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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
共通ルート最終章:県予選大会決勝編
96/135

第96話:そんなの決まってるじゃないか

 隼人に一方的にボコられる彩花…。

 土壇場で神衣に目覚めた隼人が、黒衣を暴走させた彩花に対して、果たしてどのようなプレーを見せるのか。

 この0−18という絶体絶命の状況から、本気で隼人は勝利を狙うつもりなのか。

 バンテリンドームナゴヤに駆けつけた15000人もの観客の誰もが、復活後の隼人のプレーに注目する最中。

 

 「ふんだ!!今更そんなコケ脅しなんかにぃっ!!」


 彩花のロケットサーブが情け容赦なく、隼人のコートのネットギリギリに襲い掛かった。

 つい先程、第六感までも奪われた事で隼人が反応すら出来なかった、強烈な回転が掛かったサーブ。

 だがそれを隼人は高々と飛翔しながら、黄金に輝くドロップショットで難無く回転を相殺し、ポトリと彩花のコートのラインギリギリに優しく落したのだった。


 「1−18!!」


 このファイナルゲームにおいて、ようやく隼人が彩花から得点を奪う事に成功した。

 まさかの事態に、バンテリンドームナゴヤが大興奮に包まれる。


 「い、今のドロップショットは…もしかして朝比奈の涼風!?」

 「いいや、あれは涼風ではないな。」


 驚愕の表情を見せる力也に対して、ダクネスがはっきりと断言した。


 「あれは、ただのドロップだ。」

 「た…ただのドロップ!?馬鹿な!?」


 そう、今、隼人が放ったのは、静香が彩花との試合で見せたドロップショットの涼風ではない。

 バドミントンの基本プレーの1つでしかない、何の変哲も無い『ただのドロップショット』なのだ。それで隼人は彩花のロケットサーブを攻略してみせたのである。


 「くっ…!!たかが1点取った位でぇっ!!」


 それでも彩花は隼人の後方のラインギリギリに向けてロブを放つものの、そうはさせまいと高々と飛翔した隼人の左手から、黄金に輝くスマッシュがカウンターで彩花に襲い掛かる。


 「正面からスマッシュ!?」

 「駄目だ!!藤崎には天照がある!!カウンターで返されるだけだぞ!!」


 雄二と力也の言葉通り、彩花は天照で隼人のスマッシュを迎撃したのだが。


 「ふんぎゃあああああああああああああああああああああ(泣)!!」

 「2-18!!」


 隼人のスマッシュのあまりの威力に、逆に彩花がラケットを吹っ飛ばされてしまった。

 乾いた音を立てて、彩花のラケットがコート上に転がり落ちる。


 「う…嘘だろ…!?」

 「俺のシューティングスターや、朝比奈の朱雀天翔破すら通用しなかった天照を…!!無理矢理力で捻じ伏せやがったぁっ!!」


 今のスマッシュも、維綱でもシャドウブリンガーでもない。

 バドミントンの基本プレーの1つでしかない、何の変哲もない『ただのスマッシュ』だ。

 その『ただのスマッシュ』で、隼人は彩花のラケットを吹っ飛ばしたのだ。


 「何なんだあいつ!?あの細腕のどこに、あんなパワーがあるんだよ!?」


 バンテリンドームナゴヤが物凄い騒ぎに包まれる最中、驚愕の表情を見せる力也。

 この絶体絶命の状況の中で、隼人が土壇場で息を吹き返したのである。

 そして神衣に目覚めた隼人から放たれる黄金の光を浴びた事で、六花の身体を冒していた黒衣が、いつの間にか消えて無くなってしまっていた。

 美奈子に肩を抱き寄せられながら、六花は潤んだ瞳で隼人を見つめている。

 

