いざ魔王討伐へ
タカシマ刑務所本部、正門。
そこはここに送られてくる囚人たちが、外の空気を味わえる事の出来る最後の門。この門をくぐった囚人が、再度ここから出ていくのは、物言わぬ死体に成り果ててからか、もしくはこれから死体になりに行く時かのどっちかである。
そんな地獄の入り口の様な門を、死体どころかむしろ、綺麗に正装をして出ていこうとしている囚人の姿が二つ。シルヴァとホワイトである。
シルヴァはかつてのトレードマークであったモジャモジャのヒゲを綺麗に剃り上げており、髪の毛も短く綺麗に切り揃え、かつてのヒゲモジャ状態の時と見比べれば、少なくとも10代程は若返って見えた。実年齢は不明だが、30代くらいだと言われても疑われはしない程である。
加えて引き締まった体には鉄と革で出来た新品の軽装具が装備されており、背中にはかつてのトレードマークである『銀の装飾が施された弓』が付けられていた。これならば、誰もが「シルヴァ」という名前を聞いても、その名前の由来をすぐに理解することが出来るだろう。
「あ、あの……シルヴァさん……」
「ん?なんだいホワイトちゃん」
「そ、その……よくお似合いです……髪型とか……そ、その鎧とか……弓とか……か、格好良いと……思います……」
「そ、そうかい?いやぁ若い子にそんな事言われると、おじさん嬉しくなっちゃうなぁ」
シルヴァは顔を少し赤らめ、なんだかモジモジしながら嬉しそうに笑った。少しキモい。
「そういうホワイトちゃんも、元から可愛らしかったけど、今はもう超可愛らしいって感じだよ。特にその前髪を少し切って顔が見えやすくなったのが良いね。前より明るく見えるよ」
「そ、そうでしょうか……?えへへ……ち、ちょっと恥ずかしいんですけど……でも、変じゃないなら……よ、良かったです……なんて……えへへ」
ホワイトは後ろ髪はそのまま長さを変えずに切り揃え、目元まで掛かっていた前髪を少しだけ短く切り、顔全体が見えるように整えられていた。元々顔が中性的で整っていたホワイトなだけあって、少し手を加えるだけで、その愛らしい見た目は、更にその魅力を増していた。
服装も白と青を基調に花の模様が描かれた物を着用しており。より一層、ホワイトの可愛らしさを際立たせていた。
しかしそれは見た目だけの話であって、その中身が100人以上を殺害している殺人鬼であることを忘れてはいけない。現にホワイトのその服装の内側には、ホワイトが犯罪に使用していた『林檎の模様が描かれたナイフ』が仕込まれており。いつでも取り出すことが出来る様になっていた。
「待ってたわよ。時間をかけただけあって、二人とも見た目は申し分ないわね」
正門のすぐ外でタカシマと、その隣で勇者アレクが二人を待ちわびていた。すぐ側には馬車と運転手も配備されており、その出発の時を待ちかねている様だ。
「いやぁ待たせたねミスタカシマ、アレクくん。久しぶりのお風呂だったからつい長居しちゃって」
「わ、私も……こんな高そうな服、着たことないので……その……勝手がよく分からず……時間がかかってしまいました……ご、ごめんなさい……」
二人とも、それぞれの事情によって、少し時間がかかったことを詫びていた。よく見るとシルヴァの方はまだ髪が乾ききっておらず、ホワイトの方は服のボタンの部分が少しだけ緩んでおり、二人してかなり急いで準備していた事が伝わった。
「しかしどうしてこんなに身なりを整える必要なんかあるんだいミスタカシマ?俺たちはこれから戦いに行く訳なんだろ?別に着飾る必要なんて無いと思うんだけど?」
「ええそうね。戦いに行くだけって言うなら、そんな二人してパーティーにでも行くような服装をする必要なんか無いわ。でも、そうじゃないの。戦いに行くだけって訳じゃないのよ」
「……っていうと?つまりどういう事なんだい?」
