第90話:たかがバドミントンじゃないですか
今回のお話で、隼人が支部長に対して激怒しながら語った言葉は、僕が「はねバド!」の有千夏さんに言いたい事でもあります。
「こんな下らない会議など何の意味も無いザマス!!藤崎彩花さんは失格とし、決勝戦は須藤隼人君と静香さんで行うザマス!!」
「だからそれはアンタが勝手に言ってる事だろうが!!決勝戦は須藤隼人と藤崎彩花で決まりだ!!そもそもアンタの秘書が鎮静剤を打ったせいで、朝比奈静香は今、試合が出来る状態じゃねえだろうが!!」
「鎮静剤の効果は2時間もあれば収まるザマス!!静香さんのインターバルには丁度いい時間ザマスよ!!」
「いやいやいやいやいや!!2時間も待たされる観客の身にもなってみろよ!!そもそも俺らだって番組の放送枠ってもんがあるんだよ!!勝手な事を言ってるんじゃねえ!!」
バンテリンドームナゴヤの会議室で行われている、臨時の緊急会議。
だがそれは全く会議になっておらず、様子とディレクターによる身勝手なエゴの押し付け合いとなっている有様だった。
そんな2人の怒鳴り合いを、大会運営スタッフも審判も支部長も、誰も止める事が出来ずにオロオロしてしまっている。
「そもそもの話、このバンテリンドームナゴヤの利用料金を全額負担しているのは、誰だと思っているザマスか!?」
「確かにアンタは今大会の最大のスポンサーだ!!アンタがいたからこそ、このバンテリドームナゴヤでの県予選が実現出来たと言ってもいい!!」
「そうザマしょ!?」
「だからってなあ!!何でもかんでも好き勝手出来るって訳じゃねえだろうが!!」
ディレクターが怒りの形相で、机をバァン!!と右手でぶっ叩いた。
その凄まじい音とディレクターの怒鳴り声に、六花は思わずビクッとなってしまう。
そんな六花の事を隣に座る美奈子が、何とかして必死になだめようとしていたのだが。
「ディレクター。あ~たが部下に命じてトーナメントの組み合わせ結果を操作した事、もう分かっているザマスよ?」
「んなっ…!!んだよ、あの野郎…!!よりにもよって、こいつにチクりやがったのかよ!?」
この様子の爆弾発言に、ディレクターは開き直ったかのように椅子にもたれかかり、様子に対して偉そうにふんぞり返ったのである。
「あーそうだよ!!なんか文句あんのかよ!?しゃーねえだろ!?俺らだって慈善事業でテレビ中継をやってるんじゃねえんだ!!ガキ共の文化祭じゃねえんだ!!仕事としてやってるんだからな!?大会を盛り上げねえと視聴率を稼げねえだろうが!!」
愕然とした表情で、ディレクターを見つめる六花。
彩花の黒衣を浄化する為には、出来れば隼人には早い段階で彩花と戦って欲しいと、そう六花は思っていたのだが…まさか組み合わせの抽選結果を操作されていたとは。
組み合わせの抽選を紙ではなく、わざわざパソコンで行っていた事に、六花は少しばかり疑念を抱いてはいたのだが…。
「大体なあ!!支部長さんよ!!藤崎六花のせいでこんな事になったんだ!!当然、こいつの上司であるアンタにも責任を取って貰わないとな!?」
「そうザマス!!部下への教育がなっていないザマスよ!!」
突然ディレクターと様子に理不尽に責任を追及され、オロオロしてしまう支部長だったのだが。
「わ、私は何も悪く無い!!そうだ、全て君が悪いのだ!!藤崎彩花君に対して、一体どういう教育をしてきたのだ君はぁっ!!」
今度は支部長が六花に対して、理不尽に怒鳴り散らしたのだった。
その3人の怒鳴り声に、完全に憔悴し切った表情になってしまっている六花。
現役時代はスイスのプロリーグで10年連続優勝という前代未聞の新記録を打ち立て、スイスにおいて『英雄』と称賛されている六花ではあるが、それでも六花とて完璧超人などでは決して無い。
精神面においては、実はそこまで強い女性という訳では無いのだ。
だからこそ現役時代やJABSでの仕事において辛い事やあった時、重責に圧し潰されそうになった時に、彩花に抱き着いてすーはーすーはーくんかくんかしていたのだから。
そんな六花の事をただ1人美奈子だけは、先程から必死になって庇い続けているのだが、美奈子の声は3人には全然届かない。
