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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
共通ルート最終章:県予選大会決勝編
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第87話:時間は待ってくれないわよ?

 全力で彩花と静香を甘やかす六花。

 かくして準決勝第2試合は、壮絶な死闘の末に彩花が勝利した。

 これにより彩花の決勝戦進出とインターハイ出場が確定し、3位決定戦は楓VS静香、決勝戦は隼人VS彩花という組み合わせとなった。

 死闘を終えた彩花と静香に、客席から大声援が届けられる。


 「お母さん…静香お姉ちゃんが負けちゃったよぉ…!!」

 「そうだね。だけど静香は胸を張っていい。本当に立派な試合だったよ。」


 泣きそうな表情で自分の身体にしがみつく佐那を、とても穏やかな笑顔で抱き寄せる沙也加。

 彩花に敗北した静香だったが、それでも立派だった。

 あの彩花を相手にあそこまで互角に渡り合い、最後まで正々堂々と、全力で戦い抜いてみせたのだから。

 愛美の肩を借りて立ち上がった静香の勇姿を、沙也加が穏やかな笑顔で見つめている。


 「朝比奈!!俺、感動しちまったぞ!!あの藤崎を相手にあそこまで互角に戦える奴が、隼人以外にもいたなんてなあ!!」

 「天野君の声援、ちゃんと私にも届いていましたよ。心からの感謝を。」


 そんな静香に駆け寄ってねぎらいの言葉を掛ける駆に、静香は心からの笑顔を見せたのだった。

 彩花を相手にあそこまで戦い抜く事が出来たのは、彩花の闇に呑まれそうになりながらも踏み留まる事が出来たのは、紛れもなく駆の応援があったからこそだ。

 その事に関して静香は、駆に対して心の底から感謝していた。


 「よくやったわね。立派な試合だったわよ、彩花。」

 「でへへ、正直ギリギリだったけどね…。」 


 六花の肩を借りて立ち上がった彩花からは、あの禍々しい黒衣の気配が、もう欠片も感じられない。

 静香との死闘がきっかけとなって、彩花の黒衣が浄化されたのだろう。

 それが六花には何よりも嬉しかったと同時に、静香に対して心の底から感謝していたのだった。

 これで彩花を最高の状態で、隼人との決勝戦に送り出す事が出来るのだから。

 

 「さあ彩花、まだもう一仕事残ってるわよ。バドミントンは紳士のスポーツよ。ちゃんと朝比奈さんに対して、ありがとうございましたは言わないとね。」

 「うんっ!!」


 六花と愛美の肩を借りながら、互いの下へと歩み寄る彩花と静香。

 壮絶な死闘を戦い抜いた2人に、審判が穏やかな笑顔を見せ…そして。


 「お互いに、礼!!」

 「「ありがとうございましたぁっ!!」」


 互いに笑顔で握手をする彩花と静香に、観客席から大声援が届けられたのだった。

 まさに県予選準決勝第2試合に相応しい、両者互角の壮絶な死闘だった。

 勝った彩花は勿論だが、負けた静香も本当に素晴らしかった。

 だが、まだこれで終わりではない。2人の戦いはまだ終わっていない。

 これから静香には楓との3位決定戦が、彩花には隼人との決勝戦が残っているのだから。

 その3位決定戦に備えて気持ちを切らす事無く、愛美たちに見守られながら整理体操をして、身体をほぐす静香。

 いかに静香と言えども楓は決して甘い相手では無い。油断や慢心など微塵も許されない、全身全霊の力でもって挑まなければならない強敵だ。

 それは楓の隼人との死闘を目の前で見届けた静香が、誰よりも一番理解していたのだが。


 「皆、ちょっといいかしら?」


 そこへ彩花を引き連れた六花が穏やかな笑顔で、聖ルミナス女学園バドミントン部の誰もが予想もしなかった、とんでもない事を言い出したのである。


 「今、審判と話をしてきたんだけど…取り敢えず今日の県大会が終了するまでは、退場処分になった古賀監督の代わりに、暫定的に私が監督代行として皆の指揮を取る事になったわ。」


