第27話 噂が本当になった日
「ふ、あぁぁ……」
ピーナッツバターを塗った食パンを齧りながら、俺は大欠伸を零した。
昨夜、また帰りたくないとごねる陽華をどうにか送り返した後、俺は義妹の優唯に電話を掛けた。
色々ありすぎてすっかりと忘れていた、陽華との交際報告を済ませるためだ。
あれだけ陽華に懐いていた優唯のことだ、きっと喜んでくれるだろう。案外既に陽華から聞いていたりするかもしれないな。
そんな風に軽く考えながら、優唯に「陽華と正式に付き合うことになった」と伝えた結果は──大号泣だった。
拭っても拭っても溢れる涙と止まない嗚咽に、ひどい涙声で「おめでとう」「よかった」と繰り返してひたすら泣き喚く優唯。
予想を遥かに超える反応に思わず面食らってしまったが、心の底から喜んでくれているのは伝わってきた。
こちらからも礼を言えば、さらに声量を上げて泣いてしまう優唯。
困り果て、赤ん坊をあやすような気持ちで宥めること約一時間。その泣き声を聞きつけた義母さんが来てくれた。
電話を替わり、優唯を慰めながら事情を問うてくる義母さんに、再び交際報告をしたところ……義母さんにまで泣かれてしまった。
涙交じりの祝福に親子の血の繋がりを感じて、少し感慨深くなった。
二人の泣き声を聞いて現れた父さんにまた事情を説明し、揶揄い交じりに祝福されて……としている内に、時間はいつもの睡眠予定時間を大幅に超え、結果として俺は若干の寝不足を湛えることになってしまったのだ。
「優唯も義母さんも、本当に大袈裟だな……」
とは言え、あれだけ祝福してもらえることに悪い気はしない。
優唯は言わずもがな、両親も例の一件で俺が地元から離れた高校への進学を選んだことを気に病んでいたのだろう。
俺も勝手な気まずさを抱えて、両親に……特に義母さんに対して壁を作ってしまっていた。
夏休みに帰省したら改めて話をしてみようか、と考えながら朝食を終えて歯磨きをしていた時のことだ。
ピンポーン、とインターホンのチャイムが鳴り響いた。
こんな早朝に来客? 訝しむ俺の脳裏に、一人の女の子の笑顔が浮かんでくる。
「まさかな……」
ほとんど確信に近い予感を感じて、歯ブラシを咥えたまま足早に玄関へ向かう。
道中でモニターを覗くとそこには先程思い描いた通りの人物が制服姿で立っていた。
我知らず弾む足取りで玄関に辿り着き、ドアを開ければ……爽やかな笑顔が俺の困惑顔を照らしてくれた。
「おはよ、辰巳くん!」
「……おはよう、陽華。随分早いな」
現在の時刻は八時前で、陽華の家からここまでニ十分はかかる。見た限りしっかり学校の準備をした上で来ているようだ。
思わず感心する俺に、陽華は得意げに微笑んで、
「一緒に登校するって昨日約束したでしょ? だからいつもより一本前のバスに乗ってきたの」
「約束……あぁ、”手を繋いで登下校”ってあれか」
昨日交わした会話を思い出す……まさか朝早くから家にまで来てくれるとは思わなかった。
あれを約束と呼ぶのは首を傾げてしまうが、そもそも自分の発言が発端だ。別に嫌なわけでもないし、今更反故にするつもりもない。
苦笑を一つ零して快晴の空を見上げた。
夏至を過ぎたことで晴れの日が増えたが、梅雨の気配はむしむしとした湿気という形で残っている。
高温多湿の日本の夏の影を感じる気候だ。このまま外に居させるわけにもいくまい。
「すぐに準備するから、中で待っててくれ」
「うん、ありがとう」
陽華に入室を促して俺は洗面所に戻った。
手早く歯磨きを済ませたところで、再び欠伸が込み上げてきた。もう一度顔を洗って眠気を飛ばす。
後は着替えもしなきゃな……制服はリビングに置いてあるが、陽華の前で脱ぐわけにもいかないし一度部屋に戻るか。
いつかの陽華の赤面を思い出しながらリビングに戻った俺は、そこに広がっていた光景に思わず目を見開いた。
「……何で俺のブレザー着てるんだ?」
「そこにあったから? やっぱりサイズ大きいね、ぶかぶかだ」
楽しそうにニコニコ笑って余った袖をプラプラと振り回す陽華の姿は、あまりに可愛らしい。
これが彼シャツ、いや彼ブレザーか? なるほどこれはいいものだ……こら、匂いを嗅ぐな。
「……あんまり辰巳くんの匂いしない」
