表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/14

第3話 美女二人とのダンジョン

「え、ダンジョン? 一緒に?」


昼休み、教室の窓際で弁当を食べながら、俺は思い切って2人に声をかけてみた。


相手は――如月穂花さんと白雪綾さん。

言わずと知れた、我がクラスの二大ヒロイン。


普通なら、わざわざ話しかけるのもためらうような相手だ。

でも、俺の中で何かが変わった気がしていた。

スキルが顕在化して、冒険者として一歩踏み出した今、

せめてその“はじめの一歩”くらいは、自分で選びたいと思った。


「特に予定はないから、いいよ!」

如月さんは、ほんの少し驚いた顔を見せたあと、いつもの笑顔でそう答えてくれた。


「神城くんは、初めてのダンジョンなんだっけ?私も行くよ」

白雪さんも、静かに、でも柔らかい声でそう言ってくれた。


あまりにあっさり快諾されて、逆に戸惑う。


「……あ、ありがとう。ほんとにいいの?」


「もちろん。せっかくスキル持ちなんだし、使わなきゃもったいないよ」


「無理のない範囲なら、全然。こっちもそんなに潜れてるわけじゃないし」


2人は落ち着いた口調でそう返してくれる。

よく考えてみれば、彼女たちはたしかにスキル持ちだけど、日常的に冒険者として活動してるわけではない。

話を聞く限り、まだ数回潜った程度の“登録済み初心者”という立場らしい。


でも、そんな2人と一緒に潜れるだけで、俺にとっては十分すぎるくらいだ。


*** 


放課後。

3人で待ち合わせをして、Fランク指定の初心者用ダンジョンへ向かう。

今日選んだのは、組合が安全帯として開放している《東環状緑地帯D-1区画》。

市の外れにある地下型で、地形が比較的単純な訓練向けルートだ。


俺は昨夜、寝る前にネットで情報を集め、地図をスマホにメモしておいた。

内部構造、出現傾向、魔力濃度の分布……できることは全部やった。


受付で冒険者証を提示し、確認を終えたあと、俺たちはダンジョンの入り口へと向かう。


無意識のうちに手のひらに汗が滲んでいた。

でも、それを見透かしたように、如月さんがにっこり笑って言った。


「緊張してる? 最初はみんなそうだよ。私も、初めてのときすごく怖かったもん」


「うん。でも、ちゃんと装備してるし、調べてきてるんだね。偉いと思う」


白雪さんもそう言って、俺の持っていた地図メモをちらりと覗いた。


それだけで、少しだけ気持ちが和らいだ気がした。


「じゃあ、行こっか」


如月さんの声で、俺たちはゆっくりと、ダンジョンの入口に足を踏み入れた。


ダンジョンに入って数分。

気温は地上よりも数度低く、ひんやりとした空気が身体を包む。

薄暗い通路の壁には、かすかに魔力に反応する苔のような発光体が点在していて、あたりに淡い緑色の光を放っていた。


「さすが、訓練ルートって感じだね。敵の気配、全然ない」


如月さんが前を歩きながら、リラックスした声でそう言う。


「でも、あの先の部屋には魔力反応があったはず。たしか、スライムが1体出るって記録されてた」


白雪さんが、俺の地図メモを見ながら指を指す。


そう、このルートには戦闘訓練用に設計されたモンスターが数体だけ配置されている。


「……うん、たぶんこの先だと思う」


俺が頷いたその直後、

ぐにゃ、とした気配が通路の先に広がった。


「来たね。じゃ、私が出るよ」


白雪さんが一歩前に出る。手をすっと前にかざすと、その掌に薄い冷気が集まり始めた。


「《フリーズ・スパイク》」


その声と同時に、先の通路に氷の針が走り、現れかけていたスライムを瞬時に凍結させた。

硬直したままスライムは床に転がり、氷が弾けるような音と共に砕け散る。


「……すごい」


思わず漏れた言葉は、本音だった。


「まあ、これくらいは慣れてるしね」


白雪さんが照れくさそうに微笑む。


「白雪さんの氷魔法、制御がすごくきれいだよね~。私、ああいう正確な制御は無理だなぁ」


如月さんが笑いながら、ふわりと手をかざす。彼女の掌に光が集まり、淡いバフが白雪さんの身体を包む。


《光の加護》――攻撃力と精神集中を高める支援魔法。補助としては極めて優秀だ。


「如月さんも、支援魔法があると安心感が違うよ……俺は何もできないけど」


「ううん、さっきの地図、すごく役立ってるよ。知らないままだったら、もっと不安だったかも」


如月さんがふっと笑う。あたたかくて、自然な笑顔だった。


「そうだね。初めての人で、ここまで準備してきた人、私は初めて見たかも」


白雪さんの言葉にも、変な気取りはなかった。ただ純粋に、驚いているような声だった。


通路を進みながら、少しだけ話す余裕も出てくる。


「そういえば、2人って……なんで冒険者登録しようと思ったの?」


俺の問いに、しばらくの間があった。


「私は……人の役に立てたらって思って。もともと支援系のスキルがあったし、誰かを助ける力になるなら、って」


如月さんは、少し恥ずかしそうに目をそらしながら言った。


「……私は、父がダンジョン対策官で、小さい頃から訓練とかを見てたの。自分も何かできたらって、そんな気持ち」


白雪さんの声は静かだけど、芯があった。


「でも、実際にはそんなに頻繁に潜ってるわけじゃないよ。やっぱり、危険もあるし」