「……潜入任務、って事よ。今回の討伐隊はね、真正面から魔王と戦う部隊じゃない。魔王の懐まで忍び寄って、暗殺する……そんな部隊なの」
何となくではあるが、タカシマの隣に居るクレスの表情が少しだけ曇ったかのように、シルヴァには感じられた。
「なるほどねぇ。それはそれとして、何だか浮かない表情だねクレスくん?やっぱり勇者としては、こういった姑息な感じのやり方は性に合わないのかな?」
「いえそんな事は……全く無いと言えば嘘にはなりますが、これは魔王に負けた僕の落ち度が生んだこと。今度こそ魔王を打ち倒すためならば、ある程度の手段は問いません」
アレクは少し歯を噛み締めてそう答えた。魔王に敗れてからまだそれほど日が経ってないのもあり、敗北した時の屈辱は未だにクレスを苦しめている様だ。
「ふむ、クレスくんのその感じから察するにだ……クレスくん達が前回魔王と戦った時は、今回とは真逆に、堂々と正面から魔王に向かって行ったって事なのかな?」
「はい、その通りです。魔王の城はすぐ近くの城下町から海を隔てた所にある、『絶海の孤島』にあるのですが、僕達のパーティーはそこに真正面から『空を飛ぶ船』に乗って上陸しました」
勇者アレクが乗る空を飛ぶ船。それは勇者として世界を旅している時にアレクが見つけた伝説上の乗り物であり、空と海へと冒険の道を広げることの出来た、正に勇者にふさわしい乗り物であった。
「空を飛ぶ船かぁ、おとぎ話みたいな話だね。今回もそれに乗って魔王城まで行くって訳なのかい?そんな大層な物はどこにも見当たらないけど……」
「いえ、それが……実はその船は魔王城上陸の際に総攻撃を受けてしまって、見るも無惨に破壊されてしまいました……勢いのままに、正面から突破しようとした僕のミスです……」
「そっかぁ、それは残念。一度見てみたかったなぁ空を飛ぶ船とやらを」
シルヴァはがっくしと肩を落とす仕草をして残念そうに答えた。嫌味とかではなく、本心から本当に見てみたいと思っていた様だ。
「なので魔王城までは……正確には魔王城の近くの城下町まではこの馬車で移動します」
そう言ってアルクは後ろに待機している馬車を指差す。馬車は外部に鉄の装甲が取り付けられており、並の馬車よりもかなり頑丈そうな作りであった。
「いやまぁ、確かにかなり頑丈そうな馬車には見えるんだけど、大丈夫なのかい?そんな魔王の根城の近くの城下町なんかに、馬車なんかで近づいちゃって?アレクくんの顔だって魔王にはバレてるんでしょ?」
「僕の事については心配なさらないで下さい。顔はフードで隠して、幻術の魔法で誤魔化しますから。それに、この馬車についてもご心配なく。これは、ただの馬車ではありませんからね」
そう言うとアレクは馬車の後ろに回って、シルヴァとホワイトの二人に、本来普通の馬車には搭載されていない『謎のプロペラ』が馬車の下側に装備されていることを知らせた。
「これは……なんだい?小さな……水車?みたいに見えるけども」
もちろん、この時代にボートなんてものは存在しないので、これが水中で回転して物体を前進させる物だなどということは、シルヴァには到底分からない。
「この馬車は『潜水艦』という物に変形することが出来るのです。潜水艦というのは文字通り水の中へと潜り移動する事の出来る乗り物だそうです。これを使って、僕達は海の中から城下町へと秘密裏に侵入する予定です」
「水の中を移動する乗り物……ミスタカシマは本当に不思議な物をいっぱい持ってるんだねぇ」
シルヴァはまじまじと、初めて見るプロペラ部分を眺めて不思議そうに答えた。シルヴァはこの場に居る誰よりも年上ではあるはずだが、一番楽しそうにはしゃいでいる様に見える。
「あたしだって、世界が滅んだらたまったもんじゃないからね。援助は惜しまないつもりだよ。それからこれ、無線機だ持っていきな。一人一個ずつ」
