと。
家族や先生の尽力のおかげでどうにか立ち直れたこと。
彼らへの恩返しのために、中学と離れた場所にある進学校で──過去を隠して、優等生になろうとしたこと。
そして……そんな過去が真壁さんたちに露見して、脅迫未遂を受けたこと。
真壁さんたちの名前が出た時、佳凛の表情が一層険しく歪んだ。
「そう、そういうこと……何か陽華の弱みでも握ったのかと思っていたけれど……。いじめの被害者をさらに脅すなんて、あの時本当に一発や二発ぐらいぶん殴ってやればよかったわ」
「物騒だなぁ……前にも言ったけど、私はもう彼女たちについて何とも思ってないよ。確かに脅迫されたのは怖かったけど……あの日、あの場所に呼び出してくれたおかげで、私は辰巳くんと出会えたんだから」
そう言って、私は込み上げる喜びを表すようにはにかんだ。
もちろん彼女たちがしようとしたことへの恐怖や怒りは残っているけれど……既に学校側から正式に処分が下され、彼女たちが反省の意思を示している以上、私からこれ以上言うことはない。
──十日間の停学と反省文の提出、校長先生と教頭先生、担任の立会いの下で被害者とその家族への説明と誠心誠意の謝罪。それが真壁さんたちへ下された処分だった。
少なくとも私と両親へ謝罪する時の三人は、心の底から反省しているように見えた。
停学が明けてクラスに復帰してからはいつも三人だけで固まって、私たちに接触しないように教室の端で過ごしている。
クラスには私たちの意向で体調不良と説明されていたけど、三人の態度とぴったり同じ期間の欠席から何かを察せられているようで、腫れ者扱い……とまではいかずとも、遠巻きにされている感じだ。
ともあれ、佳凛と美樹、橋本くんの協力の下、辰巳くんと立案した作戦が成功したおかげで、私は平穏な学校生活を取り戻すことができた。
本当は……二人にもあの時に話しておくべきだったのに。
何も聞かずに手伝ってくれた二人の優しさに甘えて、今日までずるずると来てしまった。
「ずっと黙っていて、本当にごめんなさい。沢山助けてもらったのに……」
私が頭を下げると、泣きながら抱きついていた美樹と神妙な表情で聞いていた佳凛は、揃って首を横に振って、
「陽華が謝る必要なんてないわ。親友だからって、辛い過去を包み隠さず明かさないといけない理由なんてない。そんなことであなたを責めたりしないわ」
「そうだよ! ぐすっ……親友が困ってるなら、助けるのは当然のことじゃん! それに……陽華が話してもいいって思えるぐらい、あたしたちのこと信頼してくれたのが、何より嬉しいんだから!」
優しく微笑む二人の言葉は胸にすっと沁みて、張り詰めていた心が少しずつ解けていくのを感じた。
「佳凛、美樹……ありがとう……! 二人と出会えて、本当によかった!」
「それはこちらの台詞よ。話してくれてありがとう、陽華」
椅子から立ち上がった佳凛が、私に抱きつく美樹ごと包み込むように、そっと抱き締めてくれた。
躊躇いがちに背中に回された腕から伝わる温かさに、思わず涙が溢れそうになる。
「むぎゅっ! さすがに苦しいよぉ~!」
「いいじゃない、少しぐらい」
「佳凛なんかキャラ違くない!? こんなことするタイプだっけ!?」
「いいじゃない、たまには」
美樹が苦しげな声を上げるけれど、泣き笑いの顔はどこか楽しそうだ。佳凛も離れる様子はなく、むしろぐいぐいと腕の力を強めている。
直前までのしんみりした空気はどこかに飛んで行ってしまって……何だかおかしくて、私もとうとう堪えきれずに声を上げて笑ってしまう。
三人でぎゅうっと抱き合ったまま、堪えていた涙も笑い声もごちゃ混ぜにして、しばらくその場から動けなかった。
……それから少しして、真ん中の美樹が本格的に苦しそうに呻き始めて、漸く私たちは元の体勢に戻った。
再び宿題に向き合い始めた美樹を尻目に、佳凛が私に尋ねてくる。
「そういえば、私たちに話そうと思ったきっかけとかあるの?」
「んー……前からいつか話さなきゃなー、とは思ってたんだけどね。決心が固まったのは……やっぱりあれかな」
「あれって?」
氷がほとんど溶けてしまったグラスを片手に、佳凛が首を傾げた。
私もお茶で唇を湿らせてから、
「先週、辰巳くんが私の家に来てね。パパやママと会ってくれて、一緒にお昼ごはん食べたり色々お話をしたんだけど」
「……彼女の両親にご挨拶? あなたたち、まだ付き合って一か月よね?」
「ご挨拶とかそんな固いものじゃないよー。こっちからお誘いした形だしね。とにかく、そこで私の小さい頃のアルバムを見ながら思い出話をしてたの」
ママが持ってきたアルバムは、中学生の頃の分だけなかった。
今思えば、あれはママの気遣いだったのかもしれない。
「少し前までは、あの頃のことを思い返すのも辛かったのに……全然、何も思わなくなってたことに気付いてさ。あ、私もう大丈夫なんだ……って」
「なるほどね……それも柳田くんのおかげかしら」
揶揄うように問いかけてくる佳凛に、私もにっこりと笑みを返して、
「うん、そう……辰巳くんが居てくれるから、私はもう何も怖がらなくていいんだって思えるの」
「……聞くんじゃなかったわ」
「ちょっとー! 人が頑張ってる時に横で惚気話しないでよー!」
「ごめんごめん……あ、そこ計算間違ってるよ」
「にょわーっ!」
両手を振り上げて抗議してくる美樹に謝罪しながら宿題のミスを指摘すると、そのまま机にべちゃりと倒れてしまった。
唇を尖らせて拗ねる美樹は、投げ出した両手と両足をパタパタさせて、
「はぁ~……なんか、いつも幸せそうにしてる陽華見てると、あたしも彼氏欲しくなっちゃうなぁ」
「あら。あなたにも恋愛に対する興味があったのね。てっきりバスケのことしか頭にないと思っていたわ」
「あたしだって現役女子高生なんですケドー! てかそれを言うなら佳凛の方でしょ! 全然興味なさそうじゃん!」
「うーん、確かに……いっつも私たちのいちゃいちゃを醒めた目で見てるし」
美樹の言葉に同意して頷くと、当の佳凛は平然とした顔で首を振って、
「心外ね、私だって好きな男の子ぐらい居るわよ」
「「…………えっ!?」」
……あまりにもびっくりしすぎて、大きな声で叫んでしまった。
勢いよく飛び上がった美樹が、耳を押さえて顔を顰める佳凛にグイグイと詰め寄っていく。
「好きな人居るの!? あの佳凛が!? ウソ、ほんとに!? えっ、誰!? 誰なのぉ!?」
「ちょっとうるさいわよ……恥ずかしいから秘密、と言いたいところだけど、陽華が秘密を離してくれたのに私だけ隠すのは不公平かしら……。陽華、こっちに来て。美樹はダメ」
「え、わ、わかった! ヤバい、何か緊張してきた……!」
「なぁ~ん~でぇ~!! あたしにも教えてよぉ~~!!」
いつもと変わらない、三人で過ごす賑やかな時間。
変わってしまうことを恐れていた私には、それが何よりも嬉しかった。