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第13話 体育②

「柳田、お前に期待する役割は、『壁』だ」

「壁」

「防御では相手のシュートやパスを叩き落とし、攻めてくる相手に圧をかけて自陣のゴールを守り! 攻撃では相手の守備に圧をかけて味方をサポートする!」

「めっちゃ圧かけるな……」

「直接ぶつかったりしたらファウルだしなぁ」


 試合開始直前、コートに向かう道すがら橋本の説明を聞く。

 途中で須藤が補足してくれた。無理に相手を押しのけたりぶつかったりする行為はチャージング・ブロッキングと言って反則行為に当たるらしい。


「とりあえずファウルにだけ気を付けて、手が届く範囲に相手が投げてきたボールを片っ端から叩き落としてくれればそれでいい! 細かいところは俺が都度指示するからその通りに動いてくれ」

「了解」

「あ、シュートのブロックについてだけど、一回ボールが最高到達点まで行って下に降り始めてから触るのはNGだから」

「……結構難しいな」

「まぁレクリエーションみたいなもんだし、お互い怪我しないように気楽にやるべ」


 注意事項の多さに唸る俺の背を南が軽く叩いて励ましてくれた。

 その気遣いに感謝しつつ、コートに入り対戦相手のチームと軽く挨拶をする。まぁ俺はほぼ初対面の面子しかいないので、交流していたのは橋本たちだけだったが……。


 手持ち無沙汰で視線を彷徨わせると、得点板を操作している明瀬さんが見えた。

 目が合うと軽く握り拳を作り、「ふぁいと!」と小声で励ましてくれる。何だか気恥ずかしい気分になって、控えめに手を振って返した。


「お前ら隙あらばいちゃついてんなぁ! 見ろよこの人語を失った獣みたいな有り様の岡を!」


 だからごめんて。


「柳田、ジャンプボール任せていいか? こっちのチームで一番高いのお前だし。あ、シュートの時と違ってボールが降りてきてからじゃないとダメだから、そこだけ注意な」

「あぁ、わかった」


 南の要請に従ってコートの中心のサークルへと歩み寄る。

 向こうのチームからも一人の背の高い──俺よりは低い──、言ってしまえばチャラそうな風貌の男子生徒がやってきた。確かバレー部の……何だったっけ?

 その男子生徒は、相対した俺ににやりと笑みを浮かべて、


「うっす師匠! 俺濱崎って言います、よろしく!」

「師匠になった覚えはないが……」

「まぁまぁそう言わずに! 俺マジで柳田師匠のこと尊敬してるんで。この呼び方はその表れっつーの?」


 ……思い出した。先週の木曜日、俺と明瀬さんが付き合ってるって噂が流れたあの日。どさくさに紛れて「師匠と呼ばせてくれないか?」とか言ってたやつが居た。

 しかし何故師匠……? 俺がこいつに教えられることなんてあったか……?


 首を傾げている間にも、着々と準備は進んでいく。

 双方のチームが所定の位置に着いたところで、ボールと笛を持った審判が……って、向井さんじゃないか。


「審判はあたしがやるよ! 二人とも準備はいい?」

「あぁ」

「お、おっす! 大丈夫っす!」


 ……んん?

 直前まで軽薄そうな笑みを浮かべていたのに、急に顔を赤くしてきょどり始める濱崎。落ち着かない様子で向井さんの方をチラチラ見て……あぁ、なるほど? チャラいのに何ともわかりやすいやつだ。

