第91話:ぶっ可愛がってやるよ
ずもももももも!!
「彩花ぁっ!!」
緊急会議が終了後、大慌てで医務室に戻ってきた六花は、猫みたいに背中を丸めて椅子に座っている彩花を、悲痛の表情で背後から慌てて抱き締めた。
そしてすぐ近くで楓が見ているにも関わらず、物凄い勢いで彩花成分を補充する。
「はぁぁぁぁぁぁ!!すーはーすーはー!!くんかくんかくんかくんか!!ずもももももも!!」
「り、六花さん…。」
そんな六花の、ある意味では醜態とも取れる光景に、思わずドン引きしてしまった楓ではあったが…すぐにそんな愚かな考えを捨て去ったのだった。
楓は、ちゃんと理解しているのだ。
事情はよく知らないが、それでも六花が支部長から、何らかの冤罪を吹っ掛けられているのだという事を。
そしてそれによって六花が一方的に世間から悪者扱いされてしまい、ここまで精神的に追い詰められてしまったのだという事を。
ポチが電源を入れたテレビに映っているのは、今日の県予選の生中継。
真実を何も知らない実況と解説が、相変わらず六花の事を痛烈に批判していたのだが。
「彩花。今、緊急会議で正式に決まったわ。決勝戦開始は16時から。そして隼人君と決勝戦で戦うのは彩花よ。」
そんな事など知った事じゃないと言わんばかりに、六花が彩花を背後から抱き締めながら、彩花にそう告げたのだった。
「じゃあ楓ちゃんと静香ちゃんの3位決定戦は?」
「保留だそうよ。朝比奈さんが今、こんな状態だもの。だから先に彩花と隼人君の決勝戦をやる事になったの。」
「…うん、分かった。」
彩花の目の前で静香が、未だ鎮静剤の効果が残っているのか、相変わらず規則正しい寝息を立てながら、安らかな表情で眠っている。
そんな静香の事を、じっ…と見つめている彩花。
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。
彩花も静香も県予選の準決勝を、ただ純粋に全力でぶつかり合っただけなのに。
その結果として彩花が勝利して決勝戦進出とインターハイ出場を決め、静香が敗北して県予選敗退が決まった。
ただ、それだけのはずなのに。
それなのに身勝手な大人たちのエゴに振り回され、彩花も静香も浄化されたはずの黒衣が暴走し、こんな事になってしまったのだ。
いや、彩花と静香だけではない。
今までJABSの為に、日本のバドミントンの為に、あれだけ親身になって尽くしてくれた六花までもが、支部長から理不尽に冤罪を吹っ掛けられ、人々から一方的に悪者扱いされ、今もこうして罵声を浴びせられ続けているのだ。
六花は何も悪く無いのに、悪いのは身勝手な大人たちなのに、どうして六花が。
「楓ちゃん。悪いんだけど、朝比奈さんの傍にいてあげて貰えないかしら?目を覚ました時にカイザー君だけだと寂しいだろうから。」
「わん!!(ポチです。)」
「は、はぁ…それは別に構いませんけど…。」
「御免ね。美奈子さんには私の方から伝えておくわ。さあ行きましょう、彩花。」
六花に促され、勢いよく立ち上がる彩花。
「あ、あのね、彩花…。」
「もういいよ、楓ちゃん。もう何もかも、どうでもいい。」
悲痛の表情で何かを言おうとした楓を、彩花が決意に満ちた表情で右手で制した。
その瞳には、決勝戦で必ずハヤト君を倒すんだという闘志の炎が。
そんな彩花から感じられる凄まじい気迫に、一瞬気圧されてしまった楓だったのだが。
「私が決勝戦でハヤト君を倒して、お母さんが何もかも正しいんだって事を、お母さんの事を馬鹿にする奴らに証明してやるんだから。」
「彩花…。」
「そしてハヤト君を、私たちの家族にするんだぁ…!!」
「…はあああああああああああああああああああ!?」
「だから御免ね。楓ちゃん。あははははは!!あははははははははははは!!」
