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第3話 秘密、ってことで♪

「ふぁ……ねむ」


 衝撃の水曜日から開けて翌朝。

 色々と考えすぎてしまってなかなか寝付けず、いつもに比べて大分睡眠時間が短くなってしまった。

 欠伸を噛み殺しながら、のろのろと通学路を歩く。


『今日は本当にありがとう! 柳田くんが来てくれて、励ましてくれなかったら……私、今度こそ立ち直れなかったかもしれないから。お礼として、私にできることなら何でもするから、考えておいてね!』


「……どうしたもんかな」


 歩きながら、明瀬さんに去り際に告げられた言葉を脳内で反芻する。

 あれほどに傷ついた様子を見せていた明瀬さんに何かを要求することに心苦しさを覚えつつも、彼女の好意を無碍にするのもよくない気がする。

 一晩考えてみたが、明瀬さんの負担にならない範囲でちょうどいい塩梅のものが思い浮かばず……少なからず意識し始めた女子に”何でもする”などと言われた事実に、悶々とする自分を追い出すのに躍起になってしまった。

 思春期男子かよ……思春期男子だわ。


 自己嫌悪で朝から死にたくなりながらも、何とか昇降口に到着した。いつもより遅い時間の登校となってしまったため、人影はほとんどない。

 朝のHRまではまだ時間があるが、急いだほうがいいかもしれない。できれば朝のHRまでに少し睡眠時間を確保したい……。

 若干慌ただしく内履きに履き替えた俺の耳に、ある意味で一番会いたくなかった人の声が届いた。


「あっ、柳田くん! おはよー!」

「おっ……はよう、明瀬さん」


 ちょっとどもりつつ何とか挨拶を返して、振り返る。

 するとそこには、輝くような笑顔を向ける明瀬さんの姿があった。その全身から溢れ出す陽のオーラに、朝から元気だなこの人……と戦慄してしまう。

 ……同時に、昨日のことがあっても明るく元気に振舞う明瀬さんに、安心と尊敬を抱いてしまう自分もいた。


「朝から元気だな……その、大丈夫か?」

「むしろ朝からアゲてかないと、調子出ないよ! ……色々考えすぎちゃったせいで寝不足で、空元気なとこはあるけど、君のくれた言葉のおかげで結構楽になったよ。本当にありがとう」


