第98話-A:そんなの私は絶対に許さないわよ
おい、バドミントンやれよwwwww
何とか黒衣の渦の中に入り込んだ隼人だったが、それでも暴走した黒衣の渦は、彩花と静香の中に再び入り込もうとしていた。
それを隼人は彩花と静香を抱き締めながら神衣によるバリアを展開し、何とか辛うじて阻止しているのだが。
それでも現状では、まさに膠着状態だと言うべき状態だ。
隼人が彩花と静香を守ってはいるが、それが精一杯。
肝心の黒衣の渦をどうにかする事が、一切合切出来ないというのが現状なのだ。
それでも静香は神衣を纏った隼人に抱き締められている事で、彩花の黒衣によって剥奪された触覚が、神衣の加護を受けて回復していたのだった。
静香には感じる。隼人の優しさが。隼人の温もりが。そして隼人の力強さが。
そしてそれ故に今の静香には、先程から自分と彩花を再び取り込もうとしている黒衣の渦に対して、不思議と恐怖を感じてはいなかった。
須藤君なら必ず何とかしてくれると…そんな根拠の無い確信を感じているから。
「さて、ここから一体どうしたもんかな…君たちを救うとか大口叩いちゃったけど…。」
「ご、御免ねハヤト君…!!私はハヤト君の五感どころか、第六感まで…!!」
隼人に抱き締められたまま、彩花が大粒の涙を流して謝罪したのだった。
自らの黒衣の力で隼人の五感どころか第六感まで奪ってしまい、ほんの数分間だけだが生ける屍にしてしまった事を。
そして黒衣の影響で残虐性が増してしまっていたとはいえ、あろう事か目の前で立ちすくんでいる隼人の姿に、彩花は妖艶な笑顔を浮かべてしまっていたのだ。
自分にとって大切な隼人に対して、何て事を…彩花は心の底から自らの行いを悔いていたのだった。
いいや、隼人だけではない。目の前の静香に対しても数秒間だけだが五感を奪ってしまったし、地区予選や県予選で今まで対戦してきた対戦相手全員の五感を、彩花は情け容赦なく奪ってしまった。
これは第60話で六花が言っているように、厳密に言えば彩花のせいでは無いのだが。
それでも彩花の心は今、重い罪の意識に苛まれてしまっていたのだった。
現在、バンテリンドームナゴヤの警備員や、通報を受けた警察官までもが駆けつけて、3人を飲み込んでいる黒衣の渦をどうにかしようと四苦八苦しているのだが、全くどうする事も出来ずに対応に苦慮しているようだ。
取り敢えず警察官が警棒で思い切りぶん殴ってみたが、びくともしない。
かといって遠距離から拳銃を撃とうものなら、中にいる3人を殺してしまう恐れがあるし、それ以前に拳銃如きでどうにか出来るような代物とは到底思えなかった。
目の前にある黒衣の渦に対して何も出来ず、歯軋りする警備員や警察官たち。
やはり神衣に覚醒した隼人に、全てを賭けるしか無いのだろうか。
闇を切り裂く光の神衣。その加護を受けた隼人ならば、あるいは…。
誰もがそんな事を考えていた矢先…ラケットとシャトルを手にした六花が、決意に満ちた表情で警察官の制止を振り切り、黒衣の渦に向かって威風堂々と歩き出したのだった。
「そうだな、じゃあ取り敢えず今回の件については、彩花ちゃんの手作りのハンバーグカレーでチャラにしてやるよ。」
そんな彩花に対して責めるでもなく、冗談交じりに笑顔でこんな事を言い出す隼人。
隼人とて分かっているのだ。下手に彩花に対して無責任な慰めの言葉をかけた所で、かえって彩花の罪の意識を深めてしまい、余計に苦しませる事になってしまうだけなのだという事を。
だからこそ隼人は彩花に対して、自分への贖罪の機会を与えてやったのである。
それもハンバーグカレーを作れなどという、六花から料理を習った彩花なら楽勝で出来るような代物をだ。
「そんなのでいいなら、幾らでも作ってあげるよぉ!!」
「じゃあ私にも作って下さいね。私も彩花ちゃんに五感を奪われたんですから。あ、そう言えば私、藤崎監督の肉じゃが、まだ食べてないです。」
「静香ちゃんったら、まだ覚えてたの!?」
「ふひひ。」
彩花と抱き合いながら、年頃の女の子らしい無邪気な笑顔を浮かべる静香。
「決まりだな。それじゃ、さっさとこいつをどうにかしないとな。」
彩花のハンバーグカレーと、六花の肉じゃがを食べる為に。
彩花と静香を抱き締めながら決意に満ちた表情で、隼人は目の前の黒衣の渦を見据えていたのだった。
先程、ヤケクソで放った黄金のスマッシュが、黒衣の渦にダメージを与える事に成功したのは立証済みだ。
即座に傷口を再生されてしまったが、それでも神衣を纏った隼人が黒衣の渦に対して、殴る蹴るの暴行を加えれば、あるいは…。
静香と違って夢幻一刀流なんて習ってないし、それどころか喧嘩すら全くやった経験が無いのだが、それでも今は神衣に目覚めた隼人がやるしかない。
「それじゃあ、やるか!!」
彩花と静香の身体を離した隼人が指をボキボキ鳴らしながら、取り敢えず左拳で黒衣の渦を殴ってみた。
「おりゃあ!!」
【ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
なんか悲鳴が聞こえたので、取り敢えずは効いているようだ。
畳み掛けるように隼人は、黒衣の渦に対して殴る、蹴るの暴行を加え続ける。
「あたたたたたたたたたた!!」
【あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ!!】
なんか黒衣の渦から悲痛な叫び声が響き渡り、ぐわんぐわんと渦が揺れている。
効いている。隼人の暴行は間違いなく、黒衣の渦にダメージを与えている。
このまま続ければ…そんな希望を隼人が抱いた瞬間だった。
【ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!】
3人を包み込んでいる黒衣の渦のサイズが、どんどん狭くなってきていた。
あっという間に隼人たちは動くスペースが無くなってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
「おいおいおいおいおいおい!!こいつまさか、僕たちを圧死させるつもりかよ!?」
慌てて隼人は彩花と静香を再び抱き締めるものの、それでも黒衣の渦が凄まじい圧力でもって、3人を情け容赦なく潰そうとしてくる。
【いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!】
「ぐぎぎぎぎぎぎ!!」
それでも隼人は神衣の力でバリアを展開し、何とか持ちこたえるものの…黒衣の渦の必死の抵抗もあって、とうとうバリアに亀裂が走ってしまった。
まずい、このままでは…。
「くそっ!!こんな所で童貞のまま死んでたまるかよ!!」
「そうよ!!最後まで決して諦めないで!!隼人君!!」
そこへ隼人の背後から放たれたのは、闇を切り裂く一筋の光。
【ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
黄金のシャトルによって自らの身体に風穴を開けられた黒衣の渦が、慌ててジャンプしてバンテリンドームナゴヤの天井にくっついた。
呆気に取られる隼人たちだったのだが、そんな隼人を背後から抱き締めたのは…何と神衣をその身に宿した六花だった。
六花の豊満な胸が隼人の背中に当たっているのだが、今の隼人にはそんな事を気にしていられる余裕など微塵も無かった。
「シャドウブリンガー…いいえ、ライトブリンガーと言うべきかしら。」
「り、六花さん!?」
「隼人君!!貴方は私に言ってくれたわよね!?私と彩花には幸せを掴む権利があるはずだって!!」
「た、確かに言いましたけど…!!」
「その時、私たちの隣に貴方が居ないなんて、そんなの私は絶対に許さないわよ!?」
六花は、今なら分かる気がした。
どうして自分がスイスでの現役時代、神衣を纏う事が出来なかったのかを。
彩花を守る為に、彩花を養う為に、六花は弱肉強食のプロの世界で16年間も生き残り続けてきた。
だがその過酷な環境の中で戦い続ける内に、結果を出せなければ彩花を路頭に迷わせてしまうという重圧から、六花の心は徐々に疲弊してしまった。
バドミントンの楽しさ、面白さ。それを六花から消し去ってしまう程までに。
そんな環境下の中では、いかに10年連続優勝という偉業を成し遂げた六花と言えども、『希望』をトリガーとして発動する神衣に覚醒など、最初から出来る訳が無かったのだ。
だが、今は違う。
自分と彩花、静香を救ってくれた隼人こそが、今の六花にとっての『希望』だ。
その隼人がもたらしてくれた『希望』の心が、六花に神衣を纏わせたのだ。
「貴方は私たちを黒衣の呪縛から救ってくれたわ!!だから今度は私が貴方たちを救う番よ!!」
バンテリンドームナゴヤの天井にくっついていた黒衣の渦が、ドリルの形状になって六花に向かって突撃してきた。
それでも六花は怯む事無く、隼人の身体を離して左手のラケットに黄金の光を纏わせる。
「隼人君!!いいえ!!隼人!!」
「り…六花さん…。」
そして突撃してきた黒衣の渦に向かって六花が繰り出したのは、隼人と彩花、そして静香への愛と想いを存分に込めた、全身全霊のライトブリンガー。
放たれた黄金のシャトルが物凄い勢いで、黒衣の渦へと飛翔していく。
【キエロオオオオオオオオオオオオオオオ!!】
「消えるのは、お前だああああああああああああああああああっ!!」
そして黒衣の渦と黄金のシャトルが、激しい火花を散らしながら激しくぶつかり合い…やがて黄金のシャトルが物凄い勢いで、遂に黒衣の渦を貫いたのだった。
【ウボアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
六花のライトブリンガーによって自らの身体を貫かれた黒衣の渦は、そのままバラバラになってしまい…やがて黄金の光に包まれて消滅してしまった。
役目を果たして落下してきたシャトルを、右手でがっしりと受け止める六花。
「…終わった…のか…?」
黒衣の渦が無事に消滅したのを見届けた隼人だったのだが、今になってどっと疲れが襲い掛かってきた事で、思わずよろめいてしまったのだった。
そんな隼人の身体を、彩花と静香が慌てて抱き止める。
無理も無いだろう。ただでさえ彩花との試合で20分近くも神衣を発動し続けていた事で、既に隼人のスタミナは限界だったのだから。
「ええ、終わったのよ。隼人。」
「なら、いっか~。」
とても慈愛に満ちた瞳で六花に見つめられながら、神衣を解除した隼人は彩花と静香に身を委ねていたのだった…。
次回、優勝インタビューを受ける隼人の口から語られたのは…。




