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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第1章:激動の聖ルミナス女学園バドミントン部編
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第99話-A:スポーツって一体何なんですか

 優勝インタビューを受ける隼人。

 かくして隼人と六花の活躍により、彩花と静香から生み出された黒衣の渦は無事に消滅した。

 だが彩花と静香が日本学生スポーツ協会から、学生スポーツからの永久追放処分を受けた事で、隼人と彩花の決勝戦、楓と静香の3位決定戦は結局中止に。

 隼人が優勝、楓が2位となり、この2人が愛知県代表としてインターハイに出場する事が決まったのである。


 それでも日本学生スポーツ協会からの、あまりにも理不尽かつ一方的な通告と、さらに消化不良のまま呆気なく県予選が終了してしまった事で、観客席からは怒号と罵声が止まらない事態になってしまっていた。

 その矛先となっているのは日本学生スポーツ協会、JABS名古屋支部…そして六花だ。


 「皆、今から彩花と朝比奈さんを、近くの総合病院に連れて行くわ。一応2人に精密検査を受けさせたいと思っているから。」


 そんな中でも六花は先程までと違って決して取り乱す事なく、聖ルミナス女学園バドミントン部の監督代行として、穏やかな笑顔で愛美たちに指示を出したのだった。

 今の六花は、隼人から『希望』を貰ったから。それ故に神衣を身に纏う事が出来たのだから。

 だから自らに浴びせられる罵声にも、もう決して怯む事はない。


 「朝比奈さんは後で私が車で自宅まで送っておくから、皆は先にバスで帰っていいわ。運転手には私の方から話をしておくわね。明日は日曜日だから、ちゃんと練習を休まないと駄目よ?休む事もアスリートの立派なお仕事の1つなんだからね?」

 「それはいいんですけど…肝心の藤崎監督は、この後どうなるんです?」


 そんな六花に対して、愛美がとても不安そうな表情で、六花に対して懇願したのだった。

 今、この場にいる聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たち全員が、心の底から思っている事を。


 「その…こんな事になってしまいましたけど、それでも藤崎監督には代行なんかじゃなくて、これからも私たちの正式な監督でいて欲しいです。」


 先程、六花が目の前で黒衣を暴走させながら死ね死ね叫んでいたのに、それでもなお愛美たちは、こんな事を六花に対して告げているのだ。

 六花が指導者としても超優秀な人物だという事を、愛美たち全員がその身を思って思い知ったというのも当然あるのだろうが。

 何よりも黒メガネが指導者としても人間としても、色々とアレな人物だった事もあるのだろう。

 だからこそ愛美は六花に対して、これからも聖ルミナス女学園バドミントン部の監督を続けて欲しいと、必死に懇願したのだが。


 「御免なさいね。それは私1人の一存だけで決められる事ではないわ。今の私はあくまでも退場処分を食らった古賀監督の代行だし、JABS名古屋支部が私に対して、今後どんな指示を出すか分からないから。」


 それでも六花はとても申し訳無さそうな笑顔で、愛美たちに通告したのだった。

 そう、六花は稲北高校に直接雇用されて監督業に就いている美奈子とは、置かれている立場が全く違う。

 六花はあくまでもJABS名古屋支部に勤務する正社員であり、形式上ではJABS名古屋支部から聖ルミナス女学園に出向している立場なのだ。

 だからこそ六花がこれからも聖ルミナス女学園バドミントン部の監督を続けるかどうかは、例え六花本人がそれを望もうが、六花の一存だけでは最早どうにもならないのである。

 ただ、愛美たちの要望があったという事に関しては、取り敢えず月曜日にJABS名古屋支部に出社した時に上層部には伝えておくと言う事を、六花は愛美たちに約束したのだった。

 