 言われてみれば、確かに目元に薄っすら隈が浮かんでいるように見える。

 お揃いだな、なんて感想が浮かんできたが、流石に気持ち悪い気がしたので口には出さないでおいた。


「どういたしまして。……正直、好き勝手言いすぎた気がして、気を悪くさせてしまったんじゃないかと心配だったんだが……」


 純粋な感謝に照れ臭くなってしまう俺に、明瀬さんはふわりとした笑みを浮かべて首を振った。


「そんなことないよ。むしろ、君が本気で言ってくれてるんだって実感できて、嬉しかった」

「……そっか」


 なんとも面映ゆい気分だ。とはいえ俺の拙い言葉が彼女の支えになれたのであれば、それに越したことはない。

 そのまま会釈して歩き出せば、慌てて靴を履き替えた明瀬さんが隣に並んできた。


「ちょっとちょっと! 置いてかないでよー」

「えっ、いや……ご、ごめん?」


 そんなつもりはなかったのだが、ぷんすこと可愛らしく怒る明瀬さんに思わず謝ってしまう。

 一度受け入れてしまった以上、仕方なく並んで教室に向かって歩き出した。


 ……視線を感じる。愛嬌を振り撒く明瀬さんと、その隣を歩く俺にも。

 俺も高身長故に時折視線を集めてしまうことはあるが、今浴びている視線は明らかにそれより多く、剣呑なものであるように思えた。

 思わず居た堪れなくなってしまう俺と違って、明瀬さんは至極平然としている。流石の貫禄である。


「柳田くんもちょっと眠そうだね? もしかして遅くまで勉強してたりとか? 私も見習わないとなぁ。昨日は結局ほとんど勉強できなかったし」

「俺はちょっと……ゲーム、に熱中しすぎちゃって。ほとんど勉強はできてないな」


 まさかあなたへのお礼でうんうん悩んでたら眠れませんでした、と言うわけにもいかず、適当に誤魔化す。

 すると明瀬さんは瞳を細めて……所謂ジト目でこちらを見てきた。それすら可愛いのは流石にずるい。


「私が言えたことじゃないけど、ちゃんと勉強しなきゃだめだよ? 先生も言ってたけど、最初の定期テストなんだから、気合を入れて臨まなきゃ!」

「仰る通りで……」


 勉学も優秀な完璧……であろうと努力を重ねている明瀬さんに言われると、本当に耳が痛い。

 高偏差値の進学校だけあって、現時点の授業もなかなかハードな内容だ。ここで躓けば後々追いつくのに無用な苦労をしなければならなくなってしまうだろう。

 ……待てよ。それ(・・)を明瀬さんへのお礼の内容にすればいいんじゃないか?


 そう考えたところで隣を見ると、明瀬さんがいない。

 いったいどこにと見回してみれば、数歩後ろで立ち止まっていた。


「……明瀬さん?」

「あはは、ごめんね。……家を出る時は、大丈夫だったんだけど。教室に行くのが、ちょっと怖くて」


 ぎこちなく笑う明瀬さんの足は、微かに震えているように見えた。


 ……そうだ。恐れ多くも俺との会話で明瀬さんのメンタルがある程度回復したとしても、問題そのものがなくなったわけではない。

 昨日の真壁たちによって秘密がばらまかれているかもしれない。流石に一夜で学校中に広まるとは思えないが、あるいは一つのクラス内だけなら。

 もしかした既にクラス中に広まっていて、みんなからの見る目が変わっているのかもしれない。

 ……きっと眠れなかったのも、そんなことを想像してしまっていたからなのだろう。


「こんなところまで来て尻込みするなんて、情けないよね……。柳田くんは先に行ってて? 私は後から──」

「俺のことは気にしなくていいから」

「……でも、遅刻しちゃうかもよ? それに、色んな人に、見られちゃうし……」

「そのぐらいのこと、頑張って登校してきた明瀬さんの苦労と比べたら、なんでもないから」


 周囲の視線を気にしていたことはバレていたらしい。

 だが所詮それは俺が目立ちたくないというだけのことであり、明瀬さんの葛藤より優先されることではない。

 それに……明瀬さんを放っておけないと思うのも、ただの自己満足で、全て俺の都合でしかないのだから。


「不安になるのもわかる、とは言えないけど。でも、明瀬さんはもう少し、自分を信じてあげてもいいと思う」

「自分を……?」

「例え高校に入ってからの明瀬さんが、優等生の自分を作っていたんだとしても……その中で明瀬さんがやってきたことや、作ってきた信頼とか、友情とか。そういうのは偽物じゃないはずだから」

「……!」


 そもそも明瀬さんは純然たる被害者なのだから。秘密自体に彼女が責められる道理などない。しかし一方で、秘密が露見したら、”いじめの被害者”というセンセーショナルな言葉によって、彼女に向けられる目は変わってしまうのも確かだろう。

 明瀬さんが恐れているのは、たぶんそれだ。周囲の見る目が変わり、完璧優等生な委員長の仮面が剝がれてしまい……級友たちに「騙された」「裏切られた」と思われることを恐れている……の、だと思う。


 実のところ、本当に秘密が暴露されてしまったところで、彼女の懸念するような事態は起こらない……起こっても、ごく一部の心ない連中が騒ぐ程度の影響に収まると思っている。

