仲間集めは酒場ではなく刑務所で
「ここだ、入れ。分かってるとは思うが、変な気は起こすなよ」
「は、はい……失礼します……」
人間達の住む大陸最大の刑務所である『タカシマ刑務所』には、世界中から集められてきた最上級の犯罪者達が収納されている。
そんな最低最悪の刑務所にまた一人、新たな極悪犯罪者が輸送されてきた。
しかし今回送られて来た犯罪者は、こんな所に送られた人間にしては、妙にオドオドとしており、浮いている雰囲気であった。
後ろは腰にかかるまで、前は目元が薄く隠れるほどまで伸びた真っ白な長髪。身長もせいぜい150あるかないか。そしてなにより、男なのか女なのかも分からない程に整った中性的な顔が、全くもって、この場の空気に合っていなかった。
「向かいの牢屋に居る奴とは仲良くしろよ?ここにはあいつとお前しか居ないからな。下手にぶっ殺したり、ぶっ殺されたりしたら、俺の仕事が増えちまって面倒だ」
「ぶ、ぶっ殺すだなんてそんな……私にそんなこと出来るわけ……」
「……ふん、どうだかな……この刑務所の中でも、特にヤベェこの場所に送られる様な奴の言うことなんざ、俺はこれっぽっちも信じねぇよ」
看守の男は牢屋に鍵をかけると、そのまま階段を上がり、地上にあるタカシマ刑務所本部に戻っていった。
地上から計っておよそ数百メートル、遥か地下の底に設けられた鉄の牢屋の中。そんなこの世の終わりにも等しいであろうこの地獄で、その二人は出会った。
「……よう、なあそこの新人さんよ」
「ひっ……は、はい……なんでしょうか……?」
「まあまあ、そんな怖がりなさんな。ようこそ地獄の肥溜めへ。歓迎するよ、なんせここに入ってから初めてのご近所さんだ。えっと……お嬢さん?で、良いのかな?」
そう話しかけて来た男の風貌は、正に囚人と言ったものであった。
伸びきった無精髭、無造作でボサボサの真っ黒な髪の毛。おそらくは、ろくに水も浴びさせて貰っていないのだろう。
ただどういうわけか、その肉体だけは中々の迫力を感じるものがあった。タッパがある、と言うのもあるが、この地下で出来る範囲のトレーニングだけでは得られそうにない程のしなやかさと、力強さを感じる機能的な筋肉が、その男の存在感を更に増していた。
「お嬢さんだなんてそんな……えへへ……い、一応成人はしてるんですけど……」
「そうなのかい?それにしても、ずいぶんと可愛らしい子が入ってきたもんだね……しかも、よりにもよってこんな場所なんかに」
「こ、ここって……地上にある他の牢屋とはなにか……違うんですか?」
「そうだねぇ……まぁ簡単に言えば……『最高で最低のクソ野郎専用のブタ箱』って所かなぁ……よほどの事をしないとここには送られて来ないんだけど……現に俺が入ってからは俺以外誰も来なかった訳だし……君……一体なにをやらかしたんだい?」
そう、ここはタカシマ刑務所の中でも特に特別な場所……最低な人間が集められている中でも、特に最底辺な犯罪を犯したものだけが送られる、特別収容所。
白髪の大人しそうな女が、そんな場所に送られて来ている事はもちろん不気味だが、そんな場所に何ヵ月も収容されておきながら、ヘラヘラと微笑み、新しい隣人に語りかけているこの男もまた、異質で不気味である。
「私は……私は別に……こ、こんな所に閉じ込められる様な悪いことなんて……な、何も……」
「ふーん、そっかそっか。そうだよねぇ、君、悪いことなんて出来そうにないものねぇ……ま、本当に無実だってんならさ、ちょっと待ってればいつか出れるよ、きっとね」
「で、ですよね……?きっと、そうですよね……」
「そうともそうとも。所で、俺の名前はここでは『シルヴァ』って言うらしいんだけど……あ、言うらしいって言うのは囚人名だからってことね?君もここに来たときに『タカシマ所長』から囚人名付けられたでしょ?君の囚人名はなんだい?」
「わ、私のは確か……『ホワイト』?だったかと……」
「あらら、それまたずいぶんと安直に付けられちゃったねホワイトちゃん。まぁでも、覚えやすくて良いよね。真っ白な髪のホワイトちゃん。うん、しっくりくるよ」
「し、シルヴァさんは、なんで……シルヴァさん……なんですか?べ、別に髪の毛も……銀色ではないのに……」
「んー?それはねぇ、俺の……」
「おいお前ら!所長から直々のお呼びだ!」