 「美奈子さん。私、何だか身も心も楽になったような気がします。まるで隼人君に守られているかのような…。」


 もしかしたら今の隼人なら、今度こそ本当に彩花の黒衣を浄化出来るかもしれない。

 闇を切り裂く光の神衣。その聖なる輝きの力をもってすれば、今度こそ。

 先程、隼人の口から、どうして死んだはずの涼太の名前が出て来たのか…確かに気になる事ではあるのだが。


 「美奈子さん。私ならもう大丈夫です。隼人君の傍にいてあげて下さい。」


 それでも美奈子の身体を離した六花は、決意に満ちた表情で美奈子に告げたのだった。


 「神衣に目覚めた今の隼人君には、美奈子さんの支えが必要だと思いますから。」

 「ええ、そうね。」


 隼人の五感と第六感が彩花に奪われるという絶望によって、六花はこれまで抑えていた黒衣が暴走し、身も心も怒りと憎しみに支配されてしまった。

 そんな六花を心配するあまり、思わず駆たちをほったらかして、聖ルミナス女学園のベンチまで駆けつけてしまった美奈子だったのだが。

 それでも六花が言うように、美奈子が本来いるべき場所は、稲北高校バドミントン部のベンチなのだ。


 そしてそれは、六花とて同じ事だ。

 今、こうして隼人に救われた六花ではあるが、本来この試合で六花が支えなければならないのは隼人ではない。他でも無い彩花なのだから。

 互いに力強く頷き合った美奈子と六花が、互いのベンチへと戻って行ったのだった。


 「4-18!!」


 今度は何の変哲もない『ただのロブ』で、彩花から得点を奪った隼人。

 その神衣を纏った隼人の圧倒的な強さに、日本のプロチームの関係者たちが大騒ぎになってしまっていた。


 「おい!!ドラフトのルールはどうなってる!?高校1年生を指名する事は可能なのか!?」

 「えええ!?まさか須藤君を今年のドラフトで指名するつもりなんですか!?」

 「当たり前やろが!!あれはもう金の卵っていうレベルじゃねえぞ!!うちのチームに何が何でも入団して貰わなあかん!!」


 興奮して顔を赤らめながら、いきなりとんでもない事を言い出した球団幹部に迫られて、スカウトは慌ててスマホの画面をタップしたのだが。


 「ちょ、ちょっと待って下さい!!今からJABSに確認します!!…もしもし、突然のお電話失礼致します。私はJBLの名古屋ゴールデンドルフィンズにおいて、スカウトを務めている野口という者なのですが、ちょっとドラフトのルールについて確認したい事がありまして…。」


 このスカウトだけではなく周囲の日本のプロチームのスカウトたちが、一斉にスマホでJABS本部に電話を掛けていたのだった。

 誰もが今年のドラフトで、隼人を1位指名する為に。


 「…はい…はい…やっぱりそうですよね。分かりました。そのように伝えておきます。それでは失礼致します。」

 「JABSは何て言ってた!?須藤君を今年のドラフトで指名する事は可能なのか!?」

 「やっぱり無理みたいです(泣)!!」

 「なんでや!?どういう事なのか説明しろ!!」


 理不尽に自分を怒鳴り散らした球団幹部に対して、スカウトはたじたじになりながらも、分かりやすく説明したのだった。

 まず日本のプロチームがドラフトで学生を指名する場合、原則として


 「日本の中学校、高校、大学、専門学校を『来年卒業見込み』の、日本在住の日本国籍の持ち主」


 という条件を満たす必要がある。

 よって1年生の隼人は条件に該当しないので、原則として今年のドラフトでの指名は出来ず、指名したければ隼人が3年生になる2年後のドラフトまで待たなければならないのだ。

