プロローグ
「……私、神城くんのことが、好きです」
その声は、風に押されるように届いた。
昼休み、体育館裏。
人の気配の少ないその場所に、彼女――斉藤めぐみは、俺を呼び出した。
少し前にどこかで見たような、とかではない。ちゃんと知っている。
一年前は同じクラスで、グループでの勉強会に一緒に参加したこともある。
たまに廊下で顔を合わせれば軽く会釈もしていた。
特別に仲が良いわけじゃなかったけど、ちゃんと記憶に残っている相手だった。
だけど――
このタイミング、このシチュエーションで、告白されるなんてことは想像していなかった。
彼女の手は、わずかに震えていた。
息を詰めながらも、俺の目だけはしっかりと見ていた。
少しの間を置いて、俺は静かに言った。
「……ごめん。ありがとう。でも、付き合う気はないんだ」
その言葉に、彼女は目を伏せて、小さくうなずいた。
思ったよりも、落ち着いた反応だった。
だけどその表情には、どこか覚悟のようなものが滲んでいた。
彼女は一礼し、静かに踵を返す。
あっけないほどに、静かな告白だった。
だが――この世界では、告白という行為は“それだけ”では終わらない。
俺の視界の端に、青白い光が走った。
《ステータス更新:新規スキル顕在化》
呼吸が止まる。
視界に浮かぶ半透明の画面に、文字が浮かび上がる。
【ステータス画面】
名前:神城 玲
年齢:17
顕在スキル:空間魔法
潜在スキル数:4
「……マジか」
思わず、声が漏れた。
俺は今、スキルを手に入れた。
人生で初めて、誰かに告白されたことで。
***
20年前、世界は大きく変わった。
突如として世界中に“ダンジョン”が出現し、人々は“自分のステータス”を確認できるようになった。
画面には名前、年齢、そして――スキルの欄があった。
だが当初、それらのスキルは“潜在”という状態で表示されており、どうすれば顕在化するのか誰にもわからなかった。
混乱の中、最初のスキル覚醒者が現れた。
彼らに共通していたのは――直前に、恋愛感情を伴う告白を“された”ことだった。
検証の末に分かったことは、こうだ。
告白“された”者は、潜在スキルの中から1つが顕在化する
告白“した”者は、スキルリソースを1つ永久に失う
嘘や冗談、試験的交際などの“真心なき告白”は無効
つまり、“好き”というたった一言が、人生の戦力を左右する時代になったのだ。
軽い気持ちで人に告白する者は減った。
誰かに好かれることは、そのままスキルを増やす力となり、
告白されない者は、いつまでも“ただの人”で終わる。
……だからこそ。
俺は今、世界の側に一歩、踏み出してしまった。
きっかけは、たった一人の、俺を好いてくれた人。
これから俺の人生がどうなるかなんて、まるで想像がつかない。
でも一つだけ、確かなことがある。
《空間魔法》――
それは、今の日本でも確認例が少ない、希少スキルだった。