 当の向井さんはその様子に全く気付いていないようで、ニコニコと屈託のない笑みのまま笛を咥える。


「じゃあ行くよ! 試合開始(ティップ・オフ)!」


 景気よく吹き鳴らされたホイッスルの音と共に、向井さんが手に持ったボールを真上に放り投げた。

 俺と濱崎はほぼ同時に垂直に跳躍して手を伸ばす。

 ……正直、五センチ近く身長差がある上にジャンプ力にはそれなりに自信があったので、まぁ負けることはないだろうと高を括っていたのだが、流石はバレー部と言うべきか。

 俺より一瞬速く最高到達点まで跳躍した濱崎の手にボールが弾かれ、相手チームにボールが渡ってしまった。


「しゃあ!」

「ナイスジャンプ濱崎!」


 勢い込んで攻めの気配を見せる相手チームに、慌てて防御に入る。


「すまん、取れなかった!」

「ドンマイドンマイ! バレー部相手はしゃーない!」

「あいつあんなんでもバレー部の一年で一番上手いんだよなぁ」


 南のぼやきを聞きながら、守備のポジションに付いた。

 弾かれたボールを拾った……確かバスケ部に所属している男子生徒を中心に、怒濤の勢いで攻め込んでくる相手チームに対して、橋本の号令の下対処する俺たち。

 ボールを持った相手に近付こうとすれば、直前でそれを察知されたのか近くの味方にパスを出され……あっ、これ届きそうだな。


「っとぉ!」

「うぇっ!?」

「ナイスカットぉ!」


 飛び込むように手を伸ばしてボールを弾き落とした。

 パスを出した相手の呻き声と味方の称賛の声の中で、浮いたボールに飛びつく影が一つ。凄まじい速度で駆けだした岡だ。

 すかさず下された橋本の指示に従って攻勢に転ずる。


 俺も急いで相手陣地に走るが、結局出番は来なかった。

 慌てて二人掛かりで止めに来たディフェンスに、岡は冷静に後ろの南へパス。それを受け取った南がさらに切り込み、シュートを打つ……と見せかけて走り込んできた岡にパスを投げ、最後は彼のレイアップシュートでフィニッシュ。

 俺が介入する余地なんてない、鮮やかな流れだった。


「ナイスだ岡、南!」

「ないっしゅー」

「……ナイスー」

「…………」


 他の面子に乗じて称賛の言葉をかけてみるが、返事はない。と言うか未だに唸り声以外で岡の声を聴いていないのだが……?

 気持ちは理解できるが流石に寂しい気持ちになってしまう。


 センチメンタルな気分になっている間にも、試合は進む。

 再び相手チームの猛攻が始まった。こちらの守備の間隙を縫って回されるパスに、先程と同じように手を伸ばすが、


「アウトー!」

「あっ……」


 あらぬ方向に弾き飛ばしてしまい、コートの外にまで飛び出していってしまった。

 濱崎のスローインから試合再開。投げ込まれたボールをバスケ部の男子がキャッチし、そのまま鋭い動きで攻め込んでシュートを決めてしまった。見惚れてしまいそうな見事なプレイだった。


「すまん、変な方向に飛ばしちまった……」

「ドンマイ! 切り替えてけ!」


 須藤の言葉に意識を切り替える。今度はこちらが攻める番だ。

 南から繰り出されたボールが須藤の手に渡り、「柳田!」と名を呼ぶ声と共にパスが回される。両手で受け取って辺りを見回して、濱崎ともう一人の男子がボールを奪いに来るのが見えた。

 咄嗟にパスを中断。覚束ない手つきでドリブルし、横に逃げてから……近くに見えた仲間の名前を呼んだ。


「岡!」

「……っ」


 生憎と返事はなかったが、しっかりと俺の呼びかけとパスに反応してくれた。

 俺より数段スムーズなボール捌きで相手のディフェンスを振り切った岡は、3ポイントラインに居た橋本にバックパス。

 そのまま橋本がシュートし、三点をゲットした。あいつサッカー部のエースなのにバスケも上手いのか……。


 と同時に、周囲のクラスメイト達から歓声が上がった。

 先ほどまでは気づかなかったが、俺たちの試合はクラスメイト達の注目の的になっていたらしい。バドミントンをしていた女子も半分以上が手を止めてこちらの試合を見守っている。

 あの高宮さんですら、未だへたり込みながらもこちらを注視している様子だった。


 うぇーい、と軽いハイタッチを求めてくる橋本に応じながら、パスを受け取ってくれた岡に視線を向けるが……目を向けてもくれなかった。

 こうもにべもない態度を取られてしまうと、打ち解けるのは無理そうだ。そもそも俺のコミュ力では誰が相手でも大して難易度変わらないのかもしれないが……。


 そんな懊悩を他所に、試合は続いていく。

 点を取っては取られのシーソーゲーム。白熱した攻防の中、10分間の試合時間はあっという間に過ぎ去り……残りはついに一分。スコアは25対25、試合は最終局面を迎えていた。