 だからと言って隼人に稲北高校を退学させてフリーの身分になって貰う事で、無理矢理指名可能にするというズルも出来ない。

 これは高校や大学をちゃんと卒業させてあげないと、将来バドミントンを辞めた後の就職活動に影響が出かねないからと、JABSが判断して設けたルールなのだが。


 「…と、言う事なので、須藤選手を指名するなら2年後まで待って欲しいと…。」

 「そんな呑気な事を言っとったら海外の連中に獲られちまうだろうが!!あいつらは須藤君を中退させてでも、それこそ金に物を言わせて情け容赦なく獲りに来るぞ!!」

 「そ、そんな事を僕に言われましても(泣)!!」


 そう、上記のルールはあくまでも『日本のドラフトで』適応される物であり、当然ながらJABSの管轄外の海外のチームが獲得に動く分には、ルールの適応外となるのだ。

 日本のプロ野球チームが外国人選手を獲得するのと同様に、ドラフトで指名して交渉権を得る必要など無く、直接隼人と交渉をして契約を結ぶ事が可能なのである。

 事実、欧米諸国のプロチームの関係者たちは、全員が何が何でも大会終了後に即座に隼人と契約を結ぼうと、興奮しながら躍起になっているようだ。


 「彼には大会終了後に高校を中退させて、すぐにうちに来て貰う!!それが無理なら、うちへの入団を絶対に確約させるぞ!!」

 「契約金と年俸はどれ位出せる!?今から球団幹部に電話して確認しろ!!」

 「彼にはベルギーに帰化して貰い、ゆくゆくはベルギー代表として国際試合にも出て貰わなければな!!」


 自分たちの周囲で大騒ぎになっている外国人たちが、全員揃って大慌てで一斉にコートへと走り出していく。

 理由は明白だ。試合終了後に即座に隼人に声を掛ける為だ。

 それを見せつけられた球団幹部が、このままでは隼人を海外のチームに獲られてしまうと、焦りの表情になってしまったのだった。


 「とにかくだ!!ドラフトでの指名が無理なら、試合が終わった後に須藤君をすぐに囲いに行くぞ!!」

 「ええええええええええええ!?」

 「須藤君は名古屋の…いいや、低迷が続く日本のバドミントンの『救世主』だ!!海外の連中なんぞに獲られてたまるかい!!」


 そんな大人たちの大騒ぎなど知る事もなく、隼人は彩花を相手に猛攻を仕掛けていたのだった。

 隼人が放った黄金のドライブショットが、彩花のラケットを情け容赦なく空振り三振させる。

 これも楓のクレセントドライブでも、静香の月光でもない。

 何の変哲もない、『ただのドライブショット』だ。


 「6-18!!」


 それでも神衣を纏った隼人の手にかかれば、そのバドミントンの基本プレーでさえも必殺級の威力に昇華されるのだ。

 これこそが神衣に目覚めた隼人が、美奈子との二人三脚の末に辿り着いた、涼太が言うように隼人独自の異能にして究極の極致だ。


 特別な一芸に頼れないなら、逆に基礎を極限まで極めればいいと。

 

 確かに隼人は支部長が『天才の成り損ない』と酷評したように、基礎を磨く事しか出来なかった不器用な選手だ。

 彩花のラーニングや詩織のアナライズのような、特別な異能など持ち合わせていない。

 まして静香のような、数多くの必殺技を持ち合わせている訳でも無い。

 だがそれでも隼人は、支部長が酷評した基礎のプレー『だけ』で、こうして彩花を圧倒する事が出来ているのだ。


 まさに今の隼人は、その極限の領域に見事に辿り着いた、正真正銘の本物の『パーフェクト・オールラウンダー』なのだ。


 「9-18!!」


 隼人の猛攻が止まらない。暴走した彩花の黒衣にも決して呑まれる事無く、「黒衣?何それwwww」と言わんばかりに全く目もくれず、彩花から次々と得点を奪い返していく。

 まさか本当に0-18からの大逆転を達成してしまうのかと、観客たちの誰もが驚きの表情を見せていたのだが。


 「だけど唯一の懸念材料は、隼人君のスタミナが最後まで持つかどうかね。」


 彩花をボコボコにする隼人を真剣な表情で見つめながら、内香がそう断言したのだった。

 今の隼人は神衣の加護によって、身体能力と分析能力が爆発的に向上しているのだが。

 そんな事をしてしまえば当たり前の話だが、隼人の身体にかかる負担やスタミナの消費量は、黒衣を纏っている時の比ではないのだ。


 神衣は確かに強力だが、それでも決して万能の力という訳ではない。

 実の所は黒衣とは別の意味で、諸刃の剣とも言うべき代物なのである。

 それは神衣を纏っている隼人自身も既に気付いているようで、だからこそ彩花を相手にやけに勝負を急いでいるのを内香は見抜いていた。


 かと言って隼人が神衣を解除してしまえば、暴走した彩花の黒衣に呑み込まれ、再び五感や第六感を奪われる危険がある。

 今の隼人が彩花に勝つ為には、試合終了まで神衣を発動し続けなければならないのだ。

 それが隼人の身体に、一体どれだけの負荷がかかる事になるのか。

 だからこそ、自身のスタミナが切れる前に一気にケリをつけてしまおうと…そんな事を今の隼人は考えているのだ。


 「だけど、このまま神衣を纏い続けたら、隼人君のスタミナが…!!」

 「大丈夫ですよ須藤監督。あいつなら必ず最後まで持たせますよ。」


 内香と同様に隼人のスタミナ切れを心配する美奈子だったのだが、それでも駆は確信に満ちた表情で、美奈子にはっきりと告げたのだった。


 「だってあいつは、俺たちの中で一番努力してきた奴なんですよ?須藤監督が課した厳しい練習メニューにも決して音を上げずに、最後まで食らいついた奴なんですよ?」

 「天野君…!!」

 「だからあいつなら、絶対に大丈夫ですよ。」


 そう、駆は隼人の傍で、ずっと見続けてきたのだ。

 隼人は稲北高校バドミントン部の部員たちの中で、誰よりも一番努力を積み重ねてきた光景を。

 周囲から『神童』だと騒がれながらも、決してそれにおごる事無く、練習でも一切合切手を抜かず、日々の研鑽けんさんを怠らなかった隼人の姿を。

 だからこそ駆は、心の底から信じているのだ。

 神衣だろうと何だろうと、隼人なら必ず試合終了まで体力を持たせると。


 「行けぇっ!!ぶちかましたれぇっ!!隼人ぉっ!!」

 「はいよ!!」

 

