第77話:そんな道理、私の無理でこじ開けます
グラハム静香ー。
こうして晴れて桜花中学校バドミントン部に復帰した静香だったのだが、それでも都合よく順風満帆とはいかなかった。
まず最初に問題になったのが、肝心の静香のダブルスのパートナーを、誰にするのかという事だ。
たたでさえ去年の全国大会の時点で、静香が強過ぎて誰も静香の全力プレーに追従出来なかったというのに、そこから静香は夢幻一刀流の修練を行った事で、あの頃よりもさらに『強くなってしまった』のだから。
校長は保護者たちに対して、部員たちは着実に成長していると熱弁しており、実際確かに強くなってはいるのだが、それでも静香のダブルスのパートナーとしては役不足もいい所だ。
無理も無いだろう。5の実力の持ち主が10の実力になった所で、100の実力が200の実力になった者の全力プレーに、そもそもついていける訳がないのだから。
それ故に今の静香のダブルスのパートナーになりたいと申し出る者たちは、これまで同様誰1人として存在しなかったのである。
候補として校長が推していた、全国大会優勝の経験を持つ実力者の麗奈がいるが、それでも麗奈はシングルスで出ると譲らなかった。
実は麗奈自身も校長から、小学校の卒業式の時点から静香のダブルスのパートナーになるように言われていたと静香に語ったのだが、それを麗奈は断固拒否したらしい。
その理由を静香が麗奈に聞いてみた所、こんな返答が返って来たのである。
「私のプレースタイルは、ダブルスには全く向いていませんもの。」
「そもそも私自身がシングルスに出たいと申しているのです。それなのに校長の身勝手なエゴに振り回されてダブルスに出るなど、冗談ではありませんわ。」
この麗奈の威風堂々とした態度に、静香は何だか感慨めいた物を感じていたのだった。
校長が静香にダブルスへの出場を強要した、中学1年生だった頃。
あの時の静香が今の麗奈のように、何があろうとも自分の意志を貫き通すだけの心の強さを持っていたら…結果は違っていたのだろうか。
だが今は、そんな事を考えていても仕方が無い。
失ってしまった時間は、もう二度と巻き戻す事は出来ないのだから。
そんな中で静香がマッチョに対して、事前に校長に無理矢理認めさせたとした上で提案したのが、こんな事だ。
「私のダブルスのパートナーは、これまでのようなクジ引きなどではなく、私自身が自分の目で見極めて決めさせて頂きます。」
「その結果として私自身が駄目だと判断した場合は、シングルスに出させて頂きます。」
どの道、静香は日本学生スポーツ協会から、学生スポーツとして相応しくないという理由から、今後は独りよがりなプレーをした場合は即座に失格にすると、理不尽に通達されているのだ。
だからこそ、静香のダブルスのパートナーを誰も務められないというのであれば、もう静香はシングルスに出るしか無いのだと。それを静香は校長とマッチョに伝えたのである。
もう1つの問題が、そもそも静香の部内での孤立状態が、全く改善されていないという事だ。
ただでさえ静香は校長の方針で、マッチョや静香本人の意志さえも無視されて、無条件でダブルスのレギュラーになるという特別扱いをされてしまっていたのだ。
それ故に今の2、3年生の部員たちからは、事情を全く知らない転校生の詩織を除いて、静香の復帰が全く歓迎されていないのである。
それどころか静香が復帰した事で大会への出場枠が1つ減ってしまうと、2、3年生の部員たちから嫌悪の目を向けられてしまっているのだ。
中には静香に聞こえないようにヒソヒソと、静香に対しての悪口まで言い合う者たちまでいる始末だ。
皮肉にも静香が以前よりもさらに強くなってしまった事で、静香の『天才であるが故の孤独』が、より一層深まる結果になってしまったのである。
こんな時に最強の指導者である六花や美奈子ならば、静香や他の部員たちの事を上手く導いてやれるのだろうが…。
部員たちに対してしっかりと愛情をもって接しているとはいえ、指導者としては決して優れているとは言えないマッチョでは、ただ静香を見守る事しか出来なかったのである。
そんな中でも静香はめげる事無く、ひたすら必死に練習に励んでいた。
その練習の中においても静香は、新1年生や詩織も含めた部員たち全員の練習風景を見守っていたのだが…やはり静香の目にかなう部員たちが誰1人として…。
「ワンセット、ファイブポイントマッチ、ラブオール!!1年A組、河合麗奈、ツーサーブ!!」