 直前に橋本が3ポイントを決めたことで、ボールは相手チームの手にある。仲間からパスを受けて凄まじい速度で迫ってくるバスケ部の前に、俺は覚悟を決めて立ちはだかった。

 彼のギラギラとした目が俺を捉え、口元が弧を描く。


「くくく……嬉しいぜ、柳田。お前とこうしてバスケでやり合える時が来るとはな……」

「俺はお前のこと知らないんだけど……」

「てめぇが知る必要はねぇ……俺はただ、明瀬さんの前でお前を完膚なきまでに叩き潰してやりたいだけなんだからよぉ!!」


 お前もかよ! と叫びたくなると同時に、明瀬さんの人気に感心してしまう。

 歪んだ情念を抱えながらも、その動きは素早く、鋭い。厳しい練習と実戦経験によって洗練された技術。

 意識が緩んだ一瞬の隙をついて、地面に向かって倒れ込むような重い踏み込みで抜き去ろうとする彼の動きに、俺は完全に虚をつかれた。


 慌てて振り返ろうとした時、俺の目はそれを捉えた。

 同点を示す得点板の傍らで、拳を握り締め、祈るようにこちらを見つめる明瀬さんの姿を──……


「な、めんな……っ!」


 彼女の前で、無様な姿を見せたくはない。男には、死ぬ気でカッコつけないといけないときがあるのだ。


 腰を深く深く落とし、体を進行方向に対して半身に配置。その状態で右足を大きく踏み出して、踵を浮かせる形で着地……次の瞬間に左足で地面を蹴り、右足の浮いた踵で体を引っ張るようにして移動させる。

 中学時代に数え切れないほど練習を積み重ねて体に染み込ませた、バドミントンのステップだ。

 その集大成を披露するチャンスは、自分自身の行いで台無しにしてしまったが……その動きは、まだ体が覚えてくれていた。


 ほんの一瞬で、抜き去ろうとしたバスケ部の前に飛び出した俺は──再度の驚愕に襲われることになった。

 鋭く踏み込んでいたはずの彼の足が止まり、ボールが彼の足の間を通り抜けて逆側へと移動している。

 俺が追い付いてくると読んで……その上で、すぐさま切り返せるように重心を残していたのだ。


「舐めてねぇよ……!」

「くそっ……」


 今度こそ、追いつけない。

 歯噛みする俺の背中をすり抜けようとした、その瞬間──


「敵は柳田だけじゃねぇぞ栗山ぁ!!」

「なにぃ!?」


 ──横合いから飛び出してきた橋本が、ボールを奪い去って行った。

 あまりにも鮮やかなプレイに周囲から歓声が上がる中、愕然とする彼……栗山と俺に、橋本は会心の笑みを浮かべて、


「走れ柳田ぁ!!」

「……っ!」


 その言葉に、俺は一も二もなく走り出した。

 向かう先は当然、相手のゴール。


 出遅れた時点で俺には追い付けないと判断したのか、栗本は橋本を止めるように指示を出した。

 橋本も相手がそう動くことを予想していたのか、すぐさま自分より足の速いチームの仲間……陸上部の岡にボールを託した。


「岡、頼む!」

「おう!」


 爆走を始める岡の前に、最後の門番として立ちはだかるのは、やはり栗山だった。

 鬼気迫る様子の彼に、一瞬共感の眼差しを向けた岡は──けれどすぐに、キッと視線を上げて……、


「柳田!!」


 そう、初めて俺の名を呼んだ。

 勢い付けて投げ渡されたパスは、本来のバスケットボールの重さよりも、少しだけ重く感じた。


 先程の栗山との攻防の時点で残り一分となっていた時間は、もう数秒もない。

 これが正真正銘のラストチャンス。この勝負の勝敗は、俺の手にかかっている。

 失敗は許されない。ここまで繋げてくれた仲間たちのためにも、決して外せない……!


