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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
共通ルート最終章:県予選大会決勝編
95/135

第95話:さあ、決着を付けよう

 闇を切り裂く一筋の光。

 藤崎涼太。スイスで六花と運命的な出会いを果たしてスピード結婚したものの、飲酒運転の車に刎ねられて亡くなった、六花の夫。

 彼の事は隼人も六花から聞かされてはいたのだが、まさか実際にこうして対面する事になるとは思っていなかったので、正直驚いていた。

 一体全体、何故涼太が隼人の目の前にいるのか。

 辛うじて僅かに残っている聴覚から、なんか審判と運営がぎゃあぎゃあ騒いでいる声が微かに聞こえてくるのだが、今の隼人には全く耳に入っていなかった。

 無理も無いだろう。今の隼人は、とてもそれどころじゃ無い状況に置かれてしまっているのだから。 


 「あの…貴方がここにいるって事は…もしかして僕は…。」

 「いいや、君は死んではいないよ。今もこうして、ちゃんと生きている。」

 「だったらどうして…。」


 戸惑いの表情を見せる隼人を安心させようと、とても穏やかな笑顔を見せる涼太。


 「スイスで交通事故に遭って命を断たれた俺だけど…六花の事が気がかりで成仏出来なかったみたいでね。何の因果なのか君が産まれた瞬間から、君の中に俺の魂が宿ってしまったみたいなんだ。」

 「は、はぁ…。」

 「君の事は君の中で、ずっと見させて貰っていたよ。六花の事も、彩花の事もね。」


 そう、今こうして涼太が隼人の目の前にいるのは、隼人の中に涼太の魂が宿り続けていたからだ。

 肉体は滅んでもなお、六花への未練から魂が天に召される事が無く、ずっと隼人の中で六花と彩花の事を見守り続けていたのである。

 スイスにおいてシュバルツハーケンのエースとして10年連続優勝という偉業を成し遂げ、人々から『英雄』と呼ばれるようになり、日本でもJABSのイメージキャラクターとして、バドミントンの普及活動に努める六花の事を。

 そうして必死に彩花を養う六花の事を、涼太はずっと見守り続けてきたのだ。

 

 そして…身勝手な大人たちのエゴのせいで黒衣に呑まれ、今もこうして身も心も苦しみ続けている六花と彩花の事も。

 どうしてこんな事になってしまったのかと、涼太もまた隼人と同じ想いなのだが…今はその事について隼人と議論していられる場合ではない。

 

 「まあそんな事は、今はどうでもいい。時間が無いから早速だけど本題に入ろうか。」


 そう、審判と運営が隼人に与えた猶予時間は、たったの2分。

 その2分の間に隼人を覚醒させないと、隼人が試合続行不可能とみなされて敗北となってしまうのだから。

 決意に満ちた瞳で、涼太は隼人をじっ…と見据える。


 「隼人君。君は自分の事を『天才の成り損ない』だと自虐していたけど…俺に言わせれば決してそんな事は無い。君は間違いなく『本物の天才』だよ。」

 「いや、だけど…。」

 「確かに君はラーニングという異能を持つ彩花とは違う。極限まで基礎を極める事しか出来なかった、不器用な選手だと言えるのかもしれない。」


 ずっと隼人の中にいたからこそ、涼太は隼人の気持ちを充分に理解していた。

 どうして隼人が彩花の黒衣に呑まれ、五感どころか第六感まで奪われてしまったのかを。

 それは隼人が彩花に対して、無意識の内に劣等感を抱いていたから。

 その心の隙を彩花に突かれ、隼人は五感も第六感も無様に奪われてしまったのだ。

 それでも涼太は、隼人が間違いなく『本物の天才』だと断言したのである。


 「だけど美奈子さんも言っていただろう。基礎を極めるという事がどれだけ大変な事なのかを。基礎を極めた君がどれだけ凄いのかという事を。」


 そう、極限まで基礎を極める。

 言うのは簡単だが、それがどれだけ辛くて過酷ないばらの道なのか。

 涼太はバドミントンに関しては素人だが、それ位の事は充分に思い知らされていた。

 極限まで基礎を極めた隼人が、どれだけ凄い選手なのかという事を。


 何故ならバドミントンに限らず、どんなスポーツでも当てはまるのだが、基礎練習というのは結局の所、単調な作業を何度も何度も な ん ど で も 繰り返す事なのだから。

 それを極めるとなると、そんな単調で退屈な基礎練習を、毎日毎日毎日、それこそ何万回も何十万回も、気が狂いそうになる程の回数をこなし、徹底的に身体に沁み込ませなければならないだろう。

