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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
共通ルート最終章:県予選大会決勝編
88/135

第88話:もう抑えられないんです

 大体全部様子と支部長のせい。

 「お母様!?一体何を…!?」


 安藤と支部長を引き連れて突然乱入してきた様子の姿に、夢心地の気分を吹っ飛ばされた静香が、慌てて六花の膝枕から起き上がった。

 彩花もまた戸惑いの表情で六花の膝枕から起き上がり、一体何事なのかと様子たちを見据えている。

 何故か支部長が青ざめた表情になっているのだが…一体何があったのだろうか。


 「突然の大会への乱入、失礼するザマス。私は本大会のスポンサーの、朝比奈コンツェルンの総帥を務めている朝比奈様子という者ザマス。そしてこの者は、孫が産まれる予定だとかで有給を取った秘書のセバスの代理の、新入社員のアンドレという者ザマス。」

 「安藤です。」


 マイクを片手に、耳障りな程の馬鹿でかい声で、どよめきに包まれている観客たちに挨拶をする様子。

 だが次の瞬間様子は、ここにいる誰もが予想もしなかった、とんでもない事を言い出したのである。


 「さて、本題に入らせて貰うザマスが…単刀直入に言うザマス。静香さんを倒して決勝戦進出を果たした藤崎彩花さんザマスが、我々の独自の調査の結果、実は大会への出場資格を有していない事が明かされたザマス。」


 まさかの様子の爆弾発言に、バンテリンドームナゴヤは大騒ぎになってしまう。

 その観客たちに対して、様子は彩花が今現在置かれている状況と、自らの考えを分かりやすく説明したのだった。


 まずこれはバドミントンに限った話ではなく、文学系、体育系問わず小中高大の全ての学生の部活動の大会に言える事なのだが、テストで赤点を回避し、赤点を取ったのならば補習を受けた上で、国から定められた単位数を取得していなければ、そもそも大会に出場する事自体が出来ないという事。

 様子も詳しい事情は知らされていないのだが、実は彩花が聖ルミナス女学園においてバドミントン漬けの日々を過ごしており、有効な単位を全く取得していないという事。

 一応、六花が彩花の勉強の面倒を見ていたようだが、それでも六花が大学を卒業しておらず教育職員免許も取得していない事から、六花の授業は正当な単位として認められないという事。

 つまり彩花は本来であれば大会への出場資格を持っておらず、今回の地区予選と県予選での戦績は全て無効、失格になるという事を。 


 「よって藤崎彩花さんを失格処分にし、決勝戦は須藤隼人君と静香さんによって執り行い、須藤隼人君に敗れた里崎楓さんは3位とするザマス。」


 バンテリンドームナゴヤが大騒動に包まれる最中、してやったりの会心の表情になった様子が、妖艶な笑みを浮かべたのだった。

 様子の思惑としては、準決勝で静香がそのまま彩花に勝てば、それで良し。

 もし仮に静香が彩花に敗れてしまった場合でも、彩花が有効な単位を全く取得していない事を理由に、彩花を問答無用で失格処分として静香を決勝戦に進出させる。

 つまりは準決勝で、静香が彩花に勝とうが負けようが関係無い。

 様子にしてみれば静香の決勝戦進出とインターハイ出場は、静香が準決勝まで勝ち上がった時点で、既に確定事項だったという訳なのだ。


 「支部長。今回の件、一体どういう事なのか、観客の前で説明するザマス。」


 様子にマイクを突き付けられ、顔面蒼白になってしまった支部長だったのだが。


 「わ、私もまさか藤崎六花君が、このような愚劣な事をしでかすなど、正直思ってもみなかったのですよ!!」

 「なっ…!?支部長!!貴方は一体何を…!!」


 まさかの支部長の無責任な発言に、愕然としてベンチから立ち上がる六花。

 何とあろう事か支部長は己の保身に走るあまり、六花を脅して彩花を聖ルミナス女学園に無理矢理進学させておきながら、彩花がこんな事になってしまった全ての責任を六花に負わせるという、とんでもない事をやらかしてしまったのである。

 六花は何も悪く無いのに。むしろ六花は被害者だというのに。 


 「何を馬鹿な事を言っているのですか支部長!!貴方が…!!」

 「黙り給え藤崎六花君!!君は自分が藤崎彩花君に何をしでかしたのか、事の重大さを本当に理解しているのかね!?」


 ブーメラン。


 「君の人柄を信頼してJABSのイメージキャラクターに任命したというのに、まさか君がこんなとんでもない毒親だったとはな!!我らJABSの…いいや、日本のバドミントンのイメージを失墜させた罪は重いぞ!!藤崎六花君!!」