 駆からの声援に元気を貰った隼人は、凄まじい威力の黄金のスマッシュを彩花のコートに叩き落した。


 「10-18!!」

 「落ち着きなさい彩花!!神衣は強力だけど万能の力という訳じゃないわ!!今の隼人君は神衣を纏っているだけで、相当スタミナを削られているはずよ!!」


 それでも六花は取り乱す事無く、彩花への愛に満ち溢れた力強い掛け声で、彩花を励ましたのだった。

 例え何があろうと、六花さんだけは彩花ちゃんの味方であり続けて欲しいと。

 試合前に隼人から、そう頼まれたのだから。


 「だからファーストゲームの時と同じように、隼人君のスタミナを徹底的に削りなさい!!」

 「うん!!分かった!!」


 彩花が繰り出したのは、美奈子からラーニングした『無駄の無い動き』。

 ファーストゲームの時と同様に隼人を走らせ、スタミナを削る戦術に切り替えたのだ。


 「そうだよ、お母さんの言う事は全て正しい!!お母さんに従っていれば何も間違いは無いんだからぁっ!!」


 右へ左へ、前へ後ろへと打ち分けて、情け容赦なく隼人を走らせる彩花だったのだが。

 それなのに一体全体、何でこんな事になってしまったのか。

 隼人を走らせているはずの彩花が。


 「11-18!!」


 いつの間にか逆に隼人に走らされてしまっていたのだ。

 そう、『無駄の無い動き』を繰り出しているのが、いつの間にか隼人の方になってしまっているのである。

 

 「そ、そんな馬鹿な…っ!!何で…っ!?」


 激しく息を切らしながら、とても辛そうに両手で膝をつく彩花。

 驚愕の表情を見せる彩花だったのだが、亜弥乃は気付いたのだった。


 「あ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 基礎を極限まで極めた隼人だからこそ可能な、美奈子の『無駄の無い動き』対策を。


 「隼人君、いつの間にかラケットを右手に持ち替えてる!!」


 彩花が隼人の左方向にシャドウブリンガーを放つものの、それを美奈子のような必要最小限の動きだけで、隼人は彩花のコートに難なく返す。

 それを可能にしているのが…。


 「今度は左手に持ち替えた!?」

 「…成程、そういう事か。あんな事をよく即席で思いついた物だな。」


 とても感心した笑顔で、ダクネスは隼人のプレーを見つめていた。

 そう、隼人は彩花がスマッシュを放つ方向に合わせて、ラケットを右へ左へと持ち替えていたのだ。

 そうすれば当然、ラケットを持ち替えた側の守備範囲が広がり、必要最小限の動きだけで守りやすくなる。スタミナの消費を抑えられるという訳だ。

 それどころか隼人は意趣返しと言わんばかりに、逆に彩花に対して『無駄の無い動き』をお見舞いしているのだ。


 勿論、言うのは簡単だが、そんなに容易く出来るような代物ではない。

 常人離れした動体視力だけでなく、彩花がスマッシュを打つ方向を事前に先読み出来るだけの、優れた分析能力が無ければ到底不可能な芸当だろう。 

 それを隼人は彩花に対して、見事にやってみせたのである。

 だがこれさえも隼人にとっては、別に必殺技でも何でも無い。

 ただ単に『必要最小限の動きで彩花を走らせているだけ』なのだ。

 

 隼人がまだ4歳だった頃、スイスで彩花と一緒に六花からバドミントンを教えて貰った時、隼人は六花に「左で打った方が打ちやすい」と言っていた。

 だがそれでも隼人は六花に対して「左でしか打てない」などとは、ただの一言も言っていないのだ。

 隼人もまた、静香と同じだ。

 試合中に左手を負傷する事態を想定して、右でも打てるように右打ちの練習も積み重ねていたのである。


 「13-18!!」


 強い。強過ぎる。


 「15-18!!」


 彩花が何をしても、どこに打っても、隼人には通用しない。


 「17-18!!」


 今まで彩花がラーニングしてきた必殺技の全てを、全て隼人は的確に返してくるのだ。

 唯一、静香の朱雀天翔破なら、今の隼人から得点可能かもしれない。

 だが流石にあれだけは彩花もラーニング出来なかったし、仮に出来たとしても身体への負担を理由に、六花が使用を禁止したはずだ。

 いいや、恐らく朱雀天翔破でも無理だろうと…彩花は即座にそれを否定したのだった。

 神衣に目覚めた今の隼人は…まさに全てを超越してしまっているのだから。

 