まさかの彩花の爆弾発言に、思わず楓は仰天してしまったのだった。
隼人を家族にって。一体全体どういう事なのか。
そんな楓に対して何も語る事無く、妖艶な笑顔を見せながら、六花と共にコートへと向かう彩花。
「ちょお、彩花!?隼人を家族にって、一体どういう事なのよ!?」
「わん…。(何という業の深い娘よ…。)」
取り残された楓とポチが唖然とした表情で、2人の背中を見送ったのだった…。
一方その頃、相変わらずバンテリンドームナゴヤの観客席からは、もうかれこれ30分近くも間、罵声と怒号が飛び交い続けていたのだった。
決勝戦と3位決定戦が一方的に中断し、いつまで経っても詳細が発表されない事に対するフラストレーションと…何よりも六花に対しての理不尽な怒りによる物だ。
そんな異様な雰囲気の中、会場に姿を現した本部長が右手にマイクを手に、威風堂々と観客席に対して呼びかける。
大会を無事に進行させる為に。そして何よりも六花を冤罪の被害から救う為に。
「観客の皆様、大変長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。私はJABS本部の本部長を務める本田という者です。まず今回の件について、私の方から皆様方に説明をさせて頂きます。」
JABSの最高責任者が姿を現したという事で、一体六花に対してどういう教育をしてきたんだと、罵声と怒号が一気に本部長へと集中する。
そんな中でも本部長は決して怯む事無く、決意に満ちた表情で緊急会議で決まった内容を語ったのだった。
まず当初の予定通り、決勝戦が隼人VS彩花の組み合わせになった事を。
鎮静剤を打たれた静香が未だに意識が戻らず、とても試合が出来る状態ではない事から、まず先に決勝戦を行い、楓VS静香の3位決定戦については扱いを保留にするという事を。
もし静香の体調が戻らず、今日中に試合をする事が困難になったと判断した場合は、今後どうするのかをJABSの公式サイトとSNSアカウントで、後日発表するという事を。
その詳細が決まるまでは、今日のチケットの半券は捨てずに、大切に保管しておいて欲しいという事を。
そして…。
「そして藤崎六花君についてなのですが、実は彼女は…。」
六花の名誉を回復させる為に、冤罪である事を訴えようとした本部長だったのだが。
次の瞬間、突然マイクがうんともすんとも言わなくなってしまったのだった。
「なっ…!?これは一体どういう事だ!?こんな時にマイクの故障だと!?」
本部長がマイクに向かって必死にあーあーあーあー言うものの、本部長の声は観客席には届かない。
客側としても、本部長が六花に関して何も説明をしない事に納得が行かないのか、相変わらず観客席からは罵声と怒号が鳴りやまなかった。
その六花の件について話をしようとした、こんな肝心な時に…本部長は苦虫を噛み締めたような表情になってしまったのだが。
「…あの…ディレクター、こんな事をして本当に良かったんですか?」
「いいも悪いもねえだろ。藤崎六花を悪者のままにしておけば、番組が盛り上がって視聴率を稼げるだろうが。」
何とエ~テレのディレクターが、密かに受信機の電源を落としていたのである。
マイクを使用不能にして六花の名誉回復を防ぎ、番組を盛り上げて視聴率を稼ぐ為にだ。
その罪悪感から思わず青ざめた表情になってしまった部下だったのだが、ディレクターは全く悪びれた様子を見せていない。
「し、しかし、視聴率を稼ぐ為に、何もここまでしなくても…。」
「あのなぁ、何度も同じ事を言わせんなよ。俺達は慈善事業じゃねえんだ。仕事として今日の試合を生中継してるんだからな?視聴率を稼がねえと局の利益にならねえだろうが。」