 「ちょ、ちょっと待」

 「我々JABS名古屋支部は事の重大さを重く受け止め、藤崎六花君を本日付けで懲戒解雇処分とします!!皆様、どうかそれで勘弁して頂けないでしょうか!?」


 顔面蒼白の表情で、思わず六花に冤罪を吹っ掛けて懲戒解雇してしまった支部長。

 そして当然ながら、本当の真実を何も知らない15000人もの観客たちは、支部長の言葉をすっかり信じ込んでしまい、六花に対して凄まじいまでの罵声を浴びせたのだった。


 「ふざけるな!!何がスイスの『英雄』だ!?」

 「娘を学校の授業に出さないとか、一体何考えてるんだ!?大会に勝つ為にそこまでするのかよ!?」

 「藤崎六花、母親失格だな!!とんだ毒親だぜ!!」


 そしてインターネットというのは本当に恐ろしい物で、SNSを通じて支部長の苦し紛れの虚言が、『全て真実と化して』(←これ、めっちゃ重要)瞬く間に全世界に広がってしまったのである。

 あっという間にSNSのタイムラインが六花への悪口で埋め尽くされてしまい、当然ながら六花が在籍しているJABS名古屋支部にも、抗議の電話が殺到する事態になってしまった。

 中にはスマホで110番通報し、六花を虐待の容疑で逮捕するべきではないのかと主張する者たちも…。


 「…何で…!?」


 そして当然ながら、身勝手な大人たちのエゴに振り回されて生き地獄を味わった張本人である彩花が、こんな事になって黙っていられる訳が無く…。 


 「何で!?何で!?何で!?何で!?何で!?何で!?何でぇっ!?」


 静香との死闘によって浄化されたはずの、彩花の黒衣が…さらに激しさと禍々しさを増した上で、またしても顕現してしまったのである。

 そんな彩花の姿に、六花は悲しみの表情で目に大粒の涙を浮かべてしまう。


 「悪いのはお前らなのに!!私とお母さんを理不尽に苦しめたのは、お前らなのに!!それなのに何でお母さんが!!一方的に悪者扱いされなきゃならないのさぁっ!?」


 黒衣を爆発させながら、様子と支部長を睨み付ける彩花。

 玲也のクビをちらつかせて六花を脅し、稲北高校への進学を希望していた彩花を聖ルミナス女学園に無理矢理進学させ、直樹と学園長の身勝手さのせいで生き地獄を味わったというのに、自分たちに都合が悪くなれば、今度は六花に冤罪を吹っ掛けて切り捨てる。

 しかも今度は大好きな六花までもが、支部長のせいで名誉を傷付けられ、一方的に悪者扱いされてしまっているのだ。

 こんなの、彩花がブチ切れるのは当たり前の話だろう。


 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」


 再び彩花が黒衣を纏った事で、思わず涙目になって腰を抜かしてしまう支部長。

 支部長が己の保身に走って身勝手な行動を取ってしまったせいで、事態がかえって最悪の方向へと向かってしまったのである…。


 「ふざけんな!!お前らあああああああああああああああっ!!」


 様子と支部長に対して完全にブチ切れた彩花が、物凄い形相で2人に殴りかかろうとしたのだが。


 「止めるんだ!!彩花ちゃん!!」


 慌てて隼人が身体を張って、様子と支部長に殴りかかった彩花を、必死に抱き締めて受け止めたのだった。

 彩花の豊満な胸が隼人の胸に当たっているのだが、今の隼人にはそんな事を気にしていられる余裕など微塵も無かった。


 「ハヤト君!!何で止めるの!?こいつらのせいで、お母さんはぁっ!!」

 「分かってる!!僕も詳しい事情は知らされていないけど、六花さんが何かしらの冤罪を支部長にふっかけられてるんだろうなって事は、僕も理解しているよ!!」

 「だったら何でぇっ!?」


 怒りと悲しみに満ちた彩花の目をしっかりと見据えながら、彩花の黒衣に決して怯む事無く、隼人は彩花を必死に諭したのだった。


 「今、君があの2人に暴力を振るえば、一発でブラックカードを提示されて退場処分になるばかりか、出場停止処分を食らって試合に出られなくなる可能性さえもあるんだぞ!!」


