第4話 戦場への出撃
出撃命令が下ったのは、朝の訓練が終わった直後だった。
曇天の空の下、俺たち第十三機動部隊は、補給と整備を終えた機体の前に整列していた。
重苦しい沈黙が続く中、ダリウス中将の声が響く。
「敵勢力──精霊連邦の精鋭部隊が、東部前線の拠点α-09を奇襲してきた。数にして五十、全員が加護を受けた戦士と確認されている。周辺の砦との連携も試みているようだ」
ダリウス中将の声は、いつにも増して冷たく、鋼のように硬かった。
「精霊連邦は、ここ数日で明らかに軍の動きを強めている。従来の散発的な衝突ではなく、戦線の押し上げを目的とした組織的な侵攻と見ていい。奴らは丘陵地の地形と精霊の加護を利用して、こちらの索敵と機動力を封じにかかっている」
兵士たちの間に、ざわめきが走る。
「第十三機動部隊は、第八防衛線の左翼に回り込み、敵の補給線を断つ。制圧ではなく“支援と切断”が主目的だ。混戦の中で味方の戦線が崩れれば、すぐに後退して防衛網を維持しろ」
ダリウスは視線を俺たち一人ひとりに向けながら、続けた。
「お前たちはまだ若い。だが、ここで経験を積めば、帝国を支える柱となれる。命を軽んじるな。ただし、怯えるな」
その言葉は不思議と、戦場に立つ覚悟を胸に刻み込んでくる。
「なお、最新の報告によれば敵側には“光の巫女”と呼ばれる存在が同行している可能性がある。精霊連邦の信仰的象徴の一人だ。遭遇した場合は無理に仕掛けず、即座に報告しろ」
隣にいたカインが口笛を吹く。
「ついに本格的な交戦か。いやはや、気が引き締まるな」
「軽口叩いてる場合かよ」
そう言いつつも、俺の胸にもわずかな緊張と高揚があった。
戦士として、この国で生きていくと決めた以上、避けては通れない道だ。
格納庫に戻ると、リサが整備をしていた。
彼女の目にはうっすらと疲れが滲んでいたが、動きに迷いはなかった。
「真司、装備点検を済ませておいて。外装の増強とエネルギー効率、昨日より8%改善してある」
「頼もしいな」
「……死ぬなよ。ちゃんと使ってくれれば、私の整備に間違いはないんだから」
彼女の言葉に、自然と頷いた。
ソフィアは出撃直前のブリーフィングで地形図を叩きながら言った。
「精霊連邦はこの丘陵地帯に精鋭を配置してくる。奇襲じゃなく、真っ向勝負だ。お前ら、気合入れていけよ」
彼女の金色のポニーテールが揺れ、鋭い目が全員を見渡す。
「真司、お前もだ。初陣だからって気を抜くな。命は、簡単に散る」
「……わかってる」
拳を握る。
この手で、人を傷つけることになるかもしれない。
だけど──守りたいものも、ある。
蒸気がうねり、出撃ゲートが開いた。
エンジンの咆哮。
振動する足元。
俺たちの部隊が搭乗するのは、帝国が誇る最新鋭の装甲機動輸送車“ハウンドⅢ型”。
大型キャタピラと反重力補正装置を併用した地形適応型ビークルで、エネルギー源は高圧縮蒸気炉と電磁加速式タービンを組み合わせた複合型推進システムだ。
その心臓部には帝国製のE-MRコアが搭載されており、爆発的なトルクと安定した推進力を両立している。
咆哮のようなエンジン音は、単なる機械の駆動ではない。
それは帝国が鍛え上げてきた技術力の象徴であり、戦場を圧倒する力の証だった。
床下から伝わる振動は、機体の動きそのものだけでなく、これから向かう先にある“死地”への実感そのものでもある。
装甲の隙間から漏れる熱気と、駆動音に混じる低い唸り。
すべてが、戦いの始まりを告げていた。
帝国の鉄の意志が、地を揺るがす。
俺の初陣は、こうして始まった。
前線に到着してからの空気は、一変していた。
熱気と硝煙。
砲火の轟き。
命が脅かされる現実の中で、俺は“戦士”として立っていた。
爆発音が響く中、俺はソフィアの指示で右翼に展開。
前方の林の中から、精霊の光が飛来する。
「精霊術か……!」
木々が爆ぜ、空気が震える。
目の前で一人、仲間が吹き飛ばされた。
吐き気がした。
でも、足は止めなかった。
「真司、撃て!」
カインの声に反応し、照準を合わせ、引き金を引く。
敵の姿が、木陰に見えた。
小柄な体に、光の衣。
──まさか、優奈じゃ……
逡巡の中で、俺の射撃は逸れた。
敵の反撃。
土が舞い、視界が奪われる。
「真司、下がれ!」
ソフィアが盾となって前に出る。
その動きは迷いがなく、まるで何百回も同じ場面を生き延びてきた者のようだった。
咄嗟に突き出された彼女の盾が、精霊の閃光を受け止めた瞬間、火花が散った。
背中越しに感じたその気配には、恐怖ではなく、強さと決意が宿っていた。
俺の足はすくんだままだった。
だが、彼女は一歩も引かず、俺を守るように仁王立ちしていた。
その背中に、言いようのない熱いものが込み上げてくる。
俺は戦場に立っている。
だが、守られている。
それが悔しくて、情けなくて、それでも、心のどこかで温かかった。
「すまない……!」
震える手を、無理に動かす。
再び照準を合わせ、今度は引き金を躊躇わなかった。
戦いの最中で、俺は知った。
戦場では、迷いが命取りになるということを。
そして、命を奪う重さが、想像を遥かに超えるものだということを。
初めての実戦で、俺の中の何かが確かに変わっていた。