第6話 モテ期とパーティー結成
「神城くんって、空間魔法持ちなんだよね?うちのパーティーに入らない?」
昼休み、廊下で声をかけてきたのは、隣のクラスの女子だった。
知らない顔ではない。文化祭の準備で一度だけ話したことがある程度の相手。
「え、あ……うん、でも、まだまだ実力不足で……」
苦笑しながらやんわりと断ると、相手も冗談めかして「あら、残念~」と笑いながら去っていった。
けれど、その一瞬で近くにいた数人がこちらを見ていたのに気づく。
噂は、広まっていた。
空間魔法。
その中にアイテムボックスを含む便利スキルが含まれていると判明した今、俺に向けられる目は少しずつ変わってきていた。
ギルドでも、それは同じだった。
「おっ、神城くんじゃん。空いてるなら、週末の探索付き合ってくれない?」
「うちは荷物多くてさー。ボックス系の人探してたんだよね~」
訓練エリアの帰り道、2組のパーティーから声をかけられた。
どちらも明るくフレンドリーだったが、その目にあるのは“戦力としての期待”ではなかった。
――運び屋。
そういう言葉は誰も口にしないが、暗黙のうちに含まれている。
カウンターに行くと、受付職員の女性がにこにこしながら言ってきた。
「神城さんって今フリーですよね?ここに勧誘希望出してる人たち、全部神城さん指名なんです」
「……そうなんですか」
「アイテムボックスって、やっぱり人気ですよ~。希少枠ですし、サポート職で評価もされやすいですから」
確かに、必要とされている。
攻撃スキルを持たない俺にとって、パーティーに入るのは前向きな選択肢のはずだ。
けれど。
「誰でもいいわけじゃないんだよな……」
呟くように言った言葉は、自分自身への確認でもあった。
便利だから、荷物を運んでくれるから。
そんな理由で声をかけてくる人たちとは、組みたくない。
俺が望むのは、“役割”ではなく“信頼”で結ばれた関係だ。
受付の後ろから、ふと見えた募集掲示板。
無数のパーティー募集用紙にまぎれて、何人もの名前が貼られている。
その中に、俺の名前が含まれていないことに、少しだけ安心し、一人ダンジョンに向かった。
***
――助けて!
通路の奥から、鋭く切迫した声が響いた。
Fランクダンジョンの中層、いつもの探索ルートの外れ。
通い慣れたはずの場所で、俺は思わず走り出していた。
声のする先には、2人の冒険者がいた。
見たところ、高校生くらいの男女のペア。
軽装で、見るからに“初心者”だった。
彼らの目の前には、通常より一回り大きな変異種スライム。
中型モンスターとされる個体で、圧倒的な体重と跳躍力で相手を叩き潰すタイプだ。
すでに一人は地面に膝をつき、もう一人も肩を大きく切られていた。
(……間に合うか?)
迷いはなかった。
右手を前に出し、意識を集中させる。
「――出てくれ」
空間がたわみ、俺のアイテムボックスから即座に回復ポーションが出現。
迷わずそれを膝をついていた少年に投げ渡した。
「飲め!」
少年は驚いた目で俺を見ながら、ポーションを受け取り、その場で一気にあおった。
見る間に傷が塞がっていく。
次に、俺はもう一つ、投擲型の閃光弾を取り出す。
即席だが、前回の訓練で羽鳥から教わった使い方を試す。
「目を閉じろ!」
そう叫んで、スライムの足元に向かって投げつける。
閃光。
爆発音。
スライムの動きが一瞬だけ鈍る。
「今だ、逃げて!」
2人を引っ張るように通路の手前まで誘導し、岩陰に隠れる。
呼吸が荒い。
心臓がうるさいほどに打っていた。
でも――間に合った。
スライムはしばらく暴れた後、警戒を解いたのか、奥の通路へと引いていった。
俺は深く息を吐いた。
「……ありがとう。マジで、助かった……」
少年の方が、肩で息をしながら礼を言った。
「階層も浅かったし、油断してて……スライムがあんな大きいとは思わなかった」
少女の方も、うなずくように頭を下げた。
「神城玲さん……だよね?あの、すごく有名だから……まさか、本人に助けられるとは思わなくて」
「いや、俺は……」
否定しかけて、やめた。
有名だろうと何だろうと、今の俺がしたことは――“誰かの役に立った”という、たったそれだけだ。
でも、それだけで十分だった。
「大丈夫。気をつけて帰って」
2人が礼を言いながら去っていったあと、通路の静けさが戻る。
立ち尽くしたまま、俺は手のひらを見つめた。
空間の中に確かに存在する、小さな“力”。
それが、誰かの命をつなぐことができた。
嬉しかった。
単純に、心の底から、そう思えた。
***
「で、モテ期か?」
放課後、悠馬と帰り道を歩きながら、俺はやれやれと首を振った。
「違う。“スキル”に対する需要だ。俺自身に興味があるわけじゃない」
「いやいや、冷静だなあ。でもまぁ、運び屋扱いってのは、わからなくもないな。アイテムボックスってそれくらい便利だし」