 では今の隼人から、一体何をどうしたら得点出来ると言うのか。

 最早彩花にも…六花でさえも、全く勝ち筋を見出す事が出来ずにいたのだった。

 そして、遂に…。


 「18-18!!」

 「よっしゃあああああああああああああああああ!!隼人の奴、とうとう追い付きやがったああああああああああ!!」


 まさかのとんでもないミラクルを起こして派手にガッツポーズをする隼人を、駆が大喜びしながら見つめていた。

 稲北高校バドミントン部の部員たちも、それはもう大騒ぎになってしまっている。

 そんな愛しの息子の勇ましい姿を、目を潤ませながら見つめている美奈子。

 0-18という絶望的な状況から、まさかの18連続ポイントでの同点劇。それを隼人は見事にやってのけてみせたのである。

 バンテリンドームナゴヤは今、物凄い騒ぎに包まれてしまっていた。


 「…何で…!?」


 そんな騒動の中でただ1人、彩花だけは。


 「…何で君は…!!」


 ただただ驚愕の表情で、神衣の反動で派手に息を切らしていながらも、それでも力強い笑顔を見せている隼人を見つめていたのだった。


 「何で君はぁっ!!そんなに息が上がってる癖に!!そんなに楽しそうな顔をしてるのよぉっ!?」


 彩花の指摘通り、隼人の呼吸が荒い。身体が重くなってきている。

 どうやら隼人が想定していたよりも早く、神衣の反動によるスタミナの限界が訪れつつあるようだ。

 同点にこそ追い付いたものの、それでも決着を急がないといけない。

 あと3点取れば、隼人の勝利。

 だがここから彩花に2点取られて、タイブレークにまで持ち込まれてしまったら…。  


 「何でって…そんなの決まってるじゃないか!!」


 それでも隼人は焦らない。不思議と気持ちは落ち着いていた。

 それどころか今の隼人は彩花が言うように、とても楽しそうな笑顔をしているのだ。

 何故なら、今の隼人は。


 「こうして最高の舞台で君と打つのが、心の底から楽しいからだよ!!」

 「…た…楽しい!?」


 そう、彩花と打つのが楽しいからだ。

 県予選大会決勝という最高の舞台。その会場が愛知県民の聖地バンテリンドームナゴヤ。

 しかもその対戦相手が、よりにもよって隼人の幼馴染にして最強の相手である彩花だ。

 こんなの隼人にしてみれば、一生の思い出に残る最高の試合だろう。


 「六花さんも、いつも僕と君に言ってるだろう!?バドミントンは楽しく真剣に!!」

 「そ、それは…!!」

 「君は忘れてしまったのか!?バドミントンの楽しさを!!面白さを!!」


 隼人に指摘されて、戸惑いの表情を見せる彩花。

 いつも六花が言っている、バドミントンは楽しく真剣に。

 そう言えば、そのバドミントンの楽しさを、面白さを、いつの間にか彩花は忘れてしまっていたような気がした。

 いつからだろうか。いつから彩花は、そんな事さえも忘れてしまっていたのだろうか。

 周囲の大人たちの身勝手なエゴのせいで、理不尽に生き地獄を味合わされ、黒衣に呑まれてしまった彩花は。

 バドミントンが楽しいという感情さえも、いつの間にか失ってしまっていたのだ。


 「この最高の舞台を、彩花ちゃんも存分に楽しもうぜ!!」


 だからこそ隼人は力強い笑顔で、神衣の反動で激しく息を切らしながらも、力強く左手のラケットを彩花に突き付けながら宣言したのだった。

 既に得点は18-18。決着の時は、もうすぐそこまで来ている。

 今更もう遅過ぎるかもしれない。だがそれでも、今からでも。


 「わ、私は…!!私はぁっ!!」

 

 隼人にこんな予想外の事を言われて、思わず取り乱す彩花だったのだが。


 「…あ、彩花ちゃん…!!」


 そこへ静香がポチの護衛を受けて楓の肩を借りながら、鎮静剤の効果で激しい脱力感に襲われながらも、ようやくコートに辿り着いたのだった。

 ここからAルートとBルートに分岐します。

 隼人と彩花の壮絶な死闘の結末は…。

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