「六月入ってからほとんど着てないしな。埃被ってるかもしれないから早く脱ぎなさい」
「はーい」
やや残念そうにしながら、ブレザーをハンガーに掛け直す陽華。
それを横目に制服のズボンとシャツを手に取る。そろそろ半袖でもいいかもしれないな。
陽華も先週まではカーディガンを羽織っていたが、今日は半袖のシャツの上に薄手のベストを着た夏仕様だ。シャツの袖から伸びる白い肌が眩しい。
俺の視線に気付いた陽華がこてんと首を傾げた。可愛い。
「なぁに?」
「俺も半袖にしようかなって。そろそろ夏服移行期間も終わるし」
「先週からすごく暑くなってるもんね~。……ちなみに辰巳くん」
その場でくるりと軽快に一回転した陽華が、悪戯っぽい表情で見上げてくる。
「私の夏服はいかがですか? 可愛い?」
「凄く可愛いよ」
「んふふ♪ 辰巳くん、段々褒めるのに慣れてきてるね」
毎回のように求められていれば慣れもする……全て本心からの言葉だしな。
一旦自分の部屋に戻ってさっと着替えを済ませる。
何故か陽華が覗こうとしてきたが、こういうのは普通逆じゃないのか? いや俺は覗かないが。
鞄を持ってリビングに戻ると、陽華がじろじろと全身を観察してくる。何の変哲もない普通の夏服だぞ。
「……うん! 辰巳くんは今日もカッコいいよ!」
「そりゃどうも。いい時間だしそろそろ出るか」
いつもより若干早いが、早く着きすぎて困ることもない。
電気と冷房をしっかり確認する。一人暮らしだとこういうところに常に気を付ける必要がある。
電気よし、エアコンよし、忘れ物も多分よし。
靴を履いて玄関を出ようとしたところで、陽華に呼び止められた。
「辰巳くん。んっ」
「……一応聞くけど、何待ち?」
「行ってきますのちゅー。ほら、遅刻しちゃうよ? 早くー」
上目遣いで唇を突き出し、パタパタと手を振って催促する陽華。
可愛らしい仕草で随分ハードルの高いことを要求してくれるな……。
余程のバカップルか新婚夫婦でもない限りやらないだろそんなこと……普段の所業もあって、前者に関しては強く否定できないが。
中々動こうとしない俺に焦れたのか、陽華は手に持っていたランチバッグを背後に隠して、
「してくれないなら今日のお弁当はなしだよ!」
「……それは卑怯だぞ」
「辰巳くんが素直にしてくれないのがわる……んっ♪」
陽華の恨み言を遮るように、そっと唇に触れるだけのキスをする。
嬉しそうな声を漏らした陽華が抱きつこうとしてきたが、何とかその腕を掴んで阻止した。それをされると止まれなくなる。
……結果として、俺が両腕を掴んでキスを迫っているような構図になってしまった。
「んっ、んぅ……」
数秒ほど経ってから唇を離す。
どうやらご満足いただけたようで、唇をなぞって実に幸せそうな顔をしている。
「えへへ、やっぱり辰巳くんとのキスは凄いね。毎朝したいぐらい……辰巳くんはどう?」
「……否定はしない。けど、毎日早く準備して俺の家まで来るのはキツいだろ」
「キスっていうご褒美があるなら頑張れるよ?」
「俺にとってもご褒美になるから、ちょっと不公平だな。……それについては後で考えようか」
そっと陽華の手を握ると、陽華も嬉しそうに笑って指を絡めてくれた。
「行ってきます」
「行ってきます!」
§
「……やっぱり見られてるなぁ」
俺の家の学校との距離はおよそ徒歩十分。学校に近付くにつれて増えていく周囲からの視線に、俺の口からぼやきが漏れた。
その視線に含まれているのは、あの明瀬陽華と仲睦まじく手を繋いで歩く男への好奇、懐疑、嫉妬と言った悪感情ばかりで、好意的なものはほとんどない。正しく針の筵だ。
驚くべきは、一年生だけでなく他学年の生徒からも注目を集めていることか。入学してから三か月足らずで、陽華は学校のアイドルにまで上り詰めてしまったらしい。
まぁ……当の本人は、そんな周囲の様子を一顧だにせず、上機嫌に鼻歌なんか歌っていたりするのだが。
「~~♪ ……どうしたの? 辰巳くん。何か考え事?」
「いや……注目されることに慣れてないから、落ち着かなくてな」
俺の言葉を聞いて初めて気付いたと言うように、目をぱちくりとさせて周りを見回す陽華。
こうしていざ自分が注目される立場になったことで、普段から周囲の人々の注目を一身に浴びて過ごす陽華に、改めて感心してしまう。
