例えその手が、罪に汚れていたとしても
「やはり、にわかには信じられませんタカシマ所長。ホワイトさんがそんな酷い事件を起こした極悪人だなんて……」
「私だって、初めてホワイトを見た時は目を疑ったわよ。でもね、現場に残った指紋は間違いなくホワイトの物だったし、現場に抜け落ちていた白い髪の毛のDNAは、ホワイトの物と完全に一致した……って言ってもあんた達異世界人には分からないだろうけどまぁ要するに……間違いなく、ホワイトは殺人鬼だってことよ」
指紋採取にDNA鑑定。これまた無線と並ぶオーパーツ技術ではあるが、これらの道具があったからこそ、100人以上もの貴族女性を殺害しながらもなお捕まえられなかったホワイトを確保する事が出来たのだろう。
逆に言えば、これほどの未来技術がなければ捕まえられなかった程に、ホワイトには何か、特異な能力があるということなのだろうか。
「嘘……だよね?ホワイトちゃん?だってホワイトちゃん言ってたもんね、私は捕まるような事はなにもしてないって……」
「も、もちろんです……私は……私はそんな……『殺したら罪になる人』は殺してません……私は『殺しても罪にはならない人』しか……こ、殺してませんから……」
さっきまてとと変わらぬ様子で、ホワイトはそう答えた。まるで、何もおかしな事は言ってないかの様に。
「そんな……!殺しても罪にならない人なんて居ませんよ!ホワイトさん!」
アレクが怒りをあらわにしながらホワイトに詰め寄って声を荒げる。
「ひっ……!ご、ごめんなさいごめんなさい……!で、でも……本当なんです……わ、私は……死んだ方が良い人達を殺しただけなんです……ぜ、善良で優しい人達には…….ぜ、絶対に手なんかだしてません……!」
「だから……!この世に殺しても良い人なんてどこにも……!」
アレクは今にもホワイトを掴みかかりそうな勢いだったが、なんとかして、怒りを抑えていた。
「どうどう、落ち着いてアレクくん。ホワイトちゃんも、何となく言いたい事があるのは分かるけど、ちょっとそのお話は、また今度にしてくれるかな?」
「……ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……!」
ホワイトはただ泣きじゃぐりながら、アレクに謝ることしか出来なかった。
「……すいません。僕も取り乱してしまいました」
アレクはその場で一度深呼吸すると、落ち着いて話を始めた。
「……元々はシルヴァさんと、先ほど話していた魔王城の近くで情報収集してもらっているもう一人の特別収容者の方。この二名だけを討伐隊に誘う予定だったのです。しかしタカシマ所長から、最近この刑務所に確保され、特別収容者になる予定のホワイトさんも誘ってみてはどうかと提案されたのですが……僕にはあなたと上手くやっていける自身がありません……」
アレクはそう言うと今一度ホワイトの顔に目を向け、その顔がアレクに対する恐怖に満ちているのを確認すると、またすぐにホワイトから目線を外してしまった。
「甘ったれた事言ってるんじゃないよアレク」
アレクの後ろでタバコをふかしていたタカシマが口を開いた。
「あと二週間で何もかも終わるんだよ?反りが合わないだなんてそんな下らない理由で、世界を救える可能性を下げるんじゃないよ」
「ですが、彼女は……」
「良いから黙って二人とも連れていきな、もうそんなワガママを言っている段階は、とっくに過ぎてるわ」
「……分かりました。では、彼女も……」
「あの!」
ここに来て初めて、ホワイトが大声を出した。これにはアレクとシルヴァはもちろんの事、タカシマでさえも、少し驚きを覚えた。
「わ、私……辞退します……や、やっぱり私なんか行っても……足手まといですし……そ、それに……アレクさんに不快な思いを……して欲しく……な、無いですから……!」
ホワイトにしてはかなり大きい声で、自身の意見を主張していた。それほどまでに彼女は、今回の魔王討伐に迷惑をかけたくないし、アレクにも負担を背負わせたくないのだろう。
「……今回の魔王討伐。もし成功させた時には、あんたとシルヴァにはそれぞれ望むものを与えるよ。例えばそうホワイトあんたには……『父親』」
「え……」
普段からオドオドと落ち着きのないホワイトだが、今の『父親』という言葉には、一際大きく動揺したように見えた。
「そしてシルヴァ、あんたには『真実』を」
「……なるほどね、よく考えられてるよ。この勧誘。そこまで俺の事を調べてるなんて。どうせこっちの言い分なんか、最初からお構い無しってやつなんだろ?拒否権なんてものは存在しない、一方的な出兵命令だ」
「ええ、その通りよ。あんた達二人に拒否権なんてものは無いの。看守、例の物を」
「イエスマム!」
タカシマが部屋の後ろで待機していた看守に命令を送ると、看守は注射を二本持ってシルヴァとホワイトの首筋に、それぞれ一本ずつ打ち込んだ。
「痛ッ……!」
「いたたた……大丈夫?ホワイトちゃん。急になにするのさミスタカシマ。今のは何の注射なんだい?」
「超小型のマイクロ爆弾……って言っても伝わらないからそうね……シンプルに言えば、あんた達二人が私か、アレクの言うことに逆らうか、もしくは任務から逃げ出したら、首と胴体が永遠におさらばする事になる様にしたのよ」
「んな……!?なんて事をしてくれたんだいミスタカシマ……!」
