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第10話 交わらぬ祈り、重なる願い

帝国軍陣地の南端、夜明け前の空気はひどく冷えていた。


昨日の接触以降、前線はにわかに緊張を高め、各部隊は再編成と増援を受けながら、精霊連邦の動きに備えていた。


俺たち第十三機動部隊も例外ではなく、休む間もなく準備に追われていた。


だが、俺の心は戦備とは別のことで満たされていた。


──優奈。


また会った。

また、矢を放たれた。


けれど、その矢は俺を殺そうとはしていなかった。


敵意ではなく、何かを伝えようとするための“祈り”のようなもの。


そう思ってしまうのは、俺の未練なのか。

それとも、彼女の本心が届いたのか。


答えは出なかった。


だが、出すべきなのは“答え”じゃない。

“行動”だ。


俺は、もう一度、彼女と向き合いたいと思っていた。

今度こそ、剣や矢ではなく、言葉で。


「真司、出るわよ」


ソフィアの声が響く。


任務だ。


今回の目標は、敵軍前線拠点の補給線偵察と、奇襲準備。

だが、俺にはもう一つの目的があった。


◇ ◇ ◇


一方、優奈もまた戦地へと足を運んでいた。


今回、彼女には正式に“前線部隊との同行命令”が下っていた。


表向きは、戦意向上のため。

だが、実際は違った。


──光の巫女による“対話”の試み。


帝国側で、神に祝福されし者が現れたとの情報が入ったのだ。

その名は、真司。


精霊の加護とは異なる、機械と鉄を司る力。


それが、神々が意図せぬ新たな「可能性」だと、連邦上層部は警戒していた。


優奈は、その存在が真司であるとはまだ知らされていない。

だが、彼女は既に気づいていた。


前回の戦場。

二度目の邂逅。


あれは偶然じゃない。

運命だと、直感していた。


「優奈様。今宵の任務、くれぐれもお気をつけて」


リュカスの言葉に、優奈は微笑んでうなずいた。


「ええ。……きっと、無事に戻るわ」


そして心の中で続ける。


──真司くんも、無事でいて。


◇ ◇ ◇


日が沈む頃、俺たちは廃坑跡にたどり着いた。


敵の補給ルートは、この地下坑道を通じて後方拠点へつながっているという情報だった。


俺、カイン、ソフィア、ジンの4名が潜入する。


坑道の奥は薄暗く、壁に沿って設置された旧時代の導管が不気味な音を立てていた。


緊張が高まる。

だが、俺の心はある一点に集中していた。


──この先に、彼女がいるかもしれない。


予感は、外れなかった。


坑道の出口。

小さな広場に出たとき、そこには白い衣をまとった少女がいた。


優奈。


やはり、君だったんだ。


彼女もまた、俺に気づいていた。


弓を構える手が、一瞬、止まる。


俺も銃を下ろす。


「……真司くん」


「……優奈」


数秒の沈黙。

その間、カインもソフィアも動かない。


だが、周囲に潜んでいた敵兵が姿を現した。


──罠か。


そう思ったそのとき、優奈が叫んだ。


「待って!その人たちに、手を出さないで!」


敵兵が一瞬動きを止める。


「私が話す。……お願い、少しだけ、時間を」


誰もが動きを止めた。


俺と優奈が、ゆっくりと歩み寄る。


心が揺れている。

でも、今はそれよりも大事なことがある。


「……本当に、君なのか」


「うん。本当に、私だよ」


彼女の瞳は、あの頃と変わらない光を宿していた。


「どうして、連邦に?」


「気づいたら、この世界にいて……助けてくれたのが、精霊たちだったの」


「俺は、帝国にいた」


「……そうなんだね」


少しだけ、風が吹いた。

互いの距離が、少しだけ近づいた。


「戦ってるの? 本気で」


「戦うしかなかった。でも……君を敵にしたことは、一度もない」


「……私も」


その言葉の余韻が、坑道の石壁に優しく響いた。


だが、その瞬間。


銃声が鳴った。


何かが、割れるような音と共に地面に倒れる。


「ジン!?」


ソフィアが叫ぶ。


若い兵士──ジンが、額を撃ち抜かれ、その場で即死した。


どこか別の場所から放たれた、狙い澄ました銃撃だった。


「伏せろ!」


俺たちは咄嗟に散開し、遮蔽物へ滑り込んだ。


「誰だ!? 敵か!? 味方の暴発か!?」


混乱の中、優奈は震えながら叫んだ。


「私じゃない! 私たちじゃないわ!」


だが、崩れた均衡はもう戻らなかった。


兵たちが反応し、再び緊張が高まる。


俺は、優奈の瞳を見た。


そこには涙が滲んでいた。


──対話は、また遠のいた。


それでも、確かに君の声は届いた。


それだけは、忘れない。


俺は、銃を構えた。

どうか、命を奪わずに済む道を。


優奈と、また話せる日が来るように。

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