 少しでも命中率を上げるためにギリギリまで近づいて、思い切り跳躍する。

 ジャンプボールの時とは比較にもならない、会心のジャンプ。

 ボールを掲げ、目の前のリングに投げ入れようとして、ふと思う。


「──バスケのリングって、こんなに低かったんだな」


 俺の手から投げ出されたボールがバックボードに当たり、そのままリングへ吸い込まれる。

 ボールがするりとネットを潜り抜けた瞬間に、俺も着地し──試合終了のホイッスルが鳴り響いた。


 ワッ、と体育館全体が沸き上がった。男女問わず歓声を上げ、俺たちを称賛する声があちこちから聞こえる。

 その様子をどこか呆然と眺めていると、近付いてきた橋本に無理矢理肩を組まれた。その後ろには須藤達他のチームメンバーもいる。


「マジでナイスシュートだ柳田!! よく決めた!!」

「やめろ暑苦しい……橋本がフォローしてくれたおかげだよ。それに、岡も……」


 そこで言葉を切って岡の方を見ると、むっつりとした表情ながらも真っ直ぐ俺を見返して……ずい、と。手の平を俺に突き付けてきた。

 意図を察してこちらも手を差し出すと、若干強めに叩きつけてくる。ジンジンとした痛みが走るが……不思議と、嫌な感じはしなかった。


「フリーだったとはいえ、あのタイミングでよく入れてくれたよ。マジでダメかと思った……」

「なぁやっぱバレー部入んねぇ?」

「いやいやそれならサッカーだろ! あの足捌きはサッカーの方が有効に使えるぞ」

「ちょっと待ってくれ、悪いけど俺は部活に入る気は……?」


 ぼすん、と。背中を襲う柔らかい感触に、俺の言葉は止まる。

 一体何事だと周囲を見回せば、皆一様に眼を見開き、口をぽかんと開けて呆然としていた。誰も説明してくれそうな気配はない。


 仕方ないので自分で振り返ろうとして……するりと腹に巻き付いてきた感触と、聞こえてきた声に俺の意識まで真っ白になった。


「柳田くん」

「……明瀬、さん?」


 明瀬さんが、俺の背中から抱き着いてきている。

 抱きつく腕の力が強められ、背中に当たる暖かく柔らかい感触もより鮮明になる。この物体には覚えがあった。そう、つい先日に、転んでしまった彼女を受け止めた際に上半身に感じていた──


「あ、あああ明瀬さん? いきなり何を……? と、とりあえず離れて……!」


 これ以上考えていては本当に頭がパンクしてしまう。

 まずこの状況をどうにかしようと声を掛けるも、離れる様子はない。むしろ抱きつく腕の力がさらに強くなった。

 俺の背中に額を押し付けながら、熱っぽい声で、


「ごめんね、迷惑だよね。でも、さっきの柳田くん、凄くカッコよくて、素敵で……何だか堪らない気持ちになっちゃった」

「そっ……そうか」


 流石にそこまで直球で褒めちぎられると照れが先行してくる。

 二の句を継げず、それ以上この体勢に言及する気を削がれてしまった。

 仕方なく視線を前に戻して……心底呆れ果てた目を向けてくる橋本に高宮さんと、キラキラと表情を輝かせた向井さん、そしていよいよ獣そのものとなって吠え猛る岡の姿があった。


「お前さぁ……何か事情があるのはわかるけど、それで付き合ってないは逆に不誠実だろ……」

「別にあなたたちの関係に口出しする気はないけれど、場所ぐらい弁えるべきだと思うわ」

「わ、わー……! 陽華ったら、こんな人前で抱きつくなんて、すごく大胆……!」

「グルルルル……フシャアッ、グオオオオオッ」


 うるせぇ! ごめん!

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― 新着の感想 ―
青春っぽくていいですね。 が、ジャンプボール任せていいか?のあたりの台詞に違和感。 シュートと同じではなくシュートと逆ではないでしょうか?
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