いや、というか美奈子に対して、反論する余地すら与えて貰えていないというべきか。
全く会議になっていない会議は、もう既に20分近くが経過しようとしていたのだが。
「全くもって、下らんな。」
そこへ男性が隼人を連れて、威風堂々と会議室へと乱入してきたのだった。
「臨時の緊急会議だと聞かされて来てみれば…一体何をやっているのかと思えば、まさか互いの責任のなすり合い、互いのエゴの押し付け合いとはな。全く会議の体を成しておらんではないか。」
「隼人君!?それに貴方は…!!」
驚く六花だったのだが、支部長はもっと驚いていた。
「あ、貴方は…!!貴方様はぁっ!!」
いや、驚いているというより、顔面蒼白になっていると言うか…。
「ほ、ほ、ほ…本部長~~~~~~~~~!?」
そう、彼こそが東京に存在するJABS本部の、本部長。
JABSの全てを統括する最高権力者にして、最高責任者だ。
それがこの男性の正体であり、渡された名刺に記載された名前を見た隼人が、何でここにいるんだと驚いた理由でもあるのだ。
現役時代はメダルこそ取れなかったものの、世界を舞台に活躍を見せ、日本選手権9連覇という前代未聞の偉業を達成。
この記録は彼の現役引退後、10連覇を達成した内香に抜かれてしまったのだが、それでも当時の最高記録であり、ギネスにも認定されていた程だ。
その東京のJABS本部で働いている本部長が、何故わざわざ東京から遥かに遠く離れた名古屋にまで来ているのかと。
秘書の女性に命じてパイプ椅子を2つ用意させた本部長が、支部長の隣に設置させたパイプ椅子に座り、隼人に対して六花の隣の席に座るように促す。
戸惑いながらも隼人は秘書の女性に促され、六花の隣に設置されたパイプ椅子に座ったのだった。
とても憔悴し切った表情で、隼人の事を見つめている六花。
一体全体、六花に何があったというのか。隼人は戸惑いの表情を浮かべていたのだが。
「ど、どうして本部長が、こんな所におられるのですか!?」
「今、愛知県において話題になっている、須藤隼人君と藤崎彩花君…『2人の神童』と称されている2人の活躍ぶりを、是非私自身の目で見ておきたくてね。」
「そ、それでしたら、何もわざわざバンテリンドームナゴヤまで足を運ばずとも、ズコズコ動画でのネット配信を視聴して頂ければ…!!」
「モニター越しでは分からない事もあるのだよ。実際にこの目で直接見ない事にはな。まあそんな事は今はどうでもいい。早速だが本題に入ろうか。」
決意に満ちた表情で、六花を見つめる本部長。
六花とはJABSにおけるオンラインでの会議において、モニター越しに何回か話をしただけなのだが。
その際に本部長が六花に対して感じた印象は、周囲に対して気配りが出来る人物、そして娘想いの優しい母親だという事だ。
その六花が、彩花に対して虐待など…本部長には今も到底信じられなかった。
「藤崎六花君。全てを正直に話してくれないか?藤崎彩花君が黒衣に呑まれてしまった、そのきっかけを。」
だからこそ本部長は、まずは六花自身の口から真実を話して欲しいと思ったのである。
「ほ、本部長、ちょっと待っ…!!」
「何だね渋谷君。藤崎彩花君の黒衣の件に関して、私が藤崎六花君に事情聴取をするのに、君にとって何か不都合な事でもあるのかね?」
「そ、それは…!!」
当然ながら本部長に追及され、言葉に詰まってしまった支部長。
まずい。このままではまずい。
今、六花に真実を明らかにされてしまっては、自分の立場が…。
「分かりました本部長。全てをお話します。」
「ふふふふふふ藤崎君、ちょっと待」
「どうして私と彩花が黒衣に呑まれてしまったのか…そしてこんな事になってしまったのか、その全てを。」
そんな慌てふためく支部長など無視した六花は、決意に満ちた表情で、本部長に全てを語ったのだった。
彩花は隼人や楓と一緒に稲北高校への進学を希望していたのだが、「うんこより存在価値が無い」と呼ばれている稲北高校では、彩花のバドミントン選手としての成長を見込めないと判断した支部長の意向により、彩花の希望を無視して無理矢理聖ルミナス女学園へと進学させられた事。