「やっぱり凄いな、陽華の人気は。こんなにジロジロ見られながら生活するなんて俺には無理だ……」
「流石に今日はいつもより多いけどねー。高校デビュー直後はちょっと怖かったけど……人気者になれるのは私の望み通りでもあったし、すぐに慣れちゃった」
「そういうものか」
「そういうものなのです。別に悪いことをしたわけでもないんだからさ、堂々としてればいーの!」
そう屈託なく笑った陽華は、思い切り俺の腕に抱きついてきた。
「そんな人気者の私は、もう君の彼女なんだから♪ 遠慮なく自慢しちゃお?」
「……なるほど。それはいいな」
男の優越感を煽る言葉に、思わず笑みが漏れてしまう。
そんな自分の思考に、以前までの俺なら「陽華をトロフィーか何かだと思っているつもりか」と自責していただろう。
けれど今は違う。愛情も独占欲も全部含めて”恋”──ならば俺が今抱くこの感情もきっと”恋”だ。
陽華も同じように思ってくれているようだし、そういうことにしておこう。
……そう言えば、一つ気になっていることがあった。
「……陽華って、よく男子から告白されてたらしいけど。あー、今でもそういうのって……あったりするのか?」
「たまーに手紙をもらったり、呼び出されることはあったよ。でも、辰巳くんに出会ってからは全部無視してる」
あっけらかんと言う陽華の笑顔に、胸の内に安堵が広がる……それと同時に、小さなざわめきを感じた。
気に入らない。陽華は無視してくれているとわかっているし、信じてもいるが……それでも。
この子はもう俺の彼女だ。近付こうとするやつは許せない。他の男が陽華を狙っていると思うだけで腹の奥がむかむかする。
みっともない嫉妬心、身勝手な独占欲だと、わかっていても止められなかった。
苛立ちをぶつける先を探すように、周囲に視線を巡らせる。
元々悪い目つきが、怒りによってさらに凶悪になっているのが自分でもわかる。
俺と視線が合った相手はびくっと体を震わせて目を逸らしてしまう。
そんな俺の行動に、陽華は小さく笑みを零した。
「辰巳くん、また”威嚇モード”に入ってる」
「……何だよ”威嚇モード”って」
「ふふ」
俺のツッコミを無視してくすくすと上機嫌に笑う陽華は、下から覗き込むような上目遣いでぽしょりと囁いてくる。
「……もしかして、嫉妬?」
「……まぁ」
「んふふ、かーわいっ♪ 嫉妬してくれるのは嬉しいけど、安心してね? 私は辰巳くんだけの陽華だから」
その笑顔があまりに楽しそうで、嬉しそうで。俺はそれ以上何かを言う気力を削がれてしまった。
やや静かになった通学路を足早に抜け、校門まで辿り着く。
更に圧力が強くなった視線にうんざりしていると、背後から声を掛けられた。
「陽華! 柳田くん! おはよー!」
「おはよう、二人とも」
明るく元気な声と冷静で落ち着いた声。
振り向いた先には、大きくこちらに手を振りながら駆け寄ってくる向井さんと、対照的に静かに会釈して歩み寄る高宮さんの姿があった。
俺と陽華も挨拶を返すが、二人とも俺たちが手を繋いでいることに驚く様子はなかった。
首を傾げる俺を他所に、向井さんが陽華の手を取って、
「昨日電話でも言ったけど、本当におめでとう陽華っ! 柳田くんもお疲れさま、おめでとう! あたしも自分のことみたいに嬉しいよ~っ!!」
「ありがとう美樹~!」
「ありがとう、向井さん」
なるほど、陽華から既に知らされていたのか。
喜びを全身で表現するようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、その度にツインテールをぶんぶん揺らす向井さん。
そんな彼女の肩を掴んで制止する高宮さんは……初めて見る、柔らかい笑顔を浮かべながら、
「おめでとう。陽華、柳田くん。これから色々大変でしょうけど、二人ならきっと乗り越えて行けると信じてるわ」
「佳凛もありがとう! ……なんか、結婚式の友人代表スピーチみたいだね?」
口には出さなかったが、俺も同じことを考えていた。
陽華のツッコミに、これまた初めて見る揶揄うような笑顔を浮かべる高宮さん。わかりやすくテンションが上がっているようだ。