 だって明瀬さんは誰も傷つけていないし、騙そうともしていない。

 彼女は常に明るく元気な振る舞いで、みんなに優しく接してきた。

 ”作った自分”だったとしても、その優しさは彼女本来のものだったと思うし、それによって繋がれた感情が偽物だったとは、思わない。


 ……今考えたことは全て、人付き合いを得意としているわけでも、人間の感情や集団心理について深い見識を持つわけでもないぼっちの、ただの戯言だ。

 全て見当違いで、明瀬さんは全然違うことで悩んでいて、秘密が露見することで本当に最悪の方向に向かってしまうこともあるだろう。

 前提として、明瀬さんの秘密が暴露されないに越したことはないのだ。


 薄っぺらい言葉を吐くことしかできない自分にやるせなさを感じてしまう。

 俺の言葉を聞いた明瀬さんは、じとーっ、とした目で俺を見ていた。今度こそ怒らせてしまっただろうか、と内心慌てていると、


「君はさぁ……もしかして、すっごい女誑しだったりする?」

「へっ? い、いや、そんなことは全然……ご存知の通りのぼっちだし、女子との会話はむしろ苦手だし……」

「ほんとかなぁ? それにしては……柳田くんってば、人が落ち込んでるときに欲しい言葉を的確にくれるんだもの。カウンセラーとか目指せるかもよ?」


 ……よくわからないが、上手く元気づけられたようで安心した。

 揶揄うように笑う明瀬さんの表情からは、先ほどまで浮かべていた不安や緊張が拭い去られているように見えた。

 自分の頬をぺしぺし、と叩いた明瀬さんは、大きく深呼吸をして──一歩、前へ踏み出した。


「ここまで来ちゃった以上、うじうじ悩んでても仕方ないよね! 女は度胸……!」


 そして男は愛嬌……けどそっちも明瀬さんの圧勝だよなぁ、などとくだらないことを考えながら、軽い足取りで歩く彼女の後を追う。

 階段を上り、一年生の教室が並ぶフロアを横切る。朝のHR直前ということで数は少ないが、廊下を歩いている同級生たちがこちら……明瀬さんに視線を向けてくる。


「陽華ちゃんおはよー!」

「おはよう!」


 他クラスの女子生徒からの挨拶に元気よく返す明瀬さんの様子は、表面上いつもと変わらない。強い人だと素直に思う。


 ……そんな彼女の隣を歩くことに気後れして、その数歩後ろに距離を取ってしまう俺は、弱い人間だ。クソ雑魚ナメクジだ。

 しかしそのおかげで、今のところ俺に対する注目はほとんどない。明瀬さんの心の平穏の前には些事だとしても、決して自分から目立ちたいわけではないのだ。

 このまま教室に入って……と思っていると、教室の扉の前で明瀬さんの足が止まり、こちらを振り返ってきた。


「……ごめん、柳田くん。先に行ってもらっていい? やっぱりちょっと怖くて……」

「……わかった」

「ありがと。……もし、本当に秘密がバレちゃってたら……守ってくれる?」

「……図体だけはデカいから、視線を遮る盾ぐらいにはなれる所存です」


 現実的にできる範囲でそう返すと、明瀬さんは微笑みを返してくれた。


 その横を通り過ぎて、ドアの前に立つ。……何だか俺まで緊張してきた。

 大丈夫だ、明瀬さんと違って俺が怯える理由なんてない。何かあったら盾にならねばならないのだから、躊躇いは許されない。

 戦場に向かう兵士のような気分で、ドアノブに手をかける。息を呑んだのは俺か、明瀬さんか。

 浅く息を吐いて、一気にドアを開け放った。ガラガラ、という音がやけに大きく響いた。


『…………!!』

「っ!?」


 扉の開く音に反応して、教室にいたクラスメイト達の意識がこちらに向けられた──次の瞬間、教室中の視線が()()()()()()

 予想外の事態に、踏み出そうとした足が止まってしまう。


 恐る恐る教室内に視線を巡らせると、数人を除いた一部のクラスメイト達が教室の中心に集まって、何かを覗き込んでいた。

 集まっていた彼らはみな一様に俺を見つめて、何かを囁き合っている。ここからだとよく聞こえないが、俺の名前が出ている気がする。

 やはり視線の先に居るのは俺で間違いないらしい。では何故? 明瀬さんならともかく、俺に注目する理由などないはずだが……。

 クラスメイト達の視線も、どこか困惑しているように見えた。何か不可解なことがあるが本人にも聞きづらい、というような。


「…………」


 とりあえず、いつまでもドアの前で立ち竦んでいるわけにもいかない。

 意を決して再び足を踏み出すと、集まっていた生徒たちの中から一人の女子生徒が俺の方に向かってきた。

 低身長にツインテールという容姿から、小動物的な可愛らしさを感じさせるその女子には見覚えがあった。向井美樹さん。クラスのカースト最上位に位置するグループの一員で、明瀬さんと仲良く話している姿をよく見かけていた。