そう言うとタカシマは長方形型の黒い機械をシルヴァホワイトアレクの三人にそれぞれ手渡した。
「おぉ!これが無線機かぁ。いやぁ遠くから看守くん達が使ってるの見ててさぁ、一回触ってみたいと思ってたんだよねぇ」
「あんたなにさっきから子供みたいに騒いでんだい……使い方はシンプルよ。その横のボタンを押しながら喋れば、同じチャンネル同士の無線の間で会話が出来る。チャンネルは0から4まであって、0はどこにも通信が入らない状態。真ん中のツマミを回してチャンネルを変えるのよ。分かった?」
「ちゃ、ちゃんねる……?ツマミ……?えと、えと……」
ホワイトは情報を処理しきれず、軽く頭がパンクしていた。
「……その真ん中の回るやつぐるぐるしたら、画面に映ってる数字が変わるでしょ?」
「えっと……あ、変わりました……01234って……じ、順番に……」
「会話したい人と同じ数字の画面にして、横のボタンを押しながら喋れば会話が出来るの。シルヴァ、数字を1にしてちょっと離れて頂戴」
「イエスマム……これも言ってみたかったんだよね、へへ」
シルヴァはニヤニヤしながら、少し大声を出さないと声が届かない程度の距離まで下がった。
「今シルヴァの無線機の数字が1だから。あいつと会話がしたいなら……?」
「す、数字を1にして……よ、横のボタンを押す……ですか?」
「そうよ。ほら、喋ってみなさい」
「こ、こんにちは……」
「はいこんにちは!!ホワイトちゃん!!良い天気だねぇ!!」
「ひっ……!」
無線機から突如としてシルヴァの大声が聞こえて、思わずホワイトは無線機を地面に落としそうになった。
「あの馬鹿男……はしゃぎすぎよ。とりあえず、これで使い方は分かったわねホワイト?あんな風にうるさいバカが急に通信入れてくるかもしれないから、普段はチャンネルを0にして仕舞っておくんだよ?」
「は、はい……あ、ありがとうございます……タカシマさん……」
ホワイトはしっかりとチャンネルを0にしてから、無線機を服の内側に仕舞っておいた。
「これ、どのくらいの距離までなら会話が出来るんだいミスタカシマ?」
「せいぜい1キロメートルってとこかしらね。建物の外から、建物の中の人間に通信を入れるくらいなら造作もないわ。まあでも、あまりにも二つの無線機の間に何かしらの障害物が大量に置いてあったりすると、通信が乱れることもあるかもだけど」
「……前々から思ってたけど、これ、戦争とかに使われたら相当まずい事になりそうだよね……」
「現に今から使うじゃないのさ、魔王とあんたらの戦争に。これは、こちら側の数少ないアドバンテージの一つなんだよ。慎重に使いな」
タカシマはふぅっと少し息を整えると、改めて討伐隊の三人に顔を向けて話し出した。
「良いかいあんたら!世界が破滅するかどうかは、あんた達ろくでもなしの犯罪者と!そこの負け犬の勇者にかかってる!」
「ま、負け犬ですかタカシマ署長……いえ、事実ですが……」
「負けて帰ってくるなんて事は許されない!魔王のクソ野郎のケツに一発○○までは、絶対に帰ってくるんじゃないよ!」
「イエスマム!!」
無駄に大きい声でシルヴァが返事する。無駄に決めポーズをしながら。
「い、イエスマム……!」
釣られて、ホワイトもポーズを真似して精一杯声を絞り出して返事をした。
「あんたどうなんだいアレク?どんな事をしてでも魔王をぶっ殺す覚悟はあるのかい?」
「も、もちろんです。僕は……」
「あるのかいって聞いてんだ!返事は!!?」
「い、イエスマム!!」
勇者アレクも、シルヴァと同じポーズをして負けじの大声で返事をした。
「さぁ行きな!最低最悪の勇者&ヴィランズパーティー!!せいぜいその足りない頭と無い知恵使って、世界の一つくらい救ってきな!!」
「「「イエスマム!!」」」
妙に気合いの入る号令をタカシマから受け取った三人は、そのまま馬車に乗って魔王討伐への道を進み始めた。