 隼人だって完璧超人ではない。人間だ。

 そんな事をしていれば当然のように、毎日繰り返される単純極まりない練習に飽き飽きしても当然だろうし、何よりも


 「こんな事をやっていて、僕は母さんが言うように本当に強くなれるのだろうか?」

 「何か特別な必殺技でも身に着けた方が、強くなれるんじゃないだろうか?」


 などという疑問を抱いた事も、実は一度や二度では無いのだ。

 実際、欧米諸国のプロチームでも基礎練習を入念に行うが、それでも隼人みたいな極端な真似は、どこのチームも決してやらないのだから。

 プロというのは『普通の選手なら』、基礎だけで勝てる程甘くない。

 応用や特別な技術もしっかりと身に付けないと、『普通の選手なら』弱肉強食のプロの世界では、到底生き残れないのだから。 

 

 そう…ぶっちゃけた話、基礎『だけ』で『神童』と呼ばれるようになり、基礎『だけ』で県予選決勝まで勝ち進んでしまった隼人が、色々おかしいだけなのだ。

 周囲から酷評を受けようが、己の信念を貫き通して見事に完遂し、極限まで鍛えた基礎『だけ』で、今すぐにでもプロで通用する程の選手にまで成長を遂げてみせたのだ。


 魔法やスキルは一切使えないが、基本能力が滅茶苦茶高く、「たたかう」コマンドで9999ダメージを叩き出せる。


 幾重もの苦しみを乗り越え、遂にその高みへと辿り着いた隼人の事を、美奈子は満面の笑顔で褒めてくれたのだ。

 よく頑張ったね、偉いね、と。 


 「俺に言わせれば、極限まで磨き上げた基礎こそが君の持ち味だ。彩花や静香ちゃんとはまた別の、それこそが君の持つ別のベクトルの異能とも言える代物なんだよ。」

 「涼太さん…。」

 「君が今まで歩んできた道のりを、積み重ねてきた血の滲むような努力を信じるんだ。君はその基礎だけで『神童』と呼ばれる程までに強くなり、この県予選決勝まで勝ち上がって来れたじゃないか。」


 地区予選決勝で、アナライズという異能を持つ詩織を倒した。

 県予選1回戦で、バドミントンの名門である『常勝』聖ルミナス女学園において、ナンバー2である愛美を倒した。

 そして県予選決勝戦で、隼人は『神童』彩花からファーストゲームを奪った。


 それらは全て隼人が、極限まで磨き上げた基礎『だけ』で成し得た事なのだ。

 彩花や詩織のような異能を持っている訳でも、静香のような多数の必殺技を有する訳でも無い隼人が、極限まで磨き上げた基礎『だけ』で、それだけの結果を成し遂げて見せたのだ。

 涼太にしてみれば、これはもう本当に凄まじい偉業だ。

 トーナメントの組み合わせの関係上、今回の大会では戦う機会は無かったが、今の隼人なら静香とだって互角に渡り合う事が出来るだろう。


 「だからもっと自信を持って欲しい。君は間違いなく強い。六花が言うように勝負の世界に絶対は無いけど、それでも俺は言わせて貰う。今の君なら黒衣に呑まれてしまった彩花にだって、決して負けやしないと。」

 「でも既に0-18ですよ?僕は彩花ちゃんに五感も第六感さえも奪われてしまいましたし、そんな状況でここから逆転なんて…。」

 「出来るさ。今の君になら。」

 「いやいやいや、何でそこまで言い切れるんですか?」

 「それは君が、『本物の天才』だからだ。」


 何の迷いも無い力強い笑顔で、隼人に断言する涼太。

 そんな涼太の笑顔に、何だか隼人は安心感のような物を感じていたのだが。


 「まだ試合は終わっていない。だから最後の最後まで決して勝利を諦めないで欲しい。彩花との死闘を成し遂げた、その先の未来を…希望の光を信じるんだ。そうすれば今の君になら、纏う事が出来るはずだから。」

