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第19話 ”親友”

「今日はありがとな、橋本。本当に助かった」

「いいってことよ」


 真壁たちとの一件から授業を一コマ挟んだ放課後。

 帰りの準備をしている橋本に礼を言えば、気にするなと肩を叩かれた。

 話を持ち掛けた時、当事者である俺たち以上に気合を入れて臨んでいたのが橋本だった。本当に友情に厚いいいやつだ。


「しっかしあいつらも馬鹿なことするよなぁ。馬鹿だからあんなことしたのか?」

「さぁな。それだけ人の嫉妬ってのは怖いものってことだろう」


 俺がしみじみと呟いた言葉に、橋本はにやりと笑って、


「学年中の男子から今一番嫉妬を集めてる男の言うことだと説得力があるなぁ。真面目に闇討ちとか気を付けた方がいいんじゃねぇの?」

「マジでやめろよ……」


 数日前、他クラスの男子にすれ違いざまに睨まれたことを思い出してしまう。一応身の回りに気を張っておくべきか……。

 そのまま明瀬さんとの話に移り、そこから今日返却されたテストの点数について言い合って……オチなんてない、他愛もない会話。

 友達になってから何も変わらない橋本の態度に、思わず言葉が漏れた。


「ありがとな」

「ん? 何がよ」

「いや……色々と? 手を貸してくれたことも……あの話を聞いて、変わらず接してくれることも」

「あの話って、あぁ。お前の中学時代の話? 俺に言わせりゃお前の気にしすぎだぜ」


 橋本はしゅっしゅっとシャドーボクシングの仕草をして、


「俺も家族や彼女が同じ状況なら、殴らずにはいられなかっただろうしな! 高宮さんも同じようなこと言ってただろ?」

「無言で拍手を送られたな……あの人クールビューティみたいな顔して結構血の気が多いよな」

「割と言い方もキツいしなぁ」


 などと、本人が聞けば怒られそうな寸評をする俺たち。

 ……二人揃って周囲に視線を巡らせるが、当のご本人は明瀬さんたちと何か話しているようで聞こえた様子はない。

 ほっと胸を撫で下ろして、話を続ける。


「大人たちが話し合った結果、他校の生徒をボコボコにして出席停止一週間って処置だけだったんだろ? ならそれが全てさ」

「……そうかな」

「そうだよ。少なくとも俺は、その話を聞いて心底お前をすげーと思ったぜ。腕っ節の強さじゃねぇぞ、お前のその心の強さに、だ」


 トン、と橋本の拳が俺の胸元を叩く。彼の言葉の熱が伝播したように、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

 思わず感動する俺を他所に、橋本はにやりと口の端を釣り上げて、


「でもま、感謝してるってんなら、その分俺のお願いを一つ聞いてもらおうかな」

「……内容によるが」

「別に難しいことじゃないと思うぜ。中間テストお疲れってことで、今度の休日に、クラスのやつらでカラオケ行こうって話になっててな」


 それを聞いて、昨夜にグループLAINに送られてきた内容を思い出す。俺には縁のないことだと思ってスルーしていたのだが……。

 ここでその話を出してくるってことは、まさか。


「お前も来い。んでもって最低一曲は歌え」

「……俺歌苦手なんだけど」

「歌をBGMにして騒ぐために集まるんだ。上手い下手を本気で気にするやつなんていないし、下手ならむしろ盛り上がる。空気を悪くするようなやつは顰蹙買うだけだし、俺が止めてやるよ」


 イケメンなことを言って胸を叩く橋本を前に、俺は腕を組んで悩み込む。

 カラオケ……学生が放課後や休日に遊びに行く場所としてはごくメジャーな施設だが、生憎と俺はそういった経験が一切なかった。

 流石に行ったことがないわけではないが、それもつい数か月前に優唯に無理矢理連れ出されただけで、結局その魅力や楽しさも理解できなかった。

 音楽に特段興味はなく、歌うことは嫌いではないが好きでもない、そんな俺が行ったところで楽しめるだろうか、場の空気を悪くするだけではないか……と、ネガティブな考えが頭を支配してしまう。

