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第1話 神代玲、冒険者になる

目の前に浮かぶステータス画面を、俺は黙って見つめていた。


【ステータス画面】

名前:神城 玲

年齢:17

顕在スキル:空間魔法

潜在スキル数:4


「……やっぱり、夢じゃなかったか」


昨日、人生で初めての告白を受けた。そして、その瞬間にスキルが顕在化した。

空間魔法。

自分でも聞いたことがないレアスキルだ。ネットで調べてみても、情報はほとんど出てこない。「上級空間干渉系スキル」「希少属性に分類」「使用者は国内でも数名」――そんな断片的な記述だけ。


正直、まだ信じられていなかった。

ごく普通の高校生として生きてきて、モテたこともなければ、スキルに縁があるとも思っていなかった。

自分にだけは、縁のない話だと思っていた。

それなのに――いや、だからこそ、現実感が追いつかない。


「……どうしよう、これ」


ステータス画面を閉じて、ベッドに寝転がる。何かが変わってしまったのは確かだ。でも、何をすればいいのか、皆目見当がつかない。スキルの詳細も不明、使い方も不明、発動条件も不明。

「空間魔法」って名前のくせに、どこにでもドアが開くわけでもなければ、テレポートができるわけでもなかった。少なくとも、俺がやってみた限りでは。


とりあえず、冒険者登録だけでもしておくべきか――そんな考えが浮かびかけたところで、ふと頭にある顔がよぎった。


「……木下にでも聞いてみるか」


木下悠馬。中学からの友人で、今のクラスでもよく一緒にいるやつだ。クラスメイトの中でも、わりとスキル制度に詳しい方で、ネットで冒険者ランクの研究をしていたり、ニュースをこまめにチェックしていたりする。

信頼できるし、話が早い。


ただ、木下に話すということは、“俺がスキルを持っている”という事実を誰かに共有するということになる。

それはつまり――“俺が告白された”ということを暗に認めることでもあった。


もちろん、誰が告白してくれたかなんて言うつもりはないし、木下も詮索はしないだろう。

けれど、それでもちょっとした勇気は必要だった。


「……よし、明日話してみるか」


決意を固めて立ち上がる。

人生が少しずつ変わっていく音が、どこか遠くで鳴っている気がした。


***


まず、俺は一人で冒険者組合の支部へ向かった。

駅前の商業ビルの中にある、国のスキル庁の下部組織――と言っても、受付は意外と庶民的で、コンビニの奥に事務所があるような構造だった。


「はじめての登録ですね?学生さんかな?」


受付にいた若い職員が、愛想よく声をかけてくる。

年は二十代前半だろうか。スーツではなく、簡易型の防具ジャケットを着ているのが特徴的だった。


「はい。スキルが顕在化したので、登録をしておこうかと」


「分かりました。ではこちらに必要事項を記入してください。スキル名と潜在スキル数、それと身分証明書……あ、高校生なら学生証で大丈夫です」


タブレット端末を渡され、必要事項を入力していく。

スキル名――空間魔法。

打ち込んだ瞬間、隣にいた職員がピクリと反応した。


「……えっ、空間魔法?」


「はい」


「初期でそれが出たってこと? ……すごいな。学生登録者の中で空間系持ちは、僕が知る限りでは前例ないですよ。少なくともこの支部では」


「そんなに珍しいんですか?」


「ええ。転移・干渉・封印、どれか一つでも応用できれば、それだけで中級職の評価は確実です。とはいえ、最初は使い方も分からないと思いますので――」


そう言って、彼はカウンターの下から分厚い冊子を取り出した。


「これ、初心者向けのスキル行使マニュアルです。あと、初級者研修のチケットも発行しておきますね。今はFランクの“お試し潜入ミッション”が空いてます」


俺は言われるがままに冊子とカードを受け取る。カードには《Fランク登録》の文字が印字されていた。


「じゃあ、これで……俺も冒険者なんですね」


「登録上は、はい。まだ実地経験ゼロですけど」


「あはは、ですよね」


苦笑しつつも、どこか不思議な実感が胸の奥に湧き上がっていた。


バイト感覚で来てみただけなのに、自分がいま、“冒険者”という肩書きを手に入れたという事実。

たった一回の告白。それだけで、こんなにも世界が変わるなんて。


カウンターを離れるとき、俺はふと職員に聞いた。


「空間魔法って……どうやって使えばいいんですかね」


「あー、それはですね……残念ながら“自分で気づいてください”としか言えないんですよ。スキルの顕在化は個人差が大きいですから。何度かダンジョンに入れば、自然と感覚が掴めてくるはずです」