「で、ですが、このままでは藤崎六花さんの名誉が…。」
「あの女がスイスで何億稼いでると思ってるんだ。おまんま食うのに別に苦労はしねえだろうがよ。」
「は、はぁ…。」
「大体なぁ、お前が朝比奈様子に余計な事をチクるから、こんな面倒な事になっちまったんだろうが。」
ディレクターが部下に対してグチグチ文句を言う最中、秘書の女性が深刻な表情で、本部長に対して左手の腕時計を指差したのだった。
一刻も早く六花の冤罪を晴らしたい気持ちは、秘書の女性も同じなのだが…それでも時間は待ってくれないのだから。
「本部長。後10分で決勝戦の試合開始時間です。流石にこれ以上は…。」
「うむ。止むを得んな。」
決意に満ちた表情で、本部長が秘書の女性に耳打ちする。
「…大西君。何者かが故意に受信機の電源を落とした可能性がある。どうやら藤崎六花君の名誉回復を、快く思わない者たちがいるようだ。」
「は…。」
「私の事はいいから、君は受信機を不正に操作した者がいないか、今から至急調査をしてくれないか?」
「承知致しました。」
「頼んだぞ。藤崎六花君は絶対に救わなければならない女性なのだからな。」
そんな中、愛知県名古屋市にある、かつて静香が小学校時代に通っていたバドミントンスクールでは。
「よ~し、お前ら、今日の練習はこれで終了だ。整理体操を入念にやって身体をほぐしておけよ。」
「「「「「はい!!」」」」」
ジャージ姿の直樹が、子供たちにバドミントンの指導をしていたのだった。
あの日、六花にコテンパンにされてOTLになってしまってからという物、母親からはバドミントンから一切合切身を引いて、一般企業で働くよう強く勧められたのだが。
それでも何の因果なのか、こうして直樹はバドミントンスクールにコーチとして雇われ、再びバドミントンに関わる事になったのだ。
バドミントンで犯した罪は、バドミントンで償えと…神様が直樹に対して、そう告げているのだろうか。
「武藤コーチ!!僕、バンテリンドームナゴヤの県予選を観たいです!!」
そんな中で子供たちの1人が突然そんな事を言い出した事で、周りの子供たちも一斉に観たい観たいと直樹にせがむ。
「あぁ?そう言えば今日だったっけか?」
「そうですよ武藤コーチ!!僕、一応録画はしてるんですけど、どうせなら皆と一緒に観たいです!!」
「録画してんなら帰ってから家で観りゃいいだろうが。まあええわ。今からオーナーに話をしてくるからよ。その間に整理体操を済ませておけよ。」
「「「「「はい!!」」」」」
子供たちがせっせと整理体操を済ませている間、オーナーからの許可を貰った直樹がキャスターをガラガラと転がしながら、ワイヤレステレビを練習場へと持ってくる。
そして子供たちが目をキラキラ輝かせながらテレビを見つめる最中、直樹が呆れたように溜め息をつきながら、コンセントを差してテレビの電源を入れたのだった。
果たしてそこに映っていたのは、バンテリンドームナゴヤの県予選の生中継。
もうすぐ決勝戦が始まるみたいで、その組み合わせは隼人VS彩花となっているようだ。
子供たちが大騒ぎする最中、直樹は苦虫を噛み締めたような表情でテレビを見つめていたのだった。
かつて自らが黒衣に目覚めさせてしまった、彩花の試合。直樹にとっては因縁深い物があるのだろうが。
(…何なんだよこれ…!?一体全体何がどうなってやがるんだ!?何で藤崎六花が藤崎彩花を虐待した事になってやがるんだ!?)
テレビから流れる実況と解説の内容に、事情を知らない直樹は思わず愕然としてしまう。
「ねえねえ武藤コーチ。藤崎六花さんって悪い人なんですか?『英雄』じゃないんですか?なんか娘さんを虐待したとか言ってるんだけど…。」
(あいつを虐待したのは俺なのに!!それなのに何で!?)