「あら。陽華がいいなら本番でしてあげてもいいわよ? なにせ親友ですものね」
「佳凛だけずるいっ! あたしも親友! あたしもスピーチしたーい!」
「冗談だからあなたもそろそろ落ち着きなさい。……ともかく、もし本当に何か困ったことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「あたしたちも全力で力になるから! 泥船に乗ったつもりで任せてよっ!!」
「泥船は沈むだろ……ありがとう、高宮さん」
「えへへ、二人とも頼りにしてるね!」
揃って礼を言う俺と陽華に、満足そうに頷いた高宮さん。
かと思えば徐にグッと握った拳を俺に突き付けて、据わった目で、
「柳田くん、もし万が一陽華に手を出すような輩が居たら、遠慮なくこれを振るってくれていいわよ。口封じは手伝うわ」
「……そんな機会がないことを祈ってるよ」
これも冗談かと思ったが、明らかに本気の目をしていた。
堅物で清楚な見た目とは裏腹に、素の高宮さんはかなりファンキーな人なのかもしれない。
いつまでも立ち話をしているわけにもいかないので、俺たちは昇降口を上がり教室へ向かった。
一年生の教室が設置された廊下に差し掛かると、同学年の生徒たちの驚愕の視線が俺と陽華に突き刺さった。屋内なので彼らの話し声まで聞こえてくる。
「おいあれ……! 明瀬さんが男と手を繋いでるぞ!」「えっマジ? マジじゃん……」「誰だよあいつ!?」「あががが脳ががが」「えー陽華彼氏できたん!?」「うわ背高っ」「なんか目つき怖くない?」「あれ本当に大丈夫なやつ?」「でも陽華ちゃんめっちゃ笑顔だよ」「ほんとだ、てか笑顔かわいっ」「惚れそう。惚れてたわ。……失恋したわ……」「あいつあの噂のやつじゃない?」「デマじゃなかったのか」「俺を騙したのか!? いや騙さなかったのか!?」「何だっけ名前……桜田?」
喧喧囂囂、丁々発止。
外野から好き勝手言ってくれるな。目つきが悪いだけで、誘拐か何かと勘違いされてないか? それと噂自体はデマだったんだけどデマじゃなくなったと言うか何と言うか……あと柳田な。
色々訂正したくても話しかけるわけにもいかず、渋面を浮かべる俺の腕を陽華がポンポンと慰めるように叩いてくれた。
それによってまた波紋が広がり……そんなことをしている内に、俺たちは教室の前まで辿り着いた。
思わず生唾を呑み込む俺に、高宮さんは小さく肩を竦めて、
「別に身構えなくてもいいと思うけれど」
「そうかな」
「そうよ、ウチのクラスだと今更だもの。ほら早く行きなさい」
開け放ったドアに押し込まれるように、俺たちは手を繋いだまま教室に足を踏み入れる。
最初に声を掛けてきたのは、ドアのすぐ近くで談笑していた女子生徒たちだった。
「お、陽華おっはー……おっ?」
「おはよー……あ、手ぇ繋いでんじゃん。てことはもしかして」
興味津々と言った様子で問いかけてくる女子二人に、陽華は得意げにピースして、
「おはよう! えへへ……お察しの通り、私たち付き合うことになりました~!」
「「おぉ~」」
声高らかに宣言する陽華に、ぱちぱちと拍手を送る女子たち。そのやり取りを聞きつけてか、クラスの生徒たちがわらわらと集まってくる。
「えっなに、やっとくっついたの?」
「うわほんとに手繋いでるじゃん」
「見せつけてくれちゃってぇ。彼氏できないウチへの当てつけかー?」
「ほんとにあの明瀬さん落としたのかよ、スゲーな柳田……」
「流石師匠だぜ……マジでリスペクトしかねぇわ」
「何で柳田がっ! やっぱ身長か、身長なのか……!?」
「あんたはそれ以前の問題でしょ。二人とも後で色々聞かせてねー」
……何だか、思っていた反応と違う。
女子たちは揃って「おめでとー!」だの「羨ましい~」だの、明らかに好意的な空気。男子も男子で多分な嫉妬は感じれど、怨念と呼ぶのが相応しいほどの露骨な敵意は感じない。
別に文句があるわけじゃない。平和な空気で祝福してくれるのはとても嬉しいし、ありがたい。
ありがたいのだが……あの噂が広まった大騒ぎや、普段の男子から注がれるギラついた嫉妬と怨嗟の視線を思い出すと、この落差はどうにも落ち着かない。
「この幸せもんめ!」
「大事にしてやれよ、柳田!」
「あ、あぁ……ありがとう」
