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十五歳

 朝早く目覚めたら、身支度を整え剣の稽古。上手く体が動かないのに2時間ほど我が家の騎士様に付き合ってもらい、クタクタになる程に動き回る。そしてかいた汗を一気に風呂で流す。この間侍女は一切自分に付けない。何故なら、世話だのなんだので騒々しいからである。

 そして最近大きくなってきたような気のする胸をサラシで潰す。形が悪くなるだの言ってはいられないし、昔から胸の大きさは求められていなかった。


「お嬢様、当主様がお呼びです」


ノックをされ、許可すると侍女頭が顔を出した。唯一の理解者だと思っている。彼女は私が女であるという事実を知っている唯一の侍女。普段の行いから追放を免れた幸運な存在である。

 侍女頭は恭しげに頭を下げ、その姿勢のまま私の返事を待っている。


「お嬢様はやめてくれ、私もそのような歳ではなくなってしまったのだから」


読んでいた本を閉じ、侍女頭と向き合った。視線が低い分、覗き見える顔はいつの間にか老けてしまっているように見えた。ふとしたときに時の流れを感じずにはいられない。


「私にとってはいつまでもお嬢様はお嬢様ですから」

「そうか…誉め言葉として有り難く受け取っておこう。だが、やっぱりお嬢様はやめてくれ」


私の支度の手伝いをしてくれた侍女頭のヤナギに感謝を告げて、私は彼女に本を預けた。彼女に手伝ってもらいながら、”動く椅子”に腰かける。クッション性、座り心地諸々が最悪。だが貰い物に文句は言えまい。見える範囲で体についたゴミを払い、身支度を再度整えると一人部屋を出た。

 部屋を出れば、頭を下げて誰も私を見ようとしなかった。顔を上げられても気まずいので、ある意味助かってはいる。だが、自分が存在していないのかと疑ってしまいそうになる。

 天井からぶら下がるシャンデリアも、無駄に豪華な壺も、どこかのだれかの絵画も。いっそすべて売ってしまえばよいと思っていた。ドールカシャ家は貧乏なわけではないが、金が無限に湧いてくる場所ではない。

 下半身が動かないことは不便であるが、もう慣れた手つきで廊下を進んでいく。玄関ホールに出る二つ前の角を曲がる。すると昔から変わらない重厚な扉が視界に入る。微かに香る香ばしい香りに腹が鳴る。扉の前まで行くと待機していた執事が、私が通れるように扉を開けた。扉は私の心根を表しているかのように、軋んだ音を立ててゆっくりと開いていく。光が差し込み、私の視界を照らし出した。


「おはよう、エステシア。今日もお前は美しいね」


歯が浮くようなことを言うのは我が父パテラ・ドールカシャ。国の中でも屈指のイケメン顔だと女性から黄色い声を上げられる。ちなみに自分の長所を自覚して、武器として扱うナルシスト的一面がある。


「本当に私たちも鼻が高いわ」


父のことを援護するのが母エフィシア。こちらも国の中でも屈指の美しさをもっている。男性から求婚されているのをよく見かけるが、いつみてもこっ酷く振っている。

 イケメンな父と美しい母。そんな国宝級と揶揄される二人の間に生まれた私は幼い頃から蝶よ花よと育てられてきた。何度か誘拐されそうになったこともある程だった。


「おはようございます。”僕”もそんなお二人の子供で鼻が高いです」


甘い言葉には甘い言葉をを囁き返す。家庭内でこんな言葉を囁き合うのは普通なのか疑いたくなるが、もう身についてしまったものは仕方がない。

 部屋の中に入ると、変わらない決められた自分定位置に行く。そして執事の手をかりて、自分の席へと移動した。

 順風満帆のように見えるドールカシャ家だが、母のエフィシアは子供をもう生むことが出来ない。過去に負った生きているのが不思議だと言われる程に大怪我が原因である。そのことから私は自分は男であるという風に自分自身に催眠をかけた。