 「それじゃあ彩花、朝比奈さん、行きましょうか。」


 罵声と怒号が飛び交う中で大会運営スタッフによる、隼人の優勝インタビューの準備が着々と進む最中、六花は穏やかな笑顔で彩花と静香に促した。

 静香の右肘の状態も勿論だが、何よりも先程の黒衣の暴走が、2人の心と身体にどんな影響を与えているか分からないのだ。

 だからこそ総合病院で、2人に精密検査を受けさせなければならない。


 「隼人。本当なら貴方も連れて行きたい所なんだけど…。」

 「いいんですよ六花さん。後で母さんに病院まで連れて行って貰いますから。それに今の僕には、片付けないといけない事がありますからね。」

 「…ええ、そうね。」


 苦笑いする隼人に対して、穏やかな笑顔を見せる六花。

 本当ならば五感どころか第六感まで彩花に剥奪されてしまっていた隼人も、念の為に一緒に診て貰いたい所なのだが。

 それでも結果的にだが優勝を果たした今の隼人には、これから優勝インタビューを受けると言う大仕事が待ち受けているのだ。

 まあ神衣に目覚めて五感も第六感も完璧に取り戻した今の隼人なら、恐らくは大丈夫だと思うのだが…。


 「病院に行くならアンドレも一緒に連れて行くザマス!!静香さんに変な事は絶対にさせないザマスからね!?」

 「安藤です。」

 

 様子の命令で六花たちの下に歩み寄り、礼儀正しく一礼をする安藤。

 かくして六花、彩花、静香、安藤が去って行く最中、隼人への優勝インタビューが遂に始まったのだった。

 日本や欧米諸国のプロリーグのスカウトたちが、優勝インタビューを終えた隼人に真っ先に話しかけようと、押すな押すなと一斉にコートまで駆けつけてきている。

 そして罵声や怒号が飛び交う異様な雰囲気の中、記者たちにカメラのフラッシュを無数に浴びせられながら、それでも怯まずに威風堂々と壇上に上がった隼人だったのだが。


 「観客の皆様。このような不本意な形になってしまいましたが、只今より須藤隼人選手への優勝インタビューを行います。」


 それがまさか、こんな事態になってしまうとは…誰が想像しただろうか…。


 「まずは須藤選手。優勝おめでとうございます。今、どのようなお気持ちですか?」

 「……。」


 アナウンサーにマイクを向けられた隼人だったのだが…それでも隼人は答えない。

 そんな隼人に対して、戸惑いの表情を浮かべるアナウンサーだったのだが。


 「あ、あの…須藤選手?」

 「すみません、ちょっとマイクを貸して頂けますか?」

 「え?は、はい、どうぞ…。」

 「今から皆さんに、どうしても伝えておかなければならない事があります。それは先程から皆さんが罵声を浴びせ続けている、六花さんに関する真実です。」


 アナウンサーからマイクを受け取った隼人は、とても真剣な表情で観客たちに呼びかけたのだった。

 先程の緊急会議で、六花が告げた衝撃の真実…その全てを。


 彩花が本当は稲北高校への進学を希望していたのに、彩花を最強のバドミントン選手にしたいという支部長の身勝手なエゴによって、無理矢理聖ルミナス女学園へと入学させられた事。

 当然六花は猛反対したが、断れば玲也が職を失う事になると脅された事。

 その聖ルミナス女学園において彩花は、ただの一度も授業をまともに受けさせて貰えず、直樹によってバドミントン漬けの日々を強要させられた挙句、財布もスマホも取り上げられてしまい、普段の食事も完全栄養食と水道水しか与えて貰えなかった事。

 それに嫌気が差した彩花が聖ルミナス女学園から脱走し、自宅までの20kmもの道のりを歩いて帰宅したものの、待ち構えていた学園長に拉致されて連れ戻されてしまった事。

 そして学園長が己の保身に走るあまり事実を隠蔽しようと企て、よりにもよって証拠隠滅の為に彩花を殺そうとまで考えた事。

 その絶望から、彩花が黒衣に呑まれてしまったのだという事を。


 「これでも皆さんはまだ六花さんへの悪口を言いますか!?六花さんの教育が悪いとか!!彩花ちゃんへの虐待だとか!!皆さんはまだそんな馬鹿げた事を言うんですかぁっ!?」


 隼人の口から告げられた衝撃の真実に、バンテリンドームナゴヤは一転して、戸惑いとどよめきに包まれてしまっていた。

 

 「日本学生スポーツ協会は、それでも彩花ちゃんを永久追放処分にすると言うんですか!?彩花ちゃんは被害者なのに!!黒衣に呑まれたというだけで!!たったそれだけの理由で!!それでも学生スポーツとして相応しく無いとか言うんですかぁっ!?」