いないと思っていた矢先の事だった。
「ふふふ、たまにいるんですよね。藤崎六花選手に憧れて、安易に左で打とうとする方々が。」
「あわわわわ、あわわわわ、あわわわわ(泣)!!」
「確かにバドミントンはサウスポー(左打ち)が有利だとされていますが、それだけで簡単に強くなれると思ったら大間違いですわよ?月村先輩。」
それは1セット5ポイント制での実戦形式での練習において、麗奈と詩織の試合を静香が目撃した時の出来事だったのである。
この時の静香は、詩織が下級生の麗奈に対してさえも、内気な態度であわわわわ言っていたもんだから、詩織が特段優れた選手では無いのではないかと…そう思っていたのだが。
「食らいなさい!!これが私の伝家の宝刀!!ロケットサーブですわ!!」
まさに、人を見かけで判断してはいけないという典型例だ。
次の瞬間、静香の身体に電撃が走ってしまったのである。
「…河合さんの視線の向きと、サーブを打つ際の回転の掛け方から、ロケットサーブの弾道を予測…このきりもみ回転の威力の前では、私の力では朝比奈さんのように強引にスマッシュで返す事は困難…。」
まるでロケットのように体育館の天井ギリギリまで高々と飛翔し、強烈なきりもみ回転を掛けながら、詩織のコートのネットギリギリに向かって急降下してくる、麗奈の必殺技のロケットサーブ。
それを突然ゾーンの状態に入った詩織が、アナライズを駆使して冷静に分析し出したのである。
そう、まるで二重人格者かと思える程までに。
「…ならば無理にスマッシュで返すのではなく、ラケットを回転方向とは逆方向に当てて威力を相殺…ドロップショットで返す事が正解…。」
凄まじい威力で落下してくるロケットサーブにも全く怯む事無く、高々と飛翔した詩織は、ロケットサーブの回転を上手くラケットで相殺し、ドロップショットで麗奈のコートのネットギリギリに落としたのだった。
「なっ…!?ですが、その程度でぇっ!!」
慌てて麗奈は自分のコートのネットギリギリに返されたシャトルに向けて、猛然とダッシュしてシャトルを拾うものの…。
「…河合さんの視線の先、ダッシュの勢い、姿勢から、次の一撃は私の左後方に向けてのロブだと推測…。」
「この私を負かそうなどと…っ!?」
それさえも予測していた詩織が、既に着弾地点に到達し迎撃態勢に入っていたのである。
「はあああああああああああああああああああああああっ!!」
「ば、馬鹿なぁっ!?」
体勢を崩した麗奈の後方に、詩織のラケットから繰り出されたスマッシュが、情け容赦なく突き刺さったのだった。
「ラ、0-1!!」
審判を務める3年の女子部員が、驚きの表情で詩織のポイントを告げる。
次の瞬間、体育館が一瞬にして大騒動に包まれてしまった。
あの麗奈のロケットサーブを、こうも簡単に攻略してしまうとは。
しかもあんな、あわわわわ言ってる内気な少女である詩織がだ。
「月村さん!!」
そんな詩織に対して、咄嗟に静香は笑顔で駆け出していた。
そう、まるで詩織に一目惚れでもしたかのような、とても輝いた笑顔で。
「私は貴女の存在に心を奪われました!!」
そして詩織の右手を両手で優しく包み込みながら、こんな爆弾発言をしてしまったのである。
「どうか私のダブルスのパートナーになって頂けませんか!?」
「ぎょええええええええええええええええええええええええ(泣)!?」
いきなりの爆弾発言に、その場にいた誰もが思わず仰天し、体育館がさらなる大騒動に包まれてしまう。
というか静香に誘われた詩織本人が、一番仰天してしまっている始末だった。
「月村さんの今のプレーを見て確信しました!!月村さんなら私のダブルスのパートナーに成り得ると!!」
「わ、私みたいなクソ虫なんかが、朝比奈さんみたいな凄い人のダブルスのパートナーだなんてええええええええええええええ(泣)!!」
「貴女は全然クソ虫なんかじゃありませんよ!!現に河合さんをここまで圧倒してみせたじゃありませんか!!」
目をキラキラさせながら輝いた笑顔で、詩織に迫る静香。
詩織は先程まであわわわわ言ってた癖に、試合が始まった途端にまるで別人のように、アナライズを駆使して麗奈のプレーを迅速に分析してロケットサーブを攻略し、あっさりと麗奈からポイントを奪ってしまったのだ。
そう、小学校の全国大会で優勝の実績を持つ、あの麗奈を相手にだ。