 男らしいマナーを学び、話し方、態度を身に付けてきた。だが、体までは偽ることは出来ず、サラシを巻いて過ごしている。

 その上、七つの頃の怪我のお陰で自分の足が使い物にならなくなってしまった。父が私が動き回れるようにと、動く椅子を作ってくれたおかげで不自由はしていない。だが、周りからの視線に耐えきれず引きこもってしまった。

 今日で引きこもり歴八年目。足の怪我は治ることなく、身体ばかりが大きくなる所為で、椅子を何度も作り替える羽目になっている。一週間後に今の身体に合わせた椅子が届く予定だ。


「エステシア、困っていることは無いか?なんでもしてやれるぞ」

「なんと嬉しい言葉。…ですが、僕は今で十分良くしてもらっていますよ」


父はそうかと悲しそうな表情をする。母も父につられて今にも泣きだしそうになっている。また言葉を間違えたと分かった。


「そういえば、最近は体の調子が良くなってきた気がするんです。心なしか、剣の稽古にも出れるようになって」


 椅子生活になってからというものの、父も母も申し訳なさそうな表情をよくするようになった。どうせもう少し早く家の中に入っていたら助けられたのにとか、そういうタラレバを考えているに違いない。私も気にしていないと言っても、気を遣っていると勘違いされてもっとお通夜モードに入られる。

 そういうときは、私はわざと明るい声で別の話題を振ることにしていた。明るく、毎日を楽しんでいると勘違いさせるように。


「庭の薔薇が咲いていましたね。去年も見事なものでしたが、今年には勝てない。流石お母様の薔薇です」


庭に咲く薔薇は母が育てている。一応高貴な立場である母は表立って土塗れになることは出来ないが、こっそり庭師の仕事を手伝っているのは知っていた。薔薇の種類を選ぶところから枯れるまで世話をしていることも使用人たちまで周知の事実である。


「そんなことないわ、これも侯爵様が選んでくれた土のお陰です」


照れ臭そうに母は父を見る。その熱が籠った視線に父は顔を染めながら、頬を掻いた。

 目の前でイチャイチャされているが、私は気にすることなく食事を続ける。結婚してしばらく経つというのに、父と母はお互いのことを深く愛し合っている。見ている第三者がむず痒くなる程に。

 甘い言葉をこれからも囁き合うだろう二人を他所に、私は食事を終え颯爽と椅子に座り直す。


「お先に失礼します」


椅子を漕ぐ私に父は声をかけた。用事があるのなら早めに済ませてもらわないと、椅子ではすぐに止まれない。


「何か」

「今夜、”例のもの”が届くから、ね。それだけ言っておかないと」

「例のもの…ですか?」


父はウインクをしてキメたつもりらしく、あっという間に母と二人の世界に戻ってしまった。完全に私だけ置いてけぼりである。

 自室に戻りながら、私は父の言葉の意味を考え始めた。

 ”例のもの”。私には思い当たる節がなかった。ここ最近で自分で買ったものはない。昔ならば玩具だっただろうが、もう玩具で遊ぶような年齢ではなくなってしまった。


「エステシア様、お届け物です」

「分かった、部屋に置いておいてくれ」


三日ほど前からなぜか私宛に山のようにプレゼントが届けられている。一応受け取るのだが、処分には困ったものである。家の外では性別男とされている私には当然男物のものが送られてくる。

 香水やなぜかサイズの合う服等など。私の趣味ではないものばかり。家に引きこもり続けているヤツの趣味を知っていたら問題ではあるが、どうしても使えない上に、捨てるのも申し訳ない。いつしか開けることを諦め、家の空いている部屋に突っ込んでいるが、そろそろ限界が来るだろう。