「うん。一緒に行ける人もなかなかいなかったしね」


2人がそう言って目を合わせる。


――だから、今日こうして一緒に潜ってくれているのかもしれない。


俺は、少しだけ、背筋が伸びる気がした。


通路の奥、やや広めの空間に出た瞬間、空気が変わった。


「……次の部屋、反応あるよ」


白雪さんが警戒した声で告げる。


マップでは、この先に“Fランク個体における小型ボス”とされるモンスターが配置されている。

危険度は低いが、初心者にはやや手強い相手とされる相手――

それが、現れた。


金属のような外殻を持つ、節の多い虫型モンスター。

全長は1メートルほどの《オオムカデ型魔獣》。

蛇行しながら床を這い、音もなく迫ってくるその姿は、視覚的な威圧感が強い。


「動きが早い……」


俺が思わず一歩下がる。


「大丈夫、まず止める」


白雪さんがすぐに詠唱に入る。


「《フロスト・ネット》」


薄い霜が地面を這い、オオムカデの脚に絡みつく。

動きが鈍ったのを見計らって、如月さんが魔力の光を放つ。


「《光の加護》」


白雪さんの魔力が一瞬高まり、追撃の《フリーズ・スパイク》が正確に胴体へ命中。

砕けた甲殻の隙間から、魔力の煙が立ち昇り――オオムカデは、動かなくなった。


「……終わった?」


「うん、無事撃破」


如月さんが笑いながら親指を立てた。


「ありがとう、2人とも。すごいな……俺、何もできなかった」


「最初はそれでいいって。立ってるだけでも十分だよ」


「見て覚えるのも大事だしね」


白雪さんと如月さんが、揃ってそんな言葉をくれる。少しだけ胸が熱くなる。


そのとき、足元に淡い光が灯った。


「あ、素材ドロップだ」


オオムカデの残骸の脇に、光る結晶と銀色の鱗片が出現していた。

訓練ダンジョンとはいえ、確率で報酬アイテムが落ちるようになっているらしい。


「これ、回収して帰ろう。ギルドで換金できるかも」


如月さんが手早くポーチに詰めていく。俺もいくつか拾い上げるが――途中で、気づいた。


「……あ、もう入らないかも」


初期装備のバッグは小さく、拾った素材で既に容量はいっぱいだった。


「んー、どうしよ……」


そのときだった。


俺の手元、具体的には右手の掌の先。

空間が、ふっと“揺れた”。


「……?」


指先に、何かが引っかかるような違和感。

空気の層が一瞬だけ“たわんだ”ような、そんな感覚。


もう一度、素材に手を伸ばす。

今度は――素材が、その“ゆらぎ”の中へ吸い込まれそうになる。


「……今、なにか……」


空間魔法。

いや、もっと正確には――“収納”のような作用。


「……気のせい、じゃないな」


確信はない。でも、たしかに反応した。


それが何なのかは、まだわからない。

だけど――“空間”は、俺の中で確かに動き始めていた。


***


ダンジョンの出口をくぐると、外はもう薄暗くなりかけていた。

夕焼けが地平線に滲み、冷たい空気が肌を撫でる。


入口近くのベンチに腰を下ろし、3人で水分補給をしていると、自然と会話がほどけていく。


「おつかれさま~。神城くん、どうだった?初ダンジョン」


如月さんが笑顔で水のボトルを振ってみせた。


「うん……すごく、刺激的だった。何もできなかったけど、勉強にはなったよ。2人がすごすぎて、ちょっと圧倒された」


「ふふ。でも、立って冷静に状況を見てたじゃん。それって意外と難しいんだよ?」


「そうそう。最初って緊張しすぎて、パニックになる人も多いし」


如月さんと白雪さんが、穏やかにフォローしてくれる。


2人とも、戦闘のときはとても頼もしかったけれど、こうして話していると、どこか親しみやすくて柔らかい。

“ただの高嶺の花”だと思っていたのは、きっと俺の勝手な思い込みだったんだ。


「ねえ、ところでさ。さっき、アイテム拾ったとき……」


俺が手を開きかけたところで、ふと口をつぐんだ。


“空間がたわんだ”あの感覚。

あれをどう伝えればいいのか、まだ自分の中でも整理がついていなかった。


「……いや、何でもない。ちょっと変な気配を感じただけ」


「へえ? もしかして、空間魔法が反応したとか?」


如月さんが軽く冗談めかして笑う。

俺は曖昧に苦笑してごまかした。


たぶん、今はまだ言うべきタイミングじゃない。

でも――あの手応えは、間違いなく“始まりの合図”だった。


「それにしても、神城くんって、思ってたより真面目で丁寧な人だったんだね」


如月さんが、不意にそんなことを言った。


「え?」


「地図とか、ちゃんと調べてたでしょ?ああいうの、すごく助かるよ」


「……あ、ありがとう。そう言ってもらえると、ちょっと救われる」


「うん。次にまた何か手伝ってほしいことがあったら、言ってね」


如月さんのその一言に、白雪さんも静かにうなずいた。


「今日、楽しかった。ありがとう、神城くん」


「……こちらこそ。ほんとに、ありがとう」


2人の笑顔を見ながら、俺は心の奥でひとつの実感を噛みしめていた。


――ああ、自分は今、ちょっとだけ“輪の中”に入れたんだなって。


まだ何者でもない俺だけど、

きっとこれから、少しずつ何かを掴んでいける。


そんな気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