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第31話 放課後デート

 駅に向かっててくてくと歩く俺たち。

 俺の腕は隣を歩く陽華にホールドされて、もはや脱出は不可能な状態だ。

 校内で触れ合えなかったのが余程不満だったのか、隙間なく密着して時々頬を擦り付けてさえくる。その度に悶えそうになるので勘弁してほしい。

 当然ながら陽華の柔らかい感触がぎゅうぎゅうと押し付けられているのだが、本人に気にした様子はなく、とても満足そうに微笑んでいる。

 それに対する動揺や興奮よりも安心感の方が勝ってしまっている辺り、俺もとっくに重症なのだろう。


「辰巳くんって甘いスイーツは苦手? チョコは大丈夫?」

「あんまり量が多いと胸焼けしてくるってだけで、ダメってわけじゃないよ。チョコはビターの方が好みではあるかな。……スイーツが苦手なんて言ったっけ」

「優唯ちゃんが言ってたよ。一緒にパフェ食べに行った時、あんまり美味しそうじゃなかったから苦手なのかも、って」

「あぁ……」


 相も変わらず兄のプライバシーを無視する妹に呆れながら、当時の記憶……バカみたいにデカいフルーツパフェのことを思い出す。

 絶対に食べ切れないからやめておけと諭す俺の制止を聞かず、案の定半分ほどでギブアップしたため、残りを全て俺が処理することになったのだ。

 あれは地獄だった……とげっそりする俺に、陽華はくすくすと笑みを零して、


「ならバレンタインはビターなチョコを用意するから、楽しみにしててね♪」

「気が早くないか? ……あぁ、楽しみだよ」


 家族以外の人間から初めて貰うバレンタインのチョコが、恋人からのものになるとは……去年までの俺ならとても信じられなかっただろう。

 現在の季節は未だ初夏、冬はずっと遠くにある。寒いのは苦手なのに、今は冬が待ち遠しくて仕方がなかった。


「何がいいかなー。ブラウニーとか、ガトーショコラとかも作ってみたいなぁ。辰巳くんは希望とかある?」

「俺はあんまり詳しくないから、陽華に任せるよ……と言うか、スイーツも手作りできるのか、流石だな」

「ちゃんとした分量と手順がわかってればそんなに難しくないよ。今度辰巳くんも一緒に作ろうよ! クッキーとか!」


 陽華とクッキー作りか、心躍る提案だが、俺の家にクッキーを焼くための設備があっただろうか。

 しかし陽華曰く、我が家には結構いいオーブンレンジが設置されているらしい。既に本来の住人より設備を熟知している陽華に感心すると同時に、今の今まで把握すらしていなかった自分の無関心さに呆れてしまう。

 ごめん母さん……有難く使わせてもらいます。


 そんな風に談笑しながら歩いている内に、駅の近くまで来ていた。

 目的のクレープ屋は駅の正面口の近くにあるらしい。人込みを避けながらそちらに向かえば、駅前広場に多くのテントとキッチンカーが立ち並んでいた。

 どうやらスイーツフェアのようなものが開催されているようで、少し離れた俺たちのところにまで甘い匂いが漂ってきている。クレープだけでなく様々な洋菓子や和菓子、ドリンク等も出店されているらしい。


「ん~、いい匂い!」

「結構人が多いな。クレープは……あのピンク色の車か」


 甘い匂いに釣られてか、平日の夕方でもなかなかの賑わいを見せる広場に足を踏み入れる。

 少し奥まった場所にある明るいピンク色の外装に丸っこいフォルムのキッチンカーに、クレープの看板が見えた。人込みをかき分けて進めば、短いながらも行列ができていた。


「まだやってるみたいだな。とりあえず並ぶか」


 列の最後尾に並んで前を見渡す。

 やはりと言うべきか、制服を着た同年代の女子やカップルが多い。

 これまではそんな光景を見ると、少し居た堪れない気分になっていたものだが……今や自分がカップルの片割れとしてその中に立っている。何ともむず痒い気分だ。


「んー、どれにしようかなー。好きなのはストロベリーだけど、さっきの話でチョコも食べたくなっちゃった……」

「なら俺がチョコにするから、陽華はストロベリーにすればいいよ。分け合って食べよう」

「……んふふ。何だかカップルっぽいね」


 忍び笑いを漏らす陽華に、俺も笑みを返した。


「カップルだろ、俺たち」

「あはは、そうだね! 辰巳くんの方から提案してくれるとは思わなくて、ちょっとびっくりしちゃった」


 俺も成長しているということなのかもしれない。

 やがて列が進み俺たちの番になった。カウンター横に置いてるメニューを見ながら、店員のお姉さんに注文を伝える。


「ストロベリーホイップとチョコクリームで、一つずつお願いします。トッピング? あー、陽華は何かつけるか?」

「うーん……なら、カスタードもつけちゃおっかな?」

「わかった。ストロベリーの方にカスタードを、チョコの方には……スライスアーモンドをお願いします」

「かしこまりましたー! ストロベリーホイップにカスタードのトッピングと、チョコクリームにスライスアーモンドのトッピングで、計1000円になります!」


 元のクレープ400円にトッピング一つにつき100円か。こういったものの相場を知らないから何とも言えないが、まぁ普通か?

