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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
共通ルート最終章:県予選大会決勝編
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第92話:これはちょっと、まずいんじゃないかな?

 隼人と彩花の決勝戦、遂に開始です。

 遂に始まった隼人VS彩花…『2人の神童』の運命の一戦。

 注目のファーストゲームの行方は、怒涛の猛攻を仕掛ける彩花に対して、隼人が鉄壁の守りを見せる展開となった。

 これまでの対戦相手からラーニングしてきた数々の必殺技を、彩花が妖艶な笑顔で次々と繰り出していくものの、それを隼人が次々と返していく。


 「6-3!!」

 「維綱をあっさりと返した!?」

 「いや、問題はそこじゃないぞ。二階堂。」


 驚きの表情を見せる力也だったが、雄二は別の観点から隼人の凄さを思い知っていた。

 そう…隼人は黒衣を纏った彩花との対戦において、これまでに一度も五感を奪われていないのだ。

 あの『天才』静香でさえも、数秒間とはいえ五感を奪われてしまったというのにだ。

 しかも静香は五感剥奪から身を守る為に、自身との相性が最悪なのを承知で、敢えて黒衣を纏っていたのだが。

 隼人は『素』の状態で、彩花の黒衣に耐え続けているのだ。


 「隼人君の精神力が、それだけ凄まじいという事なのかしらね。」

 「いいえ内香さん。確かにそれもあるでしょうが…あれは須藤君の黒衣対策の結果だと思います。」

 「どういう事かしら?詩織ちゃん。」


 詩織は先程から隼人のプレーをアナライズで分析していて、気が付いたのだ。

 隼人の視線が、全く彩花を見ていない…彩花のラケットとシャトルのみに集中しているという事に。

 いや、視線だけではない。先程から隼人は彩花から何を言われようが、全くガン無視し続けているようだ。


 「9-6!!」


 先程から攻めあぐねていたロケットサーブを遂に攻略し、彩花のコートにシャトルを叩き落とす隼人。

 攻めているのは彩花だが、それでも試合のペースを握っているのは隼人の方だった。

 そんな隼人に対して、妖艶な笑顔を崩さない彩花。

 

 「須藤監督の策が上手く行きましたね。あいつ、藤崎の黒衣によく耐えてやがる。」

 「ええ。でもあれは隼人君だから出来る芸当よ。天野君。」


 決意に満ちた表情で、美奈子は愛しの1人息子の勇姿を見つめていたのだった。

 美奈子が隼人に託した、彩花の黒衣対策。

 それは詩織が分析してみせたように、彩花をガン無視してラケットとシャトルのみに意識を集中し、彩花に何を言われようが耳を傾けないと言う事だ。

 黒衣による五感剥奪は、対戦相手が彩花に対して恐怖を感じる事で、肉体と精神が必要以上に防衛本能を働かせ、五感を一時的にシャットアウトしてしまうという物だ。

 それを防ぐ為には、彩花をガン無視してしまえばいい…極めて単純な話だ。


 「13-9!!」


 勿論、言うのは簡単だが、実際にそんな事を試合で簡単に出来る訳が無い。

 いくら無視しろと言われようが、強烈な黒衣の波動を放つ彩花を眼前にしてしまえば、どうしても意識がそっちに行ってしまうのだから。

 それでも隼人がラケットとシャトルのみに意識を集中し続けていられるのは、内香が言うように隼人が強靭な精神力を有しているからこそだろう。

 幼馴染だからこそ、必要以上に彩花を恐れないというのもあるかもしれないが。

 

 「15-12!!」


 黒衣を纏った彩花を相手に、『素』の状態で互角に渡り合う隼人。

 そんな隼人の勇姿に六花は、先程の緊急会議が終わった直後に、隼人から言われた事を思い出していた。


 『六花さん。今日の試合、監督として僕の事を徹底的に叩きのめして下さい。』

 『隼人君、何を馬鹿な事を言っているの!?』


 あっけらかんとした笑顔で、いきなり無茶苦茶な事を言い出した隼人。

 当たり前の話だが驚愕の表情を見せる六花だったのだが、そんな六花に対して隼人は自分の考えを説明したのだった。


 黒衣が極限まで暴走してしまった今の彩花にとって、本当の意味で唯一の心の支えとなっているのは、他でも無い六花だけなのだと。

 その六花が、試合中は敵同士になる自分の事を少しでも心配する素振りを見せようものなら、唯一の味方である六花にまで裏切られたと、さらなる絶望へと彩花が追い込まれる事になりかねないのだと。

 そうなったら彩花は本当の意味で、取り返しがつかなくなる事になりかねないのだと。

 だから少なくとも今日の試合において、審判がゲームセットのコールをするまでは、六花には自分に声を掛ける事すらしないで欲しいと。

 彩花の為にも、自分の事を徹底的に叩きのめして欲しいと。


 『それでも僕は、簡単に彩花ちゃんと六花さんに負けてやるつもりは無いですけどね。』

 『隼人君…だけど…!!』

 『彩花ちゃんも六花さんも黒衣に呑まれてしまった。そして六花さんは支部長から冤罪を着せられて、大変な事になってしまっている。だけど、それでも彩花ちゃんにも六花さんにも、幸せを掴む権利があるはずなんですよ。』