 向井さんのくりくりとした目には、幾分かの不信感と、大きな好奇心の輝きが瞬いていた。


「おはよう、柳田くん。早速だけどあなたに聞きたいことがあるんだけど!」

「……おはよう、向井さん。俺に答えられることなら、まぁ」

「それじゃあ単刀直入に……"あの噂"って本当なの!?」


 ドクン、と。心臓が跳ねる感覚。思わず振り返りそうになった体を強引に押し止める。

 噂、まさか本当に? けどそれにしては、ネガティブな色が少ない気がする。

 成り行きを見守る他のクラスメイトたちの視線も、怪訝そうだったり興味深げだったりで、明瀬さんの噂が流出したにしては、奇妙な反応だ。ほとんどの男子から向けられる敵意にも似た厳しい視線も気になる。


「……噂、っていうのは、どんな?」


 そう聞き返す俺の声は、少し震えていた。

 落ち着け、そもそも例の秘密なら俺に聞いてくるのがおかしいだろう。では、クラスの大部分が興味を抱くような噂とは、一体──……



「陽華と柳田くんが、付き合ってるって噂!!」



「………………はぁ?」


 ……そのあまりに予想外の発言に、俺の思考は一気に漂白された。


 つきあう。突き合う? 何故いきなりフェンシングの話を? いや突き合うじゃなくて憑き合う? 怪談話をする季節にはまだ早いと思うが……もしかして付き合う? 誰と誰が? クラス内の人間関係どころか、クラスメイトの中で名前を把握しているのが半分ぐらいしかいない俺に聞かれたところで、有意義な答えは返ってこないと思うのだが。

 ……現実逃避はやめよう。

 付き合っている。柳田くん……俺と、明瀬さんが、交際関係にあるという、噂?


 もはや言うまでもなくそんな事実は一片たりとも存在しない。

 荒唐無稽、根も葉もない噂、悪質なデマである。

 果たして一体どこからそんな噂が生まれて……


「この写真! 昨日の放課後に手を繋いで楽しそうに走ってる二人を見たって人がいたんだって」

「………………」


 彼女が突き付けてきたスマホの画面を、そこに表示されていた写真。

 恐らくどこかの教室内から廊下の窓へカメラを向けて撮影したのであろう写真には、満面の笑顔で俺の手を引っ張る明瀬さんと、困惑しながらも満更でもなさそうな俺の様子が、くっきり鮮明に映し出されていた。

 ……俺あの時こんな顔してたのかよ。なんかショックだ……。

 一体誰がこんなものを……。俺たちが教室に荷物を取りに戻った時点で、クラスには誰も居なかったから他クラスの生徒か?


 いや、今は噂の出所を気にしている場合じゃない。

 まずは……目の前の、目をキラキラさせて迫りくるちっちゃい脅威をやり過ごす方法を考えなければ。


「これ間違いなく陽華と柳田くんで間違いないよね? ズバリ、この写真は本物なの!?」

「あー、えー……いやこれは、その……まぁ、そのような記憶はございます、はい」


 何だその口調は、とセルフツッコミを入れてしまう。

 直後、後ろに固まっていた男子たちの敵意が膨れ上がった気がした。……なるほど、彼らが向けてくる視線の意味がようやく理解できた。

 しかしそれが分かったからとて状況が好転するわけでもない。むしろ向井さんは更にヒートアップしているようで、


「さぁさぁ、キリキリ吐いてもらおうか……! 二人の馴れ初めから経緯まで、一から十まで! こんな時間に校内に二人っきりで何してたの!? 二人はどういう関係なの!?」


 ツインテールをぴょこぴょこと揺らし、ずいずいと体ごと近づけながら、据わった目で問い詰めてくる向井さんの”圧”に後退りさせられる。

 俺の胸の辺りぐらいに頭が来るほどの身長差があるというのに、その目には”絶対に逃がさない”という気迫があった。

 彼女の秘密について話せるはずもなく、そこを伏せる必要がある以上正確な事情を説明することなんてできるわけがない。

 当然俺にこの状況を挽回する話術などない。……これは詰んだか?