それに静香は、一目見ただけで分かったのだ。
詩織のプレースタイルは、明らかにダブルス向けであるという事を。
アナライズを駆使して相手のデータを即座に分析してしまう詩織が、静香の後方で守りに徹してくれれば、静香にとってこれ程心強い存在は無いのだ。
「あ、あのね朝比奈さん!!ちょ、ちょっと落ち着いて聞いてくれる!?」
そんな興奮気味の静香に対して、詩織は困惑の表情で、しかしそれでも静香の目をしっかりと見据えながら語り出した事とは。
「その…朝比奈さんのお誘いは、凄く嬉しいんだけど…私はやっぱりシングルスに出たいって思ってるの。それに両親からもダブルスに出る事を猛反対されてるから…。」
「どうしてなのですか?ご両親からも反対されてるって…何か深い事情でも?」
静香も全く予想していなかった、まさにとんでもない事だったのである。
「私ね…疫病神だって言われてるの。」
悲しみに満ちた笑顔で、詩織は静香にはっきりと告げたのだった。
詩織は小学校の頃からバドミントンを始め、静香と同様に詩織がダブルス向きの選手であると見抜いたスクールの講師の勧めもあって、主にダブルスの部門で試合に出場していたらしいのだが。
どういう運命のいたずらなのか、はたまた偶然の産物なのか。
詩織のダブルスのパートナーを務めた女子は全員が例外なく、何らかの不幸に見舞われてしまったらしいのだ。
ある者は試合後にバランスを崩して階段から転がり落ちて、左腕を強打して骨折する事故を起こしてしまった。
ある者は試合後に仲が良かった幼馴染の男の子が、父親の仕事の都合で突然オーストラリアに引っ越す事が決まってしまった。
ある者は試合後に飼っていた子猫が車に轢かれ、亡くなってしまうという痛ましい事故が起きてしまった。
こういった事が立て続けに起きた結果、詩織はいつの間にか、周囲からこんな悪口を言われるようになってしまったのだそうだ。
詩織はダブルスのパートナーを全員もれなく不幸にしてしまう、疫病神なのだと。
勿論、いずれも詩織は100億%悪く無い。詩織に責任などあるはずがない。
それでも詩織とダブルスを組んだ者は例外なく、結果としてこういう事になってしまっているのだ。
そう、詩織がマッチョに対して頑なにシングルスに出ると告げたのも、両親からダブルスに出る事を猛反対されていると静香に告げたのも、これが原因だったのだ。
誰もが全く想像もしなかった、とんでもなく『重い』詩織の話に、部員たちの誰もが思わず練習を中断してしまい、体育館が一斉にどよめきに包まれてしまう。
「……。」
静香もまた唖然とした表情で、詩織の右手を両手で優しく包み込んだまま、しばらく固まってしまっていたのだが。
「…そんな道理、私の無理でこじ開けます!!」
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええ(泣)!!」
それでも静香は揺るがなかった。
いや、そんな物で静香の心が揺らぐはずがなかった。
まさかの静香のさらなる爆弾発言に、詩織は思わず仰天してしまう。
ここまで言っても尚、静香は自分の事を求めるのかと。
「あ、朝比奈さん、今の私の話を聞いてた!?」
「聞いていましたよ!!ですが今の話に科学的な根拠はあるのですか!?」
「か、科学的な根拠って…そんなのあるわけが…!!」
「私はそういった迷信の類は、一切信じないタイプの女なのですよ!!」
困惑の表情の詩織を、力強い笑顔で真っすぐに見据える静香。
確かにこれまでに詩織とダブルスを組んだパートナーは、漏れなく全員不幸になってしまったのかもしれない。
だが静香に言わせれば、そんな物は只の偶然の産物であり、迷信だ。
詩織とダブルスを組むと不幸になるという『科学的な根拠』が、何も無いのだから。
だから静香は、そんな物は信じない。
「月村さんとダブルスを組んだパートナーが全員不幸になるというのであれば、これから月村さんはパートナーが不幸にならないケースを見れますよ!!」
「あ、朝比奈さん…そんな…!!」
「私には貴女が必要なんです!!だから私のダブルスのパートナーになって下さい!!月村さん!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」
かくして、静香のダブルスのパートナーが詩織に決まってしまったのだった…。
愛という感情は度を越えると憎しみになるらしいから、皆も気を付けてね。