 予め開いていた財布から手早くお札を取り出してトレーに置き、財布を取り出そうとする陽華を制する。

 陽華は少し不思議そうに俺を見上げて、


「このぐらい自分で払えるよ?」

「学年一位のご褒美なんだろ? それに、あれだ……彼氏なんだから、これぐらいカッコつけさせてくれ」


 ……言った後で、親の仕送りでカッコつけるのは何か違う気がすると思ったが、ここで訂正するのもみっともないので口を噤んだ。ありがとう父さん母さん、大事に使わせてもらってます。

 ポーカーフェイスを維持する俺の言葉に、陽華は繋いだ手にきゅっと力を込めて小さく微笑んだ。


「ふふ、なら彼女として甘えてあげなきゃね? ありがと、辰巳くん」

「どういたしまして」

「でも辰巳くんは、カッコつけてない時も凄くカッコいいよ!」

「……それは光栄だ」


 何の衒いもない真っ直ぐな褒め言葉に、顔が熱くなるのを感じた。

 思わず視線を逸らして……実に微笑ましそうな笑顔で俺たちを見守る店員さんと目が合った。

 そうしながらも手元は忙しなく動いている。円形の鉄板に広げられた生地の上にクリームやイチゴを配置し、手際よくくるくると生地を丸めて包装紙に包む。

 最後にカットされたイチゴとコーンフレークをぱらぱらと散らし、完成したクレープを満面の笑みで陽華に手渡して、


「はい、どーぞ! 甘え上手な可愛い彼女さん!」

「わぁ、ありがとうございます♪」


 嬉しそうに笑みを返して受け取る陽華に満足げな店員さんは、そのまま二つ目のクレープに手をつける。

 ものの十数秒でトッピングまで終えたクレープを、お洒落なウインクと共にこちらに突き出してきた。


「こちらは凄くカッコいい彼氏さんに!」

「……ありがとうございます」


 別に揶揄っているわけでも茶化しているわけでもなく、「若いっていいなー、初々しいなー」と感心するような視線と表情。

 何と言うか、非常に居た堪れない。


 軽く会釈をしてから、陽華の手を引いて足早にその場から離れた。


「照れてる?」

「純粋に恥ずかしいんだよ」


 自分も顔を赤くしているくせに、と内心でぼやきながら広場を見回す。

 フェアと言うだけあって、広場の中央には机と椅子が数多く設置されている。空いている二人掛けの席に向かい合って腰かけた。

 手を離すと不満そうな顔をされたが、流石にどうしようもない……甘いもので機嫌を直してもらおう。


「いただきま~す。はむっ……んん~っ♪ おいしい!」


 たっぷりのホイップクリームと大きなイチゴが乗ったクレープを頬張った途端、膨れていた頬が幸せそうに緩んだ。

 目を閉じて甘味を堪能しながら咀嚼して、次の一口を口にする。

 実に美味しそうに食べるものだ。見ているだけで食欲が湧いてくる、HPに写真を貼れば相当の広告効果を見込めるだろう。


 期待感を煽られ、自分のクレープを齧り付き……俺は瞠目した。


「あっま……」


 口に入れた瞬間に広がった濃厚な甘味に、思わず声が漏れた。

 濃厚なクリームの甘さにほろ苦いカカオの香りが追い縋って、二種類の甘味が口の中で調和している。

 チョコクリームは滑らかに舌の上でとろけ、クレープ生地のもちっとした食感と絡み合い、散りばめられたスライスアーモンドがいいアクセントを加えてくれていた。


「アーモンドをトッピングして正解だったな」


 食感だけでなく、単調になりがちな甘味とアーモンドの香ばしい風味が絶妙な対比を生んでいる。

 これなら俺のような男でも飽きることなく味わえるだろう。


 暫しクレープの味に舌鼓を打っていると、ふとポケットのスマホから軽快な通知音が聞こえた。

 悲しいことに俺のLAINに登録されている連絡先は、家族と陽華、クラスのグループ、そして中学時代の部活のグループで最後だ。

 他にもいくつか企業のアカウントなどを登録しているが、それらは通知をOFFにしてある。陽華のスマホが鳴っていない以上クラスのグループは候補から外れる。となると……。