「藤崎六花さん、ちょっと憧れてたんだけどなぁ…まさかこんな最低な人だなんて思わなかったよ。」
真実を知らないとはいえ、この子供たちの1人の無責任な発言に、直樹は身体を震わせながら思わず声を荒げてしまったのだった。
「…そんな訳ねえだろ…!!そんな訳ねえだろうがよぉっ!!」
子供たちがびっくりする中でモニターに映し出されていたのは、バンテリンドームナゴヤにおいて隼人と彩花が、試合前のウォーミングアップを行っている光景だ。
怪我の防止の為に準備運動と柔軟体操を入念に行った後、軽く互いにシャトルを打ち合う隼人と彩花。
そんな2人に寄り添う美奈子と六花だったのだが、観客席から届けられたのは相変わらずの六花への罵声と怒号。
「藤崎六花ぁ!!今更何をズケズケと、こんな所までやってきたんや!?」
「まだ聖ルミナス女学園の監督をやるつもりなのか!?どこまでも図太い奴やな!!」
「おい審判!!藤崎六花を退場処分にしろよ!!そいつは娘を虐待したんだぞ!!何で未だに監督をやらせてるんだ!?」
その異様な空気の中でも決して取り乱す事無く、無事にウォーミングアップを終えた隼人と彩花は、決意に満ちた表情で互いのベンチへ。
いよいよ試合開始まで、残り5分。
そんな中で聖ルミナス女学園のベンチで彩花と六花を出迎えたのは、愛美たち聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たちだ。
誰もが彩花と六花の事を、じっ…と見つめていたのだが。
「藤崎さん。ちょっといいかしら。」
「何?川中先輩まで、お母さんの悪口を言うつもりなんですか?」
「言わないわよ。」
彩花の両肩に優しく両手を添えながら、愛美はとても真剣な表情で彩花を見据えた。
「今、この場にいる私達全員が分かっているから。藤崎監督がJABS名古屋支部の支部長から、不当に冤罪をふっかけられてるんだっていう事を。」
何しろ愛美たちは、全員が目の前で見せられたのだ。
六花の優しさを。六花の指導者としての器の広さを。
そして負傷した静香の右肘に、迅速的確な応急処置をしてくれた献身さを。
だからこそ愛美たち聖ルミナス女学園の誰もが、六花が彩花を虐待したなどと、これっぽっちも信じてなどいないのだ。
そんな愛美たちの姿に、彩花は突然飼い主に名前を呼ばれた猫みたいに、一瞬きょとんとしてしまう。
「そして事情はどうあれ、貴女は聖ルミナス女学園の一員として大会に出場して、朝比奈さんと正々堂々と戦って勝利して、今こうして決勝の舞台に立っているのよ。」
彩花の顔をじっ…と見据えながら、愛美は真剣な表情で彩花に語る。
もっとちゃんとした形で、彩花が聖ルミナス女学園に来てくれていれば。共に練習に励む事が出来ていれば。愛美は今でも心の底からそう思う。
そうすれば静香とも、互いに理解し合える良きライバルでいられただろうに。良き友人同士でいられただろうに。
それなのに一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。
だが、それでも。
「だから私たちは聖ルミナス女学園バドミントン部の一員として、これから須藤君と戦う貴女を全力で応援する…私が言いたいのはそれだけよ。」
そう、いつまでも過去を振り返ってなどいられない。大切なのは今なのだから。
これから彩花が聖ルミナス女学園のユニフォームを着て試合に出る以上は、愛美たちはチームメイトとして全力で彩花を応援する。
未だ鎮静剤の効果で眠っている静香も、きっとそれを望んでいるだろうから。
それだけ彩花に告げた愛美は六花に対して、ベンチに座るよう促したのだった。
「藤崎監督。決勝戦の采配、そして私たちへのご指導ご鞭撻、どうかよろしくお願いします。」
「…有難う。皆。」
未だ自身への罵声と怒号が止まない中、決意に満ちた表情でベンチに座る六花。
六花の気持ちも、愛美たちと同じだ。
どれだけ自分に対して罵声や怒号を浴びせられようが、今の六花がするべき事は、母親として、監督として、隼人との死闘に臨む彩花を全力で支えてあげる事なのだから。
そしてこんな状況下においてもなお、愛美たちが自分の事を慕ってくれている事に、六花は心の底から救われたような気がしたのだった。
『皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より稲北高校1年・須藤隼人選手 VS 聖ルミナス女学園1年・藤崎彩花選手による、インターハイ愛知県予選バドミントンの部の決勝戦を開始致します。』
