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第2話 初めてのダンジョンで

土曜の朝。思っていたよりも肌寒い空気のなか、俺は冒険者組合支部前の広場に立っていた。


Fランク新人向けの「見学型ダンジョン訓練プログラム」。

要は、実戦も戦闘もなし。ただダンジョンの空気に触れて、安全なルートを歩くだけ――そう聞いてはいたが、実際にその“入り口”に立つと、自然と心拍数が上がる。


集合時間の数分前。周囲にはすでに数人の若者たちがいた。俺と同じ高校生らしき2人、大学生が2人、あとは社会人らしき男性が1人。年齢も服装もばらばらで、唯一共通しているのは、全員が“スキルを持っている可能性がある”ということ。


「はーい、全員そろってますね。じゃあ点呼取ります。ガイド担当の折原です、よろしくー」


軽い口調の中年男性が、首からIDカードをぶら下げて現れた。見た目は飄々としているが、動きは無駄がなく、背中に装備されたナイフと小型魔導器の存在感が静かに圧を放っていた。


「今日はD-05区画の“見学型ルート”を案内します。魔物はいませんが、段差や閉鎖空間には注意。皆さんスキルをお持ちかもしれませんが、発動は控えてくださいね」


各自、簡易装備と“スレート”と呼ばれる記録用端末が手渡される。

スレートは、魔力濃度の変化や地形反応を記録できるらしく、見学中にポイントごとでタップするよう指示があった。


俺も装備を受け取り、ヘルメットを手にしながら、ふと周囲を見渡す。

「初めて」に臨む人間特有の緊張感が、どこか共鳴するように感じられた。


誰もが、まだ何者でもない。

でも、たった一つのスキルを手にしたことで、この“外側”の世界に足を踏み入れようとしている。


スキルを顕在化させたとはいえ、俺はまだ“空間魔法”がどんな能力なのか、まったくわかっていない。

発動方法すら分からない。試そうとしてもうまくいかない。

だけど、今日はきっと、何かを掴めるかもしれない――そんな、根拠のない期待が、どこか胸の奥にあった。


集合場所の向こう側に、地下へと続くコンクリート製の階段が見えた。

その先が、俺にとって初めてのダンジョン。


「神城くん、入るよー」


ガイドの折原が、手招きしてくる。


深呼吸一つ。


俺は、初めて“日常の外”へと、足を踏み出した。


ダンジョン内部は、想像以上に“静か”だった。


人工的に整備された入り口部分を抜けると、すぐにむき出しの岩壁が広がる空間へと出る。

コンクリートではない、天然の地形。気温が一気に数度下がったような錯覚すらある。空気が重く、乾燥していて、足元の砂利がやけに音を立てる。


「この区画は、安全帯といって、過去に敵性生物の出現が一切確認されていない場所です。とはいえ、事故はゼロじゃありません。岩の崩落、魔力圧による錯乱、あとはスレートの誤作動も。気を抜かないように」


