表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

獲物欲しさ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、ここのゴミ捨て場も、いよいよボックス式になったんだな。

 ちょっと前までは、えらいことになってたのを覚えている。カラスがつんつく、つんつく、つっつきまくってさあ。中身を道路にぶちまけてばかりだった。

 カラスたちも賢い鳥のようだから、自分たちのくちばしが、ごちそうの山を守る袋を破るに十分な力がある、と学んでしまったら、そこから逃れがたいだろう。

 少しでも命の危険が少ないエサの入手を優先する。野生に生きる個体にとっては、特に重要な要素だろうな。

 獲物へ正面突撃するより、待ち伏せを選ぶのも仕留める確度をあげる以上に、自分がケガを負う率を低くする面もでかいだろう。


 ゆえに、俺たちも気をつけといた方がいいかもしれない。

 いかなる落とし穴や釣り針が、そこかしこにあるか分からないからな。奴らは人間と正面から与したくないから、からめ手を使ってきている恐れもある。

 俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?



 俺の地元でのこと。

 当時はまだカラス除けのネットとか珍しい代物で、ゴミ捨て場にはゴミ袋がそのまま、無造作に置かれていたんだ。

 通りがかったついでに、半透明のビニール越しに中身を見ると、ときどき明らかに出す曜日を間違えているシロモノもちらほら。

 中にはガスコンロとか、粗大ごみのレベルじゃないか? と思うものも混じっている。そいつらはもうやはりというか、下校時間くらいには「回収できません」という旨のステッカーが袋に貼られ、そのまま放置されている。

 律義に持って帰る人もいるにはいるだろうが、残念ながら置いたままの人がいることは、この状態が教えてくれていた。


 その時の袋は、大胆にも冷蔵庫らしきものが捨ててあった。

 一人暮らしの人が、常時テーブルに乗せておいて、外から帰ってきたおりに一杯やるためのお酒を数本冷やしてストックしておく。その瞬間のためだけにこしらえられたような、抱えられそうなくらいのミニサイズだった。

 まるまる一袋を占有しているのは今朝に見たが、この帰り際の午後。袋に空いた穴から、さらさらと砂のようなものがこぼれ落ちている。


 袋の穴は、ちょうど冷蔵庫の戸と本体の合わせ目に空いており、そこから砂はこぼれているようだった。

 ぴっちりくっついているように思える、冷蔵庫の戸だったがわずかに開いていたらしい。そこから今もなお、黄色い粒がぽろぽろと穴からこぼれてきているのだった。

 穴がこさえられて、それなり時間も経っているらしい。袋の足下から少し先まで砂のたまりができている。それにまだ満足していないのか、戸はなおも砂を吐き出し続けていた。

 よく見ると、砂の中にはときどきBB弾ほどの大きさのものも混じっている。

 学校で飼っているチャボたちなどに用意する、飼料たちを思わせるいでたちだったっけな。


 いったい、これだけの砂っぽいのを冷蔵庫の中へ仕込んでいたのは、どこの誰なのか……。

 疑問のまま、顔を袋へ寄せかけたところで、頭上からの羽音。目の前に降り立ってくる姿を見て、思わずのけぞってしまう。

 ハシブトガラス。

 見慣れた黒い体躯が羽をおさめながら着地すると、あの球まじりの砂がじゃりっと音を立てる。

 相当、人慣れもといゴミ捨て場なれをしているのだろう。俺という人間がほんの1メートル弱という至近距離にいるにもかかわらず、落ち着いた様子で周囲を吟味している。


 とはいえ、朝方の回収前ならともかく、今残るのは決まりに違反し、置き去りを食らった落伍者のみ。食べ物に直結する、イキなやつは絶滅危惧種だ。

 カラスも、それを悟るのにさほど時間はいらなかったらしい。ちょっと首をめぐらせるも、すぐにうつむいて足元をつっつきはじめる。

 例の球まじりの砂粒たちだ。奴がくちばしをくっつけるたび、砂たちからはほんの小さな跳ねが飛び、中心地から砂がかすかにのけられていく。

 少しでも腹の足しになりそうと見られたか。カラスはもっぱら、大きめの球ばかりを狙ってくわえつづけていき、口の奥底へたっぷりとたくわえるや、ぱっといったん近くのガードレールの上へジャンプ。

 がっしりとつかんだまま、遠くへ飛び去って行ったんだ。


 その姿を見送る俺だったが、すぐ2つの妙な点に気づいたよ。

 ひとつは、飛び去るカラスの足下から、延々と砂がこぼれていくこと。

 先ほどまで足をついていたとはいえ、そこにひっつける量はさほど多くはないはずだ。

 なのに、何メートルも先の上空へ遠ざかったカラスは、うっすらと砂粒の霧を撒いていくのをやめない。


 もうひとつは、かの冷蔵庫だ。

 カラスから目を戻したとき、袋の中にあった冷蔵庫はきれいさっぱり消えていた。

 わずかに残る砂のみがその存在を物語り、肝心の袋は完全にしぼんでしまって、部品ひとつも転がっていない。

 俺がよそ見をした数秒の間で持ち去ることのできる早業があったとしても、袋からはみじんも音がせず、穴だって広げなくては冷蔵庫をとうてい外へ持ち出せない大きさ。

 妙なものを見た、と首をかしげながら、家に帰る俺だったが。


 ほどなく、子供たちの間でちょっとした噂が流れた。

 学区の一角にある、工事中のアパートの近く。ブルーのシートに覆われた、その近くを通ると決まってカラスの声がするというんだ。昼夜を問わず、さ。

 俺も実際に足を運んでみると、なるほど。アパートの足下あたりに来ると、カアカアと鳴く声がする。

 だが、聞いてみると、そいつは頭上からでなく低層。ひょっとすると俺が立つのと変わらない地上から、届いてきているように思えたんだ。

 もしや、と俺は唯一シートに阻まれていないアパートの入口に立つ。

 当時は細くてちっこかったのもあって、柱と養生テープでくっついている、シートのほんのわずかなすき間から、中に入り込んだんだよな。


 原因のブツとはすぐ出会ったが、心は戸惑いがあふれたよ。

 潜り込んで何歩も進まないうちに、あのゴミ捨て場にあった冷蔵庫が地べたに置かれていたのだから。

 袋の中にあった時とは違い、戸はほぼ全壊で中身をさらけ出している。

 その床を敷き詰められるは、黄色い砂。開いた戸から漏れ出し、くだんのBB弾を思わせる大きさの球を混じらせているのも同じ。

 ただ違うのは……。


 カア、カア。カア、カア……。


 うちから響くカラスの声だった。

 あふれ出る砂たちのてっぺんに、カラスの首が乗っかっていたのさ。

 砂はあくまで冷蔵庫の床数センチほどのかさ。胴体など隠せる余地もない。

 なのにカラスは頭だけで、鳴き声をあげ続けていたのさ。


 俺はその場を逃げ出し、しばらくしてアパートも改装工事が終わったらしいが、例のカラスの入った冷蔵庫のことは、誰も話題にしない。存在すら認知されていないかのようだったよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