 まさかの六花の言葉に、思わず静香たちは仰天してしまう。


 「そ、それって…大丈夫なんですか!?」

 「ええ。私は登録上は、JABS名古屋支部から聖ルミナスに出向中の、バドミントン部のコーチ兼任マネージャーだもの。審判に確認したけど問題無いって言われたわ。」


 戸惑いの表情を見せる愛美に対して、穏やかな笑顔を見せる六花。

 六花が指導者として極めて優秀な人物だという事は、聖ルミナス女学園バドミントン部の全員が、先程の彩花との準決勝で充分に思い知らされている。

 その六花が、あの静香をあそこまで追い詰めた六花が、今度は一転して味方になってくれるのだ。

 特にこれから3位決定戦を戦う静香にしてみれば、これ程心強い存在は無いだろう。


 「朝比奈さん。ちょっと右腕の状態を確認させて貰うわね。」


 その静香の右腕に優しく手を触れて、ゆっくりと静香の肘を動かす六花。

 静香を楓との3位決定戦に送り出すのにあたって、監督代行として静香の右肘の状態を把握しておかなければならないのだ。

 あの朱雀天翔破が静香の身体に…特に右肘に相当な負荷が掛かる技だと言う事を、六花は一目で見抜いたのだから。

 それを静香は彩花との試合で2度も放ったのだ。絶対に無事な状態では無いという事を六花は確信していたのだが。

 

 「正直に答えてね。どうかしら?痛い?」

 「…少し痛いです。」

 「それじゃあ、こっちは?」

 「…っ!!」


 顔をしかめる静香に対して、六花は穏やかな笑顔で頷いたのだった。

 やはり六花が睨んだ通りだ。深刻な状態とまでは言わないが、朱雀天翔破は静香の身体に相当な負担をかけているようだ。


 「ここが痛むのね?」

 「…はい。」

 「分かったわ。それじゃあ、ゆっくりと肘を伸ばして…そのままの姿勢で少し待っててね。」


 静香の患部に湿布を貼った六花が、慣れた手つきで右肘にテーピングをして固定する。

 取り敢えずは応急処置に過ぎないが、これで患部への負荷が少しは収まるだろう。


 「パッと見た限りでは、そこまで深刻な状態ではないわ。だけどあの朱雀天翔破とかいう技は、正直言って褒められた代物では無いわね。まだ身体が成長期で完成していない朝比奈さんが、易々と使っていい技じゃないわ。」

