表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

第6話 交錯する運命

夕陽が傾きかけた空を、黒煙がにじませていた。


第八防衛線の戦場は、静寂と緊迫が同居していた。


俺たち第十三機動部隊は、帝国軍の最前線で陣を張っていた。

周囲に響くのは、砲台の整備音と、兵士たちが交わす短く抑えた会話だけ。


誰もが、次の命令を待っていた。


俺は照準装置の手入れを終えた銃を膝の上に置き、深く息を吐いた。


初めての実戦で感じたもの──恐怖、怒り、そして、迷い。


今もそれらは胸の奥に残っている。

けれど同時に、心のどこかが静かに燃えていた。


守りたいもののために、俺は生き延びなければならない。


「真司、また顔がこわばってる」


カインが隣に腰を下ろし、缶入りの合成栄養飲料を一本投げてよこした。


「ありがとう」


受け取った缶を開けながら、俺は小さく頭を下げる。


「明日の朝までには、本隊が丘陵の東側を制圧する予定だ。俺たちはその前に動く」


カインは空を見ながら言う。


「敵の動きが鈍くなってるって話だが……妙な静けさだな」


「……何か、来るのか?」


「さあな。でも、こういう時は決まって嫌なことが起きる」


カインの口元に浮かんだ笑みは、いつもの軽口ではなかった。


その横顔に、ふと影が差しているように見えた。


夜が来た。


月明かりを頼りに、俺たちは森の斜面を進んでいた。

湿った土の匂い。

枝を踏みしめる微かな音。


カインの先導で、俺たちは敵の補給路を断つための裏道を辿っていた。


周囲には仲間たちの気配がある。


しかし、声を出す者はいない。

みな、呼吸を殺し、気配を消していた。


そして──俺は、胸の奥で、ずっと感じ続けていた気配に気づいていた。


説明できない、何かに引かれるような感覚。


視線の先に、確かな存在を感じるような──そんな、不思議な感覚。


森を抜けた先にあったのは、丘の窪地にひっそりと設けられた精霊連邦の補給所だった。


だがそこに敵の姿はなく、物資だけが整然と並んでいた。


「無人……いや、囮か?」


ソフィアが警戒の声を上げる。


直後、背後の森がざわめいた。


「伏兵──!」


叫ぶ間もなく、空が閃光に包まれた。


精霊の光が迸り、地面が爆ぜる。


俺は反射的に飛び退き、背後の木の陰に身を隠す。


周囲が混乱し、指示の声と悲鳴が交錯する中、俺は銃を構えた。


その時──


視界の端に、金の光をまとった影が見えた。


それは、人だった。


小柄な体格。


淡い金髪。


長衣を翻し、手に光の弓を持つその姿は、まるで神話の中から抜け出してきたかのようだった。


俺は息を呑んだ。


引き寄せられるように、その姿を見つめる。


光が彼女の顔を照らした。


──違う。


優奈じゃない。


だが、どこか似ていた。


目元の雰囲気。

立ち居振る舞い。


それだけで、胸が締め付けられた。


引き金に指をかけたまま、俺は動けなかった。


その瞬間、視線が交錯した。


敵もまた、驚いたようにこちらを見た。


数秒の沈黙。


それは、互いに命を取るべき戦場において、あり得ない“間”だった。


「……退け!」


ソフィアの声が響いた。


弓を構えた相手が、先に動いた。


矢が放たれ、俺の横を掠めて木を砕く。

木の破片が飛び散り、頬に鋭い痛みが走った。


その直後、後方から複数の叫び声が上がる。

振り返ると、少なくとも三人の隊員が倒れていた。


若い隊員のひとり──エルスは膝を抱えてうずくまり、脇腹を深く裂かれていた。


そのすぐ横では、もうひとりの兵士が脚を撃ち抜かれてうめき声を上げている。


さらに少し離れた場所では、背中に矢を受けた隊員が地面にもがきながら、仲間に支えられていた。


矢の一撃は、俺ではなく彼らを狙ったものだった。


エルスの脇腹は深く裂かれ、血が赤黒く染み広がっていた。

隣の兵士は太腿を貫かれ、呻き声と共に地面を転げ回っている。

さらに遠くの一人は背中に矢を受けたまま動かず、意識があるのかさえ不明だった。


仲間たちが次々に駆け寄り、止血や搬送の準備に追われる。


だが、その場にいた全員が理解していた。


──これは“奇襲”だった。


そして、その矢はただの牽制ではなく、確実に命を奪う意志を持った“殺意”だった。


「エルス!」


誰かが駆け寄り、止血布を押し当てる。

エルスは青ざめた顔で歯を食いしばり、言葉にならない呻きを漏らしていた。


ようやく体が動き、俺は伏せて反撃の態勢を取る。


敵影はすでに森へと消えていた。


「大丈夫か、真司!」


カインが駆け寄ってくる。


「……ああ、平気だ」


俺は息を整えながら頷いた。


だが、心は静まっていなかった。


さっきの敵──あの目を、俺は知っている。


優しさと、決意と、悲しみを宿したような目だった。


まるで、優奈のように。


その夜、仮設の野営地で、俺は一人起きていた。


満月が雲間から顔を出し、淡く辺りを照らしていた。


静かな風が草を揺らし、虫の声が遠くで響いている。


俺は胸元の内ポケットから、小さなペンダントを取り出した。


優奈からもらった、ガラス玉のペンダント。


何の力もない、ただの飾り。


でも、今でもこうして、俺を守ってくれている気がした。


「優奈……」


この世界のどこかで、生きていてくれ。


そう願いながら、俺は再びペンダントを握りしめた。


そして、月の光の下、静かに目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