シルヴァが自身の囚人名の誕生秘話を語ろうとした所で、先ほど階段を上って地上に戻って行ったはずの看守の男が、妙にイラつきながら、二人の牢屋の元に戻ってきた。
「ったくよぉ、所長ももっと早く無線で連絡くれりゃ良いのに……階段を半分以上も上った所で、また戻っててめぇら二人を連れて来いなんて……足がくたくただっつうの」
「それはまた災難だったねぇ看守くん。で?タカシマ所長が俺とホワイトちゃんに一体何の用があるってんだい?」
「も、もしかして……やっぱり私の逮捕は間違いで……だ、出して貰える……とか?」
「んな訳ねぇだろうが。いいから黙って着いてこい。もし暴れたりしたら、てめぇらが今付けてる手錠から高圧電流が流れて、半日は動けなくなるから覚悟しとけよ?。シルヴァ、てめぇは経験したからよく分かってるよな?」
「へいへい、分かってますよ。もうあんな目にはあいたくないからねぇ」
二人が前で両手を縛られるように付けられている特殊な手錠は、優れた筋力を誇るシルヴァですら傷を付けることすら出来ない程に頑丈であり、おまけに高圧電流を流すことの出来る優れものであった。
以前に手錠から電流を流されたシルヴァは、半日の間、身動き一つとれずに、牢屋の壁を眺めて過ごすことになった。
それから数分後、ブツブツと文句を言いながら階段を上る看守のすぐ後ろを、シルヴァとホワイトは横並びで歩いていた。
「ねぇホワイトちゃん。なんでここの所長、『タカシマ』なんて変わった名前なのか知ってる?」
シルヴァがなるべく看守の気を逆立てないように配慮して、小声で隣のホワイトに話しかける。
「な、なんでなんですか……?」
「なんでも……『ニッポン』……?っていうこの世界じゃない、別の世界から来た人間って噂でね……この電気が流れる手錠とか、看守くんが持ってる『無線』っていうとっても遠くの人と会話が出来る不思議な道具とかは、全部そのニッポンっていう所の技術らしいんだ」
少なくとも、この世界はまだ馬が馬車を引いている様な文化レベルである。
電流を流せる手錠も、無線も、この世界においてはオーパーツも良いところで、それはつまり、所長のタカシマは異世界からやってきた人間であることを示していた。
「そ、そんなことって……あるんですね……こ、ここじゃない別の世界の人間だなんて……」
「信じられないよねぇ。でもさ、やっぱりあの無線ってやつとか見てるとさぁ、本当の話なんだろうなぁって、納得しちゃうよね」
「あん?お前らなにコソコソ喋ってんだ?さっさとドアに入りやがれ」
長い長い階段を上りきったその先には、ちょっとやそっとの衝撃ではとても破壊できそうにない重厚な鋼鉄のドアが置かれており、その先には地上の囚人達の牢屋が横並びに並んで設置されていた。
牢屋はパッと見ただけでは数えきれない程の数が設置されており、そのほぼ全てに囚人達が詰め込まれていた。
囚人達の体には、入れ墨や傷痕はもちろんの事、明らかに薬を何度も体に打ち込んだのであろう大量の注射痕や、犯罪者に刻まれる烙印の焼き跡を削り取って消した跡などなど……。正に世界一の犯罪者の巣窟であるタカシマ刑務所に『ふさわしい』人間達の風貌であった。
「お!また出てきたぜあのかわいい穣ちゃん!おい穣ちゃん!こっちで俺と遊ばねぇか?」
「やめとけやめとけ、こんなクソみてぇな所にぶちこまれてる女だぜ?なにしてくるか分かったもんじゃねえ」
「隣のムキムキのヒゲもじゃも、ヘラヘラしながらこっち見やがって、気味が悪い……」
改めて彼らと見比べるとやはりより一層、シルヴァとホワイトのこの場への『ふさわしくなさ』が際立つ。極悪な犯罪者である囚人達の中にも、それを感じ取って不気味がっている者が何人か居るようだ。
「うーん、どうも僕たち、彼らには歓迎されてないみたいだねホワイトちゃん。別に取って食ったりなんかしないのにさ」
「こ、怖いですあの人達……とっても……」
ホワイトは全身を震わせながらシルヴァの方に身を寄せて、なるべく牢屋から遠ざかりながら歩いていた。もちろん、その身を寄せているシルヴァも間違いなく犯罪者なのだが、他の囚人の風貌に比べたら、まだいささか、シルヴァのヒゲもじゃの方が落ち着けるのだろう。
「大丈夫大丈夫。こう見えてもおじさん結構強いからね。ホワイトちゃん一人くらいなら守れるよ。でも危ないから、なるべくおじさんの近くから離れない方が良いかもね」
「は、はい……ありがとうございます……」