 バドミントンは、紳士のスポーツだ。

 それ故に『暴力』に対しては、例え学生スポーツであろうとも、他のスポーツ以上に極めて厳格な処分が下される。

 それは先程、彩花の顔面に維綱をぶつける事を静香に命じた黒メガネが、実際に彩花や静香に暴力を振るった訳でもないのに、一発退場処分になった件で分かるだろう。


 もし、彩花が様子や支部長に暴力を振るえば、隼人が彩花に忠告したように、即座に審判からブラックカードを提示され、単位がどうこう言う以前の問題で即失格、一発退場になるのは明らかだ。

 そうなれば彩花には非常に重い出場停止処分が下され、隼人が言うように今後一切試合に出られなくなってしまう可能性が非常に高い。

 それに様子にしてみれば、敢えて彩花に自分を殴らせる事で、彩花を失格処分にする大義名分が立つ事になってしまうのだ。


 だが隼人が懸念しているのは、それだけではない。


 「それに君が警察に逮捕されて少年院送りにでもなったら、取り残された六花さんはどうなる!?君は六花さんの事を独りぼっちにするつもりなのかぁっ!?」

 「…っ!?」


 そう、それを隼人は彩花に対して、苦言を呈しているのである。

 日本は司法国家だ。例えいかなる理由があろうとも、『暴力』は刑事責任を問われる立派な犯罪なのだ。

 昔は体罰が美しい物だとされており、暴力ではなく教育だという考えが深く根付いていた事もあったのだが、今は令和の世の中なのだから。


 「本当に六花さんの事を想うのなら、ここは耐えるんだ!!彩花ちゃん!!」


 勿論隼人も、彩花の怒りと憎しみは充分に理解している。

 壮絶な死闘の末に静香を倒し、やっと決勝戦に進出を果たしたかと思ったら、様子の身勝手なエゴによって一方的に失格処分にされたばかりか、さらに六花が一方的に支部長から懲戒解雇を言い渡された挙句、いつの間にか六花が彩花を虐待した事になってしまっているのだから。

 だがそれでも隼人は、彩花の事を必死に止めたのである。

 彩花にブラックカードを提示させない為に。彩花と六花を離れ離れにさせない為に。


 「…ふ~~~~~~~~~っ!!ふ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 そんな隼人の想いを察した彩花は、隼人の胸の中で様子と支部長を物凄い形相で睨みつけながら、2人への怒りと憎しみの感情を必死に抑えていたのだった。

 そんな彩花に対して怯みながらも、それでも大人の余裕を見せつける様子だったのだが。


 「い、今更私に対して凄んだ所で、あ~たの失格処分は決定事項ザマス。負け犬は負け犬らしく、せいぜい須藤隼人君に慰められてギシギシアンアンしてればいいザマスよ。」

 「おいおいおいおいおいおいおい朝比奈様子さんよ!!俺らの許可も無しに何好き放題な事をやらかしてんだ!?」


 当たり前の話だが、県予選のテレビ中継を担当し、大会を盛り上げる為にわざわざ組み合わせの抽選結果の操作をしてまで、隼人と彩花を決勝戦でぶつけるように仕組んだエ~テレのディレクターが、黙っていられるはずが無かった。

 興奮して顔を赤くしながら、様子の元に駆けつけて抗議をするディレクター。


 「確かにアンタは県予選の最大のスポンサーだけどよ!!それでも実際に地上波で試合を流してるのは俺らエ~テレだ!!勝手な真似をされちゃあ困るんだよ!!」

 「藤崎彩花さんが大会への出場資格を有していないと言ったザマスよ?私は当然の事をしたまでザマス。勝手な真似も何も無いザマスよ。」

 「だからってなあ!!」


 ディレクターの言っている事は一見横暴に見えるが、それでもエ~テレだって慈善事業でテレビ中継をやっている訳では無い。『仕事』として収入を得る為にやっているのだという事を、読者の皆さんに分かって頂きたい。

 番組を放送する事自体に様々なランニングコストが発生している上に、そもそも視聴率を稼がなければテレビ局に収入が入らないのだから。

 だからこそディレクターにしてみれば少しでも視聴率を稼ぐ為に、隼人と彩花に決勝戦でぶつかって貰わないと困るのだ。その為に組み合わせの抽選結果の操作までしたのだから。

