第7話 パーティーでの探索
「はい、こちらで正式にパーティー登録完了です。探索任務、どうぞ気をつけて」
ギルドの受付で手続きを済ませ、3人の冒険者証がパーティー単位で紐づけられた瞬間――小さな達成感のようなものが胸を打った。
神城玲、如月穂花、白雪綾。それぞれ別々のきっかけでスキルを得て、冒険者として登録し、ようやく“共に歩む”という形になった。
「なんか、改めてこうして登録してみると、ちょっと緊張するね」
穂花がくすっと笑いながら言う。制服の上に着たライトな防具が、どこか新鮮だった。
「私も、久しぶりに正式な任務に挑むから……けっこう新鮮かも」
綾も、肩のプロテクターを軽く調整しながら言葉を続ける。
「でも、3人なら問題ないと思う。神城くんも事前にいろいろ調べてくれてたしね」
「うん。一応、地図と敵の出現傾向、アイテムのドロップ率なんかも整理してある。F級の依頼だけど、油断しないに越したことはないから」
玲はタブレット端末を指でなぞりながら、探索予定エリアの情報を再確認する。
今日向かうのは《東環状緑地帯D-2区画》――F級の中でも比較的モンスターの密度が高めな訓練ダンジョンだ。
3人での初任務ということもあり、ギルド側からも「同伴監視は不要」との承認が出ていた。
少しだけ誇らしかった。
***
ダンジョンの入り口。
朝の空気がまだ冷たく、森の湿気が肌を包む。
「じゃあ、行こうか」
玲の声に、2人が頷いた。
細い通路を抜けると、広がるのは人工的に設計された迷路のような構造。
見慣れた景色でありながら、3人で踏み入れるそれはどこか新鮮だった。
先頭は玲。
彼の目は、戦闘だけでなく全体の進行と周囲の安全確認に注がれている。
穂花は中衛。必要に応じて前衛を支え、バフを展開。
綾は後衛だが、状況次第で前線に出て氷魔法を使い、敵の動きを止める。
「来るよ、前方。2体、スライム」
玲の低い声に、2人の気配が引き締まる。
最初の戦闘は、あっけないほどに終わった。
スライム2体が通路の奥からぬるりと現れた瞬間、綾が迷いなく詠唱に入った。
「《氷槍》――貫け」
放たれた氷の槍が一体のコアを正確に突き、バシュッと湿った音を立てて崩れる。もう一体は突進してきたが、玲の冷静な指示で進行を逸らされ、続けざまに穂花が《光の加護》で味方に補正をかける。
「神城くん、左。次、来るよ!」
「少し下がって!」
玲はスライムの跳ねる軌道を予測し、斜め前にステップを踏む。
足元にぬるりとした粘液が跳ねるが、予想の範囲。避けきると同時に、再び綾が撃ち込む。
わずか十数秒の戦闘だった。
「……悪くないね。少なくとも、他の新人パーティーより遥かに安定してるはず」
綾が淡々と感想を述べる。
「バフかけやすいし、魔法が当てやすいし、何より神城くんの位置取りがすごくわかりやすいよ」
穂花の明るい声が響く。
玲はわずかに頷いた。
「ありがとう。とりあえず、テンポ重視で動く。次もこの調子でいこう」
その後も、進行は驚くほど順調だった。
スライム、ゴブリン、トラップ系モンスターなど、F級定番の敵が現れるたびに、3人は自然と対応していった。
特に、綾の魔法と穂花の支援の相性は抜群だった。
綾が魔法を溜めている間に、穂花が補助を重ね、魔力制御を安定させる。
玲はその間、敵の動きに目を光らせ、隠れている小型個体や分裂系の兆候をすばやく察知して伝える。
同時に、倒した敵が落とす素材やドロップアイテムを、即座にアイテムボックスへ収納していった。
「神城くん、すごい……!」
「収納が、速い」
「アイテムボックスって、戦闘中に使えるだけでこんなに助かるんだね」
その言葉は、まっすぐな称賛だった。
玲自身も、初めて自分のスキルが“戦闘支援”として機能していると強く実感していた。
終盤、少し強めのゴブリン系モンスターが現れた際も、穂花の反応の早さ、綾の火力、そして玲の索敵がかみ合い、完封に近い形で制圧に成功。
残されたのは、大量の魔力核、小型素材、薬草、装備パーツ――F級とは思えないほどの収穫だった。
探索の最終ポイントでスレートを確認した綾が、目を細めた。
「時間も戦果も、完璧。今のバランス、すごくいいと思う」
「うん。私も、久しぶりにこんなに気持ちよく戦えたかも」
玲は無言で頷きながら、手元のアイテムボックスに収納された品々を確認する。
(……このスキル、やっぱり使える)
ただの倉庫ではない。
この空間は、3人の連携を最大限に引き出す“武器”になり得る。
静かな手応えが、確かにそこにあった。
***
ギルドに戻ると、午後の受付は若干の混雑を見せていた。
それでも素材提出の窓口は比較的スムーズで、玲たちは順番を待って提出を済ませる。
「こんなに回収できたんですか?……すごいですね」
対応した女性職員は、素材の量を見て少し驚いたように目を丸くする。
「F級任務でこれだけ安定して回収してくる新人パーティー、珍しいですよ」
穂花が微笑んで答える。
「神城くんのアイテムボックスのおかげなんです」
「いえ、2人が上手く立ち回ってくれたからこそです。回収だけじゃ成立しないので」