当然六花は猛反発したのだが、断れば玲也が仕事を失う事になると支部長に脅され、止むを得ず従わざるを得なかった事。
その聖ルミナス女学園において、彩花は直樹と学園長のせいで生き地獄を味合わされた挙句に、周囲から完全に隔離されて監禁生活を強要され、まともに授業を受けるどころか友達を作る事すら許されず、絶望のあまり黒衣に呑まれてしまった事。
それに絶望した六花までもが、黒衣に呑まれてしまったのだという事を。
「…何という事だ…にわかには信じられんが…だがしかし藤崎彩花君だけではなく、よもや君までもが黒衣に呑まれてしまっていたとはな。」
なんかもう泣きそうな表情になってしまった六花を、驚愕の表情で見つめる本部長。
だが隼人は全身をブルブルと震わせながら、怒りの形相で支部長を睨みつけていたのだった。
事情を何も知らなかった隼人は先程までは、どうせ支部長に何かしらの冤罪を吹っ掛けられたんだろうな、という程度にしか思っていなかった。
何故なら六花が彩花に対して、授業を受けさせないとかバドミントン漬けにするとか、そんなふざけた虐待などする訳が無いからだ。
しかし実際に蓋を開けてみれば、まさかこんな事になっていようとは。
六花の話が全て真実だったとしたら、絶望した彩花が黒衣に呑まれたのは、全て支部長のせいではないか。
それなのに支部長は六花に対して不当な冤罪を擦り付け、こんなになるまで六花を精神的に追い詰めたとでも言うのか。
隼人は許せなかった。支部長のあまりの身勝手さに怒りが収まらなかった。
「こ〜ら、六花ちゃん。」
「ひゃうっ!?」
そんな隼人とは対称的に呆れた表情で、六花に軽くデコピンをする美奈子。
「シュバルツハーケンにいた頃から何度も言ったはずよ?何でもかんでも1人で抱え込んだら駄目よって。」
「み、美奈子さん…。」
「これからはこういう事があったら、まず真っ先に私に相談しなさい。分かった?」
「うぅ…でも…。」
「まあでも、六花ちゃんも支部長に脅されていたんだし、玲也さんのクビまでちらつかされたんですものね。相談したくても出来なかったっていう事情もあったんだろうけど…。」
それだけ六花に優しく告げた後、一転して厳しい眼光で支部長を睨み付ける美奈子。
その美奈子の怒気を敏感に感じ取った支部長が、怯えた表情になってしまう。
美奈子が怒るのも当たり前だ。何しろ心の底から愛している夫のクビをちらつかせてまで、大切な存在である六花を理不尽に脅したのだから。
だが本部長は、もっと怒っていた。
「それで渋谷君。君は己の保身の為に藤崎六花君に対し、有りもしない冤罪をふっかけたという訳か。」
「そ、それは…!!」
「君は自分が何をやらかしたのか、事の重大さを本当に理解しているのかね?」
今度は本部長に鋭い眼光に睨まれ、タジタジになってしまう支部長。
支部長の我が身可愛さの愚かな行動のせいで、今の六花は『彩花に虐待をした』などと、全国の人々にすっかり信じ込まされ、理不尽に名誉を傷付けられてしまっているのだ。
インターネットというのは本当に恐ろしい物だ。六花は何も悪く無いのに、支部長から擦り付けられた冤罪が『全て真実となって』(←これ、めっちゃ重要)、人々に広まってしまっているのだから。
「わ、私は何も悪くない!!全て武藤君と楽田さんが悪いのですよ!!あの2人が藤崎彩花君をちゃんと指導してさえいれば、こんな事にはならなかったのですよ!?」
だがそれでも支部長は、今度は直樹と学園長に責任を押し付けたのだった。
まず真っ先に六花に対して誠心誠意の謝罪を行い、六花の名誉回復に務めるのが筋だというのにだ。
この事から支部長が、未だに己の保身に走っているというのが明白だ。本部長は呆れたように溜め息をついたのだった。
自分の大切な部下の事を、あれだけJABSに貢献してくれた六花の事を、一体何だと思っているのかと。
確かに支部長の言い分にも、身勝手ではあるが一理ある。
直樹と学園長が彩花をちゃんと指導してくれると思っていたからこそ、支部長は2人に彩花を託したというのに。
ところがいざ蓋を開けてみれば、直樹が彩花に対して虐待行為を行い、学園長に至っては己の保身の為に事実を隠蔽しようとする始末だ。
その結果、彩花は絶望し、黒衣に呑まれてしまったのだ。