「なるほど。ありがとうございます」


俺は一礼し、組合の建物を後にした。

冊子の表紙を見ながら歩きながら、ぽつりとつぶやく。


「……さて、どうしたもんかな」


どこか遠い世界の物語だった“冒険者”という言葉が、ようやく自分の足元に降りてきた気がした。


***


翌朝の教室。

俺は、自分の席に座ったまま、前の席にいる木下――木下悠馬に声をかけた。

中学からの付き合いで、何でも気軽に話せる相手。昨日の冒険者登録のことも、唯一相談してみようと思えたのは、こいつくらいだった。


「なあ、ちょっとだけ話がある。あとでいいか?」


「ん? いいけど。何かあった?」


「放課後でいい。ちょっと、人目があるところじゃ話しにくい」


「……なるほど?」


木下が目を細めた。その視線に、察しのいいやつだということを改めて思い出す。


だが、放課後を待つ必要はなかった。

昼休み、誰もいない渡り廊下で小声で切り出した。


「実は、スキルが出た。顕在化したんだ」


「……は?」


さすがの木下も、一瞬飲み込めなかったようだ。

目を見開いてこちらを見たあと、我に返ったように声のトーンを落とす。


「マジで? いつ?」


「昨日。放課後」


「それで……どんなスキル?」


「空間魔法。初めて聞いたんだけど」


「うっそ……!空間魔法って、あの?初期でそれ!?」


木下は思わず声を上げ、周囲の生徒たちがちらりとこちらを見る。

俺は慌てて指を立てて「シーッ」と口元に当てた。


「あ……すまん」


「まあ、もう遅いよな……」


噂好きの女子がこちらを伺っていて、何かを囁き合っているのが目に入る。

さっきまで静かだった教室に、じわじわとざわつきが広がっていく。


「……これで、お前がこのクラスで三人目か」


「三人目?」


「うん。如月さんと白雪さん。あの二人は、去年の冬くらいには顕在化してたって聞いた」


「……ああ、あの二人か」


改めて意識すると、確かにどちらも“ただのクラスメイト”として片づけられる存在ではなかった。


如月穂花きさらぎ ほのか

栗色の髪を肩まで伸ばしており、どこがとは言わないがスタイルがとても良い。

明るく前向きで、誰にでも分け隔てなく接する人気者。

男女問わずクラスの中心にいて、その笑顔を見ない日はない。

そんな彼女は、“光の加護”と“治癒魔法”という支援特化のスキルをすでに持っている。


白雪綾しらゆき あや

ストレートな黒髪ロングが特徴で、スレンダーな体型。

成績は学年トップクラス、真面目で丁寧な言葉遣いが印象的な優等生。

困っている人を見かければ、さりげなく声をかけるような優しさもある。

“氷魔法”と“詠唱短縮”という、攻撃と補助を兼ねる実用的なスキルを持っている。


どちらも文句なしに美人で、男子たちの間では“手が届かない”という共通認識があった。

スキルを二つ持っているということは、つまり――二度、告白されているということでもある。


「……すごいな、やっぱり」


「何が?」


「いや、あの二人に告白したやつの勇気が」


俺がそう言うと、木下は珍しく真剣な顔になった。


「……それ、本気だったんだろうな。枠、減るのにさ」


俺は無言でうなずいた。

この世界で“好き”を口にすることが、どれほどの覚悟を要するのか。

ようやく、自分の中で実感として染み込んできた気がした。


***


その日の夕方、帰宅してすぐにポストを確認した。

薄い封筒が一通――冒険者組合からのものだった。


中には、《Fランク登録証》と、初任務通知書が入っていた。

『初心者適正訓練プログラム:D-05ダンジョン見学コース』

場所は、市内の旧河川跡に展開している天然生成型ダンジョン。

危険度はほぼゼロで、ガイド付きで施設構造を歩いてまわるだけの、言ってしまえば“社会科見学”のような内容だった。


「まあ、最初はこんなもんか……」


呟いて苦笑する。

本格的な戦闘があるわけでもない。

ただ、ダンジョンの雰囲気を知ることが目的。

それでも、初めて“ダンジョンに入る”という事実には、やはり何かがざわつく。


机の上には、昨日組合からもらったスキル行使マニュアルが開きっぱなしになっていた。

空間魔法の欄には、なにも具体的な説明がなかった。

「空間の座標制御、干渉、転位、圧縮、遮断……応用性は高いが、使用者ごとに作用が異なるため、体感的な習得が必要」とだけ記されている。


結局、自分で試して、感覚を掴むしかない。

だけど、それも“ダンジョンに入る”という選択をしたからこそ、見えてくるものだ。


「……やってみるか」


そうつぶやいて、俺は通知書を丁寧にファイルに挟んだ。


これまで、スキルのない自分は、冒険者なんて別世界の存在だと思っていた。

スキルを持つ者は特別で、強くて、華やかで――自分とは無縁だと思っていた。

でも、今は少しだけ、違う気持ちがある。


たった一言の告白が、世界を変えた。

そしてその一歩が、俺を“この世界”の入り口に立たせた。


スマホのステータスアプリを起動して、画面を見つめる。

名前、年齢、顕在スキル――そして、残された潜在スキルの数。

そこに表示された《空間魔法》の文字が、やけに鮮やかに目に映った。

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