玲が控えめに補足するも、職員の笑みは変わらない。
「相乗効果、ですね。いいパーティーになりそうです」
査定と記録処理を経て、提示された報酬金額は3万円――F級としてはかなりの高水準だった。
素材の品質、種類、提出数すべてが評価されての金額だった。
「……これ、F級だよね?」
穂花が驚いたように言い、綾が小さくうなずく。
「うん。回収率とバランスが良かったんだと思う」
玲は内心で小さく息を吐いた。
“自分のスキルが確かに役立っている”と、数字で示されたことが嬉しかった。
3人で分け合い、報酬袋をそれぞれに渡したところで――背後から、やや刺々しい声がかかった。
「へぇ……随分と優遇されてるんだな、空間魔法の坊やは」
振り返ると、同年代かやや年上の冒険者が2人、ギルド備え付けの掲示板前からこちらを見ていた。
1人は長身の剣士風、もう1人はやや軽装の斥候型。
その目には、明らかに敵意と皮肉が宿っていた。
「如月さんに白雪さん。揃いも揃って、男の好みが被ったってわけか?」
「見た目ばっかの坊や連れて歩いて、楽しいのか?」
周囲の空気が静まり、ギルド職員がこちらをチラチラと気にしはじめる。
穂花は軽く眉を寄せたが、口には出さない。
綾は、まったく表情を変えずに腕を組む。
玲は、少しだけ目を細め、静かに言った。
「こちらは任務を受けて、成果を出して戻っただけです。報告も記録も完了しています。……問題があるなら、職員を通してください」
静かで、冷たい口調だった。
無駄に煽らず、しかし一切の弱みも見せない。
2人の冒険者はわずかに眉をひそめたが、ギルドカウンター奥から鋭い視線が飛んでくると、舌打ちをして掲示板の奥へと消えていった。
しばらくの沈黙のあと、穂花がふっと息をつく。
「……かっこよかったよ、神城くん」
「うん。さすがに無視するには質が悪かったけど、ちゃんと抑えてて偉かった」
綾の言葉は相変わらず淡々としていたが、その声にはわずかに温度があった。
「……ありがとう。でも、こういうのも、冒険者のうちなのかもしれないね」
玲は苦笑しながら言った。
誰かと一緒にいることで得られるものもある。
けれど、それを快く思わない者も、確かに存在する。
それでも――今のこの関係を、簡単には崩されたくない。
そう、心から思えた。
***
「せっかくだし、どこか寄ってかない?今日のご褒美にさ」
ギルドを出た直後、穂花が弾んだ声で言った。
夕暮れの空に柔らかな風が吹き、三人の影が長く伸びる。
「賛成」
珍しく即答した綾に、玲は少し驚いたように目を瞬かせた。
「白雪さんが、そういうの付き合ってくれるって、ちょっと意外だったかも」
「……今日は、頑張ったし。たまには、って感じ」
どこか居心地の悪そうに視線を逸らす綾に、穂花がくすっと笑う。
「それもう、“一緒に行こうって言ってる”ってことだよ?」
3人は連れ立って、ギルドのすぐ近くにあるカジュアルなカフェへと足を運んだ。
制服のままでも入れる学生や冒険者向けの店で、木目調の内装と柔らかな照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「ここ、私のお気に入りなの。前は1人で来ることもあったけど……こうして誰かと来るのは初めてかも」
穂花が紅茶を手に微笑み、綾はカフェラテを静かに啜る。
「静かで、落ち着くね。……こういう時間、嫌いじゃない」
玲もカップを両手で包みながら、2人に目を向けた。
「誰かと一緒にこうして過ごすのって、慣れてないけど。……悪くないね」
「意外と自然だったよ、神城くん。会話とかも、普通にできてるし」
「それはきっと、2人がいてくれたからだと思う」
ふと穂花が、今日の報酬袋をテーブルに置く。
「これさ、3人で得た成果だよね。……思ってたより、ずっと嬉しいかも」
綾もうなずきながら言葉を添える。
「F級任務としては、かなりいい結果だった。素材の質も数も。……神城くんのボックス、かなり効率良い」
「でも、2人の戦闘と支援がなかったら、成立してないから」
玲の返答に、穂花は小さく笑って言った。
「お互いさま、ってやつだね」
店を出る頃には空はすっかり暗くなっていたが、街灯の明かりが柔らかく道を照らしている。
商店街の並びを3人で歩きながら、どこか名残惜しい気持ちを共有していた。
「また行こうね。今日みたいに、ダンジョンも、終わった後も」
穂花が振り返りもせず言う。
玲は少しだけ考えて、それから口を開いた。
「うん。また一緒に。できれば、何度でも」
綾もそっと言葉を重ねる。
「私も……今日みたいなの、またあったらいいな」
3人の歩幅が、自然と揃っていく。
日常の中で生まれたこの小さな絆は、確かに形を持って積み重なっている。
帰り道の途中、玲がふと空を見上げる。
月が出ていた。まだ欠けたままの、やや不恰好な月だった。
けれど、どこかその姿が今の自分たちに似ている気がして――
玲は静かに笑った。
「……悪くない、かもな。こういう日々も」
誰に聞かせるでもなく、ただ独り言のように呟いたその声を、
隣を歩く2人は、ちゃんと聞いていた。
歩みはゆっくりで、誰も急いでいなかった。