だからこそ自分は何も悪く無いと、支部長が本部長に訴えるのも仕方が無いのかもしれないが。
それでも当事者である彩花と六花にしてみれば、到底納得が行く物では無いだろう。
「どうか分かって下さい本部長!!全ては藤崎彩花君を、世界を舞台に低迷が続いている我が国のバドミントンの、『救世主』にしたいという私の想い故だったのです!!」
それでも自分の正当性を頑なに主張し、必死になって本部長に訴え続ける支部長だったのだが。
「だから私は藤崎彩花君を、聖ルミナス女学園という充実した環境の下で、徹底的に鍛えようと…!!」
「その為に稲北高校への進学を希望していた藤崎彩花君を、藤崎六花君を脅迫してまで無理矢理引き離したという訳か。」
「藤崎彩花君を本当の意味で強くする為には、いつでもどこでも甘えられる存在は不要だと思ったのですよ!!だから私は…!!」
この支部長の身勝手な発言に、遂に隼人はブチ切れてしまったのである。
一体彩花の事を、何だと思っているのかと。
「ふざけるなぁっ!!たかがバドミントンじゃないですか!!一体何なんですか!?貴方はぁっ!!」
怒りの形相で椅子から立ち上がり、先程のディレクターのようにバァン!!と机を派手に両手でぶっ叩き、支部長を睨み付ける隼人。
その隼人の凄まじい怒気に、思わず支部長はビクッとなってしまう。
「年頃の女の子が辛い事や悲しい事があった時に、大好きな母親の胸の中で甘えたい!!泣きじゃくりたい!!そう心から願う事の一体何がいけないって言うんですかぁっ!?」
隼人は怒っていた。心の底から激怒していた。
類稀なバドミントンの才能と実力を有し、人々から『神童』などと呼ばれている彩花ではあるが、そんな彩花だって年頃の女の子なのだ。
それなのに、いつでもどこでも甘えられる存在は不要などと…どうしてそんな事を平気で言えてしまうのか。
そんな事の為に支部長は、彩花と六花を理不尽に引き離した挙句、2人が黒衣に呑まれてしまう程までに追い込んでしまったとでも言うのか。
「彩花ちゃんは、まだ16歳の女の子なんですよ!?それを貴方は!!」
「藤崎彩花君は君のような『天才の成り損ない』などとは違う!!藤崎六花君という『英雄』の血を引く正当なサラブレッドだ!!正真正銘の『本物の天才』なのだ!!まさしくバドミントンをする為に生誕し、世界の頂点に立つという天命を授かった存在なのだ!!」
グワッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
怒りの形相で、隼人は折り畳みテーブルをちゃぶ台返ししたのだった。
この期に及んでこの人は、まだそんな馬鹿げた事を言っているのかと。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!?」
「じゃあ彩花ちゃんがバドミントンを辞めたら、その後は!?」
「そ…それは…!!」
「その後の彩花ちゃんの人生を、貴方はちゃんと考えているんですかぁっ!?」
確かに彩花は、類稀なバドミントンの実力と才能の持ち主だ。それは隼人とて幼少時の頃から充分に思い知らされている事だ。
勝負の世界に絶対は無いが、それでも支部長の望み通りに彩花がプロの選手になれば、それこそ世界のバドミントンの歴史に名を刻む程の存在になれる可能性は、極めて高いと言えるだろう。
だが、どれだけ彩花がバドミントンの凄まじい天賦の才を秘めていようが、それでも彩花だって生身の人間だ。
どれだけ必死こいてトレーニングを積もうが、やがて訪れる事になる加齢による肉体の衰えからは、どう足掻こうが絶対に逃れられない。
それに突然の不運な怪我や病気に見舞われてしまい、理不尽に引退を余儀なくされるケースさえもあるのだ。
彩花が選手として現役でプレーし続けていられるのは、せいぜい30代後半までといった所だろう。
40代まで現役を続けられるようなスター選手など、極僅かしか存在しないのだ。
美奈子だって35歳でシュバルツハーケンから戦力外通告を受けて引退に追い込まれているのだし、六花でさえも特別な事情があったとはいえ34歳で引退しているのだから。
だが、その後は?
