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第1話 異世界の朝

焼けつくような陽差しが、鉄と蒸気に包まれた都市アークメカの朝を照らしていた。


アークメカ──それは、鋼鉄の巨人が眠る都市。


高層区画には歯車と配管が無数に張り巡らされ、空を覆うほどの巨大な冷却塔が常に白煙を噴き上げていた。

朝の陽光はその蒸気に遮られ、都市全体が常に曇ったような薄暗さをまとっている。


道という道は全て金属で舗装されており、人々は蒸気駆動の装甲車や小型ホバー機で移動していた。

歩く者も少なくはないが、その足音すらも鉄の床に吸い込まれ、乾いた反響音が後を引く。


中心部には中央統制塔がそびえ立ち、その最上階からは全戦線の動向が一元管理されているという。

街全体がまるで一つの巨大な兵器のようで、そこに住む人間たちもまた、その歯車の一部として生きていた。


市場では、電子音声による価格表示が飛び交い、兵士や技術者たちが無機質な表情で補給物資や整備部品を取引している。

色彩のない街並みに唯一の装飾と呼べるのは、各部隊のエンブレムが描かれた旗と、勝利を讃えるプロパガンダポスターぐらいだ。


空を飛ぶのは鳥ではなく、偵察用のドローン。

子どもたちが走り回る代わりに、修理班の少年兵たちが油にまみれながら破損兵器を解体している。


住民の表情はどこか硬く、張り詰めた空気が常に街を包んでいた。

笑顔はあっても、そこには余裕がない。

兵士であることが“名誉”とされるこの国で、誰もがいつか前線に立つ覚悟を持って生きている。


都市の外縁には巨大な工場群があり、常時うなりを上げて動き続けている。

武器、装甲、兵器、自律型戦闘ドローン──ありとあらゆる戦争の道具が、昼夜を問わず生産されていた。


そしてその全てが、“神聖なる戦い”のためにある。

アークメカとは、ただの都市ではない。

帝国の誇りであり、心臓部であり、機械仕掛けの信仰の象徴でもあった。



この街に生きる者は、生まれた瞬間から機械と共に育ち、命を賭して機械と共に死ぬ。


それが、この都市の“日常”だった。


俺は、金属の床がむき出しの居住棟の一角に立ち、無骨な窓越しに広がる灰色の街並みを見下ろしていた。



「……今日も、戦争か」



機械の唸る音。遠くで聞こえる整列の号令。

すべてが当たり前の日常になっていた。


ベッドの上には、昨日整備を終えたばかりの制式武装が並べられている。

戦士としての俺の“制服”だ。


その隣には、折れた懐中時計。

元の世界から持ってきた、唯一の“記憶”だった。



優奈との時間が止まったままの──。



「……行くか」



息を吐き、装備を身につける。重く、冷たい。

だが今の俺には、これが“生きる”ということだ。


ドアが自動で開き、廊下の端に待っていた人物が手を振る。



「おっ、今日も早いな、シンジ!」



声の主は、カイン。


名門軍人の家系に生まれたとは思えないほど気さくで、戦場でもよく笑う奴だ。



「お前、朝から元気すぎんだろ」



「いやいや、朝が元気じゃなかったら戦争なんてやってられねーって。……ま、今日も地獄だがな」



笑いながら、カインは肩をすくめる。


俺は無言でうなずき、歩を進めた。


整然と並ぶ格納庫の中、俺たちは部隊に合流した。


そこには、いつも通りの顔ぶれがあった。


赤髪ショートのリサ。

冷静な技術者でありながら、機械の話になると目を輝かせる変人だ。



「出撃前の最終チェック、あなたの装備は昨日の段階で90点。今日で100点にしてあげる」



「頼もしいな」



「当然でしょ。私の仕事は、あなたたちを死なせないこと」



そして金髪ポニーテールのソフィア。

前線部隊のリーダーで、俺の訓練を何度も見てくれた戦士でもある。



「お前、新兵のくせに妙に落ち着いてるな。やっぱ前世で修羅場でもくぐってた口か?」



「まあ、修羅場ってのは……あったかもな」



思い返すのは、異世界に来る前の最後の記憶。

優奈と交わした最後の会話。あの涙。


──なぜ、俺だけがここに来たんだ。


最初は混乱の連続だった。


この世界の空気も、言葉も、常識も、まるで違った。


目を覚ました場所は、砂嵐吹き荒れる荒野の中だった。


砂の粒が肌に突き刺さるようで、呼吸をするたび喉が焼けるような痛みを覚えた。

何が起こったのかもわからないまま、俺はただ這うようにして、その場に倒れていた。


視界は砂で曇り、耳も遠かった。

吐き気とめまい。身体のあちこちに擦り傷や切り傷があり、出血も止まっていなかった。



「……ここは、どこだ……?」



呟いた声は、砂嵐にかき消された。


立ち上がろうとしても、膝に力が入らない。

意識が遠のいていく中で、誰かの影が揺れた気がした。


それが、ダリウスだった。


砂塵の中を迷いなく歩いてきた男は、俺を見下ろし、わずかに眉をひそめた。



「お前、生きてるだけで奇跡だな」



そう言いながら、彼はためらうことなく俺に肩を貸し、水筒を差し出してきた。



「……飲め。毒じゃねえ」



その水のぬるさと塩っぽさを、俺は今でも忘れられない。


それが、この世界で最初に感じた“人の温もり”だった。


帝国軍の中将にして、現在の直属の上司。

初対面の時から、どこか父親のような安心感を与えてくれた。


彼の推薦により、俺は帝国軍に所属することになった。

戦士として。



「……あのとき、ダリウスさんに拾われなきゃ、今の俺はいない」



「勘違いするな。俺は戦力になると思っただけだ」



そう言って、ダリウスはふっと笑った。


だが、そんな日々の中でも、俺はずっと心の奥で思っていた。


──優奈は、どこにいる?


俺と同じように転移してきたのなら。

無事なのか。それとも……。


出撃命令が下された。


俺たち第十三機動部隊は、南部戦線の最前線に向かう。


リサが最後にネジを締め、ソフィアが声を張り上げる。



「行くぞ! 死ぬなよ!」



鋼鉄の扉が開かれる。


目の前に広がるのは、荒野と砦。

そして、精霊の光が舞う大地だった。


俺の物語は、まだ始まったばかりだった。

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