 「はい。だから最後の切り札として今まで温存していたんです。」

 「だけどね、敢えて厳しい事を朝比奈さんに言わせて貰うけど、自分の体調管理もまともに出来ないようじゃアスリート失格よ?もうあんな無茶したら、めっ!!よ?」


 口では厳しい事を言いながらも、それでも静香を不安にさせないように、六花は穏やかな笑顔で静香を見据えたのだった。

 いかに彩花に勝つ為とはいえ、あれだけ身体に甚大な負荷がかかる大技を2連発するなど正気の沙汰ではない。

 自身の体調管理も、アスリートの大切な仕事の1つなのだ。

 静香は賢くていい子だから、それ位の事は自分でも理解しているとは思うが。だからこそ朱雀天翔破を最後の最後まで、切り札として温存していたのだろう。

 それでも六花は静香に対して、改めて苦言を呈したのである。


 「朝比奈さん。監督代行としての私の立場上、本来なら3位決定戦を棄権して、今すぐに病院に行きなさいって言いたい所なんだけどね。」


 そんな静香の両肩に優しく両手を添えて、しっかりと静香を見据える六花。

 これが年間100試合以上をこなすプロの試合だったならば、六花は問答無用で静香を棄権させただろうが。


 「朝比奈さんの意志に任せるわ。楓ちゃんとの3位決定戦…出たい?」

 「出ます。」


 何の迷いも無い力強い瞳で、静香は六花に即答したのだった。


 「自分の身体の状態は理解しているつもりです。それに須藤君をあそこまで苦しめた里崎さんに、私の全力をぶつけてみたいですから。」


 そんな静香に対して、穏やかな笑顔で頷いた六花。

 もう二度と訪れる事の無いかもしれない、今この瞬間に…静香は今また輝こうとしているのだ。

 それに六花自身も、静香の身体の状態はしっかりと把握している。

 勿論注視はしてやらなければならないが、試合に出る分には問題無いと判断したのである。

 ならば六花は監督代行として、静香の事を全力でサポートするだけの話だ。


 「分かったわ。なら3つ、私に約束して貰えないかしら?」


 静香の身体を壊してしまわないように、楓との3位決定戦に挑まんとしている静香に対して、六花は3つの要求をしたのだった。


 まず1つ目が、絶対に右で打たずに、最後まで左で打つ事。

 2つ目が、朱雀天翔破は絶対に使わない事。

 そして3つ目が、もうこれ以上は危険だと六花が判断した場合は、試合内容に関わらず…それこそ後1点取れば静香の勝ちという状況だろうとも、即座に六花が静香を棄権させる事に同意して貰う事だ。


 これが黒メガネだったら静香に対して、


 「身体を壊してでも(朱雀天翔破を)撃てや!!」


 などと横暴な態度を取るだろうが。

 そんな事は六花は静香に対して、聖ルミナス女学園バドミントン部の監督代行になったからには、絶対に許さない。

 何故なら静香には、まだ未来があるのだから。

 こんな所で静香に対して、選手生命にまで響く程の大怪我を負わせる訳にはいかないのだから。


 六花は静香に対して、決して頭ごなしに試合に出る事を止めたのではない。

 今の静香の身体の状態をしっかりと把握した上で、それでも試合に出たいという静香の意志を最大限に尊重し、その為の最善手を静香に対して提示したのだ。

 そして静香の負傷が取り返しのつかない状況にまで決して悪化させないように、監督として静香を注視し、全力でサポートすると約束したのである。

 それが出来る戦術眼と気配りを有しているからこそ、六花は指導者として非常に優秀な人物なのだ。

 そんな六花に対して静香は、心からの笑顔で頷いたのだった。


 今、愛美たちは、改めて思う。

 黒メガネではなく、最初から六花が自分たちの監督になってくれていたら…と。

 何でも黒メガネは、支部長からの熱心な要請を受けて就任したらしいのだが。

 あんな無能な人物を…それこそ静香に対して、彩花の顔面に維綱をぶつける事を強要するような最低最悪なクズを、どうして支部長は自分たちの監督に就任させたのかと。

 黒メガネは確かに現役時代は世界を舞台に活躍した。選手としての現役時代の実力は、美奈子とほぼ互角だと言っていい。

 だがそれでも美奈子と違って黒メガネは、指導者としても人間としても、どうしようもないクズなのだ。


 だが今は、そんな過去の事を気にしていても仕方が無い。

 過ぎ去ってしまった時間は、今更どう足掻こうが巻き戻す事は出来ない。黒メガネの監督就任を無かった事になど出来ないのだ。

 あくまでも『代行』である以上は、六花がいつまで自分たちの監督でいてくれるかは分からないが、少なくとも今日の県予選が終わるまでは、しっかりと愛情と責任を持って自分たちを指導してくれると…そう約束してくれたのだから。


 『皆様、本日はご来場下さいまして、誠にありがとうございます。この後、里崎選手と朝比奈選手による3位決定戦を予定しておりますが、審判と運営が朝比奈選手の疲労を協議した結果、朝比奈選手には現時刻から30分間のインターバルを与える物とします。』