そして、遂に運命の時が来た。
ウグイス嬢のアナウンスと共に、これまで六花への罵声と怒号に包まれていたバンテリンドームナゴヤが、一転して凄まじい大歓声に包まれる。
決意に満ちた表情で、駆たちや愛美たちからの声援を受けながら、互いにコートへと向かう隼人と彩花。
いよいよだ。隼人と彩花。世界中から注目を集めている『2人の神童』が、公式の舞台で遂に激突するのだ。
「お互いに、礼!!」
「「よろしくお願いします。」」
高台に上がった審判に促され、互いに握手をする隼人と彩花。
そんな2人に対して、今年の10月にドラフト会議が開催される、発足したばかりの日本のプロチームや、社会人のクラブチーム、大学、そして欧米諸国のプロチームの関係者たちが、一斉にビデオカメラを向けて録画を開始する。
誰もがこの2人を、将来的に自分たちのチームへと迎え入れようと。
そんな彼らの熱心な視線を一斉に浴びせられる最中、隼人との握手を終えた彩花は、隼人が左手首にミサンガを身に着けている事に気が付いたのだった。
「そのミサンガ、まさか…!!」
間違いない。見間違えるはずがない。
あのミサンガは、あの時の。
「そうだよ。スイスで君と離れ離れになった時に、君から貰ったミサンガだ。(第5話参照)」
「でへへ、嬉しいなあ。今まで大事に取っておいてくれてたんだ。」
「今日、君と戦う決勝戦で、身に着けようと心に決めていたんだ。」
決意に満ちた表情で、左手首のミサンガを彩花に見せつける隼人。
黒衣に呑まれてしまった彩花との決戦に臨むのにおいて、これ程心強い存在は無い。
何故ならこのミサンガは隼人にとって、彩花との思い出の品なのだから。
所詮は子供が作った拙い出来の代物なのだが、それでも隼人にとってはダイヤモンドなんぞよりも遥かに価値のある、とても大切な宝物なのだ。
「ねえねえハヤト君。この試合で私が勝ったらさ。君が私の言う事を、何でも1つだけ叶えてくれるっていうのはどうかな?」
そんな中で彩花は、隼人にそんな提案をしたのだった。
隼人と楓による準決勝第1試合の後、楓が隼人に告白をした際、六花が言っていたのだ。
誰にも隼人を取られないようにする為に、隼人を自分たちの家族にしてしまえばいいと。
だからこの試合で隼人に勝って、彩花は隼人を家族にする。
その為に彩花は隼人に対して、こんな提案をしたのである。
そう…隼人を決して逃がさない為に。
「僕の小遣いの範疇で出来る範囲で良ければな。」
「決まりだね。約束だよ?」
だからこの試合で、彩花は隼人をぶっ壊す。
妖艶な笑顔で、彩花は黒衣を身に纏ったのだった。
周囲の大人たちの身勝手なエゴのせいで、過去最大級にまで暴走に暴走を重ねてしまった、最早取り返しが付かない程までに末期的に暴虐さを増してしまった、忌まわしき漆黒の闘気を。
「ぶっ壊してあげるね。ハヤト君。」
「ぶっ可愛がってやるよ。彩花ちゃん。」
その彩花の黒衣に対しても全く怯む事無く、隼人は彩花を真っすぐに見据えた。
そして審判からシャトルを受け取り、いつもの左打ちの変則モーションの構えを見せる。
決意に満ちた表情で、彩花を見据える隼人。
妖艶な笑顔で、隼人を見据える彩花。
そんな2人の姿を六花が、悲しみに満ちた表情で見つめていたのだった。
出来ればこの2人には何のしがらみも無く、ただ純粋にぶつかって欲しかった。
中学3年の時の、あの県予選大会の頃のように、互いに心からの笑顔で試合をして欲しかった。
そう、六花がいつも言っているように、バドミントンは楽しく真剣に。
それが許されない事だと言うのか。
周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、こんな事になってしまったのだ。
隼人も彩花も、ただ純粋に全力で、バドミントンをプレーしたいだけなのに。
一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。
「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!稲北高校1年、須藤隼人、ツーサーブ!!」
審判に促された隼人は、いつものように審判に対して力強く頷く。
「さあ…油断せずに行こう!!」
そして決意に満ちた表情で、彩花に向かって強烈なサーブを放ったのだった。
遂に激突する隼人と彩花。
黒衣に呑まれてしまった彩花を相手に、必死に奮闘する隼人ですが…。