はっと思ったシルヴァはすぐに注射を打たれた部分を確認するが、既に小型マイクロ爆弾は首の奥へと飲み込まれており、もはやシルヴァ本人の力ではどうしようもなかった。
「私とアレクがそれぞれスイッチを持っているの。あなた達が我々に対して非協力的だと判断した時や、明らかな逃亡行為が確認された時にはスイッチを押すことで、ボン!って訳よ」
「なんだいそりゃ……冗談じゃないよ……」
「そそそそ、そんな……!い、今すぐにでも抉り出せば……」
そう言うとホワイトは、何の躊躇もなく、手錠に繋がれた腕を首もとに伸ばし、爪を立てて首もとに食い込ませた。
「ちょ、ちょっとちょっと!?なにやってんのホワイトちゃん!」
あわや爪が首の皮を突き破る手前で、シルヴァがホワイトの手を掴み、首もとから引き離す。
「ご、ごめんなさいごめんなさい……で、でも、私怖くて……うぅ……」
「だからって自分の首をそんな簡単に抉ろうとしなくても……」
出会ってから今まで、シルヴァはホワイトの事を可愛らしくて、守ってあげたいと思えるような少女だと思っていたが、今のシルヴァに湧いた感情は間違いなく、ホワイトに対するほんの少しの恐怖の感情だった。
「どう?シルヴァ、アレク。すごいでしょこの娘。自分を傷付ける事をほんの少しも躊躇しない。私気に入ってるのよ、このネジが外れてる感じ」
「……危うい、とも言えますよタカシマ。こんな危険な人間は、魔王の配下にだって居なかった……」
「ちなみにホワイト。あんたの首に打ち込んだ爆弾はかなり首の深い所に埋め込んだから、抉ろうとしようものなら、首の血管を傷付けて、それこそ致命傷になるわ、取り除こうとするのは諦めなさい」
「うぅ……」
下を向いて縮こまる様にホワイトはその場に固まった。
「……分かったミスタカシマ。魔王討伐隊勧誘の話、喜んでお受けするよ」
そんなうずくまってしまったホワイトを、タカシマから庇うかの様に、シルヴァが前に出て話し出した。
「ただどうかお願いだミスタカシマ。やっぱりホワイトちゃんはここに置いていってあげてくれないかい?こんなに震えて怯えている女の子を、そんな恐ろしい任務に連れていくなんて止めてあげて欲しいんだ」
「……どうして、そんなにホワイトの事を庇うのシルヴァ?さっき説明した通り、そいつは人の心なんて分からないただの殺人鬼。その恐怖も、もしかした演技なのかもしれないのに」
「……そりゃ、ホワイトちゃんがそんな事件を起こした殺人鬼だなんてのは、確かに面を食らったけど、俺にはこの震えがとても演技とは思えない。それに彼女は……」
「……自分の娘に似てるって?フッ……どうせそんな事だと思ったわよ」
まるで、その答えを予想していたとでも言いたげな様に、タカシマはシルヴァの事を鼻で笑った。
「……あぁ、そうだともさ。少し、重ねていた。でも、それを差し引いたとしても、やっぱり俺は彼女を連れていくのは反対だ。ホワイトちゃんも行きたくないんだろう?だったら……」
「……わ、私は……私は……」
黙りこくっていたホワイトが、突然顔を上げて、まっすぐとタカシマと目を合わせた。
「ホワイトちゃん?まさか」
「……お、お父さん……お父さんと会わしてくれるん……ですよね……?」
少し涙ぐんだ声で、しかしはっきりとした意思を感じる声で、ホワイトが質問する。
「……任務が成功したら、の話だけど。約束は守るわ。魔王さえ倒せれば国の協力も得られるだろうし、あんたの父親を探し当てるくらい、きっと造作もない事よ」
「……そ、それなら……お父さんに会えるなら……私は……」
相変わらず小声で、半泣きではあるが、それでもホワイトは、精一杯の勇気を出して答えた。
「い、行きます……!私も……お、お役に立てるか……分かりませんが……で、でも……それでも……お父さんに、会えるなら……」
「ホワイトちゃん……」
シルヴァは本当に、心の底からホワイトのその発言を撤回して欲しいと思った。
それが無垢に見える少女への慈悲の気持ちだったのか、それとも親が娘に対して向ける、比護欲にも似たものだったのかは、シルヴァ自身にも分からない。
「決まりね。じゃあさっそく、二人には出発の準備をして貰うわ。とりあえずホワイトは……」
「いやいや、ちょっと待ってよミスタカシマ。そんな急に出発だなんて言われても、俺もホワイトちゃんもまだ心の準備とかが……」
「あんたはとりあえずそのヒゲもじゃとゴワゴワの頭をどうにかしなシルヴァ。心の準備?そんなものは魔王の根城への道中にでも済ましておくんだね」
タカシマはシルヴァの髪の毛とヒゲを睨み付け罵倒するように言い放った。
「アレク。あんたも良いわね?しっかりとこの二人のバカ共の首輪を握ってるんだよ?」
「もちろんですタカシマ署長。お二人も改めて、世界の為に、人々の為に。どうかお力をお貸しください」
アレクは二人に向かって誠意をもって、深々と頭を下げた。
「いやいや、どうか頭を上げておくれよアレクくん。こんな俺に頭を下げる必要なんかこれっぽっちもないんだから」
「むむむ、むしろ……頭を下げないといけないのは……私の方です……な、なんなら地面に頭を擦りつけるくらいに……」
そう言って土下座の様な体勢を取ろうとしたホワイトをシルヴァが止めに入った所で、魔王討伐隊への勧誘の一幕は終わりを告げた。
世界の破滅まであと二週間。勇者と、ヴィランと言われても仕方のない者達の魔王討伐の物語は、今、ここから始まる。