 「纏えるって何を…。」

 「おっと。どうやら、もう時間のようだね。」


 どうやら審判が、隼人の試合続行不可能をコールしようとしている所のようだ。

 もっと隼人と話したい所だが、早く隼人を目覚めさせないと、冗談抜きで隼人の負けが決まってしまう。


 「行っておいで、隼人君。皆が君の帰りを待っている。」


 涼太の言葉と同時に、隼人の意識が温かい金色の光に包まれた。

 そして隼人の意識が、現実へと引き戻されていく。

 隼人の眼前で涼太が、とても力強い笑顔を浮かべていたのだった。


 「どうか俺の代わりに、六花と彩花の事…よろしく頼んだよ。」

 「正直、今の僕が涼太さんの言うように、本当にこんな状況で彩花ちゃんに勝てるのか、疑問に思っていますけど…それでも、これだけは胸を張って言えます。」


 何の迷いも無い力強い瞳で、隼人は涼太に断言したのだった。


 「彩花ちゃんと六花さんの事…確かに任されました。涼太さん。」

 「うん。六花が君に何度も言っているように、バドミントンは楽しく真剣に…彩花との試合を全力で楽しんでおいで。」

 「はい!!では行ってきます!!」


 それだけ告げた隼人の意識が、現実へと引き戻されて行く。

 ただ1人取り残された涼太は、そんな隼人の幸せを心から願っていたのだった。


 「隼人君。君は六花に言ってくれたよね?六花と彩花には幸せを掴む権利があるはずだと。それは君自身にも言える事なんじゃないかな?」


 先程あんな事を隼人に言ったばかりの涼太だったのだが、正直言って今の涼太にとっては、隼人が彩花に勝とうが負けようが別にどうでもいい。

 例えどちらに転んだとしても、今の隼人ならば暴走した黒衣から、彩花や六花を救う事が出来るはずだから。

 そんな事よりも隼人には、死んでしまった自分の代わりに、彩花や六花と共に光溢れる未来を歩んで欲しいと。

 それを涼太は、心の底から願っていた。


 「さっき言いそびれちゃったけどさ…今の君なら、纏う事が出来るはずだよ。」


 その3人の未来の光景を思い浮かべながら、涼太は力強い笑顔で断言したのだった。


 「闇を切り裂く、光の神衣かむいを!!」


 バンテリンドームナゴヤでは審判が、苦虫を噛み締めたような表情でマイクの電源を入れ、今まさに彩花の優勝を伝えようとしていた。

 本来ならば静香のように、隼人が自力で五感を取り戻すというミラクルを期待したいのは山々なのだが。

 それでも時間は待ってくれないし、審判の私情を挟む余地などある訳が無い。

 審判という立場上、何があろうとも絶対中立、公正公平を、絶対に厳守しなければならないのだから。

 審判が左腕の腕時計を確認すると、運営が設定した2分間の猶予時間まで、残り数秒。


 「残念だが、最早ここまでか…!!」

 「いいや、まだだぁっ!!」


 突然そう叫んだ隼人が、力強く高々と左手の拳を突き立てた。

 そして隼人の左手首に取り付けられたミサンガから神々しく放たれたのは、凄まじくも優しさに満ち溢れた金色の光。

 それが隼人の身体を温かく包み込み、黄金に輝く光の法衣と化して、隼人の身に装着される。

  

 「か…神衣!?」


 驚きの表情で、目の前の隼人を見つめる六花。

 そして穏やかな笑顔で六花に軽く会釈した隼人は、何の迷いも無い力強い瞳で、真っすぐに彩花を見据えた。

 一体ハヤト君に何が起きたのかと、意味が分からないといった表情の彩花。


 神衣の加護によって隼人は、彩花に奪われた五感や第六感さえも、全て無事に完璧に取り戻していた。

 今の隼人には、はっきりと見える。はっきりと感じる。

 身勝手な大人たちのエゴに理不尽に巻き込まれ、生き地獄を味合わされた結果、暴走した黒衣に呑まれてしまい、今なお苦しんでいる彩花の姿が。彩花の悲しみが。


 神衣。それは類稀な才能を有する者が幾多もの絶望を乗り越え、希望の光を掴んだ際に顕現するとされている、究極の闘気。

 歴史上、発動した記録が残された者は黒衣以上に希少であり、過去にはイングランド軍との100年戦争においてフランス軍を勝利へと導いた、『救国の聖女』アンヌ・バルクが纏った事が確認されている。

 その究極の闘気である神衣を、あろう事か高校生の隼人が身に纏ったのである。 

 