 誘ってくれた橋本には悪いが断ろう、と思って顔を上げると、何とも底意地の悪い笑みを浮かべた橋本が顔を近づけてきて、


「ちなみに、明瀬さんも来るらしいぞ。もちろんあの人目当てで男子連中もこぞって来る予定だ」

「…………」


 先程の言葉を撤回したくなった。





§





「あっ、柳田くん~!」

「……向井さんか」


 翌日の放課後。委員会の仕事で学校に居残っていた俺の背中に、元気の漲るような明るい声が浴びせかけられた。

 振り返れば、体操服姿で肩を軽く弾ませた向井さんが立っていた。


「柳田くんって帰宅部だったよね? 何か用事でもあったのー?」

「美化委員の仕事。校舎内のチェックポイントを見て回ってるとこだよ」

「へぇー! 美化委員ってそういうこともやってるんだ。お仕事お疲れ様です!」


 ぴしり、とおどけたように敬礼する向井さん。

 そういった仕草を全く嫌味に感じさせず、あざとさも感じられないのは本人の素直な人柄と溢れんばかりの愛嬌故か。


「向井さんは部活?」

「うん! 今日は体育館使えない日だからグラウンドで走り込みと筋トレしてたんだ~」

「なるほど……」


 その言葉に、中学時代の部活の思い出が蘇ってくる。

 男女バレー、男女バスケ、バドミントンの五つの部活で体育館で練習する日をローテーションして、使えない日はひたすら体力作りのメニューをこなす日々。

 当時はきつく苦しいだけの時間だったが、今思い返してみれば何だかんだで楽しんでいたことに気付かされた。


 物思いに耽る俺に、向井さんはいつもより真剣みを帯びた声で、


「ね、柳田くん。ちょっとだけお話ししない?」

「……仕事は終わってるし俺はいいけど、そっちの練習は?」

「あたしももう終わったよ、今は教室に戻って着替えるついでに、自販機で飲み物買おうかなーって」


 購買前に設置された自販機に向かって並んで歩き出す中で、向井さんが話しかけて来る。

 その声は、いつも元気な向井さんの印象からは想像できないほどに、静かで落ち着いたものだった。


「柳田くんはさ、あたしと陽華が仲良くなったきっかけって聞いたことある?」

「いや、ないな。俺の知る限りだと、五月には一緒に居た気がするが」

「ん、そだね。あたしたちが初めて会ったのは、四月の真ん中ぐらいだったかな……勉強についてけなくて困ってた私を助けてくれたのが、陽華だったの」


 やがて自販機に到着し、向井さんはミルクティーを購入した。せっかくなので俺もブラック缶コーヒーを購入する。

 それを見て感心したように声を上げる向井さん。ブラックどころか微糖のコーヒーすらダメらしい……イメージ通りと言うか何と言うか。


「あたしってスポーツ推薦でさ。この高校のバスケ部ってすっごく強いんだよ、知ってた?」

「入学案内のパンフレットで見た気がするな」

「そうそう! あたしも中学の時からずっと憧れで、推薦入試の時もお兄ちゃんたちに付きっ切りで勉強見てもらって、ようやく突破できたの! ……でも、あたしの学力だとやっぱり厳しくて、お兄ちゃんたちも進学とか就職で忙しそうにしてたし……」


 ミルクティーを呷りながら、向井さんはとても渋い顔をしていた。


「授業も全然わかんなくて、こんなんじゃ部活どころじゃない、どうしよう……って悩んでて。勉強しようとしても勉強のやり方がわかんなくて泣きそうになってた時に、陽華が声を掛けてくれたんだ!」


 しかしすぐに、いつもの明るい笑顔に戻って、


「ほとんど毎日放課後に付きっ切りで勉強教えてくれて、わかんないとこ聞きに行ったらいつも丁寧に説明してくれて! そのおかげで、五月の新入生テストも結構いい感じだったの! 陽華って教え方が凄く上手なんだよ、あたしが躓くところが全部わかってるみたいに的確に答えてくれるの!」