彩花がバドミントンを辞めた後は?
まさかその後の事までは、知った事では無いと…支部長はそう言いたいのだろうか。
もしかしたら支部長は彩花を将来、監督やコーチの道に進ませるつもりなのかもしれない。彩花の知名度から考えれば話題性も充分だろう。
だがそれでも日本のプロ野球に『名選手は名監督にあらず』ということわざがあるように、彩花に指導者としての資質もあるとは限らないのだ。
いや、そもそもそれ以前の問題だ。
肝心の彩花本人が、それを心から望んでいるのか。
プロになりたいと、日本を飛び出して世界を目指したいと、それを彩花本人が支部長に対して直接申し出たのか。
もしかしたら彩花には大学卒業後に、やりたい事や叶えたい夢があるかもしれないのに、それさえも無視して彩花を無理矢理プロの選手にするつもりだったのか。
まだまだ六花の胸の中で甘えたい年頃のはずなのに、それさえも許さずに強制的に。
今、隼人は、ようやく思い知らされた。
支部長は彩花の事を、正真正銘の本物の天才だと興奮しながら語ってはいるが、結局の所は彩花に秘められた凄まじいまでのバドミントンの才能『だけ』しか見ていないのだと。
彩花の事を『バドミントンマシーン』としてしか扱っておらず、藤崎彩花という『1人の女の子』の事を、全く見ていないのだと。
こんな…こんな奴のせいで彩花は、人生でたった一度きりの貴重な高校生活を、台無しにされてしまったのだ。
そして彩花も六花も、こんな奴のせいで絶望して黒衣に呑まれ、こんなにも苦しめられる結果となってしまったのだ。
それを思うと隼人は支部長に対して、怒りが収まらなかった。
先程、彩花に対して暴力は駄目だと説得した隼人だったのだが、その言い出しっぺの隼人までもが、支部長を殴って蹴って袋叩きにしてやりたいという衝動に駆られてしまう。
その衝動を、必死になって抑えていた隼人だったのだが。
「落ち着きなさい。君の怒りは当然だが、今は抑えてくれ。須藤隼人君。」
立ち上がった本部長が隼人の傍に寄り添い、ポン、と右肩を軽く叩いたのだった。
本部長とて、隼人の怒りは充分に理解している。
支部長の身勝手なエゴのせいで、大切な幼馴染がこんな事になってしまったのだから。
隼人だって聖人ではない。人間だ。まだ成熟していない16歳の子供なのだ。
大切な幼馴染が理不尽に苦しめられたら、そりゃあブチ切れるに決まっているだろう。
だからこそJABSの最高責任者である本部長が、隼人と六花に対して助け舟を出してやらなければならないのだ。
「まず私の権限でもって、藤崎六花君の懲戒解雇処分は取り消しとし、引き続き聖ルミナス女学園バドミントン部の監督代行の任について貰う。そして今は時間が無いので、渋谷君の処遇については後日改めて検討させて貰う。」
決意に満ちた表情で、周囲の大人たちに呼びかける本部長。
「そして決勝戦の組み合わせは当初の予定通り、須藤隼人君と藤崎彩花君とした上で、鎮静剤を打たれた朝比奈静香君が現状試合が出来る状態ではない事から、里崎君との3位決定戦の扱いに関しては保留とする。」
「な、何を言っているザマスか本部長!!何故静香さんが3位決定戦になど…!!」
「どの道、朝比奈静香君は藤崎彩花君に負けているのだ。何も問題は無いだろう?」
「だからそれは先程私が説明したように、そもそも藤崎彩花さんには大会への出場資格が無いザマスよ!?」
「全くもって、下らんな。」
この期に及んで未だにそんな馬鹿げた事を言い出す様子に対して、本部長は呆れたように溜め息をついたのだった。