 「ふははははは復活!!バドミントンやろうぜ!!彩花ちゃん!!」


 隼人は左手でラケットをしっかりと拾い、物凄い笑顔で彩花に突き付けた。


 「す、須藤選手!?」

 「続けて下さい審判!!僕ならもう大丈夫です!!」

 「ほ、本当に大丈夫なのかね!?だって君は藤崎選手に五感を…!!」

 「ええ、もうピンピンしてますよ!!ほらこの通り!!」


 静香と同様の…いいや、最早それ以上の、とんでもないミラクルを起こして復活してみせた隼人。

 そんな隼人の威風堂々とした姿に、審判は安堵の笑顔を見せたのだった。

 絶対中立、公平公正の立場を貫かなければならない審判が、こんな事を考えてはいけないのだろうが…それでも審判は心の底から思う。


 須藤選手が無事に復活してくれて、本当に良かったと。

 こんな不本意な形で敗北を告げずに済んで、本当に良かったと。

 どうせ負けるなら藤崎選手と最後までぶつかり合って、その上で悔いのない負け方をして欲しいと。


 とても力強い笑顔で隼人に頷いた審判が、右手を高々と掲げて宣言したのだった。


 「では須藤選手の復活に伴い、0-18から試合を再開します!!」


 審判のコールと同時に、バンテリンドームナゴヤが物凄い大喧噪に包まれてしまう。

 ダクネスも亜弥乃も内香も。雄二も力也も詩織も。沙也加も佐那も。

 誰もが神衣を纏った隼人の神々しい姿に、唖然とした表情を見せていたのだった。


 「…ハヤト君…!!何で!?何でなのよぉっ!?」


 それとは対称的に、とても悔やしそうな表情で歯軋りする彩花。


 「あれだけ君を壊したのに!!あれだけ君を徹底的に叩きのめしたのに!!それなのに何で君はぁっ!?」


 視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、味覚も、第六感さえも、間違いなく奪った。

 それなのに隼人は静香と同じように、こうして自力で蘇ったのである。

 いいや、今回は静香の時とは訳が違う。

 何故なら今の隼人は、伝説の闘気…神衣を身に纏っているのだから。


 「そもそも一体何なのよ!?なんか君の身体から溢れてる、その金色のオーラは!?トランザム!?トランザムなの!?ねえ!?」

 「涼太さんから頼まれたんだよ。君と六花さんの事を頼むってね。」

 「お、お父さんから!?何で!?」


 全く予想もしなかった人物の名前が隼人の口から飛び出た事で、驚きを隠せない彩花。

 そしてそれは六花も同じのようで、何で今ここで隼人の口から涼太の名前が出て来たのかと、驚愕の表情をしていたのだった。

 涼太は間違いなくスイスで死んだ。飲酒運転の車に轢かれて亡くなったのだ。

 そんな涼太が隼人に、彩花と自分の事を頼んだとは、一体どういう事なのかと。


 「だけどまあ、今はそんな事よりも、だ。」 


 だが戸惑う2人を他所に、隼人は左手のラケットを彩花に突き付けたまま、はっきりと宣言したのだった。


 「さあ、決着を付けよう!!彩花ちゃん!!」

 「決着を付ける…!?何を馬鹿な事を言ってるのハヤト君…!?もう0-18だよ!?決着なら、もうとっくの昔に付いてるじゃん!!」


 いきなり滅茶苦茶な事を言い出した隼人に、当たり前の話だが文句を言う彩花。

 そう、確かに彩花の言う通りだ。

 決着を付けようって。まさか隼人はこの絶体絶命の状況から、本気で大逆転勝利を収めるつもりなのか。

 本気で隼人は今の0-18の状況から、彩花から3点取られる事無く21点を取るつもりなのか。

 そんな物は隼人の実力が、彩花を相当…それこそ大人と子供程までに圧倒していなければ、到底不可能な芸当だろう。


 「君の方こそ何を馬鹿な事を言ってるんだ!?『まだ』0-18だ!!君が後2点取る前に僕が21点取れば、僕の勝ちだろうが!!」


 だがそれでも隼人は物凄い笑顔で、威風堂々と彩花に対して宣言してみせたのだった。

 その隼人の自信満々な姿に、彩花は思わず歯軋りしてしまう。

 あれだけ壊したのに。あれだけ痛めつけたのに。それなのに何で。

 何でハヤト君の瞳は、こんなにも希望の光に満ち溢れているのかと。


 「…いいよ…!!また壊してあげる…!!そしてハヤト君を今度こそ、私に屈服させてやるんだからぁっ!!」


 そう、だったらまた壊してしまえばいい。

 何度でも、何度でも、何度だって。


 「ぬあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 黒衣をさらに暴走させた彩花が、過去に前例が無い程の恐ろしく禍々しい形相で、隼人を睨み付けた。