 知ってるよ、とは言わないでおいた。明瀬さんとの思い出を脳裏に浮かべてしみじみと頷いている向井さんに水を差すのは無粋だろう。


「あたしのために沢山頑張ってくれた陽華に聞いたの、『お礼にあたしにできることなら何でもする、だから何でも言って!』って。そしたら陽華、何て言ったと思う?」

「わからないな。気にしないでいいよ、とか?」

「んーん。……『友達になってほしい』、だって!」


 んふふ、と心の底から嬉しそうに、楽しそうに、向井さんは笑う。

 そこに明瀬さんを嘲ろうとするような気持ちは微塵もなく、ただ彼女のことをいじらしく、大切に想っているのが伝わってきた。


「あたしはもうとっくに友達だと思ってたのに、そんなことを恥ずかしそうに言ってくる陽華がとっても可愛くて、嬉しくて……だから、『親友』を名乗ることにしたんだ!」

「『親友』……」

「そっ。普通の友達より、もっと深いところで繋がった関係。一生続く、何でも気軽に話せる仲! ……だと思ってたんだけどなぁ」


 大切な思い出を反芻するような表情が、ジト目へと変わる。冗談めかした怒りや呆れの中に、確かな嫉妬の色が見え隠れしていた。


「柳田くんは、陽華がずっと悩んで抱え込んできた”秘密”について、知ってるんだよね?」

「……あぁ。最初に教えてもらったのは、事故が原因だったけど」

「そっかぁ……ちょっと妬けちゃうなぁ。……でも、それをあたしや佳凛にも言わずに、胸の奥にしまっておけるあなただから、陽華もあなたのことを信頼してるし、それに──」


 自分が何を言おうとしたのか遅れて思い当たったのか、向井さんは慌てて口を噤んだ。そこから先は自分が口にしていいことではないと思ったのだろう、少しばつの悪そうな顔だ。

 こほん、と一つ咳払い。表情を真剣なものに戻して、


「そういうことだからさ。あたしはあの優しくて頑張り屋さんな陽華のことが、すっごく大切なの。だからお願い……あの子のこと、大切にしてあげてね」

「……誓うよ。明瀬さんを悲しませるようなことはしない、絶対」


 向井さんの目を真っ直ぐ見据えて、強く言い放つ。

 言い方が気障すぎる気がしたが……それでも、俺の胸にある覚悟と決意をそのまま言葉にするべきだと思ったのだ。

 面食らったようにぱっちりとした目を大きく見開いた向井さんは、少し頬を赤く染めて、


「そ、即答かぁ……ラブコメの主人公みたいだねぇ。はぁー、いいなぁー! 私にも柳田くんみたいに一途にあたしのこと想ってくれる人いないかなぁー?」

「向井さんも恋愛とか、そう言うことに興味あるんだな」

「確かに今はバスケ一筋! って感じだけど、あたしだって女子高生だもん! とーぜんキラキラな青春への憧れはあるよ!」


 そんな話をする中で、ふと頭に俺のことを師匠と呼ぶバレー部の男子生徒の顔が過ぎったが……彼の名を口にすることはなかった。

 そこまでしてやる義理はないし、彼のことはよく知らない。あの純情ボーイのこれからの健闘を祈るとしよう。


「でも、正直言って二人のことはあんまり心配してないんだけどね。真壁さんたちに脅されそうになった時に、柳田くんが助けてくれたって聞いたよ? それに今回のことも、真っ先に自分の秘密をあたしたちに話して、助けを呼んで……」

「最初に助けたのは単なる偶然だし、今回のことは俺も当事者だったから。……手を貸してくれて、本当にありがとう、向井さん」

「お礼なんて言わないでよ! ”親友”のためだもん、あれぐらい何ともないって! そもそもあたしスマホ持って立ってただけでほとんど何もしてないし……」

「そんなことはないさ。向井さんが録音してくれてた内容は、とても重要な切り札になる」


 真壁たちを懲らしめるに当たり、向井さんには明瀬さんの身の回りの警戒と、あの部屋の中のやり取りを外から記録する役割を任せていた。

 連中が俺に送ってきたLAINのデータと合わせて、やつらを追い詰める重要な証拠として役立ってくれることだろう。


 ……明瀬さんが真壁たちに最後の告げた言葉を思い出す。

 やつらがやろうとしたことは到底許されることではないが、あれがなければ、俺は明瀬さんに出会うことすらなかっただろう。

 そして当然、橋本や向井さん、高宮さんと友達になることもなく、今も一人寂しく高校生活を送っていたかもしれない。


 そう考えると、少しぐらいは感謝してやってもいいかもしれないと思えた。差し詰めあいつらは俺たちにとってのキューピッドか。

 あいつらとしては憤懣やるかたなしといった具合だろうが……まぁ、自業自得と言うことで。


 ……あっ、そうだ。


「向井さん。最近の流行の曲って、どんなのがある?」

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