「優唯からだ。すまん、ちょっと確認する……ふむ」

「何かあったの?」

「優唯の中学も期末テストが近いから今週のお泊りはなし、って連絡だった」


 俺の説明に陽華はなるほど、と納得したように頷いた。


「優唯ちゃん、真面目で優秀だもんね。四月の学力テストでも学年でトップだったって聞いたよ?」

「そうらしいな。散々自慢されたよ……」

「ふふ、きっと辰巳くんに褒めてほしかったんだよ。優唯ちゃんはお兄さんのこと大好きだから。高校もウチを受験するんでしょ?」


 大好きかどうかはともかくとしても、優唯の高校選びに俺の存在が大きく関わっているのは事実だろう。本人は絶対に認めないだろうが。

 兄としては、俺のことは気にせず自分が行きたい高校に行ってほしいところだが……優唯の学力を考えれば、ウチの高校が適正なのもまた事実なのだ。

 優唯ならもう少し上を目指せるとも思うが、それはこちらの勝手な期待を押し付けているに過ぎない。あいつが本気で挑むのならそれを応援するのが兄としての責務だろう。


 ポチポチと返信を入力しながら、ふと顔を上げる。

 視線の先では、陽華がはむはむと笑顔でクレープにかぶり付いている。両手で持った種を齧るハムスターを彷彿とさせる、実に愛らしい姿だ。

 もう一度手元に視線を落として……俺は徐にカメラアプリを起動した。


「陽華」

「んぅ? どうし──」


 俺の呼び掛けに反応して顔を上げた、その瞬間にパシャリ。

 スマホの画面には、美味しそうにクレープを味わう陽華のふにゃりと緩んだ表情が、克明に切り取られていた。

 あまりの可愛らしさに思わず笑みが漏れる。そんな俺に、陽華は僅かに赤らんだ頬を不満げに膨らませて、


「……辰巳くーん? 不意打ちは卑怯じゃなーい?」

「ごめん、ごめん……。可愛かったから、つい。嫌だったら消すよ」


 何でも写真に残したがる人の気持ちがわかったような気がした。ちょっと違うか?

 笑いながら謝る俺に拗ねたような表情を浮かべながらも、満更でもなさそうな陽華は唇を尖らせて、


「嫌じゃないけどぉ……どうせ撮ってもらうなら、もっと可愛い写真がよかったな」

「陽華はいつでも可愛いし、この写真はとびっきり可愛いよ」

「む、むぅ……!」


 私不満です! と頬を膨らませて主張しながらも、可愛いと言われて嬉しいのか口元が緩んでいるのを隠せていない。

 何とも味わい深く、そして可愛らしい表情だ。これも写真に収めたい。

 しかしこれ以上は本当に拗ねてしまいそうだ。


「揶揄いすぎた、ごめん。けどいつも陽華のことを可愛いと思ってるのは本当だから。……ほら、チョコも食べてみたいって言ってただろ? これで機嫌を直してくれ」

「……もらうけどぉ……何か納得いかないなぁ。あむっ……ん~♪」


 ぶつぶつと不満を漏らしつつも、口元に差し出されたクレープに素直に食いつく陽華。

 チョコクリームの甘味にふにゃりと笑みを浮かべる陽華に、こちらの表情も緩んだ。


 ……一応間接キスのはずだが、特に動揺はなかった。

 あれだけ何度もキスをしておいて今更の話だ……おかしい、まだ正式に付き合い始めて三日しか経っていないのに。

 もしや俺たちは所謂爛れたカップルに分類されてしまうのでは? いや、まだキスで留まっているからセーフなはず……。


 悶々と思い悩む俺の眼前に、ずいと突き出されるイチゴのクレープ。

 顔を上げれば、悪戯っぽい笑顔で片手にスマホを構える陽華の姿があった。


「はい、どうぞ♪」

「…………」


 どうやらやり返したいらしい。

 多少気恥ずかしさはあるが、相手が陽華ならばそれほど忌避感はない。無言のまま口を開けてクレープを頬張った。


 ……うん、美味い。ホイップクリームの甘さとストロベリーソースの酸味が合わさって、口の中で軽やかに広がっていく。

 カットされたイチゴに歯が当たると、じゅわっと弾けた果汁がクリームのまろやかさに瑞々しさを加えてくれた。


 パシャリ、という音を聞きながら、素知らぬ顔でストロベリーのクレープを堪能する俺に、陽華は満足そうにスマホを操作して、


「これクラスLAINに貼っちゃおうかな~」

「待て待て待ってくれ、それはやめよう、ほんとにやめよう」


 陽華の手からクレープを食べさせてもらう写真など流出したら……別に非難はされないかもしれないが、今度こそ本気で怒られそうな気がする。

 慌てて制止する俺に、陽華はにんまりと笑って、


「もちろん冗談だよ! 私が一人で見て楽しむための写真だもん」

「そうしてくれ……」


 見て楽しむとは? と一瞬訝しんだが、確かに俺もさっきの写真を眺めているだけで小一時間は潰せそうな気がするので、そういうものかと納得した。

 果たして俺の写真なんかが陽華の癒しになるのかについては疑問が残るものの……ほくほく顔の陽華の様子を見れば、何かを言う気もなくなってしまう。

 陽華がそれでいいなら……まぁ、いいか。


 そうして俺たちは談笑しながらクレープの味に舌鼓を打つ、穏やかながらも楽しい時間を共有したのだった。

 ブックマーク・コメント等よろしくお願いいたします。

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