南や赤坂たちに祝福と共にバシバシと背中を叩かれ、俺は困惑しつつもなんとか礼を返した。
背中を擦りながら首を傾げる俺の肩に、ぽんと手が置かれる。振り返れば、にやりとした笑みを浮かべる橋本の姿が。
「よう、柳田。どうやら上手くいったみたいだな。一応おめでとうと言っとくぜ」
「橋本……あり、がとう?」
「何だよ歯切れが悪いな」
「……思った以上に暖かく受け入れられて、ちょっと困惑してる。もう少し色々言われるかと思った」
「あぁ、そんなことか」
俺の疑問を笑い飛ばすように、橋本はふっと呆れ笑いを浮かべた。
「ぶっちゃけうちのクラスだと今更だしな。むしろあんだけ人前でいちゃついといてまだ付き合ってなかったのかよ、って思ってるやつも居るだろ」
橋本がそう言って視線を逸らすと、その先に居たクラスメイト達がうんうんと頷いた。
「正直もうとっくにくっついてると思ってた」
「カラオケの時のアレでこいつら付き合ってんだなって確信してたわ。違ったけど」
「ウチは体育のハグかなー。明らかに恋してますって顔だったし」
「マジ? 俺先週の金曜日の放課後のあれ、ひたすら名前呼び合ってたやつ。逆にあれで付き合ってなかったのかよ……」
「結局あの噂は何だったんだよ」
クラスメイト達の容赦のない言葉が胸の奥に突き刺さる。
……自覚はあったが、改めて他人の口から指摘されると、無性に恥ずかしくなる。
「内心で嫉妬してたやつらも、付け入る隙がなさ過ぎて撃沈しまくってたしなぁ」
「見ろよ、あの岡ですら必死に自分を抑えて現実を受け入れようとしてるぜ」
苦笑する赤坂たちの視線を辿れば、仏のような顔で佇む岡の姿があった。背中を押してくれた礼をしたいと思っていたのだが……この様子だとやめておいた方がいいかもしれない。
その様子に橋本は肩を竦めて、
「ま、これは今までお前らをずっと見てきたうちのクラスだからの話だ。他のクラスとか、上の学年の連中はそうはいかないかもしれないぜ。妙なイチャモン付けてきたり、ちょっかいかけてきたりとか……まぁそんな馬鹿な手段に走るようなやつは……あー、そうは居ないはずだ、たぶん」
歯切れ悪く言い募る橋本の脳裏には、きっと真壁たちの顔が浮かんでいたのだろう。俺も同じ人間を思い浮かべた。
……橋本の忠告はありがたいが、それはもはや言うまでもないことだ。
何があろうと、俺は陽華の傍に居ると誓ったのだから。
「大丈夫。どうにかするし、してみせる。……俺は、陽華の彼氏だからな」
力強く宣言した俺に、橋本は感心したように笑う。
「ははっ、男として一皮剥けたって感じか? ま、何かあったら俺にも相談しろよ。力になるぜ、親友」
「あぁ……頼りにしてるよ、親友」
嬉しそうに軽く肩を叩いて席に戻って行く橋本を見送って、俺は傍らの陽華に向き直った。
女子たちに質問責めに遭っていた陽華は、少し頬を赤く染めて恥ずかしそうにしていた。
「な、なんか、凄い言われちゃってたね……」
「あぁ……流石に俺も恥ずかしくなってきた」
……おい、皆揃って「え?」とか言うの辞めろ。「お前らに羞恥心とかあったの?」みたいな顔で見るな。
こほん、と咳払いを挟んで仕切り直し。
クラスメイトたちの反応に更に顔を赤くした陽華が、柔らかくはにかんで、
「でも、みんなが祝ってくれるの……すごく、嬉しいね」
「……そうだな」
言葉を交わすと同時に、離れてしまっていた手をもう一度繋ぎ直す。
”柳田辰巳が明瀬陽華と付き合っている”。悪意によって広められたその噂は、嫉妬や疑念をもたらした。
けれど今、その噂が真実に変わった時……俺たちを取り巻く環境もまた、大きく様変わりしていた。
何を言われても俺たちの関係が変わることはないが……それでも、祝福してもらえることは、素直に嬉しいと思う。
俺たちはそっと見つめ合って、胸の内に灯る温かい気持ちを分け合うように微笑んだ。
「言っておくけど、あなたたちちゃんと節度は守りなさいよ。正式に交際を始めたからと言って大っぴらにいちゃついていいわけじゃないんだから、この機会に自重を覚えなさい」
「「…………」」
「返事」
「はい」
「は~い」
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