 15000人もの大観衆の面前で大喧嘩を繰り広げる、様子とディレクターだったのだが。


 「…ふざけんなよ、おい…!!マジでふざけんなよ!!てめえ!!」


 彩花と同様に、さらに激しさと禍々しさを増した黒衣に再び呑まれてしまった静香が、左手にラケットを、右手にシャトルを手にし、怒りと憎しみに満ちた物凄い形相で様子の事を睨みつけていた。

 まさかの予想外の静香の姿に、様子は驚きと戸惑いを隠せない。


 「し、静香さん!!あ~たは一体何をそんなに怒っているザマスか!?あ~たが決勝戦に進めるザマスよ!?あ~たがインターハイに出られるザマスよ!?それなのに!!」


 てっきり静香が喜ぶ物だとばかり思っていたのに。静香が自分に感謝する物だとばかり思っていたのに。

 それなのに今、静香は…再び黒衣を纏い、様子に対して激怒しているのだ。

 何故こんな事になってしまったのかと、様子は焦りの表情になってしまっている。


 だが様子は、全く理解していないのだ。

 静香が何故、自分に対して激怒しているのかを。

 自分が静香に対して、取り返しのつかない事をしてしまったのだという事を。


 「うるせえ!!私と彩花ちゃんの真剣勝負を汚してんじゃねえぞ!!このクソBBAがああああああああああああああああああああ!!」

 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」


 そう、様子は自らの身勝手なエゴによって、彩花との真剣勝負を汚した。

 それを静香は、様子に対して激怒しているのである。

 静香は彩花と正々堂々と、互いに死力を尽くして最後まで全力で戦い抜き、その結果として彩花に敗れたのだ。

 それをこんな形で台無しにされてしまったのでは、静香が激怒するのは当たり前だ。

 いや、当たり前の話なのだが…様子は静香をインターハイに出場させる事に固執するあまり、その当たり前の事を全く理解出来ていないのである…。


 「静香さんが…静香さんが!!不良になってしまったザマス~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(泣)!!」


 まさかの静香の変貌ぶりに、思わず取り乱してしまった様子だったのだが。

 隼人も彩花も、見逃さなかった。

 静香が左手のラケットに…自らの『気』を込めたのを。


 「朝比奈さん!!止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 静香が何をしようとしているのか…それを瞬時に察知した隼人の身体が、思わず勝手に動いていた。

 彩花を優しく振りほどき、今度は静香に対して全力でダッシュして、様子に向かって維綱を放とうとした静香の身体を優しく抱き締めて受け止める。

 静香の豊満な胸が隼人の胸に当たっているのだが、今の隼人にはそんな事を気にしていられる余裕など微塵も無かった。


 「す、須藤君!?」

 「君は自分が何をしでかそうとしているのか、本当に理解しているのか!?」


 静香の黒衣に決して怯む事無く、様子への怒りと憎しみに染まってしまった静香の目をしっかりと見据えながら、必死に静香をなだめる隼人。


 「君は一体何の為に夢幻一刀流を習ったんだ!?バドミントンに活かす為じゃないのか!?」

 「そ、それは…!!」

 「君のお師匠さんは夢幻一刀流を、人を傷つけるために振るえと…そんな馬鹿な事を君に教えたのかぁっ!?」

 「…っ!?」


 隼人の言葉に、思わず驚愕の表情になってしまった静香。

 同時に黒衣に呑まれてしまったあまり、自分がとんでもない事をやらかそうとしてしまった事に、静香は後悔のあまり目に大粒の涙を流してしまったのだった。


 「…ご…御免なさい…!!沙也加さん…太一郎さん…皆さん…御免なさい…!!」


 隼人が身体を張って止めてくれなければ、自分が夢幻一刀流を汚してしまう所だった。

 その罪の意識に、思わず静香は隼人の胸の中で泣きじゃくってしまう。


 「うわあああああああああああああああ!!うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 隼人の胸の中で、静香は泣いた。