「だろ?俺に攻撃手段があったらまた違ったのかもしれないけど……今のままだと、自分のために使ってくれる人とじゃないと、正直きつい」
悠馬はしばらく無言で歩き、それからぽつりと呟いた。
「……お前さ、如月さんのこと、少し気になってるだろ?」
「は?」
「いや、別にそういう意味じゃなくて。信用できる相手っていうかさ、“一緒にいて負担じゃない人”って思ってるんじゃないかって」
それは――否定できなかった。
如月さんは、いつも自然体で、誰に対しても公平だった。
俺みたいな“何者でもなかった”人間にも、初めから優しく、壁を作らなかった。
そして――
「人の役に立てたらって思って、冒険者登録したんだ」
以前、彼女がそう言っていたのを思い出す。
俺がスキルを得たのは、誰かに告白されたから。
でも、その力をどう使うかは、自分で決められる。
だったら、俺も――
***
翌日、学校。
まだ始業前の静かな時間帯。俺は意を決して席を立ち、如月さんのところへ向かった。
「おはよう、神城くん。どうかした?」
彼女は変わらない笑顔でこちらを見る。
昨日のことを、言うかどうか一瞬迷って――けれど、言うことにした。
「昨日、1人でダンジョンに行ったら……他の冒険者がモンスターに襲われてて、助けたんだ」
「えっ、本当に?」
「うん。アイテムボックスから回復薬を出して、あと……少しだけ、時間を稼いで。無事に逃げてくれた」
「それって、すごいよ。立派な支援だよ」
彼女は目を見開いたあと、心からの声でそう言った。
俺は、少しだけ照れながら続ける。
「それで、あらためて思ったんだ。誰かの役に立てるって、嬉しいなって」
「……うん」
「だから、俺……ちゃんとパーティーを組みたい。信頼できる人と、助け合いながら前に進みたい。よかったら、一緒にパーティーを組んでくれない?」
如月さんは、目を瞬かせた。
でも、驚いたというよりは、少し考えるような表情を浮かべていた。
「どうして、私に?」
「……一緒に潜ったとき、自然に支えてくれて、気負わずにいられて。あと……前に言ってたよね。“人の役に立てたら”って」
「覚えてたんだ、それ」
彼女はふっと優しく笑った。
それは、飾り気のない、素の笑顔だった。
しばらくの沈黙。
それから、ふっと彼女は笑った。
「実はね、私もちょうど“そろそろちゃんと潜ってみようかな”って思ってたの。お父さんには心配されてるけど、自分でも何かやってみたいって思ってたから」
「……じゃあ」
「タイミング、いいなぁ。いいよ、神城くん。よろしくね」
そう言って、手を差し出してきた。
差し出された手を、俺はしっかり握り返す。
その手は、温かくて、力強かった。
周囲の視線を気にする暇もなく、ただ――
まっすぐに彼女の目を見る。
誰かに期待されてスキルを使うのではない。
誰かの力になりたいと願って、使うんだ。
ようやく、“本当に組みたい”と思える仲間と繋がれた。
それが、何よりの一歩だった。
「ねえ、せっかくなら、白雪さんも誘ってみない?」
帰り支度をしていたとき、如月さんがふいにそう言った。
「え?」
「神城くん、前に一緒に探索したとき、白雪さんとも息が合ってたじゃん。落ち着いてるし、判断力あるし……支援もやりやすそうだしね」
たしかに、白雪さんとは、何度か一緒に潜った。
その度に、冷静で正確な氷魔法と、的確な判断力に助けられてきた。
ただ、それでも彼女を誘うのは、どこか気後れしていたのも事実だ。
「白雪さんって、ソロ志向じゃなかったっけ?」
「ううん、あれはたぶん、きっかけがなかっただけだと思うよ。今はダンジョンにもあんまり潜ってないし……声をかけたら、もしかしたら変わるかも」
彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
「……わかった。聞いてみる」
教室に戻ると、綾はまだ席に座ってノートを整理していた。
少し緊張しながら、俺は声をかける。
「白雪さん。ちょっと、いいかな」
「……うん。なに?」
目を向けた彼女は、相変わらず静かで、少し警戒するような目をしていた。
「今度、如月さんとパーティーを組むことになったんだけど……もしよかったら、一緒にどうかなって」
白雪さんは少し目を細めた。
「どうして、私?」
「戦い方を見て、安心できると思った。あと……2人より3人の方が、安定するし、何より……一緒にいて信頼できると思ったから」
一呼吸おいて、彼女は視線をノートから外し、こちらを見つめた。
「……そっか。そう言ってくれるなら、断る理由もないか」
「ほんとに?」
「うん。前からちょっと気になってたし。神城くんの空間魔法、どこか気になる使い方してるから」
その言葉に、思わず頬が緩むのを感じた。
「じゃあ、よろしく。3人で」
「うん。よろしくね」
帰り際、3人並んで歩く景色が、不思議と自然に思えた。
これが、本当に信頼できるパーティーの始まりなら――
俺は、ようやく“冒険者としての第一歩”を踏み出せたのかもしれない。