「貴女は先程の藤崎六花君の話を聞いていなかったのかね?そもそも朝比奈静香君が何故君に対して激怒したのか、それすらも分からないと言うのか?」
六花の話が全て本当だとしたら、彩花は100億%被害者だと言うのに。
それでもまだ様子は、単位だの資格だの、未だにこんな馬鹿げた事を言っているのだ。
静香が様子に対して、ブチ切れた件にしてもそうだ。
自分が静香に対して取り返しの付かない事をしてしまったのだという事を、彩花との神聖な真剣勝負を汚してしまったのだという事を、様子は未だに理解していないのだ。
やはり様子も支部長と同じだ。いや、母親としてはそれ以上の最低最悪のクズだ。
様子は静香の事を、己の承認欲求を満たす為の道具としてしか見ていない。娘としてまともに愛してさえいないのだろう。
それを本部長は今、心の底から思い知らされたのだった。
「しかし本部長。今、総帥が仰ったように、藤崎選手は有効な単位を全く取得していないんですよね?」
そんな中で少しためらいながら、審判が本部長に対して右手を上げたのだが。
「理由はどうあれ、その事実を日本学生スポーツ協会が知ったら、藤崎選手に対して一体どんな言いがかりを付けて来るのか…。」
「うむ。君のその懸念は当然だ。だが全ての責任は私が取る。我々大人たちの身勝手なエゴによって、今まさに輝こうとしている子供たちの光を奪う事など、絶対に許されはしないのだ。」
「本部長…。」
「だから君は何も気にする事無く、2人の試合を公正にジャッジしてくれたまえ。」
それでも何の迷いも無い力強い瞳で、威風堂々と審判に訴える本部長。
そう、単位だの資格だの、そんな物は全て大人たちのエゴに過ぎない。
今まさに、このバンテリンドームナゴヤという聖地で輝こうとしているのは、大会に出場している子供たちなのだから。
「藤崎六花君。今回の件に関しての、君と藤崎彩花君への正式な謝罪と賠償は、後日改めてさせて貰う。だがどうか今は大会の運営に協力して欲しい。決勝戦で聖ルミナス女学園バドミントン部の監督代行として、君の手腕を振るってくれないか?」
「どの道、私は最初からそのつもりですよ。本部長。」
目に溢れた涙をハンカチでぬぐった六花は、真っすぐな瞳で本部長を見据えた。
様子と支部長のせいで暴走してしまった彩花の黒衣は、最早隼人との決勝戦でしか浄化出来ないだろうから。
隼人との公式試合を、彩花は心の底から望んでいるのだから。
ならば六花が今やるべき事は、そんな彩花を支えてやる事だけだ。
「私は母親として、監督代行として、彩花を全力でサポートします。」
「うむ。君の働きぶりに期待している。それでは現時刻をもって緊急会議は終了とし、決勝戦は16時から執り行う。こんな事になってしまったが、どうか大会を盛り上げる為に、皆の力を貸して欲しい。」
本部長の言葉と同時に、一斉に立ち上がって慌ただしく準備に取り掛かる大人たち。
与えられた時間は限られている。16時から始まる隼人と彩花の決勝戦に向けて、万全の準備を整えなければならないのだ。
その為にも、いつまでもこんな所でボサッとなど、してはいられないのだが。
「おのれぇ…!!このままでは絶対に済まさないザマスよ!!」
ただ1人様子だけは、隼人と静香の決勝戦を台無しにしてくれた本部長の後ろ姿を、怒りの形相で睨みつけていたのだった…。
次回は作者多忙につき、掲載は5月1日(木)になる予定です。
隼人と彩花の決勝戦、いよいよ開幕です。