「…………ふ、ふふふ」


 絶望に浸る俺の耳に、背後から小さな笑い声が聞こえた。

 その声の主、俺の背後で控えていた人物に気付いた向井さんが、一際大きな声を上げた。


「あーっ、陽華じゃん! 今日はいつもより来るの遅いなーと思ってたら、まさか一緒に登校してきたの!? いつの間にそんな仲に!?」


 更に誤解が深くなっている……!

 もはや俺の手に負える問題ではない……情けないが、後は明瀬さんの鍛え上げられたコミュ力に期待す「ふふっ、あはは……!」……明瀬さん?


 振り返って見てみれば、そこには何故か腹を抱えて大笑いしている明瀬さんの姿が。

 呆気に取られる俺と、向井さん、そしてクラスメイト達の前で、彼女は声を上げて笑いまくっていた。……いや、なにわろてんねん。


「あはははははっ! はーっ、やば、お腹痛い……!」

「は、陽華……? 陽華がそんな爆笑してるとこ初めて見たんだけど、どーしちゃったのさいきなり……」

「ご、ごめんごめん、なんか気が抜けちゃって……それで、えーと、なんだったっけ。私と柳田くんがどういう関係か、だっけ……?」


 ようやく笑いの収まった明瀬さんは、目元に浮かんだ涙を拭いながら、何かを考えこむ様子を見せた。

 俺たちが固唾を飲んで見守る中、明瀬さんはそっと人差し指を口元に当てると……誰もが見惚れてしまうような、可愛らしい笑顔でウインクして、



「……秘密、ってことで♪」



 ──その言葉に、一年A組の教室は大いに沸き立った。

 女子たちはキャーキャーと甲高い声を上げて歓喜し、男子たちはギャーギャーと野太い声を上げて絶望する。

 俺に向けられる視線も、女子のそれからは不信感が薄らいで興味や関心といった色が濃くなり……男子から向けられる敵意の視線は、もはや怨念や殺意といった域にまで到達していた。

 ……一番騒ぎたいのは俺なんだが。


「えーーーー!? ちょ、ちょっと待って陽華!? それじゃ全然答えになってないんだけど!? 本当なの? それとも嘘なの!? どっちなのぉーー!?」

「だから秘密だってば~」

「じゃ、じゃあこの写真は!? 二人で手つないですっごい可愛い笑顔の写真!!」

「褒めてくれてありがとー♪ う~ん、どうだったかなぁ~……忘れちゃった、かも?」

「記憶力いい陽華が忘れるわけないじゃんっ!? せめてほんとに付き合ってるのかぐらいは教えてよぉ~!!」


 明瀬さんに縋りつく向井さんは、もはや泣きが入っていた。

 その頭をよしよしと撫でながら、明瀬さんはまたも先ほどの愛嬌溢れるキメ顔ウインクで、


「んふふ、それも──秘密♪」

「陽華ぁ~~~っ!!」


 教室内に響き渡る悲鳴には、もはや事件性すら感じられた。


「マジでデキてんの!? いつから!? どこで!?」

「陽華、ちょっとキャラ変わってない?」

「わかる……でもなんか可愛いよね」

「おい柳田ァ! どういうことだ柳田ァ!?」

「お前普段は女子なんて興味ありません見たいな面でぼーっとしてるくせに……!」

「師匠と呼ばせてくれないか?」


 喧々諤々、喧喧囂囂、悲喜交々。

 様々な感情が入り混じる喧騒が、寝不足の頭に響く。にわかに沁み出してきた疼痛を堪えて、天井を仰いだ。

 当然ながら、俺の心中も混乱で一杯だ。状況への困惑と、明瀬さんの取った態度の意図が読み取れず、無数の疑問符が浮かんでは消えを繰り返している。


 いや秘密にしなければならないのは理解できるが、何故そんな思わせぶりな態度を……!?


「えー、でも別に嘘はついてないよ~?」


 そう言った明瀬さんが、不意に俺に視線を向けた。

 自然、クラスメイト達が静まり返り、その視線が俺と明瀬さんの間を行き来する。


「ね、柳田くん♪」

「……………………はい」


 再びの、爆発。

 悲鳴、歓声、怒号。終わりなきその応酬は、やってきた吾妻先生の一喝を受けるまで続いたのであった。

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