「おら、着いたぞ。このドアの向こうが所長室だ。無駄話してねぇで、黙って入りな」
牢屋のエリアを抜けてしばらく歩いた先にあるこれまた頑丈そうな青い扉。二人は看守に言われた通り、静かにそのドアをくぐった。
「よく来たわね二人とも。特にシルヴァ、会うのは数ヶ月ぶりと言った所かしら」
「やぁ、ミスタカシマ。本日もお美しい限りで」
少々ふくよかな体型の、頭にパーマをかけている茶髪の日本人の女性。どうやら彼女が『タカシマ』の様だ。
「お世辞は良いわシルヴァ。さっきぶりねホワイト。もうシルヴァとは仲良くなったみたいね」
「は、はい……あの、所長さん……私」
「悪いけど、話は後にして頂戴。さっそくだけど、まずは二人に紹介したい人が居るの」
「それってもしかして、さっきからミスタカシマの隣でこっちを睨み付けている、そこの若いハンサムボーイの事かい?」
そう言ったシルヴァの目線の先には短く綺麗に整えられた金髪に、海のような青い目を持った、美青年と言ってもなんら差し支えのない若い男性が立っていた。着ている鎧もどこか不思議な雰囲気を持っており、普通の装備ではないことが伺えた。
「紹介するわ、彼の名前は『アレク』今から数ヶ月前、彼自身の故郷である『サンドロス王国』から旅立ち、世界中の魔物を倒し、人々を助け、魔王へと挑み……そして敗北した『勇者』その人よ」
「初めまして。アレクです。申し訳ありません、睨み付けている気は無かったのですが、その、シルヴァさんはとてもお強そうでしたのでつい警戒を……」
そう言うとアレクは、微笑みながら右腕を差し出し、シルヴァとの握手を求めた。
「これはご丁寧にどうもアレクくん。しかし驚いたなぁ、勇者だなんて。そんな御大層な身分の人と会えるだなんて。俺には一生、出会うことのない存在だと思ってたよ」
「勇者なんてそんな大層なものではありませんよシルヴァさん。ただの肩書きです。僕自身はただの農家の息子です。そちらの真っ白な美しい髪のお嬢さんも初めまして、アレクと申します」
「あ、えっと……ホワイト、です……よ、よろしくお願いします……」
おそるおそると、ホワイトはアレクに頭を下げた。
「……タカシマさん。本当に彼女が例の……?失礼を承知で申し上げますが、やはり何かの間違いなのでは?とても彼女がそんな……」
「まぁ、その話は今は良いでしょう。それよりも、さっさと本題の話に入りましょうアレク。あなたから話して頂戴」
「……かしこまりました、ミスタカシマ」
アレクは所長の前に立ち、改めてシルヴァとホワイトの方に向き合って話を進めた。
「……先ほど所長がおっしゃった様に、僕は魔王に戦いを挑み、そして敗れました……その際に、僕以外の仲間達は皆大怪我を負い、今はそれぞれの故郷に帰って治療をしている所です……残ったのは僕一人だけになりました」
「それはまた気の毒に……君も大変だっただろうに」
「いえ…….そこから僕は仲間達が治療を終えるのを待ち、今一度魔王との戦いに挑もうとしたのですが……ここで重大な問題が起こったのです」
「じゅ、重大な問題、ですか……?」
あまり積極的に会話に参加するタイプではないホワイトだが、アレクの鬼気迫る話に、思わずして質問を切り出した。
「……魔王が、完成させてしまったのです。『世界を破滅させる魔法』を」
「世界を……破滅させる魔法だって?そんなのがあるのかい?」
「元々魔王がその様な魔法を研究しているという情報自体は掴んでいたのです……勇者である僕が敗れ、しばらく攻めこむ事が出来ないと分かった魔王はここぞとばかりに研究を大幅に進め、そして遂に作り上げてしまった……最低最悪の魔法を」
話していて自身の不甲斐なさを感じたからなのか、アレクは自身の拳を、爪が皮膚に食い込むほどの強さで握りしめていた。
「ぐ、具体的には……どんな、魔法なのですか……?」
「……もしこの魔法が発動すれば、魔王の傘下以外の全ての人類が、ありとあらゆる呪いの苦痛を味わいながら、生き絶える事になります」
「それはまた……なんとも……」
地下の牢屋からここまで、笑顔と余裕の態度を崩さなかったシルヴァが、今日初めて、その顔を曇らせた。
「ですがこの魔法、やはり効果が強大なだけあって、いくら魔王と言えども、すぐに発動させることは出来ない様なのです」
「じゃあ、なんとか発動前に魔王を倒せれば、人類は助かるって事なのかい?」
「はい、そう……なのですが」