 もうどうしたらいいのか分からず、ただただ隼人に抱き寄せられながら号泣した。


 「…静香…!!」


 怒りと悲しみの表情で、再び黒衣に呑まれてしまった静香を見つめる沙也加。

 勿論、静香は何も悪くない。それ位の事は沙也加だって分かっている。

 沙也加が怒りを感じているのは、自分が教えた夢幻一刀流で様子に暴力を振るおうとして、間一髪の所で隼人に止められた静香に対してではない。

 自らの身勝手なエゴによって、肉体的にも精神的にも静香を限界まで追い込んでしまった様子に対してなのだ。

 彩花と静香の、あの神聖な真剣勝負を…あの壮絶な死闘を…どうしてこんな形で簡単に台無しにしてしまえるのか。

 沙也加は様子に対して、心の底から激怒していたのだった。


 「…駄目…!!須藤君!!離れて下さい!!」


 だが静香は取り乱しながら、思わず隼人を突き飛ばしてしまった。


 「朝比奈さん!?」

 「もう抑えられないんです…!!お母様への怒りと憎しみの感情がああああああああああああぁっ!!」


 様子への怒りと憎しみのあまり、以前よりもさらに激しさと禍々しさを増した黒衣が、静香の中で暴走してしまった。

 今まで様子に対して溜め込んでいた不満が、黒衣による破壊衝動によって、とうとう爆発してしまったのだ。


 「あああああああああああああああああ!!あああああああああああああああああああああああああああああ!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 「ひいいいいいいいいいいいい!!ア、アンドレ!!早く静香さんを止めるザマスううううううううううううううううううう(泣)!!」

 「安藤です!!」


 咄嗟に静香の下に全力でダッシュし、静香の首元に注射を打った安藤。


 「…が…ま…。」


 その瞬間、黒衣の暴走が収まった静香が、突然その場に崩れ落ちてしまったのだった。

 そんな静香の身体を、安藤が優しく抱き止める。


 「朝比奈さん!!」

 「ご心配無用です、須藤隼人様。鎮静剤で眠って頂いただけです。これからお嬢様を医務室へとお連れ致します。2時間もあれば無事にお目覚めになられる事でしょう。」


 静香をお姫様抱っこした安藤が、とても真剣な表情で隼人を見据える。


 「須藤隼人様。貴方様のご献身のお陰で、お嬢様を犯罪者にせずに済みました。心より感謝致します。」

 「は、はぁ…。」

 「それでは失礼致します。決勝戦、どうかご武運を。」


 隼人に一礼し、静香を医務室へと連れて行く安藤。

 そう、隼人が静香を止めてくれなければ、今頃静香は様子への暴行の現行犯で、警察に逮捕されていたかもしれないのだ。

 いや、それだけではない。隼人が彩花に対して忠告していたように、出場停止処分を食らった静香が今後バドミントンが出来なくなる可能性すらあった。

 それを隼人は、身体を張ってまで止めてくれたのだ。その事に安藤は心の底から隼人に対して感謝していた。


 「ア、アンドレ!!私を置いて行くなザマスよ~~~~~~~~~~!!」

 「安藤です。」


 唖然とした隼人に見守られながら、様子が慌てて安藤を追いかけていく。

 だがバンテリンドームナゴヤは、何の説明も無く取り残されてしまった15000人もの観客たちからの、情け容赦のない怒号に包まれてしまったのだった。

 無理も無いだろう。彩花を失格にして静香を決勝まで進ませるとか言っていたが、その静香が鎮静剤を打たれて眠ってしまい、医務室へと運ばれてしまったのだから。

 

 彩花が失格となり、鎮静剤を打たれた静香も決勝戦を戦えるのか疑わしい。

 では隼人が戦う決勝戦は、一体どうなるというのか。

 まさかとは思うが…これで終わりだというのか。

 決して安くは無い交通費とチケット代を工面してまで、貴重な時間を潰してまで、わざわざ有休を取ってまで、このバンテリンドームナゴヤまで観戦に訪れたというのに…まさかこれで全試合終了だと言うのか。

 こんなの、幾ら何でも消化不良にも程があるだろう。 


 「か、観客の皆様!!3位決定戦と決勝戦の対応については、今から臨時の緊急会議を開いて検討致しますので、どうか今しばらくお待ち下さいませ!!」


 観客からの不満に満ち溢れた怒号が飛び交う最中、マイクを手にした支部長が必死に観客たちに呼びかけ、慌てて様子の後を追いかける。

 この県予選大会は、一体どうなってしまうのか。

 いや、それ以前の問題として、再び黒衣に呑まれてしまった彩花と静香は…そして理不尽に悪者扱いされてしまった六花は、これから一体どうなってしまうのか。


 とても不安そうな表情で、隼人は支部長の後ろ姿を見送ったのだった…。

 どうしようもないクズが権力を持っちゃうと、本当に碌な事にならないよね。

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