 六花の右手を優しく両手で掴んだ隼人は、力強い笑顔ではっきりと断言したのだった。


 『その時の為にも六花さんは、彩花ちゃんの事を全力で支えてあげて下さい。それが彩花ちゃんの黒衣を浄化する為の、唯一のきっかけになると思いますから。』


 そう、その隼人の想いに応える為にも、六花は監督として全力で隼人を潰す。

 やはり隼人は強い。彩花がラーニングした技を次々と繰り出しても、いずれも的確に対処してくる。

 苦戦している彩花に六花は、優しくも力強い掛け声でアドバイスを送ったのだった。


 「彩花!!思い出しなさい!!彩花本来の持ち味を!!『ねちっこさ』を!!」

 「お母さん!?」


 そう、六花にしてみれば、ラーニングは彩花にとっては持ち味の1つに過ぎない。

 どれだけ対戦相手が突き放そうとしても、しつこくまとわりつく『ねちっこさ』。

 それこそが彩花本来にして最大の持ち味であり、彩花独自のプレースタイルなのだ。


 「…うん!!分かった!!」


 六花の指示を受けてプレースタイルを切り替えた彩花は、隼人を消耗させる戦術に変更。

 ねちっこく、ねちっこく、ねちっこく、夜中に飼い主の顔面に猫パンチして叩き起こして餌をせがむ猫みたいに、しつこい位に隼人にまとわりついていく。


 「16-14!!」


 彩花のねちっこい攻めの前に、隼人のスタミナがどんどん削られていく。


 「このままじゃ、須藤君のスタミナが…!!」

 「いいや、須藤隼人は簡単には崩れんよ。」


 心配そうな表情を見せる詩織だったが、それでもダクネスは隼人が優位だという評価を崩さなかった。

 隼人は静香と違って派手な必殺技は持っていないが、それでも極限まで基礎を磨き上げたオールラウンダーだ。

 そして基礎がしっかりしているという事は、どれだけ揺さぶられようが簡単に崩れないという事を意味するのだ。


 スポーツ選手において基礎を鍛えるというのは、家作りに共通する点がある。

 どれだけ立派な家を建てようが、その基礎となる地盤が頑丈でなければ、その家は災害で簡単に倒壊してしまう。

 だからこそ、どんな競技においても基礎練習というのは、地味ながらも極めて大切な代物であり、それを極限まで磨き上げた隼人は、どれだけ揺さぶられようが簡単には崩れない。

 それをダクネスは、詩織に対して説明したのである。


 「18-15!!」


 ダクネスの言う通り、隼人は崩れない。

 どれだけ彩花にねちっこく攻められようが、それでも必死に彩花に食らいついていく。

 

 「やりますね美奈子さん。よくぞ隼人君をここまで…!!」

 「私がどれだけ隼人君を鍛えたと思っているの?どれだけ隼人君に美味しい御飯を沢山食べさせたと思っているの?」


 決意に満ちた表情で、美奈子は六花に断言したのだった。


 「私の自慢の1人息子なのよ?六花ちゃん。」 

 

 そして。


 「ゲーム、稲北高校1年、須藤隼人!!21-18!!チェンジコート!!」


 審判のコールと共に、バンテリンドームナゴヤが凄まじい大歓声に包まれる。

 ファーストゲームは隼人の快勝。両者互角の壮絶な死闘だったが、それでも試合のペースを握っていたのは隼人の方だった。

 互いに息を切らしながら、互いのベンチへと引き上げていく。

 

 そんな2人の勇姿を内香が、穏やかな笑顔で見つめていたのだった。

 パリオリンピックの開会式が1週間後に迫る中、わざわざ娘を連れて名古屋に来た甲斐があったという物だ。

 映像などではなく、実際に自分の目で見なければ分からない事もある。

 『2人の神童』隼人と彩花。その実力も才能も、内香の想像以上だった。

 間違いなく隼人も彩花も、亜弥乃にとって最大のライバルにして、最強のチームメイトと成り得る存在だ。


 今はまだ2人の実力は亜弥乃やダクネスには及ばないが、それでもデンマークという恵まれた環境の中で自分がしっかりと英才教育を施せば、隼人と彩花を2人に匹敵する実力者に育て上げる自信が、内香にはあった。

 その為の練習プランも、内香は既に頭の中で確立してある。

 彩花の黒衣に関しても、これ以上暴走させるつもりは無い。自分や亜弥乃のように黒衣を完璧にコントロール出来るようにしてみせる。

 内香は頭の中で思い描いていた。デンマークに帰化した隼人と彩花がデンマーク代表として、亜弥乃と共に世界を舞台に戦う光景を。


 これは大会が終わったら、2人を是非ヘリグライダーにスカウトしなければ。

 と言うか、2人を今すぐにでもデンマークにお持ち帰りしたい位だ。

 何だか内香は、今からワクワクが止まらなかったのだが。 


 「ファーストゲームは隼人君の粘り勝ちといった所かしらね。このまま行けばセカンドゲームも…。」

 「ううん、これはちょっと、まずいんじゃないかな?」


 そんなワクワクしている母親とは対称的に、亜弥乃はベンチに座る隼人を見つめながら、とても深刻な表情で断言したのだった。


 「このままだと隼人君…彩花ちゃんに負けるよ?お母さん。」


 猫パンチって本当に痛いよね。

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