先導するガイド――折原の声が、ヘルメット越しに響く。

背後にはほかの参加者たちの足音。誰もが緊張を隠せず、無言のまま進んでいる。


「これが……ダンジョンか……」


つぶやいた声が、妙に生々しく耳に残った。

何かが違う。空気そのものが、少しだけ歪んでいるような、そんな感覚。


ふと足を止め、岩肌に触れてみる。

ザラザラとした感触。だが、それだけではない。

皮膚の奥、骨の芯にまで何かが染み込むような、“魔力”の気配を感じた。


「――ほう。敏感ですね、神城くん」


折原が、いつの間にか背後にいた。


「今、何か感じました?」


「……なんとなく、空間が揺れてるような、そんな感覚が」


「それ、大事にしたほうがいいですよ。スキルってのは、頭で考えるより、体で感じるもんですから」


そう言って、折原は俺のヘルメットを軽く叩いた。


「空間魔法ってのは、干渉・遮断・圧縮……応用が利く反面、感覚を掴むまでが難しい。特に君みたいな“純粋初期発現者”にはね」


「純粋初期……?」


「告白一発目でレアスキル引いた、って意味。いやあ、最近じゃ珍しいんですよ、そういうタイプ」


俺は思わず苦笑した。

たしかに、こんなに大ごとになるとは思っていなかった。バイト感覚で潜ってみよう、程度の気持ちだったのに。


「ま、焦らずでいいです。今日は体感が目的。スキルのことは、いずれ自然に“反応”しますよ」


折原がそう言った直後だった。


壁の先から、岩が一つ、コツン、と転がる音がした。

同時に、背後の誰かが「うわっ!」と声を上げる。


俺は、息を飲んだ。


ダンジョンは、ただの空間じゃない。

“何かがある”――それだけは、間違いなかった。


「危ない! 下がって!」


先行していた大学生グループの一人が、岩場の段差を踏み外した。

それに反応して、付近の壁面がわずかに崩れ、小さな石の塊がごろごろと転がり落ちてくる。


「ケガ人はいないか!? 動くな!」


折原ガイドが鋭い声を張り上げ、即座に現場へ駆け寄った。


幸い、崩れたのは一部だけで、大きな被害は出ていないようだった。だが、その場にいたメンバー全員が緊張で凍りついていた。俺もその一人だった。


誰かが怪我をしていたら、たとえこの“見学用ダンジョン”であっても、最悪中止になるかもしれない。

それだけの責任と緊張が、この空間にはある。


「後列の人は、そのまま待機していてください!誘導は後ほど!」


そう言って折原は現場の処理に向かっていった。

俺たち後方組は、安全が確認されるまで、岩壁の影で一時待機を命じられた。


誰も口を開かない。

ただ、空気だけがじわじわと重くなっていく。


そんな中――


「……?」


俺は、さっき感じた“ひずみ”のような感覚を、また感じ取っていた。


目の前の空間が、わずかに“軋む”。


風もないのに、壁際の砂粒が不自然に震えている。


手を伸ばす。

意識を集中させる。

空間魔法――何か、何か使え。


その瞬間だった。


人差し指の先が、薄い膜のようなものに“引っかかる”感覚があった。


「――っ!」


バチン、と軽い音がして、何かが弾けた。


目に見えたわけではない。

だが確かに、そこに“何か”があった。

それはまるで、空気の層が一瞬だけ裂けて、また閉じるような感覚。


手を引くと、その反動のように、空間の重さがすっと消えた。


「……今の、俺の……?」


誰に言うでもなくつぶやく。

周囲に気づいた者はいなかった。

けれど、確かに“反応”があった。


折原が戻ってきて、簡単な状況報告が行われたあと、見学コースは急遽短縮されることになった。

「安全最優先」ということで、早めに撤退となったのだ。


俺たちは無言のまま、来た道を引き返した。


不完全燃焼。

でも、何も得られなかったわけじゃない。


俺の中には、確かな手応えがあった。

“使える”という確信。


まだ正体はわからない。

でも、空間魔法は――確かに“俺の中にある”。


***


帰宅してシャワーを浴びたあと、俺はベッドに寝転がりながら、天井を見つめていた。


――あれは、絶対に何かが“反応”していた。


言葉にするのは難しい。でも、スキルを顕在化してから初めて、自分の中で何かが応えた気がした。

空気のひずみ、微細な抵抗、そして一瞬だけ手に走った感覚。

それは“錯覚”じゃない。俺だけが知っている、はっきりとした証拠だった。


ステータス画面に変化はない。

スキルレベルの項目も表示されていない。

でも、“空間魔法”は確かに俺の中にある――そう思えるだけで、心のどこかが少し熱くなった。


「……次は、もうちょっと深くまで行ってみたいな」


そんな言葉が自然とこぼれた。


 


翌日。

昼休みに、俺は木下悠馬と屋上の階段で話をしていた。

他に人が来ない、風通しのいい場所。


「へえ、もうダンジョン行ってきたんだ? 早いな」


「昨日の見学訓練コース。まあ、ほとんど歩いただけだけど」


「で、どうだった?」


「正直、すげぇ怖かった。でも……なんか、ちょっとだけ反応があった気がする」


「空間魔法って、たしかに使用者の数めちゃくちゃ少ないしな。自分で探るしかないタイプだな」


「うん。まあ、ぼちぼち、ね」


少し沈黙があって、俺はふと思い出したことを口にした。


「なあ……如月さんと白雪さんって、冒険者なのか?」


悠馬は目を丸くしてから、あっさりと頷いた。


「うん、登録はしてるはず。確か高一の終わりごろに2人とも登録したって聞いた」


「活動してるの?」


「んー、してるけど、頻度はかなり低いって聞いた。中級者コースに行くにはまだ足りないけど、Fランクの簡単な潜入には数回行ってるっぽい」


「……そっか」


どこか安心したような気持ちと、言いようのない焦りが胸に残った。

あの2人も、まだ“新人冒険者”に過ぎない。


だけど、告白されて、スキルを2つも顕在化させてる。

外見も、性格も、たぶんスペックも――完璧すぎる2人。


そんな彼女たちと、同じフィールドに立てる可能性が、今の俺にはある。

まだゼロじゃない。


「じゃあさ、次潜るとき……誰かと組んでみようかなって思ってるんだけど」


「お、珍しく前向きだな。何か吹っ切れた?」


「まあ、ちょっとだけ。昨日のあれで、少しだけ“実感”が湧いた」


悠馬がふっと笑った。


「それなら、次が本番だな」


俺は照れくさそうに笑いながら、少しだけ空を見上げた。


まだ遠い、でも確かに広がっているこの世界に、ようやく足がついた気がした。

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