 そして先程の本部長の時とは違い、隼人の叫びはマイクを通じて、正常に観客たちに届けられていた。

 何故なら、あの時と違って今回は…余計な邪魔が入らなかったのだから。


 「ふ、ふざけんなや!!離せ!!離しやがれ!!俺たちだってガキのイタズラ気分でこんな事をやってた訳じゃ無いんや!!仕事としてやってるんやぞ!?」


 本部長からの密命を受けた秘書の女性が、エ~テレのディレクターがマイクの受信機の電源を落としていた事を突き止め、通報を受けたバンテリンドームナゴヤの警備員に、部下の男性共々拘束させたのである。

 それでも全く悪びれる様子も見せず、秘書の女性に対して悪態をつき、自らの正当性を訴えるディレクター。


 「藤崎六花を悪者のままにしておけば、今回の生中継の視聴率を稼げる!!特番だって組める!!俺らだって遊びでやってるんじゃないんやからな!?」

 「それで彼女の名誉が傷付けられても構わないと、貴方はそう言いたいのですか!?」

 「当たり前やろが!!あの女がスイスで何億稼いだと思っとるんや!?別にJABSをクビになろうが、おまんま食うのに苦労はしねえやろうが!!」


 ジタバタと暴れるディレクターだったが、それでも屈強な警備員たちが相手では、最早抵抗など出来るはずも無かった。

 そんなディレクターを、怒りの形相で睨み付ける秘書の女性。


 「けどな!!俺らは違うんや!!仕事として局に利益を出さんとあかんのや!!金を稼がないとあかんのや!!」

 「世の中の真実を国民に伝える責務がある、報道機関に所属する身である貴方が!!そんな下らない理由で、こんな馬鹿げた事をぉっ!!」

 「馬鹿はお前や!!俺らだって生きるのに必死なんや!!お前らみたいなお役所仕事しか出来んような連中と一緒にすんなボケがぁっ!!」


 仕事としてやっている以上は、局に利益を出さなければならない。

 このディレクターの言っている事も、ある意味では正しい物ではあるのだろう。

 秘書の女性も同じ社会人として、JABS本部に勤務する正社員として、それは頭の中では理解していたのだが。


 「…もういいです。連れて行って下さい。お2人の悪事は後でエ~テレのコールセンターに通報しておきますね。」

 「ひいいいいいいいい!!綺麗なお姉さん!!それだけは勘弁して下さいいいいいいい!!僕はディレクターに命令されただけなんですううううううううう(泣)!!」

 「お、おい!!離せ!!離せっつってんだろうがああああああああああああ!!」

 

 それでも、例えどのような理由があったとしても、六花の事をあそこまで苦しめた事に対しての免罪符には、絶対にならないだろう。

 警備員にバンテリンドームナゴヤの外に摘み出される2人を睨みつけながら、秘書の女性は豊満な胸元のポケットからスマホを取り出したのだった。


 「本部長、大西です。マイクの受信機を操作していた、エ~テレのスタッフ2名を取り押さえました。」

 『よくやってくれた。君にも届いているだろうが、こちらも須藤隼人君が藤崎六花君の冤罪を証明してくれた所だ。』

 「しかし、これで藤崎さんが本当に救われればいいのですが…。彼女は何も悪く無いとはいえ、一度失ってしまった信用を取り戻すのは容易では無いかと…。」

 『うむ。だがそれでも切っ掛けにはなるだろう。今回の君の働きは絶対に無駄にはならないはずだ。取り敢えず君はこちらに戻ってきてくれ。』

 「承知致しました。すぐに戻ります。」


 そんな騒動がある事など当然知るはずも無く、隼人はこれまで溜め込んでいた不満を、観客に対して情け容赦なくぶつけたのだった。

 今回のバドミントンに限った話では無く、今の日本のスポーツが、どれだけ愚かなのかという事を。


 高校野球において熱中症アラートが出る程の過酷な猛暑の中で、どこの学校でもエース投手が『勝つ』為に、学校側から毎日のように連投に連投を強要され続けている事。

 そんな無茶をしてしまえば、エース投手が肩や肘を壊す危険があるというのに、どこの学校も勝利至上主義に走るあまり、プロのように先発ローテーションを組む事も、中継ぎや抑えのシステムの確立さえもしない事。