 そんな彩花に対して決して怯む事無く、左打ちの変則モーションの構えを見せる隼人。


 「…さあ…!!油断せずに行こう!!」


 本当にこんな絶望的な状況から、隼人は大逆転勝利を収めるつもりなのかと。

 バンテリンドームナゴヤの観客の誰もが、幾ら何でも無理だろうと、そんな事を考えている最中。


 「…んっ…。」

 「朝比奈さん!?」


 モニター越しに隼人の神衣の光に導かれ、遂に静香は目を覚ましたのだった。

 そんな静香を、安堵の表情で見つめる楓。


 「…里崎さん…私は、どれ位眠っていたのですか…?」


 あの時、自分と彩花の試合を台無しにしてくれた様子に対してブチ切れて、自分でも抑えられない程までに黒衣が暴走し、安藤から鎮静剤を打たれた所までは記憶しているのだが。


 「…っ!!そうだ!!大会は!?今、どんな状況なのですか!?」

 「あのね、落ち着いて聞いてね。朝比奈さん。」


 取り乱す静香に対して、楓は今の状況を説明したのだった。


 駆けつけた本部長からの指示によって、決勝戦は当初の予定通り、隼人VS彩花という組み合わせになった事を。

 鎮静剤を打たれた静香が、とても試合が出来る状態では無い事から、まずは先に決勝戦を行い、楓と静香の3位決定戦の扱いに関しては保留になったという事を。

 そして肝心の決勝戦だが、現在ファイナルゲームまで進んで得点は0-18。

 隼人が五感どころか第六感までも奪われてしまい、彩花の勝利は濃厚かと思われたが、土壇場で隼人が静香と同じように自力で復活して、0-18から試合を再開した所だと。


 「…そうですか…今、須藤君と彩花ちゃんの決勝戦が…。」


 状況を理解した静香は、テレビに映っている生中継を目にしたのだが。


 「あれは神衣!?まさか隼人君が!?」


 神衣を纏った隼人を、彩花が鬼のような形相で睨みつけている。

 とっさに静香はベッドから起き上がろうとするものの、鎮静剤の効果が未だ完全に切れていないようで、頭がふらついてしまう。


 「…うっ…!!」

 「朝比奈さん、まだ寝てなきゃ駄目だよ!!」

 「いいえ、里崎さん!!どうか私を彩花ちゃんの元に連れて行って頂けますか!?」


 それでも静香は何の迷いも無い力強い瞳で、楓に対して頼み込んだのだった。

 隼人が神衣を纏った事には正直びっくりしたのだが、そんな事など今はどうでもいい。

 

 「伝えたい言葉があるんです!!今の彩花ちゃんに!!」

 「朝比奈さん…!!」


 そう、静香の口から今の彩花に、どうしても直接伝えたい言葉があるのだ。

 黒衣が過去最大級にまで暴走し、今もなお身も心も苦しみ続けている彩花に対して。

 無理矢理ベッドから立ち上がり、ふらふらになってしまった静香を、慌てて楓が支えたのだが。 


 「わん!!(行くのか?)」

 「…ポチ…そうですか、お母様が連れて来たんですね。」


 楓に身体を支えられながら、穏やかな笑顔でポチの頭を撫でる静香。

 

 「クゥーン、クゥーン、クゥーン。(だから撫でるな。くすぐったい。)」

 「お願いですポチ。私を行かせて頂けませんか?今の私には、どうしても救いたい女の子がいるんです。」

 「わん!!(そうは言っても、俺はお前を守れと言われているんだが?)」

 「お母様には私がポチに、ちんちんを命じたと伝えておきますから。」


 そんな静香に肩を貸し、楓は力強い笑顔で静香に告げたのだった。


 「分かった。行こう、朝比奈さん。」


 今の彩花を何とかして救いたい…その気持ちは楓もポチも、静香と同じだ。

 それに彩花と死闘を繰り広げた静香の言葉なら、今の彩花にも届くと思うから。

 だから楓とポチは静香を連れて行く。隼人と彩花の所に。


 「どうせなら特等席で一緒に見届けてやろうよ。隼人と彩花の戦いの決着の瞬間をさ。」

 「感謝します。里崎さん…!!」

 「わんわんわん!!(全く、本当に世話の焼ける連中だ。後でフリスビー30回な?)」


 ポチに先導されながら楓と静香は、ゆっくりとだが確実に、隼人と彩花が戦っているコートへと向かっていったのだった。

 次回は共通ルート最終話です。ここからAルートとBルートに分岐します。

 神衣を纏った隼人が、彩花を相手に躍動します。

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