第7話 再会の一閃
夜が明けきらぬうちに、俺たちは再び動き出した。
負傷した仲間たちは後方へ運ばれ、戦闘可能な者だけが残された。
森の中に立ちこめる湿気は、血と煙の匂いを含んで重く、息をするたびに胸の奥がざらつくようだった。
「真司、先に行け。俺たちは後ろを固める」
ソフィアが指示を飛ばし、俺とカインを前衛に配置する。
「森の北端に敵の小部隊がいる可能性が高い。接敵したら即時連絡、戦闘は限定的に。深入りはするな」
カインが肩をすくめる。
「ったく、またか。今回は背後から来られんなよ」
「気を抜くな。お前も真司も、前線の顔になりつつあるんだ」
「まだまだ若造だよ、俺たちは」
そう返しながら、カインは銃の安全装置を外した。
俺も無言でうなずき、静かに木々の間を進む。
やがて、霧が晴れたように前方の視界が開ける。
岩陰の奥、風の通り道となっている谷間の一角に、奇妙な気配があった。
その空間だけ、まるで空気の密度が変わっているような、ぴりつく感覚。
──いる。
この先に、確かに“何か”がいる。
俺は手信号でカインに合図し、岩の影に身を潜めた。
すると──
風が一瞬止まり、時間が凍ったような感覚の中で、誰かの気配がこちらに向かってくる。
足音はない。
だが、確実にこちらに向かっている。
そして──
現れた。
それは、一人の少女だった。
白銀の装束。
風に揺れる長い髪。
そして何より、その手に宿る、淡い精霊の光。
俺は、言葉を失った。
──優奈。
一歩、彼女が足を踏み出した瞬間、全ての音が遠のいた。
目の前の現実が、信じられなかった。
だけど、その瞳を見たとき、すべてが確信に変わった。
「……優奈……なのか?」
呟いた声は、風に溶けて消えた。
彼女も、俺を見ていた。
一瞬、その瞳が揺れたように見えた。
でも──次の瞬間には、光が走る。
彼女が右手を掲げると、精霊の弓が形成された。
「引け!」
カインの叫びと同時に、俺は跳ねるように身を伏せた。
風を裂く音と共に、矢が飛ぶ。
岩を砕き、火花を散らす光の軌跡。
それは、俺を狙っていたのか。
それとも、警告だったのか。
判断はつかなかった。
だが、確かなのは──
彼女が俺を“敵”として見ていること。
「真司……今のって……知り合いか? お前、あの娘に見覚えあるみたいだったけど」
「……ああ。優奈、だ」
カインが眉をひそめる。
「優奈って……知り合いか?」
俺はしばらく黙っていた。
どう説明すればいいのか、迷った。
「……この世界に来る前、一緒にいた子だ。俺の……恋人だった」
カインは一瞬だけ目を見開いたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、頷いた。
心の中で否定したかった。
でも、あれは間違いなく優奈だった。
目の前で、精霊の加護を受けて、戦場に立つ彼女。
何が彼女をそうさせたのか。
どうして、こんな形で再会しなければならなかったのか。
「引くぞ!」
カインが再び叫び、煙弾を投げる。
視界が白く染まり、俺たちはその隙に撤退を開始した。
煙幕の中を手探りで進む。視界は遮られ、わずかな足音すら敵に悟られる危険を孕んでいた。
足元の枝を避けるたび、心臓が跳ねる。背後に気配を感じるたび、振り返りたくなる衝動を抑え込む。
呼吸を整えることすら難しいほど、胸がきしんでいた。
あの目。
優奈の、まっすぐな瞳。
俺を見ていた。
そして、矢を放った。
あれが警告だったのか、殺意だったのか。
彼女の本心は、俺にはわからなかった。
けれど──あの瞬間、俺たちは確かに戦場の“敵”として向かい合っていた。
脚がもつれそうになる。
それを振りほどくように、地を蹴る。
一歩でも遠くへ。
彼女の元から離れながら、それでも心は彼女の姿を思い出してしまう。
戦場で再会するなんて。
そんな形、誰が望んだ。
俺たちが選んだわけじゃない。
でも──いま、目の前で起こってしまった。
そして、次に会う時には、互いに容赦なく剣を振るうしかないのかもしれない。
それが、どうしようもなく怖かった。
撤退したあと、俺たちは小さな崖下の岩陰に隠れていた。
誰もが言葉を失っていた。
「……会ったのか、あの“光の巫女”と」
ソフィアの声に、俺はうなずいた。
「優奈だった。間違いない」
ソフィアが目を細める。
「優奈……って誰だ? あんたの反応、普通じゃなかった」
俺は一度息を吐き、小さくうなずく。
「……この世界に来る前、一緒にいた。俺の、恋人だった」
「……ああ」
「向こうも、お前に気づいてたみたいだったな」
「……たぶん」
誰も、その場で軽口を叩く者はいなかった。
この再会が、何を意味するのか。
誰にも、まだ分かっていなかった。