 中には左肘の疲労骨折が判明したものの、他に信頼出来る投手がいないからという無茶苦茶な理由で登板を強要させられ、結果的に甲子園には出場出来たものの、その代償として選手生命を絶たれてしまった投手さえもいた事。


 大会運営側も全く対策しようともせず、投手の球数制限を設けるべきだと言う意見や、酷暑に晒される甲子園ではなく、空調が効いて雨天順延の心配も無い京セラドーム大阪で試合をするべきだという意見も出ているのに、それらを『伝統』などという下らない理由の為に却下し続けている事。

 最近ではそれらの実情を知らされた大リーグのスカウトたちが、選手を潰す気なのかと苦言を呈した事が大々的に報じられた有様だ。


 それだけではない。日本のスポーツにおいて未だに無くならない『暴力』。

 つい先程でも準決勝第2試合で、黒メガネが静香に対して、彩花の顔面に維綱をぶつけろなどという、あまりにも愚劣極まりない指示を出した始末だ。

 そして隼人も稲北高校で思い知らされた、学校の部活動における愚かな上下関係。練習という名目の悪質ないじめ行為。


 こんな事はスイスでは、絶対に有り得なかった事だというのに。

 誰もが競技に対して、ただ純粋に全力で取り組むことが出来る環境だったというのに。

 それなのに、どうしてこの日本では…。


 「スポーツって一体何なんですか!?部活動って一体何なんですか!?大会に勝つって一体どういう事なんですか!?どうしてそんな事の為に!!六花さんも彩花ちゃんも朝比奈さんも!!あそこまで苦しめられなければならなかったんですかぁっ!?」


 隼人は失望していた。今の日本のスポーツの愚かさに心の底から失望していた。

 その失望をマイクを通して、ただただ観客たちに対して吐き出していた。

 およそ優勝インタビューとは程遠い隼人の叫びに、観客たちは驚きの表情でシーンと静まり返ってしまっている。


 「六花さんは僕と彩花ちゃんに対して、口癖のように言っていました!!バドミントンは楽しく真剣に!!それが許されない事だと言うんですか!?ただ競技を全力で楽しむ事の、一体何がいけないというんですかぁっ!?」


 その隼人の叫びを、病院に向かっている六花の車の中で流れるラジオ放送を通して、助手席に座っている彩花が大粒の涙を流しながら聞いていたのだった。

 そして後部座席に座っている静香と安藤もまた、隼人の叫びに悲しみの表情で耳を傾けていた。 

 六花もまた隼人の叫びを聞きながら、ただ黙ってハンドルを握っている。 

 車の運転にはドライバーの性格が出ると言われているが、六花が運転する車は彩花と静香と安藤への優しさに満ち溢れた、とても静かな走りをしていたのだった。


 「…今回の一件で僕は、この国のスポーツの有り方という物に、心の底から失望させられました。」


 やがて観客たちに対して心からの不満をぶつけ終えた隼人が、自らの気持ちを落ち着かせる為に、ふぅ~~~~っと盛大に溜め息をついた。

 そしてここで隼人は、誰もが予想もしなかった、とんでもない事を口走ってしまうのである。


 「既に僕と楓ちゃんは、インターハイへの出場が内定していますが…僕はインターハイへの出場を辞退します!!」


 まさかの隼人の爆弾発言に、大騒ぎになってしまうバンテリンドームナゴヤ。

 そして隼人は何の迷いも無い決意に満ちた表情で、さらなる燃料を投下したのだった。


 「そしてバドミントンは、今日限りで引退します!!」


 誰もが予想もしなかった、まさかの隼人の引退発言。

 バンテリンドームナゴヤが物凄い大喧噪に包まれる最中、隼人を自分たちのチームにスカウトしようとしていた各国のプロチームのスカウトたちもまた、唖然とした表情で隼人を見つめている。

 引退って。一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。


 「僕たちは、身勝手な大人たちの承認欲求を満たす為の道具なんかじゃ、決してありませんから…!!」

 「あ、あの、須藤選手…引退って、ちょっと…!!」

 「それでは失礼します。」


 それだけ告げた隼人は、戸惑いを隠せないアナウンサーに丁重にマイクを返し、やり切ったと言わんばかりの表情で、美奈子たちの下に戻っていったのだった…。

 次回、ダクネスと亜弥乃が…。

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