アレクの顔色が暗くなり、どこか不安げに話を続ける。
「間に合わないのです……僕の仲間達の怪我の回復には、無理をして早めに治療を切り上げたとしても1ヶ月はかかります。それではとても……」
「き、期間は……その魔法の発動までの期間は……ど、どれくらいなのですか……?」
「……魔王城近くの魔王軍傘下の街に潜伏してる仲間によると、あと2週間ほどで、発動の準備が整うとのことです」
「に、二週間だなんてそんな……」
もともと緊張で少し震えていたホワイトだったが、今は恐怖で足の先までもが震え出してきている。
「ですが、安心してください!僕とて諦めた訳ではありません。仲間が居ないのならまた新しく集めれば良いのです」
「それは、そうなんだろうけど……でも、魔王と戦える様なレベルの人間なんて、そうそう見つからないんじゃないのかい?」
「その通りですシルヴァさん。『普通に』探してもまず見つかりません。ですが、そこで思い出したのです。かつて噂に聞いた、このタカシマ刑務所の『特別収容者』の話を……!犯罪者ではあるものの、その能力は特別収容されなくてはいけない程強大であり、魔王討伐の即戦力としては申し分ない程だと……」
「……ん?ちょっとちょっと待って?その話の流れで行くとつまり……今日ミスタカシマが俺たち二人をここに呼んだ理由って言うのはもしかして……?」
笑顔が消えたシルヴァの顔に、今度は嫌な冷や汗がにじみ出てきていた。
「ご明察です。僕はお二人を、『魔王討伐隊』のメンバーにお誘いする為に、こちらに伺ったのです」
「……なんとなく途中で薄々思ってたけどやっぱりかぁ……おじさんにはそんな大役、とてもじゃないけど……」
「そそそそそんな……!し、シルヴァさんはともかく…….わ、私がそんな戦うだなんて……むむむ、無理です……!」
緊張、恐怖、予想外の提案により、ホワイトはもはや喋ることも困難になっており、少し涙ぐんでいた。
「……リーフ王国精鋭騎士部隊376名を全て弓による射撃のみで殺害……その後当時人類最強の騎士として名高く、いくつもの剣術大会を優勝し続けていたスラン騎士隊長を、ただ一矢の射撃によって殺害。使用していた弓に銀の装飾が施してあったことから、ついた異名は『シルバーアロー』……あなたの犯罪歴で間違いありませんね、シルヴァさん」
「……俺の事、よくご存知で」
ほんの一瞬だけ、シルヴァの顔に怒りとも、悲しみともとれる表情が浮かんだ様に見えた。しかしそれも、またヘラヘラとした顔に塗り替えられてしまった。
「ま、でも昔の話だよそれは。そこから何年か逃げおおせて来たけど、結局は捕まってこうなってる訳だし……もうあんな芸当は俺には無理だよアレクくん」
「そんな事はありませんシルヴァさん。先ほど握手した時に感じた力強さ……あなたあの時から何も衰えてはいないと、僕は感じました」
「うーん、そんな事言われてもなぁ……俺が魔王討伐だなんてそんな……」
「あ、あの~……」
「ん?」
シルヴァとアレクの会話を遮るように、珍しくホワイトが声をあげた。
「や、やっぱり……私がここに呼ばれてるの……何かの間違いだと思います……シルヴァさんみたいに騎士の人を……な、何人も殺すなんて……私に出来るわけ……ないですし……魔王討伐だなんて……そんなの私には……」
人に意見するという行為に対して引け目を感じながらも、何とかしてホワイトは自身の意見を述べる事が出来た。
「……そう言えばずうっと気になってるんだけどさぁ……結局ホワイトちゃんってば、どういう罪を犯したって事になって、こんな所に送られてるの?」
「そ……それは……その……」
ホワイトが、その答えを濁す
「……貴族女性、連続惨殺事件……」
今までアレクの後ろで黙って話を聞いていたタカシマが口を開き、ホワイトの代わりに答える。
「推定殺害人数……100人以上」
シルヴァが予想もしていなかった、その恐ろしい罪を。
「犯行の手口に、睡眠薬の混ぜられた果物……特にリンゴがよく使用された事から、付いた異名は『スノーホワイト』……白雪姫は、毒リンゴを食べさせられた方だってのにね、皮肉なもんだよ」
タカシマは座っている所長の机からたばこを取り出すと、一本に火を付けて吸い始めた。
「貴族女性連続殺人鬼、血塗れの白雪姫。それがそこに震えながら立っている、虫も殺せそうにない真っ白なお姫様の……真っ赤に濁った正体さ」