 いよいよ開封する時が来たようだ。




「こちらは…流行の香水です」「こちらは洋服です、フリル付きの」「こちらはぬいぐるみです」「こちらは…」と、侍女と執事が総出でプレゼントの山を掘り返している。私はその様子を眺めていた。手伝いたいところではあるが、私は身動きが取れないため要るかどうかの判断を下す楽な仕事をしていた。


「香水は全てあの収納部屋に戻してくれ。洋服はお母様に相談しよう。ぬいぐるみ…は収納部屋に」


収納部屋に移動させたところで結局現状と変わらないのだが、判断がくさせないのだから仕方ない。どんなものでも送り主が懸命に考えたのだろう。その背後に隠れる策略を含め。

 整理を始めたものの、散らかしているだけな気がするのは気の所為だろうか。いや、気の所為であってほしい。エステシアという名前で男ということは結び付かない。なので名前で判断されて女物のものが送られてくることが頻発している。社交界にも顔を出さなければならないかもしれない。

 ふと目に付いた箱を拾い上げてみた。重さはそこそこの平たい箱である。装飾はなく、地味言い換えるとシンプル。飾らない率直さが感じられる。


「そちらはフェルナ様からのものです」

「フェルナ…って、あのフェルナかい。アイツ生きていたのか」


懐かしい名前を聞き、私は思わず感嘆してしまった。フェルナとは私が引きこもってから一度だけ参加した夜会で出会った男である。一言で表すのであれば、誠実さの塊。歴史学者であり、その片手間に歴史教師を務めている。かと思えば、遠くの戦に出ることになったと言い出し、その次には捕虜になったと連絡が来る。そのような状況でどのように連絡を送ってきているのか不思議でたまらないが律儀で誠実である。暫く便りも絶えていたため、死亡するか大怪我をしたと思っていた。

 箱を開けると中には一本の短剣が入っていた。箱の裏に書かれたフェルナのメッセージ曰く、”その大きさならお前でも持てるだろうから、懐にでも隠しておけ”だそうだ。一見私の非力さを侮っているようにも読めるが、この一文には彼の思いやりが詰まっている。効率を考えすぎているだけで、彼の人柄を知れば言いたいことは読める。

 短剣を箱から取り出してみると、意外と重たいように感じた。箱同様装飾は殆どない。お試しで軽く肌に宛がってみる。すると薄く赤い線が伸びた。

 滅多にお目にかかれないような素晴らしい切れ味である。感心していると、私の行動を見ていた侍女たちが顔面を蒼白くさせ、慌てた様子で包帯とガーゼをもち駆け寄ってきた。


「そんなに慌てずとも、自分でしたのだから。それに手当ぐらいできるさ」


侍女からガーゼを受け取ろうとすると、頑なに断られてしまった。仕方なく行き場のない手を短剣にそえていると、どこからもなく忍び寄ってきた侍女頭は私の短剣を取り上げる。


「そういう風に使われるのはフェルナ様も悲しまれます。エステシア様自身の身を守れるようにと送ってくださったのですよ」


子供に言い聞かせるように諭され、私は大人しく聞くしかない。近場に試す場所がなかったというだけで、自身の身を大切にしていないわけではない。そう言い訳をしたいところだが堪えておいた。焼け石に水とはこのことである。


「ごめん、次から気を付けるからさ、ね?」


椅子に座っていることもあり、自然と侍女頭の顔を見上げる形になる。普段父が母に話しかけるときのように、少し甘えるような態度をすれば、侍女頭はあっさりと折れてくれた。


「それに僕も一応剣の稽古はしているんだ。ただ全然使えないけれどね」


世間話のつもりだったが、侍女頭は顔を曇らせてしまった。

 昔からのことで、自分の中ではもう既に健康な体については諦めがついている。ゆっくり動けるだけでも、上出来だと言える。だというのに、侍女頭は未だに引きずっていた。

 手元に戻ってきた短剣を眺めながら私は仕分け作業を続け、その日はあっという間に終わってしまった。


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