 そこへ突然届けられたウグイス嬢のアナウンスに、バンテリンドームナゴヤがどよめきに包まれてしまう。

 午前中に行われたダブルスの試合では、準決勝の2試合がいずれも聖ルミナス女学園のペアの圧勝だったからなのか、与えられたインターバルの時間は10分間だった。

 それなのに静香には、30分間ものインターバルが与えられたのだ。

 いや、それだけ彩花との死闘が壮絶な代物だったという事なのだろう。

 

 「朝比奈!!里崎との3位決定戦、期待してるからな!?」

 「30分間、ゆっくり休んでくれや!!」

 「準決勝のような素晴らしい試合を期待してるからよ!!」


 静香に対して観客席から、凄まじいまでの応援が届けられる。

 異例となる30分間という長いインターバルに文句を言う観客は、少なくともバンテリントームナゴヤに駆けつけた15000人の中には、ただの1人もいなかったのである。

 負けたとはいえ彩花を相手に、あそこまで互角に戦い抜いた静香の姿に、観客の誰もが胸を打たれたのだから。


 「2人共、聞いたわね?今から30分間、全力で休むわよ。」

 「うんっ!!」

 「はい!!」


 整理体操は既に済ませたので、この後の3位決定戦と決勝戦に備えて彩花と静香がやるべき事は、適切な栄養補給と休息だ。

 六花の手作りのレモンのはちみつ漬けを、とても美味しそうに食べた彩花と静香だったのだが。


 「それじゃあ2人共…はい、膝枕。」


 ベンチの真ん中に座った六花に対して、静香がめっちゃ恥ずかしそうな表情になってしまったのだった。

 と言うか彩花が、まるで飼い主の膝の上まで全力でダッシュする猫みたいに、既に速攻で六花の膝の上にダイブしてしまったんだけれども。

 いや、確かに30分間死ぬ気で休まなければならないのは、静香も理解しているんだけれども。

 確かに『寝る』という行動が最強の疲労回復の手段の1つだという事は、静香もアスリートとして充分に思い知っているんだけれども。

 だからと言って、こんな公衆の面前で六花の膝枕とか、恥ずかしいんだけれども。


 「あ、あの、藤崎監督…。」

 「言ったでしょ?自分の体調管理も、アスリートの大切なお仕事だって。」

 「で、ですが…その…。」

 「ほ~ら、時間は待ってくれないわよ?早くしないと30分間のインターバルが無くなっちゃうわよ?楓ちゃんと万全の状態で試合が出来なくなっちゃうわよ?」


 既に喉をゴロゴロ鳴らして寝ている彩花の頭を優しく撫でながら、六花が穏やかな笑顔で静香をポンポンと膝枕へといざなう。

 そんな六花に対して静香は顔を赤くしながら、思わず生唾をゴクンと飲み込んでしまったのだった。


 「時間が来たら起こしてあげるから。ね?」

 「…で、では…失礼します…。」


 互いの頭をこすり合わせながら仲良く寝る2匹の猫みたいに、彩花と頭をコツンと突き合わせながら、六花の膝枕の上で横になる静香。


 (ううう…一体何でまたこんな事に…。)


 六花の膝の温もりと柔らかさが、彩花との死闘で疲れ切った静香を優しく包み込んでくれている。

 そんな静香の頭を、六花が慈愛に満ちた笑顔で優しく撫でてあげたのだった。

 そう…まるで聖母みたいに。

 なんか六花の身体から、凄くいい匂いがした。


 そう言えば様子は静香に対して、母親として一度もこんな事をしてくれた事は無かった。

 まあそんな事は、今更どうでもいい話なのだが。

 それでも静香は六花に対して、こんな事を考えてしまった。

 

 この人が私の本当のお母様だったら、良かったのに…と。


 そんな事を考えながら、六花の温もりと優しさに包まれた静香の意識が、うとうとし始めた…その時だ。


 「ちょっと待つザマス!!」


 マイクを手にした様子が怒りの形相で、安藤と支部長を引き連れ、試合会場に乱入してきたのだった。


 次回、急転直下。

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